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入学編7-1

 ライディアン竜騎士学園がいかに勉学に励む場とはいえ、生徒は三年間、ずっと学園内で過ごさなければならないわけではない。


 長期の休みもあり、その時は帰省して、生徒も教官も故郷で過ごす。 七日に一度の休学日では、いかにドラゴンがいるとはいえ、帰省できるものではない。それゆえ、生徒らは近場の町、ライディアン市に遊びに出かけ、休日をすごすことが多い。


 波乱の新年度は初日からコケ、二日目に大事件が発生して生徒会長が辞任し、未だ学園長と二人の姫が不在の状態が続いている。


 上級悪魔ザナルハドドゥによる、バディン、ロペス、ゼラントに及ぶ外交問題は、実質的にはもう解決している。


 互いに使者を送り、内々の合意を成立させ、事務処理なども終わってはいるのだ。


 ただ、生徒三人と教官、つまりは貴族が死んでいるだけあり、事務手続きの他に、三国の王が会談し、形式的に会議を開く必要があり、その辺りで手間取っている。


 何しろ、一国の王様である。スケジュールの調整や移動の段取りなど、やるべきことは多々ある。三人の王の日程を合わせるだけで、大仕事なのだ。おそらく、一時間くらいの会議のために、最低でも十日は準備の時間を必要とするだろう。


 そして、王と共に会議に出席しなければならないため、王妹と二人の王女も、生まれ育った王宮から動けずにいる。


 現在、ターナリィら三人を欠いたライディアン竜騎士学園だが、ティリエランらがフレオールに対して厳戒体制を敷き、三日目以降はトラブルが起きることなく、どうにか新年度最初の休学日まではしのぐことはできた。


 初日から頭を抱えたくなるような日々を送ってきた、学園に残っているティリエランら五人の王女は、今日くらいはゆっくりしたかっただろうが、彼女たちに安息は許されない。


 否、彼女たちだけではなく、教官たちも昨日まで深夜残業の上、休日出勤せねばならないほど、職場環境が厳しくなっている。学園長代理のティリエランとなると、監視と仕事に忙殺され、ずっと二、三時間しか寝れず、化粧で顔色の悪いのをごまかしながら、今日も真夜中まで叔母の肩代わりをせねばならなかった。


 ロペスの王女よりずっとマシとはいえ、休学日でも生徒会は活動せねばならない状況にあり、ワイズ、シャーウ、フリカの王女は、生徒会室で黙々と案件を処理していた。


 元来、新たな生徒会長として、生徒会室におらねばならないタスタルの王女は、ライディアン市にショッピングに来ている。正確には、フレオール、イリアッシュ、ベルギアットの買い物につき合っているのだ。


 学生寮で暮らす内に、細々とした物が不足しているのに気づき、その買い出しに呼吸するトラブル・メーカーが、ライディアン市に足を運ぶとあっては、とても看過できるものではない。


 学園の事務局に要請すれば、必要な物を買っておいてくれるので、急を要する品の場合、教官や生徒らはこの制度を利用する。が、そうでない場合は、こうして休学日に出かけ、自分の手で購入する者が多い。


 ナターシャも忙がしい時は事務局に欲しい物を頼むが、やはり自分の目で確かめて買った品の方がしっくりとくる。


 だから、フレオールらが外出する気持ちもわからないではないが、トラブル・メーカーには虜囚のごとく寮でおとなしくしてもらいたいのが彼女の本音である。


 とはいえ、虜囚ではない以上、外出を禁じるわけにはいかず、さりとて野放しにもできない。


 が、ティリエランは仕事が山積みであり、ウィルトニアはイリアッシュが同行するのでは無理、フォーリスもフレオールとの口論を根に持っており、シィルエールは引っ込み思案で不安があるため、ナターシャが生徒会の業務を後輩たちに託すことにしたのだ。


 外出する四人の内、人間たちはライディアン竜騎士学園の制服を着用している。


 私服の持ち合わせがないわけではないが、竜騎士は王侯貴族にしかなれないため、制服を着ている方がトラブルに巻き込まれ難いのだ。特に、イリアッシュやナターシャが私服でいようものなら、ひたすら男に声をかけられ、うんざりした当人らは制服でしか外出しなくなったのだ。


 また、三人の地位をアピールした方が、メイド姿のベルギアットが同行しても違和感が生じない。貴族が使用人を連れて歩くのは珍しい話ではないのだ。誰も彼女が、齢数百の魔法生物で、その知謀でワイズを含む数十ヵ国を破滅させてきた、悪名高き魔竜参謀とは思わないだろう。


「何でメイド服なんですか?」


「うん、オレも小さい頃、同じ質問をネドイルの大兄にした」


 学園からライディアン市に向かう乗り合い馬車に、四人が、正確には三人と一頭が乗ったのは、朝食を食べてからけっこう経った頃となった。


 フレオールらの動向、ライディアン市へのお出かけに気づいた生徒が生徒会室に注進に走り、そこから一悶着あり、ナターシャの同行と監視が決まってからの外出となったので、出発が遅くなり、十人が乗れる馬車の座席には、四人の姿しかない。


 ベルギアットは学生寮で暮らしており、ずっと部屋に閉じこもっているわけではないので、その姿というよりもメイドという格好は、ほぼ全ての生徒が目撃しており、ナターシャもその一人である。


 馬車に乗ってからしばし押し黙っていたナターシャだが、頃合いを見て気になっていたことを、白い視線を向けながら問い、それにフレオールは平然と答える。


「ネドイルの大兄が出会った時からこの格好だったそうだ。だから、これが一門のシュミと思われたら、心外だ」


「そうですよ、ナータ。私も一度だけメイド服を着ましたが、フレオール様はいつもと変わりませんでした。なので、誤解してはいけませんよ」


 白い視線が、フレオールからイリアッシュへと転じる。


 十代の小わっぱ、小娘のやり取りに、三人の祖父の数倍の年月を生きている魔法生物は、深々とため息をついてから、


「私も言っておきますが、これは私のシュミではなく、我が創造主のシュミです。別にこれを脱いで、もっとマトモな格好もできなくはないんですけど、何百年と着ているんで愛着がありますし、何よりそんだけ着ててもさして劣化せず、汚れもしないんで、ついつい着たきりスズメになったんですよ。同系型のスクール水着やボンテージよりずっとマシですし」


 知性のみならず、感情を感じさせる点や、数百年の時に耐えるメイド服など、シィルエールくらいの知識があれば、それらの異常性に気づいただろうが、ナターシャが引っかかったのは、


「……もしかして、あなたのような魔竜は何体もいるのですか? その上で、オクサス公国は滅びたのですか?」


 根本的に勘違いしている問いに、フレオールとベルギアットはしばし顔を見合わせる。


 勘違いしたままでも問題はないが、それを修正してもまた問題なしと判断したか、ベルギアットが一つうなずいてから、ナターシャのみならず、七竜連合の誤認と向き合う。


「我が創造主は、私の他にいくつも作品を生み出しました。私の同類が複数いるか、それについてはイエスです。ただし、オクサス公国に味方して、アーク・ルーンと戦ったのは、私だけです。そもそも、私の方がオクサス公国より年上なんですよ。そして、私を創った魔術師は、オクサス公国と縁もゆかりもない人間です」


 魔竜参謀ベルギアットに関する前提情報が覆され、目を白黒させるナターシャに、ネドイルとの出会う以前のことを語る。


「我が創造主は、この世界の各地に、塔やら地下迷宮やらを作りました。その一つ、私のいた迷宮がオクサス公国にありました。正確には、その迷宮がオクサス公国の領内になっていたと言うべきでしょう。そして、そこはアーク・ルーンとの国境に近かった」


 ニワトリと卵。その関係が逆であるのを告げられ、驚くナターシャを、更なる新事実が襲う。


「我が創造主の迷宮の守り手として、国よりも長く生きていたある日、私の迷宮に一組の少年と少女が訪れました。その二人は今のあなた方より若く、迷宮に足を踏み入れたら、まず命はない。だから、私は諭して追い返そうとしたら、自分たちの村をアーク・ルーン軍から守ってくれと頼まれたんです」


 この場にいる三人が生まれる前の出来事ゆえ、ベルギアットにとってはそう昔というわけではない。が、現在の立場の原点ゆえか、語る魔法生物は自然と遠い目になっていった。


「魔術師にあらねば人に非ず。魔術師たちが自分たち以外を対等な人間と思っていなかった頃の話です。アーク・ルーン軍の非道はかなり酷く、焼く・犯す・殺すの三拍子が揃っていましたよ。だから、私はその二人の村を守り、アーク・ルーン軍を追い払いましたが、今からすると赤面ものの無思慮だった。自分の行動が村の日常を壊すものだと気づかなかったのだから」


「……つまり、あなたの力、あるいは存在を巡って、オクサス側で暗闘が生じた。村の一つを守るだけでは大きすぎる、アーク・ルーンをも退ける力。とても一つの村にあずけられるものではなく、その強大な力を誰もが手に入れようとし、その中にネドイルもいたわけですか」


 当時の状況を想像し、それを口にするナターシャの言葉には、苦味を帯びずにいられなかった。


 四日前のフレオールとフォーリスの会話は耳にしているので、ネドイルの味方を作る際の手法は聞いているので、


「おそらく、オクサスの者は全員、村のことなど気にかけず、高圧的な態度を取ったのでしょう。だけど、ネドイルは村を権力闘争の渦から守る手立てを示した」


「私は、あの子たちに村を守ると約束しました。けど、私には力があっても、それだけの思慮がなかった。あの人の提案に応じ、オクサスを滅ぼす他に、村の平穏と日常を守る方法がなかった。そして、あの時の選択の結果、オクサスが滅びた後も、村は戦乱に脅かされることのない、穏やかな日々を送ることができた。あの二人も結婚して子を成し、その子も結婚する年になりました」


 魔法で創られた自然ならざる存在は、心の底から慈しむ表情となり、いかにその村を大事に想っているかがうかがえた。


 しかし、それが伝わったからこそ、

「その村が大事なのはわかりました。けれど、あなたがその村を大事に想うように、人にはそれぞれ大事なものがあります。そのことについて、あなたはどう思われているのですか?」


「自分が、自分の大事なものを守るために、他人の大事なものを踏みにじっているのは承知していますよ。それが間違っていることも、まあ、理解しています。が、王女様が言われる正しい選択では、あの村を守れず、あの子たちとの約束も守れなかった。その点に限れば、間違った選択を後悔していません。それ以外は後悔していますが、もう軌道修正などできません。したくとも、あの人がそれを許してくれません」


「もしかして、ネドイルはその村を人質に取っているのですか?」


「そんな程度の人なら、正直、どれだけありがたいか。あの人は、本当に、目的のためなら手段を選ばない。離反など、とてもできるものではなかった。人の外見にだまされ、相手がどれだけの怪物だったか。それに気づかなかった以上、もうどうしようもありませんよ」


 タスタルの王女の底の浅い指摘に、魔法生物のみならず、異母弟も力ない笑みを浮かべる。


「ナターシャ姫、一つ注意を促すと、ネドイルの大兄の恐ろしさ、そこだけはちゃんと見た方がいい。とっとと絶望して、全てを諦めた方が楽だぞ」


 無論、魔法帝国の真の支配者と一面識もないナターシャは、フレオールの忠告に首肯できるものではない。


「レオ君、無駄よ。私は二十年以上も側にいて、君は生まれた時からのつき合いで悟り得たんだから。今、いくら言っても、あの人のどうしようもなさは、百分の一も伝わるわけがない。舞台を整えた者として言わせてもらえば、この娘を含めて七竜連合の連中は、もうどうしようない。せいぜい悲劇の終幕までこっけいに踊るだけ。レオ君の性分じゃあ、言わずにいられないのはわかるけど、たぶんこの人たちに何を言っても、何もわからない。これまで、私らが滅ぼしたヤツらと同じなんだな」


 ベルギアットは軽く肩をすくめながら言う。


 七竜姫の中で最も温厚なナターシャだが、魔竜参謀の七竜連合が終わっている発言には、さすがにむっとした表情を見せる。


 この反応に、お姫様の世間知らずぶりを再認識したフレオールも、軽く肩をすくめて、


「まっ、仕方ないか。本来なら、町を見て回りたかったが、今日は必要な物だけ買ったら、さっさと帰っておとなしくするか。新しい生徒会長殿をあまり引っ張り回してもかわいそうだしな」


 気遣いを見せてくれたことに、ナターシャは内心で感謝したが、そんな思いなど次のセリフで消し飛んだ。


「というわけで、イリア、案内は後日にして、手早く買い物がすむように頼む。できれば、町の地理を把握しておきたかったが、それは次の機会とするよ。ドラゴンがここを襲うまで、まだ日数があるからな」


「はあああっ?」



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