表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
131/551

過去編-30-1

「レオよ、オマエには東方軍の司令官を務めてもらう」


「大兄、そりゃあ、ないよ」


 魔法帝国アーク・ルーンの皇宮にある大宰相の執務室で、兄から意にそわぬ人事を言い渡され、フレオールはくちびるを曲げて不満げな表情となる。


 アーク・ルーン帝国のオクスタン侯爵の弟というよりも、大宰相ネドイルの異母弟として有名なフレオールは、魔法学園の魔法戦士科を首席で卒業した英才であるが、現在、社会と長兄が学園ほど甘くないのを痛感していた。


 去年、魔法学園を卒業した十九歳の同級生らと異なり、フレオールはまだ十五歳である。首席の上、飛び級というほど、学業に秀でているが、今のアーク・ルーンはそのような点に重きを置かない。逆に、若すぎる年齢も大したマイナス要因にもなっていないが。


 若年とはいえ、学園を卒業した身なので、フレオールはアーク・ルーン軍に入り、とっくに初任給で両親と七人の義母にプレゼントを贈り、二度目の給金も先日もらったばかりだが、初陣をすませぬ身なので、基本給のみで危険手当てはまだもらったことはない。


 フレオールがアーク・ルーン軍を就職先に選んだ理由は、己の武芸を実戦で磨き、高めるためである。特に、アーク・ルーン帝国は四方に巨人大同盟、神聖帝国、精霊国家群、七竜連合と相対しているのだ。巨人、天使、精霊戦士、竜騎士と戦う機会を強く望むフレオールは、入隊時より初陣を、前線勤務を強く望むのみならず、体が四つに分けられないことを残念がるほどだ。


 無論、物理的に不可能なことは承知しているので、四つのご馳走の内、三つは渋々、諦めているが、一席には必ず参加し、ご相伴に絶対にあずかるつもりだ。もし、招待券が回ってこないなら、早々に退職し、自費で宴席まで押しかけるつもりですらあった。


 それゆえ、東方軍に参加できると聞いたフレオールは、真紅の魔槍を磨きながら竜騎士という晩餐に勇み立っていたところ、異母兄の非常識な人事によって、せっかくのご馳走にあおずけを食らうことになる。


 入隊一年目とはいえ、魔法戦士は士官として一隊を率いることになる。できれば、一兵士として、純粋に竜騎士と戦いたいフレオールとしては、数十人と兵を任されるのはありがたいことではないが、そうした組織の論理がわからぬほど子供でもないので、その辺りは給金分と思って諦めていた。当人としては、先陣に配置され、一番槍の機会が得られれば満足だったのだが、司令官にされたのでは一番槍どころか、魔槍を振るって戦えるものではない。


「せっかくの抜擢だけど、大兄、オレに一軍を率いる力量はないよ」


 謙遜ではなく、フレオールも自分が父親に及ばないくらいのことはわきまえている。


 第二軍団のシャムシール侯爵夫人に比べればマシな自信はあるが、ネドイルが家柄や政治的配慮によらず、その手腕と才幹を見込んだ九人の将軍とは張り合おうなどと、おこがましい考えを抱けるものではない。


「そもそも、兵はどうするんだ?」


 かつて、ヅガートは寄せ集めの十万を戦いながら精兵に鍛えていったが、そんなバケモノじみた手腕を求められても困る。


「ワイズを攻めるのは、第十一軍団だ。実際に兵を動かすのはヅガートで、オマエはその上であぐらをかいていればいい」


 兄の返答に、疑問がますます深まったが、わかったところもあり、


「つまり、オレはお飾りの司令官というわけか」


「ああ、そうだ」


 即答されたが、ヅガート以上のことなどできないのは自覚しているので、腹は立たない。


 だが、疑問の肝心な点はわからないままなので、


「なんて、飾りの司令官を用意するんだ、わざわざ?」


「ヅガートが敗れた際の備えだ」


「なっ! ヅガート将軍が敗れる!」


 敗北の可能性を示唆され、大きく驚くほど、ヅガートの将才からすれば信じ難い話だった。


「一応、後方をかき乱す策は打ってあるが、それがうまく機能しなければ、ヅガートは為す術なく撤退せねばならん。すまんが、その不名誉をオマエに背負ってもらいたい」


 いかなる理由であろうと、敗北は司令官の責任となる。実際に兵を動かすヅガートがワイズ軍に敗れようとも、司令官であるフレオールが悪いということになり、ヅガートの武名が大きく傷つくこともない。


 事実がどうあれ、フレオールのせいで敗れたとなれば、味方の士気がそうくじかれるものではないだろう。


 実質的な最高権力者のネドイルの弟であるので、いきなりヅガートの上に置く人事も不自然なものではないが、


「しかし、ヅガート将軍がそれに納得するかな?」


 ヅガートの貴族嫌いは有名である。皇帝との謁見を仮病でことごとく避け、ネドイルと話すのもイヤがるくらいだ。


 それでも、貴族出身のメドリオーや、フレオールの父ロストゥルと必要最低限ではあるが、我慢して打ち合わせなどを行うが、それも最低限に留める。


 当人からすれば、貴族でもネドイル、メドリオー、ロストゥルはその力量から最低限の我慢ができる相手にすぎない。皇帝を完全にシカトするのは、一個人として最低限の我慢もできない力量の持ち主だからだ。


 さすがに皇帝陛下よりははるかにマシな自信はあるが、父親に及ばぬフレオールが自分の上に立つとなれば、ヅガートからすれば司令官を殺したくなる人事だろう。


「クロックになだめてもらえば、当面は問題ないだろう。そして、実際にワイズ軍と戦い、かなわぬと悟れば、オマエを害することはないだろう。ひねくれ者であるだけに、な」


 異母兄の洞察に、フレオールは異を唱えることはできなかった。


 クロックはヅガートの副官である。平民出身であり、何より上司と貴族出身の高官の間に入るのが主な職務となっているので、ヅガートとフレオールの緩衝材となってくれるだろう。


 が、それよりも、ワイズ軍が手強ければ手強いほど、ヅガートは今度の人事への不満を口にできなくなるだろう。どれだけフレオールを嫌おうが、悪いのはワイズ軍に勝てない自分というひねくれた論理で。


 しかし、フレオールからすれば、ヅガートが独力でワイズ軍に対抗できないなど、どうにも納得できず、


「けど、大兄。まさか、ヅガート将軍が竜騎士に勝てないってわけじゃないだろ?」


「あんなもの、恐れる必要はない。叩き落とす手立てはいくらでもある。ワイズにおいて、最も注意すべきは、国務大臣のイライセンだ。あやつに比べたら、ドラゴンなど可愛いものだ」


「会ったことがあるのか、大兄?」


「うむ。十年前にな。何しろ、トイラックを拾った日に、あやつに匹敵する人物と出会ったのだ。その時、我が国の軍務大臣になんない? と、誘いはしたが、断れた。ともあれ、ワイズが、マジ、ヤベエであるのはたしかだ」


「トイ兄に匹敵って……たしかに、それほどの人物なら、ヅガート将軍でも、無理だな」


「いや、戦は総力戦だ。手強い敵がいても、愚かな敵で封じ込めればいい。マトモに戦えば、ヅガートに限らず、誰とて勝てんが、それならマトモに戦わねばいいだけだ」


 ミベルティン帝国のエクスカンも、真の名将であったから、アーク・ルーン軍を敗り、不敗のまま死んでいる。彼の名将を殺したのは、彼の仕える主君の猜疑心だ。アーク・ルーンの、ベルギアットのでっち上げた反逆罪を信じ込み、ミベルティンの皇帝は自らの手で国を支える柱を切り倒した。


 ワイズ王はミベルティンの最後の皇帝と性格が大きく異なる。凡庸だが善良な人物であるので、義弟を疑って殺すということには、まずなるまい。


 だが、英明でもなく、何より多数の意見に流され易い人物であるから、イライセンの手足や才を縛るのにいくらでも利用できる。


「なら、オレがわざわざヅガート将軍のひんしゅくを買うことはないんじゃないか? まあ、万が一を考えてのことかも知れないけど」


 祖国というより、一番上のお兄ちゃんの徹底ぶりとえげつなさを良く知る末弟である。


 伊達に十年も偽りの和平を演じていたわけではないだろう。裏では、七竜連合の足元に破滅への落とし穴を堀り続けていたであろうし、その落とし穴が完成したからの開戦であるはずだ。きっと、落とし穴には一片の希望もないどころか、イライセンへの嫌がらせの五十や百が詰まっているのだろう。


 もっとも、アーク・ルーン帝国は七竜連合のみ、謀略を仕掛けているのではなく、ちゃんと巨人大同盟、神聖帝国、精霊国家群にも破滅へとエスコートする手はずを怠っていないが。


「まあ、そうだな。七竜連合で注意すべきは二人だけ、イライセンとアーシェアという王女だが、幸か不幸か、その二人は共にワイズの者だ。この二人が最前線にあれば、ヅガートを撃退するのも可能だろう。いや、正確には、イライセンの方だな。アーシェアのみなら、ヅガートの敵ではあるまい」


「そこまでわかっているなら、そのイライセンとなるご仁が最前線に立てない手は打っているんだろ?」


「そのとおりだ。順当にいけば、我らの勝利は揺るがん。だが、イライセンという男、追い詰めすぎると、大判狂わせが起きかねんのだ。そうなったら、オレとて手が負えんかも知れん。あの怪物に対しては、用心してしすぎるということはないのだ」


「大兄から見て怪物って、どんだけシャレにならん人間なんだ?」


「別に難しい話ではないぞ。しょせん、オレは得るために戦っている人間だ。だが、イライセンは守るために生きている人間だ。守りたいという想いがとことんまで行きつけばどうなるかなど、レミネイラを見れば明白だろう。あの種のやからは、守るためなら人間として最低限のことも守らなくなるから、始末に負えんのだ。少なくとも、得るためにも守るためにも戦っていないヅガートやベルギアットでは、相手にならんだろう」


 長兄の洞察に、フレオールは無意識の内に生つばを飲み下す。


 彼からすれば、ネドイルやトイラックも充分に怪物だが、あくまでそれは卓越した能力を表現するためのものでしかない。


 対して、レミネイラやサムは人間として当たり前の感情が行き過ぎたがゆえ、怪物的な精神性を得て、その能力を人として当然の枠から逸脱して振るうようにになった存在だ。


 双方、共に面識のあるフレオールのみならず、メドリオーやスラックス、そして人でないベルギアットからしても、後者の方がはるかに怖く感じるのである。


 その恐怖の理由は単純で、前者には人の論理が通じるが、後者にはたった一つの独自の論理しか通じなくなっているからだ。


 そして、状況しだいでネドイルを上回る怪物がヅガートの行く手に誕生するかも知れないと聞き、

「……ズルいな、大兄……」


 長兄を始め、優れた味方たちと接した経験で、魔法学園よりはるかに多くを学んだフレオールである。長兄が認めるほど優れた敵がおり、それが巨人、天使、精霊戦士、竜騎士などをはるかに上回る怪物かも知れぬとなれば、その経験がどうして見逃せようか。


 ここまであおられては、ヅガートにうとんじられ、殺される程度のこと、どうでも良い。


「たかがスケープゴートで、こんな機会を得られるとなれば、大宰相閣下の命に従いましょうぞ」


 相手の才のみならず、望むところを的確に見抜く独裁者によって、一人の若者は嬉々として戦場に赴くこととなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ