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入学編7-2

 ライディアンの市民は、敵国アーク・ルーンからの新入生の話を知っていても、顔までは知られてないので、フレオールらは民衆に囲まれることはなかったが、代わりに町の人たちの視線をやたらと感じた。


 イリアッシュ、ナターシャ、ベルギアットといったラインナップを連れていれば、男性がやっかむこともあるだろうが、それよりも好奇心に満ち、探るような視線が圧倒的だった。


「五日前の件が尾を引いているんだろう。学園では説明があり、情報が伝わるが、ここの連中には事件について何も話す必要はないからな」


 フレオールは視線の正体をそう推測し、イリアッシュら三人もそれにうなずく。


 学園の生徒らには、イリアッシュの防犯アイテムが起こした事件についての説明が行われた。そうせねば、騒動が起こりかねかったからだ。


 そして、ザナルハドドゥは事件の映像をライディアン市の上空でも流している。いかに上級悪魔の魔力でも、全市民が見られる巨大な映像は不可能であり、それを見たのはライディアン市民の一部に限られるが、それがかえって憶測の土壌となった。


 説明を求める市民らを、領主たるドガルダン伯爵がはねつけたこともあり、自分たちの憶測を確認する術のないライディアン市民は、自然と生徒らに視線を向けてしまい、彼らに居心地の悪い思いをさせてしまっていた。


 ライディアン市民の反応に、フレオールらもいくらか居心地の悪い思いをしているが、それよりも厄介なのが、マジック・アイテムを使えない点だった。


 買い出しに来ているフレオールは、倉庫一棟分の収納ができる魔法のカバンを持って来ているが、こうも町の人たちに見られていたら、使いたくても使えない。アーク・ルーンの人間とバレたら、この町で動き難くなるからだ。


 いずれバレるとしても、おそらく夜にドラゴンを相手に大立ち回りをすることを思えば、ライディアン市の地理を把握しておかねば、転がる死体の数が変わってくるというもの。


 だから、買いだめの予定を変更し、ベルギアットが持っていても不自然じゃない量に留め、買い物を終えた時、出発が遅かったこともあり、昼を回ってしまう。


「この近くのカフェに、絶品のサンドイッチを出すトコがありまして、帰る前にそこで昼食にしませんか?」


 運が悪かった、と言うしかないだろう。


 イリアッシュの提案は妥当であり、フレオールもベルギアットも賛同した。


 意味深なことを言われ、それをいくら問うてもはぐらかされたナターシャは、ドラゴンがライディアン市を襲うというあり得ない話を、少しでも早く生徒会の後輩たちと相談したかったが、それでもカフェに向かうことには反対しなかった。


 それゆえ、一同はトラブルの真っ最中に足を踏み込むことになってしまう。

「ハアアアッ」


 角を曲がり、目指すカフェの店の前で、ライディアン竜騎士学園の生徒らが乱闘を演じていた。


 正確には、三人の男子生徒が怒りに歪んだ表情で、三人の女子生徒にドラゴニック・オーラを放っていた。


 男と女では、力と体格に差があって、普通は勝負にならないが、竜騎士見習いならば、共にドラゴニック・オーラが使えるので、一方的な展開にはならない。


 が、六人の竜騎士見習いがドラゴニック・オーラを使っているのだ。


「あっ、店のカンバンが転がっている」

 イリアッシュの言うとおり、ドラゴニック・オーラの余波を受けたか、ひしゃげたカンバンが転がっており、石畳がいくつも割れ、砕け散っている。


 まだ、物的被害ですんでいるが、周りには人垣ができていて、いつ人的被害が出るかわからない状況にある。


「女の方の紋章入りのバッチが神経を逆撫でたのだろう。男の方は、酒が入っているな」


 女子生徒がシャーウ出身、男子生徒がバディン出身だったのも、この不名誉な状況の根本的な原因だろう。


 死んだバディンの生徒らの不名誉な行動と会話が上映され、ライディアン市民らにジロジロと見られる事態に、六人の生徒は過剰に反応してしまったのだろう。バディンの男子生徒は耐えきれずに酒を飲み、そこにシャーウの女子生徒が死んだ三人と同類に見られぬよう、国の紋章が刻まれたバッチをつけていたのを見て、絡まらずにおられなかったといったところか。


「双方、止めなさい! それでも、竜騎士を目指す者ですか! この場はこのナターシャがあずかります! これ以上に竜騎士の名誉を汚すことは許しません!」


 あまりの展開に、頭が真っ白になっていたナターシャだったが、我に返って六人を一喝し、事態を収拾せんとする。


 新たな生徒会長の登場に、素面な三人はすぐにおとなしくなり、酔っている三人もおとなしくなりかけたが、


「……アーク・ルーン!」


 ナターシャの傍らに立つフレオールの姿に気づいた途端、男子生徒の一人が、怒りと酔いで真っ赤な顔を憎悪に歪ませる。


「ハアアアッ」


 気合いと共に生じた闇が辺りを包み込み、一人と一頭を除いた一同の視界を閉ざす。


「なるほど。ダーク・ドラゴンと契約しているわけか」


 竜騎士およびその見習いは、騎乗するドラゴンのオーラ、魔力のみならず、その能力も借り受けることができる。ダーク・ドラゴンを乗竜としていれば、闇を生み出し、操ることも可能となるのだ。


 今、生じた闇は、人体に害のないもので、単なる目眩ましだが、仕掛ける側からすればそれで充分だろう。ダーク・ドラゴンは無明の闇でも見通すことができるので、唯一、この場で視界が効く竜騎士見習いは、闇に乗じてフレオールを不意打ちすることができるのだから。


 一方、仕掛けられる側の内、イリアッシュとベルギアットは膨大なドラゴニック・オーラで全身を覆い、万が一に備える。


 が、名目的に魔竜参謀を乗竜としているフレオールには、ドラゴンの力や能力を借り受けることができない。


 無論、武芸の修練を充分に積んでいるフレオールは、音や気配で相手の位置がわからなくはないが、闇に巻き込まれたライディアン市民らが驚き、騒いで、音も気配も乱れている現状では、いくらそちらに神経を研ぎ澄ましても、闇にうごめく男子生徒の位置など把握できるものではない。


「止めなさい!」


 ナターシャが必死に止めようとしているが、むしろ音を出され、騒がれるほど、フレオールに不利に働く。


 もっとも、魔法戦士である彼は、


「我は求めん! 我が痛みを映す鏡!『マジカル・リフレクト』!」


 闇の中で神経を研ぎ澄まし、右手の人差し指で虚空に六芒星を描き、呪文を唱えて己に魔法を施す。


 フレオールの魔法が発動した直後、闇の中で鈍い打撃音が、次いで何かが倒れる音が響き、そして闇が急速に消えて晴れる。


「……きゃあああっ!」


 それに気づいたライディアン市民が悲鳴を上げるのは当たり前であろう。


 魔法戦士の背後には、割れ砕けた後頭部から血を流し、白目をむいて倒れる竜騎士見習い、否、死体が転がっていたのだから。



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