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竜殺し編24-4

「あの時の屈辱、晴らしてくれるぞ、トイラック」


 タスタル王国の竜騎士ニースリルは、十キロほど先にあるアーク・ルーン軍の陣地を睨みつけながら、そう息まいて夜明けが来るのを待っていた。


 かつて、ナターシャの護衛の一人として旧ワイズ王国の王都タランドに赴き、その際のアーク・ルーン側の屈辱的な扱いを受けた彼女は、自ら志願して連合軍に参加し、あの時の恥辱をすすがんとしていた。


 野営する連合軍の正面にあるのは、ヅガートの第十一軍団の陣地であり、トイラックは最前線どころか、現在は帝都にいるのだが、そこまでの内部事情は七竜連合の知るところではない。


 タスタルとフリカとワイズの境が重なる地点まで進んだ連合軍は、そこで野営して明朝の総攻撃に備えて英気を養っている。無論、アーク・ルーン軍の夜襲を警戒して、交代で充分な数の見張りを立たせているのは言うまでもない。


 連合軍の陣地の北側の警戒を担う者の一人であるニースリルは、むしろアーク・ルーン軍の夜襲を望むほど血気にはやっていた。


 兵数約二十八万。竜騎士の数は三百五十騎。これだけでも去年の連合軍を戦力的に上回っている。その上、今回の連合軍には、約三千頭のドラゴン族が加わっているのだ。


 もっとも、約三千のドラゴンの内、八割強は亜種であるワイバーン、ヒュドラ、ワーム、リザードマンで占められる。特に、全体の三分の一以上は、体長二メートル半くらいの、直立した大トカゲのような外見の、竜人種であるリザードマンで構成されている。


 リザードマンは並の騎士よりいくらか強い程度だが、その点を踏まえても、ドラゴン族の援軍は戦力として充分に強力なものだ。だから、ニースリルに限らず、連合軍の多くの者は少しでも早いアーク・ルーン帝国軍への報復を望んでおり、その願いは悪魔にでも届いたのだろう。


「ガアアアッ!」


 側にいる乗竜のサンダー・ドラゴンが発した咆哮で、北より来襲する十隻の魔道戦艦の存在に気づいたニースリルは、


「ガアアアッ!」


 契約を結ぶドラゴンの能力を用い、三百四十九人の竜騎士と約三千三百五十頭のドラゴン族に、アーク・ルーン軍の来襲を報せる。


 十隻の魔道戦艦は全てステルスタイプであるため、発見が遅れてしまい、夜闇の中では見えにくいその船体は、甲板に並んだ三連の魔砲塔の射程距離に入っているので、その動きは停止していた。


 移動と砲撃が同時にできない弱点を有する魔道戦艦十隻は、三連斉射で三十発の危険な光で二十八万人と、約三千三百五十頭のドラゴンを照らした時には、黒き魔船は旋回を始めており、逃走の準備に入っていた。


「逃がすかっ!」


 ニースリルが乗竜の背へと駆けながら、そう叫ぶのも当然だろう。


 魔道戦艦には小回りが効かないという弱点もあり、旋回中の十隻は無防備な船腹をさらしているのだ。


 それゆえ、ニースリルのみならず、連合軍の竜騎士らは魔道戦艦への追撃を命じたが、


「ガアアアッ!」


 大半のドラゴンが咆哮を上げ、手近な人間、あるいは同胞に襲いかかり、もはや魔術師の動かす船を追うどころの状況ではなくなる。


「……な、何が起こっているのだ……」


 暴れ出した乗竜が発した雷に打たれ、地べたをはうニースリルだが、動けぬ彼女にとって現状が、自らのドラゴンが味方の兵たちを殺す光景以上に衝撃的なものはなかった。


 もちろん、ドラゴンがドラゴンを傷つけ、人を殺す光景に衝撃を受けているのはニースリル一人ではない。連合軍の将兵は皆、ドラゴンが狂ったように暴れ、狂ったように襲いかかってくる状況に、訳のわからぬまま逃げ惑い、何をどうすればいいかも、何をすべきかもわからないありさまだ。


 何もできない者の一人、正確には何もできなくなったニースリルには、乗竜にコンタクトも取れず、能力をまったく借りることができなくなった彼女には、もうどうする術もないだろう。


 狂ったような奇声を上げ、近づいて来るリザードマンが振り上げた石斧を、痺れて動けない元竜騎士はどうすることもできず、ニースリルの頭はグチャグチャにカチ割られた。


 さらにそのリザードマンが己の得物で三つばかり新たな死体をこさえた時、逃げ惑うばかりだった兵らの槍が何本も、そのリザードマンの肉体に突き刺さり、人の血で朱に染まった石斧を握ったまま、地べたに倒れて動かなくなる。


 誰もが平静さを欠いたままだったが、そうして心理的に追い詰められたからこそ、このままでは一方的に殺されるだけと悟り、騎士や兵士らは各所で狂ったように反撃に出始める。


 連合軍の兵数は二十八万。ドラゴン族よりずっと多いその数は、容易に殺し尽くせぬどころか、その膨大な数で必死の反抗に出れば、ドラゴンらを殺し尽くすのも不可能ではない。


 狂わされたドラゴンらと狂奔する人間たちは、その爪牙と武器を親しき隣人の身に叩きつけ合い、凄惨な殺し合い演じていく。


 共に戦うべきだった侵略者の目前で。


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