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竜殺し編20-1

 退学届け。


 モニカの家族が密かに訪れ、密かに去ったライディアン竜騎士学園の翌朝、二通の退学届けによって、授業はおろか、ホームルームさえ困難な騒ぎとなっているが、それもその一通がウィルトニアのものであるのを思えば当然であろう。


 朝一番でウィルトニアとモニカから退学届けを突きつけられた学園長のターナリィは、かなり面を食らいつつも、それをその場で受理するようなことはせず、姪を含む六人の王女を呼び、カリキュラムなどそっちのけで緊急の会議を開いた。


 ワイズの王女と、ついでにモニカが退学届けを出したことに、ティリエランもクラウディアらも他の教官や生徒らと大差ないほど驚きつつも、ウィルトニアらを翻意させるために会議室に集う。


「何を考えているのですか、ウィル? このようなマネに至った経緯を話しなさい」


 事が学業のことゆえ、問いただす役は盟主国の王女ではなく、この地の王女が受け持つ。


「学園を辞める、いや、七竜連合を離反する理由、それを端的に言わしてもらえば、このままではネドイルと勝負にならないからだ。だから、私は戦うため、東へと退き、アーク・ルーン軍に挑む方法を探すことにした。それだけです」


「つまりは、どういうことですかっ!」


 七竜姫の最年長として沈着なティリエランも、学園を辞める理由がまるで理解できず、苛立った声を上げる。


「落ち着きなさい、ティリー。ウィル、もっと私たちにわかるよう、説明していただけますか?」


 この場にいる誰よりも十一歳以上も年長なターナリィが、姪をたしなめながら、ワイズの王女に詳しく理由を話すように求める。


「はい、それではハッキリと言いますが、我々はネドイルに勝てません。いえ、そもそも勝つだの負けるだの、そんなレベルにもならないでしょう。正直、我々にネドイルとマトモに渡り合うだけの力量はない。このままでは、あまりにも情けない終わりを我々は迎える。私には、それがどうにも我慢できないのです」


「何を言っているのですの! 二十八万の軍勢に、何よりも三千にも及ぶドラゴン。この戦力で、私たちが負けるはずありませんわ!」


 フォーリスは副盟主国の王女だが、この場では学園長や教官に何より発言の権限があり、次に優先される盟主国の王女であるクラウディアであるので、二重の僭越を行うほど、冷静さを欠き、興奮した声を張り上げる。


 対して、クラウディアは無言でティリエランに許可を求め、ロペスの王女が小さくうなずいてから、


「ウィル、勝敗は別にして、戦うつもりなら、東に退かずとも、この地で玉砕を覚悟で留まればいいだけではないのか?」


 ウィルトニアが最後まで戦い抜く点に、疑う余地はない。だが、戦うために東に退く、つまり七竜連合を離れて戦うとなれば、正に本末転倒だ。


 七竜連合に属していれば、連合軍の一員としてアーク・ルーン軍といくらでも戦える。盟主国の王女が、否、国のある王女らと王妹がそう考えるのは仕方ないだろう。


 彼女たちは皆、ウィルトニアと違い、国に加えて希望を失っていないのだから。


 ただ一人、全きの絶望の中で抗う竜騎士見習いは、一筋の光明もない現状がまるで理解できていない味方に対し、哀しげな表情で首を一つ左右に振り、


「私は何も、我々の力を否定しているわけではありません。我ら竜騎士、そしてドラゴン族の力そのものは、アーク・ルーンに劣らぬでしょう。だが、どのような名剣も、子供が振り回しては何も斬れません。逆に、ナマクラであっても達人であれば岩をも断てましょう。同じ武器を手にしても、達人と子供では勝負にもならない。そして、ネドイルは達人どころではなく、怪物。ゆえに、もう一度、ハッキリと言いましょう。怪物と子供では勝負になりません。小さき体は牙を突き立てられ、骨までしゃぶられるのが現実。もし、子供が勝つとすれば、それは童話だけのことです。おわかりですか? 我々はこのままでは、現実と童話を混同したまま、破滅していくことになります」


 幼子が喜ぶような童話を夢想し、アーク・ルーン帝国と戦っている。ここまで現実感覚を否定され、七人の王族は唖然となり、とっさには反応できなかったものの、その中で最も沸点の低い王女が、


「ウィルトニアッ! いい加減にしてくださいませっ! 味方をバカにして、何になるというのですの!」


「私は自分の思い至ったところを述べているだけだ。昨年から我らは十数万の犠牲を出している。対して、アーク・ルーン軍に与えた損害は二千余といったところだ。この数字の一事のみで、敵が戦争の名人であり、味方がど素人であるのは明白だ。もし、この数字に何ら恥ずべきものを感じないなら、我らは子供を指導者に据えた方がマシです」


 痛烈な批判だが、その根拠となる損害比率が損害比率なだけに、フォーリスは顔を真っ赤にしたまま黙り込み、他の面々も反論できるものではなかった。


 無論、七竜連合の中で最も戦死者の数が多いのはワイズ王国である。一方で、アーク・ルーン軍の戦死者の八割近くが、ワイズ兵によるものであるのだ。


 特に酷いのが今年に入ってからで、十万から五十万に増えたりとはいえ、七竜連合の戦死者と捕虜が合計十万近いのに比べ、アーク・ルーン軍のそれは五百に満たない。


 正義のドラゴンが悪の魔術師を倒す、そんな童話にばかり目を向け、現実を見ていない。そんな呆れるような実態を指摘したウィルトニアは、さらにハッピーエンドとは無縁な内容を語る。


「竜騎士が名剣であるとはいえ、それを振るう者が幼児に劣るならば、ネドイルの知謀に我らは一方的に斬り刻まれて終わるでしょう。ゆえに、我らには、一身のことを計るならば、ただちに逃げるしかなく、一国のことを計るならば、ただちに降伏するしかないのです。が、それでも、一矢、報いることをあくまで望むなら、ただ戦うことのみに専心するよりない。私が東に退くのは、ふさわしき持ち手を求めるのに、それ以外の手立てがないからです」


 竜騎士という刃の使い手として、自分たちの父兄がふさわしくない。正しく、侮辱の極みだが、アーク・ルーン軍との戦績を示された後では、身内の自慢などできるものではない。


 現実の苦味を心中で味わいつつも、離反しようとする味方を引き止める言葉を探す一同に、


「竜騎士らが編隊を組み、大空を駆る姿。私は幼き日、その雄大な光景に心を打たれ、竜騎士になりたいと思いました。ネドイルはたしかに怪物であるとはいえ、あの光景がナマクラであったとされ、終わるなど、私にはとうてい我慢ができん。例え、最後の一振りとなろうが、アーク・ルーンに一太刀を浴びせ、ネドイルに竜騎士がナマクラでなかったと思わせねば、死んでも死に切れません」


 本当に一命をかける覚悟を見せられ、クラウディアらは絶句するより他なかった。


 アーク・ルーン帝国の魔道兵器は強力だが、彼の帝国が強い真の理由は、その強力な武器を使いこなすメドリオーやスラックスらのような名将がいるからだ。


 そして、武器として竜騎士は魔道兵器に劣るものではない。ただ、その使い手が大きく劣るだけだが、世界は広い。


 メドリオーを負かしたエクスカンのような名将がいた。シュライナーを破ったサムも、元はアーク・ルーンと敵対する側にあった。七竜連合にもう名将がおらずとも、その東にある国々には、エクスカンやサムのような者がいてもおかしくはない。


 まだ見ぬ名将を探し出し、その者に自分という刃を渡し、アーク・ルーンに折れても構わんとばかりに叩きつけてもらう。ウィルトニアの意図するところはわかり、それが決死の覚悟であるのも理解できたが、


「ウィル、あなたの考えは了解しました。ですから、止めはしません。ただ、あなたはワイズの王女なのですから、父君や臣下の方々に自分の考えを伝える必要がありますよ」


「無用です。そんなことで手足を縛るからこそ、我々は満足に戦えないんです。いずれ冥府で父や母、エクターン、家臣一同、そこに姉上がおり、無責任だの薄情だのと罵られようが、一振りの剣として生きるならば、気にするべきことではない。剣に余計な飾りは不用。ただ、刃を鋭くすることに専心するのみ」


 とにかく時間を稼ごうとするターナリィの思惑も、ウィルトニアの決意の前に潰えると、六人の七竜姫は目配せをしあい、力ずくで一人の七竜姫を何とかする準備に入る。


 その覚悟のほどがわかろうが、ウィルトニアがいなくなれば、七竜連合として大いに困る。敗戦に次ぐ敗戦で少なくなったとはいえ、ワイズ軍は貴重な戦力であるし、何よりワイズ王国を奪取する際、勇名高き王女がいるのと、飲んだくれの国王しかいないのでは、ワイズの民に与える影響が違ってくるというもの。


 無論、七竜姫最強のウィルトニアの実力は言うまでもなく、おまけにこの場にいる一同は皆、武器を携帯していないので、格闘戦が得意なウィルトニアに有利である。ついでに、モニカも恩義のある王女に味方するだろう。


 だが、七竜姫の二番手以下六人にターナリィが加われば、七対二。女同士の取っ組みあいに勝てるという判断も、


「部屋の外にレイドを待機させているのをお忘れなく」


 双剣の魔竜の実力は言うまでもない。小娘らと三十女くらい、叩き伏せるのも不可能ではあるまい。


 当然、クラウディアらだけでは勝てなくとも、学園には竜騎士とその見習いが百人以上いる。ワイズの者たちもウィルトニアを引き止めるとあれば、敵対することはないだろう。


 だが、数で押そうとすれば、ウィルトニアは急所を押さえようとするのは明白だ。


 クラウディアらが他の教官や生徒らを呼び集めようとすれば、ウィルトニアはレイドを使い、七竜姫の誰か、おそらくティリエランあたりを人質に取るだろう。そうなれば、どれだけ数を揃えようが、手出しなどできるものではない。


 そして、そうなった場合、人質の救出を計ったり、あるいは自力の脱出を計ったならば、おとなしくさせるためにティリエランの手足の一本をへし折るのがウィルトニアである。


「では、これでお別れとさせてもらうが、できれば私の出番が回ってこないことを切に願う。そして、武運なく敗れた時は、皆には逃げてもらいたい。降れば、アーク・ルーンの手先となり、私はあなた方を殺さねばならなくなる。そのような不幸な再会だけはないよう、祈ります」


 不吉な別離の言葉を残すや、王女で無くなったウィルトニアは踵を返して歩き出す。


 モニカもミリアーナに、対して一礼するや、踵を返して続いたので、


「モニカ、私につき合うことはないんだぞ。オマエはアーク・ルーンで大貴族として生きて行けるのだ。せっかくの栄光に背を向けることはあるまい」


「何をおっしゃいます。もう私には、ウィルトニア様の側にいない人生なんて考えられません。最後までおつき合いしますから、これからもよろしくお願いします」


 両手を握り締めるモニカの、腰の据わった言葉に、ウィルトニアは「そうか」と短くつぶやき、その命をあずかるのを受け入れた。


 自主退学した二人は会議室を出てレイドと合流すると、モニカの乗竜『レッドフラッグ』の待つ、校庭へと向かった。


 駆け寄り、ひき止めようとする家臣たち、亡国の教官や竜騎士見習いらへの別れの言葉を準備しながら。


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