過去編1-2
「狙いなどつけなくていい! とにかく! ひたすら! ぶっ放し続けろっ!」
第十一軍団の後衛は、フレオールの号令の元、その命令を忠実というより、遮二無二に実行して、後方より来襲した十数騎の竜騎士を寄せつけずにいた。
魔法帝国アーク・ルーンの貴族の大半は魔術師である。正確には、魔法が使える者を貴族として遇するという制度をアーク・ルーンが取ってきたと言うべきだろう。
近年、ネドイルがアーク・ルーンを実質的に支配するようになってからは、平民でも魔術が習える制度が導入され、クロックのような平民出身の魔術師も現れるようにもなったが、未だ魔術師の大部分は貴族が占めるているのが現状だ。
そして、アーク・ルーン軍が多数の魔道兵器を運用している関係上、ヅガートにとっては不快この上ないが、それなりの数の魔術師、貴族がどうしても従軍せざる得ない。
さすがに全員というのは、魔道兵器の配備との絡みで不可能だが、フレオールともども可能な限りを後衛に回している結果、アーク・ルーン軍の後方より来襲したアーシェア率いる竜騎士たちは、魔道戦艦や魔砲塔の砲撃を予想以上に浴びることとなった。
率先して手近にあった魔砲塔を操って魔砲を放ちつつ、的確な指示を下すフレオールの存在もあり、背後と上空からの強襲にも関わらず、アーク・ルーン軍はほとんど混乱することなく、敢然とした反撃と対空砲火にアーシェアたちはさらされている。
無論、いかに魔道兵器が強力であろうとも、アーシェアたちはドラゴニック・オーラや乗竜の能力でそれを防ぎ、撃墜された者は一騎もないが、フレオールらの張る弾幕の前に近づくことができずにもいる。
背後からの空襲と同時に、イライセンの指揮の元、アース・ドラゴンやアイス・ドラゴンを駆る竜騎士五名を先頭に五千のワイズ兵がアーク・ルーン軍へと襲いかかったが、ワイズ王国の国務大臣はすでに撤退を命じている。
現場への急行と、砦と陣地を築く突貫工事で疲れた兵を残し、たった五千で敵軍の正面から襲いかかるのだ。不意や混乱を突けねば、敵の反撃で大打撃を受けるのは明白である。
前衛のランディールは兵に迎撃を命じる一方、隊列を整える時間を稼ぐため、十頭以上の魔甲獣をワイズ軍に突進させている。
相手に混乱が見られず、整然と反撃に出ようとしている以上、敵軍の隊列が整う待つのは自殺行為だ。竜騎士らと魔甲獣らが激突した時点で、イライセンの指揮の元、速やかな撤退に移っている一方、ランディールも味方に追撃せぬように命じている。
後衛でも、時を追うごとにアーシェアらが苦しい状況へとなっていった。
駆けつけたヅガートが指揮を採り出し、対空砲火が正確かつ効率的になった上、そこに数百という弓兵の矢の雨が加わるようになったからである。
「これがアーク・ルーン軍か……」
奇襲が、こうも素早く、的確に対応され、アーシェアは慄然とするしかない。
ただ数や魔道兵器を頼みにするだけの軍勢には不可能な芸当だ。一兵一兵が鍛え上げられた精兵が、有機的に機能する十万の軍を成してからこそ、ワイズ軍の、イライセンとアーシェアの前後からの奇襲への対応を可能としたのだ。
「まあ、いい」
乗竜の背で、悔しげであったが、アーシェアのつぶやいた言葉は、決して負け惜しみではない。
欲を言えば、敵軍に打撃を与えたかったが、この襲撃の目的は自分の存在を敵将に刻み込むことなのだ。
これでアーク・ルーン軍は軽々しく砦や陣地を攻められなくなったはずだ。もし、警戒もせずに攻め寄せれば、その軽挙の報いを与えるだけである。
「ハアアアッ!」
これ以上、留まるのは危ういと感じたアーシェアは、気合いと共に二本の槍を投じる。
彼女の両手より放たれた槍の一本は、魔砲塔の一台を貫き、もう一本はそれを操っていたフレオールが、真紅の魔槍で辛うじて防ぐ。
「ガアアアッ!」
フレオールを仕留め損なったアーシェアは、自分の一槍を防いだ腕前に感心しつつ、咆哮を発して味方に撤退を促す。
アーク・ルーン軍の対空砲火を防ぎながらじりじりと退き、その射程距離から逃れると、アーシェアたちは一騎と欠けることなく、ヅガートやフレオールらの飛び去っていく。
五万の味方のいる砦や陣地へと戻るには、明らかにおかしい方角に。