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竜殺し編24-7

 ドガルダン伯爵の使者がライディアン市の危急を告げると、フレオールは空気を読んで真紅の魔槍を引いた。


 狂ったドラゴンの姿を見ているクラウディアらとしても、あの暴走が市街地で行われているとすれば、早々に拳を引っ込めるべき事態であった。


「どういうことですか?」


 ロペス騎士のもたらした急報に、最も過敏な反応を示したのがティリエランであった。


 負傷者への対処を中断したロペスの王女の下問に、その騎士は下馬して深く一礼し、


「はい。先刻、ライディアン市にギガント・ドラゴンとダーク・ドラゴン二頭が舞い降りましてございます。ギガント・ドラゴンはすぐに飛び去ったものの、二頭のダーク・ドラゴンは町に留まり、見境なく今も暴れおります。いえ、それだけではなく、エア・ドラゴンも新たに来襲し、その三頭のために市民が何百人と傷つき、死んだ者もいる惨事となっています。ドガルダン伯の一騎だけではいかんともし難く、我らも奮闘しましたが、力が及びません」


「……イリアッシュ!」


 家臣の返答を受け、ティリエランのみならず、他の七竜姫も鋭い視線を裏切り者に向ける。


「我がドラゴンの足は遅いですが、なぜか、ライディアン市を通ったら、追いかけてきたドラゴンらをまくことができました」


 が、非難の視線をまるで気にせず、平然とイリアッシュはとぼけて見せる。


 ギガント・ドラゴンはその巨体ゆえ、ドラゴン族で最も鈍重である。


 パワーはあるが、動きの遅いギガント・ドラゴンは、逃げるのに不向きである。それゆえ、マジカル・ウィルス『ドラゴン・スレイヤー』が炸裂した直後、すぐに飛び立ったギガが、狂気に駆られて噛みついて来る二頭のダーク・ドラゴンの追撃を振り切るには、一つ工夫が必要となる。


 ライディアン竜騎士学園で最も近く、最も人という手頃な獲物が多いのが、ライディアン市である。そこで追ってきたダーク・ドラゴンらの標的を切り替えさせた結果、ギガはその鈍足で逃げ切ることができたのだ。


 我が竜かわいさに、ライディアン市の市民に多数の犠牲者を出したフレオールらの所業は許し難いものはあるが、それを責めるのに時を費やすほど、ライディアン市の被害は大きくなるので、


「ティリー教官、今はライディアン市に急ぐことのみ考えましょう」


 怒りに任せ、たった二人と一頭に仕掛けた結果は、クラウディアたちの目の前には七体の死体と多数の負傷者として転がっている。


 向こうは魔槍を引いているのだから、ここで賢明にならねば、この場だけではなく、ライディアン市に転がる死体をただ増やすことにしかならない。


 年下の王女の忠告を受け、最年長の七竜姫は敵の命を奪うことより、


「そのとおりです。危うく、判断を誤るところでした。その上で申し訳ありませんが、クラウ、フォウ、ナータ、ミリィ、シィル。どうか、ロペスの民を助けるのに力を貸して下さい」


 味方を救うことを優先した。


 ロペスの王女の頼みに、五人の王女は即座にうなずくが、すぐにライディアン市へと赴ける状況ではない。


 骨折して動けない者が多数とおれば、空気を読まずに主の討とうとし、他のドラゴンらに抑えつけられている六頭のドラゴンもいる。


 負傷者たちを放置し、全戦力を救援に回せるものではないので、六人の七竜姫は互いに顔を見合わせて、


「オマエたちはここに残り、負傷者の手当てとフレオールらの監視に務めよ。ライディアン市へは私たちだけで向かう」


「姫様、なぜ、私どもをお連れくだされぬか」

 いかに王女よりの命とはいえ、十四名の竜騎士とその見習いは承服できるものではなく、口々に異を唱え、再考を求める。


 また、異を唱えるのは王女たちの臣下のみならず、


「前にドラゴンらと戦えたこと、実に良き経験だった。その機会が目の前にあるのであるなら、ぜひ、オレもご相伴にあずかりたいのだがな」


「黙れっ!」


 敵と味方の言い分に対して、クラウディアは一喝する。


 多数の負傷者がいる以上、戦力はどうしても二分するより他ない。そして、確実に危険があり、正確な危険性がわからない以上、どのような事態にも対処できるよう、ライディアン市には実力のある者を派遣すべきというのが、七竜姫たちの統一見解だ。


 また、何をするかわからないフレオールらも、ここに実質的に抑留しておきたいのが、七竜姫らの偽ざる本音だ。彼女たちからすれば、これ以上、事態を引っかき回されるのは、勘弁してもらいたい。


 無論、七竜姫が一人もおらず、フレオールらを見張らせることに不安がないわけではないが、家臣たちのみならず、ここには二十頭のドラゴンがいる。それを計算に入れれば、フレオールらに勝ち目がなく、そんな勝算もなく戦い挑む敵でない点は、むしろ味方より信頼が置けるというもの。


 実のところ、フレオールらを押さえて実質的に人質にしておくべきなのだが、七竜姫は今夜の異常事態でもういっぱいいっぱいであり、空間転移で逃げるなら、とっととどっかに行ってくれという心境となっている。


「良いか。オマエたちはここで負傷者の手当てと警護を第一に行動せよ。フレオールらがおかしな動きをせぬか気をつけるのも大事だが、それよりも傷ついた同胞を案じるのを先とせよ。何より、こちらからフレオールらに仕掛けて、無用な騒ぎを起こさぬように努めるのだ」


 クラウディアのみならず、他の五人の王女も噛んで含めるように、そのような内容を一同に言い聞かせる。


 納得などできないだろうが、王女よりそうも強く言われたなら、不承不承ではあるが、我を抑えるしかない。


 見張るというより、睨みつけるような、フレオールらに鋭い視線を向ける家臣らの態度と、この場の険悪な雰囲気に、クラウディアらも不安を抱いていないわけではないが、それを心配して動かぬままでは、ロペスの民の数が減っていくだけだ。


 学園の保管庫で自分の武器と竜鱗の鎧で武装を整えた七竜姫は、乗竜を駆って、ロペス騎士と共にライディアン市へとようやく向かった。


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