竜殺し編24ー3
死者十四人と七頭。行方不明が十人と八十頭ほど。
混乱を鎮めて、グランドに全ての教官、生徒、ドラゴンが集め、その数を調べた六人の王女は、早計にも今夜の被害をそう計算した。
いなくなった十人は、パニックとなってライディアン竜騎士学園の外まで逃げて行ってしまったのだろう。夜間、しかも、このような状況で捜索できるものではなく、彼らについては朝になっても戻って来なかった時、改めて協議することとした。
死んだ十四人は、アース・ドラゴン、エア・ドラゴン、フレイム・ドラゴン、そしてダーク・ドラゴンによって殺害された者たちだ。
校舎には学園長を含めた教官らが仕事で残っており、そこにダーク・ドラゴンが毒の闇を発生させた結果、彼らの内、二人を除いて、残業中に職場で死ぬこととなった。
生き残った二人は、毒気を感じた瞬間、ドラゴンの耐性をその身に発現して難を逃れた。ダーク・ドラゴンの生み出す毒素は強いが、ドラゴン族の耐性はそれを上回る。
だから、校舎で死んだ者は皆、ドラゴンの耐性を発現できなかったということになる。
クラウディアも助けようとした女子生徒を助けられず、暗い気分はぬぐい難いが、二人を除いて、学園の教官、生徒らの気持ちを最も沈ませている要因は、夜の校舎で学園長であるターナリィの死体が発見されたことであろう。
叔母の死にティリエランは、一瞬、意識が飛んで倒れかけ、今もその顔は蒼白であったが、気丈にも七竜姫の最年長者としての務めと責任を果たさんと、歯を食いしばって自らの足で立ち、哀しみと涙を必死にこらえている。
「とにかく、現状を整理しましょう。先刻、謎の光を見た直後、ドラゴンたちの多くが、急に暴れ出した。あの光が原因であるのは間違いないでしょう」
声が震えないように気をつけながら、ロペスの王女はこの異常事態の原因究明に着手する。
「その光はいったい、何だと言うのですの?」
「それを考えるのは後だ。先に考えるべきは、なぜ、私たちのドラゴンは難を逃れたか、だ。対策を先に解明すべきだろう」
先走る副盟主国の王女を、盟主国の王女がたしなめる。
原因がわかっても、対策が立てられねば、今回のような異常事態が今後、何度でも起こる。方針としてはクラウディアの方が正しく、
「ボクのドラゴンはみんなとギガを見張っていた。それで、あの光が起きた時、ギガが精神防御を行ったから、とっさにボクのドラゴンもそれに倣ったそうだよ」
念話で乗竜から事情聴取した内容をミリアーナが口にすると、
「同じだな」
クラウディアを初め五人の王女が乗竜に確認を取ると、ゼラントの王女と同様の対応をし、ギガのように難を逃れたのが判明する。
「他の者はどうだ? 自らのドラゴンに問い、あの時、精神防御を行ったのなら手を挙げよ」
七竜姫らの他に、ドラゴンを従えている教官と生徒は二十人はいる。彼らはクラウディアに促され、乗竜に念話で確認し、全員が手を挙げていく。
できれば、正気を失ったドラゴンたちに精神防御を行わなかったか、確認を取りたいところだが、乗竜とコンタクトを取れなくなったからこその、この騒ぎだ。
だが、手を挙げた者の数人が、
「姫様、我が竜がその光の直前、船らしき物を見たそうでございます」
「我が竜も同じです」
「その船が、あのおかしな光を放った。我が竜に至っては、そう申しておりますぞ」
七竜連合を形成する七ヵ国は全て内陸部にあり、河川で小舟を見ることがある程度だ。
だからこそ、一同が船というキーワードで最初に連想するのは、
「魔道戦艦!」
魔法帝国アーク・ルーンが開発した、陸上を走る船。その砲撃で何騎もの竜騎士が撃墜されている。
ドラゴンを介しての目撃証言ゆえ、不明瞭な点もあるが、船体が黒塗りで、音のしない魔道戦艦、おそらく三隻が、ライディアン竜騎士学園の周りにいたドラゴンたちに例の光を放つや、すぐに走り去ったらしい。
最後の方は、いきなり約八十頭のドラゴンが暴れ出したゆえ、極度の混乱状態となり、証言の正確性にさらに怪しいところはあるものの、この惨状がアーク・ルーンのせいであることは明白だ。
竜騎士とその見習いらが飢えた野犬よりも危険な眼光を、フレオール、イリアッシュ、ベルギアットに向け、七竜姫らが制しておらねば今にも飛びかからん雰囲気の中、
「フレオール、何か言いたいことはあるか?」
自制心を総動員して己を抑えるクラウディアが鋭く問う。
対して、問われた方はのんびりした口調と態度で、
「魔道戦艦にはステルスタイプのものがある。走行時に音がほとんどしない。まおけに、船体を黒く塗っているので、夜間はさらに気づき難い。この近くは通ったのはそれだろう」
「その魔道戦艦が放ったという、光の正体、それは何なのだ!」
「さてさて、それはわかりかねるが、風聞にて知るところによれば、我がクソ兄貴ベダイルはドラゴンを狂わすマジカル・ウィルス『ドラゴン・スレイヤー』を研究しているそうな」
「つまり、アーク・ルーンはそれを完成させて用いた。ドラゴンが狂ったのも、その契約関係が途切れたのも、その『ドラゴン・スレイヤー』なるもののせいかっ!」
「さてさて、そちらの分野は門外漢ゆえ、オレには原因がそうだと言えないね」
「この期に及んでシラを切るかっ!」
「なになに、外交問題となることゆえ、こちらも確証もないことを口にできるものじゃない。そうした話は、スラックス将軍かネドイルの大兄としてくれ」
いきり立つクラウディアの追及をかわすフレオールの言は、あまがち間違ったものではない。
いかにネドイルの異母弟とはいえ、フレオール自身は無位無官の身である。抗議をするなら、アーク・ルーン帝国にするべきであり、言質を取るならスラックスぐらいの要人のものでないと、外交問題の交渉材料とはならない。
高ぶっていた盟主国の王女も、それで追及と抗議の相手を間違えているのに思い至り、落ち着きを取り戻すと、憎悪の光をたぎらせていた教官や生徒らの目に、動揺の色が宿っているのに気づく。
「姫様、アーク・ルーンにそのような手立てがあるならば、我々に勝ち目などないのではないですか?」
「うろたえるなっ!」
バディンの男子生徒の訴える不安を、クラウディアは一喝する。
「アーク・ルーンの卑劣なやり口を無闇に恐れる必要はない。現に、我々のドラゴンは無事ではないか」
「ですが……」
二割以上のドラゴンは難を逃れたが、それは八割近くを失ったことを意味する。いかに盟主国の王女の言葉とはいえ、これで無事とするは強引にすぎ、納得できるものではないが、
「今回は不意を打たれたが、事前にわかっていれば、精神力を高めるだけで、アーク・ルーンの卑劣なやり口を無効とできる。ドラゴンの魔力や精神力がいかなるものか、思い起こせ」
とっさに精神防御をしたドラゴンは全て『ドラゴン・スレイヤー』を影響を受けていないのだ。クラウディアの言うとおり、いかにアーク・ルーンの魔道兵器が優れているとはいえ、ドラゴンは肉体・精神、双方が強靭な超生物である。わかってさえいれば防ぐことは難しくないのだ。
フレオールもクラウディアの指摘にうなずき、
「そうだろうね。二度も通じるほど、ドラゴンをなめていないよ、ネドイルの大兄も」
「ま、まさか」
バディンの王女の顔が真っ青となるが、叔母を失ったロペスの王女より酷く、顔を青くしたのはタスタルとフリカの王女だった。
魔道戦艦は一個軍団につき、最低三十隻は配備されている。単純な計算で、東部戦線には百五十隻の魔道戦艦があることになり、その全てがステルスタイプでないにしても、たった三隻だけとも思い難い。
そして、最前線に三千頭以上のドラゴンがいるのだ。
二千四百頭以上のドラゴンが狂ったように暴れ出す光景を想像し、その悪夢のような現実が竜騎士とその見習いたちの心を打ちのめした。




