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竜殺し編17-2

 言葉の意味があまりにも理解不可能すぎて、思考が停止状態にある七竜姫らに対して、フレオールは懇切丁寧に内輪話を語り出す。


「正確には、サリッサがヴァン兄と結婚して、果たして幸せになれるのか。それを見極め、またはそうなるように仕向けるのが、ネドイルの大兄が持てる力を全て用いた、ラブラブ大作戦の全容だ。前にちらっと言ったが、ヴァン兄とサリッサを結婚させ、後継者問題を解決する案があると言ったが、それに無関係ではないと言ったところか」


 妹であるサリッサがヴァンフォールと結婚すれば、トイラックは義兄となる。若く、アーク・ルーンの次代を担う二人が義兄弟となり、絆を強めてより強固な協力関係を築くのは、アーク・ルーン帝国の将来を見据えれば、悪くないどころか、最善の婚姻政策だろう。

 ヴァンフォールは二十歳、サリッサを十七歳であり、年齢的にも実現性が低いものではない。


 細かに情報共有を行っている七竜姫らは、そうした構想があるのを承知しているが、今の彼女たちの記憶力は常の明晰さを失っているところに、フレオールはどうでもいい情報を流す。


「内部体制の強化につながる面もあるが、サリッサは小さい頃からヴァン兄のことが好きだし、その点では問題ない。ただ、懸念材料がないわけでもない。ヴァン兄はサリッサのことを妹のように親しく接してきたし、嫌っているわけではないんだ。サリッサのことは大事にするだろうし、政略として有効なら納得もする人だが、ネドイルの大兄がそれでは納得しなかったんだよなあ」


「この部分に関しては、あの人に同意ですね。男目線の、大事にする、必要だなんてもので、女が幸せになれるわけがないですから」


「重いなあ、ベル姉」


 必要とされてきただけのドラゴンの感慨に、フレオールはしみじみと短くつぶやく。


「もっとも、ヴァン君がリサちゃんと相思相愛になるよう、密偵を総動員するのは明らかにやりすぎですけどね。まったく、一国を破滅に導ける破壊工作ができるからと言って、一組のカップルを成立させられる、恋愛工作ができるってものでもないでしょうに」


「まあ、あのヴァン兄に普通の恋愛をさせろ、ってなると、たしかに国を滅ぼすより難しいわな。普通なら、放って置いても、サリッサみたいな顔が良くて性格のいい娘に好意を寄せられたら、勝手にうまくいくだろうに」


「レオ君が言うと、説得力があるんだか、ないんだか。まあ、そのあたり、ヴァン君はあの人に輪をかけて、極端ですからねえ。ホント、何でイリアにすら、あんな反応をする子に育ったんだか」


「はっはっはっ、地味にショックでしたよ。ゴミを見るような目で見られて。おまけに、二度とツラを見せるなって言われましたから」


「で、一方でベル姉に対しては、女神を賛美するがのごとくだからなあ」


「リサちゃんには、まあ、優しいけど、それも家族愛の延長みたいなものですからねえ。やっぱり、土台、ヴァン君を真っ当にしろなんて、どう考えても無理な話ですよ。私でも頭を抱えますね。恋愛相談をされ、協力を求められた諸将や諸大臣の方々には、ご愁傷さまとしか言いようがありません」


 大宰相から私的な無理難題を突きつけられた同僚たちに、心から同情する魔竜参謀。


 無論、彼らの大半が、いかにヴァンフォールとサリッサをくっつけるかではなく、いかに関わり合いにならないようにするかに、その大帝国アーク・ルーンの要職を担うだけの卓越した頭脳を駆使したのは言うまでもない。


「しかし、機密保持に長けた密偵ならともかく、手当たり次第に周りに協力を求めたのはマズイよなあ。いかに、サリッサの日頃の態度で、ヴァン兄への想いがバレバレでも。だから、当人に大兄のお節介がバレないわけがないんだよな」


 将軍や大臣らは優れた才幹の持ち主だが、密偵と違って情報のエキスパートではない。噂や風聞はすきま風のように、どこかからかもれていくものだ。素人が隠し通せるものではなく、


「たぶん、最後はヴァン君に直接、国のための結婚するのではなく、リサちゃんの今後を考えてから結婚を決めよって詰め寄ったでしょうから、その点はリサちゃんのためにも評価できますが」


「けど、それが決定的だったんだろうな。いかにサリッサがおとなしいって言っても、限度がある。サリッサのことを心配した上でのお節介だったとはいえ、ネドイルの大兄がヴァン兄への想いにトドメを刺した形だからな。まあ、怒るのが当然だ」


「……あのさ、話の流れから、もしかして……あくまで、もしかして、だよ。ネドイルが倒れた原因って、まさか……そのサリッサって子とケンカしたせい?」


 七竜姫の中で最も早く心理的に立ち直り、最も早くイヤな現実に気づいたゼラントの王女が、間違いであって欲しい言わんばかりの表情で、己の推測の正否を確認する。


 ミリアーナの描いた大宰相の人物像に対して、その異母弟は四十四歳の兄の情けない弱点を口にする。


「残念ながら、大兄はそんな残念な人間だったりするんだよ。正確には、怒ったサリッサに、たぶん、大嫌い、とか言われて、ショックで寝込んでいるってところかな」


「……し、しかし、それでは、ネドイルは早晩、また立ち上がって来るということか」


 クラウディアが呻くように声を絞り出すのも無理はないだろう。


 敵国の最高権力者は人間的な弱さゆえ、倒れた。それはとどのつまり、サリッサと仲直りしたら、ネドイルは侵略活動を再開することを意味する。


 が、重要なのはその部分ではなく、こんなことで狂ったように喜んでいる味方をどうするか、である。


「魔法帝国アーク・ルーンの大宰相ネドイルは、養女との仲違いして倒れた」


 そう真実をどれだけ強く訴えようが、七竜連合の上は王から下は民まで、単なる冗談としか思わず、ネドイル倒れるの報は、まだまだ一人歩きし続けるだろう。


 そうして七竜連合の全体に油断や気のゆるみが生じれば、大きな隙を作ることになる。これから決戦を挑もうとする今、そのような隙を見せていれば、アーク・ルーンにそこを突かれて敗北することもありえる。


 バカと天才は紙一重。


 フレオールやベルギアットが今した話だけなら、ネドイルはアレな人間となる。が、それ以外のエピソード、地方の下士官を始点に、史上、類を見ない大帝国を築き上げた独裁者である点を思い起こせば、決して油断していい、ましてや隙を見せていい人物ではないのだ。


 現時点でも、ネドイルの功業は偉大と称するべきものだが、まだその足跡は更なる高みの途上にある。


 その偉人伝において、七竜連合が互角の敵手と描かれるか、あるいは偉業の踏み台の一つとして描かれるかは、これからにかかっているのだ。


 間抜けな裏話を聞いた六人の王女は、笑うとはほど遠い心境で、アーク・ルーンの情報戦略への対抗手段に思考を働かせた。


 間近に迫る、十七歳の娘とケンカして寝込んだおっさんの、壮大な策謀にまるで気づかぬままに。


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