竜殺し編11-2
「ですので、ヴァンフォールを利用し、アーク・ルーンを内より乱すのは可能ですわ」
その日の夜、会議室で六人の王女と王妹に、フォーリスはほとんどミリアーナが仕入れた情報を得々と語り、最後にそう自信満々に締めくくった。
すでにバディン軍はタスタルの、シャーウ軍はフリカの最前線に到着し、ゼラント軍もロペス軍も十日と待たず合流するであろう、アーク・ルーン軍との決戦が迫りつつある中、それを有利するためというより、サムにコケにされたシャーウのメンツを回復するための策動を話し合うため、七竜姫とターナリィはライディアン竜騎士学園の会議室の一つに集っていた。
正確には、フレオールから仕入れた情報を元に、フォーリスが組み上げた策略の草案について、他の七人が可否を判断するというのが、話し合いの主なところだ。
フォーリスは王女であって王ではないし、シャーウ王は七竜連合の副盟主であって、絶対権力者ではない。が、フォーリスは立場上、自らの策略を直に父王に伝えることができるし、その策略の草案に七竜姫全員のサインがあれば、シャーウ王も六人の王に自国の策を通し易くなる。
だから、名誉挽回のために張り切るフォーリスに反して、六人の七竜姫の反応は渋い。
「フォウの考えはわかった。また、アーク・ルーンでは、トイラックとヴァンフォールの間で、小さくない対立がある点も理解できる。が、ヴァンフォールは若年ながら、あの大国の財務大臣を務めるほどの切れ者だ。易々とこちらの思い通りになるとは思えん」
「いいえ、クラウ。そもそも考えるべきは、これらがフレオールからもたらされた情報である点です。策を立てるより先に、情報の真偽を確かめる方が先でしょう」
まず、クラウディアとティリエランが、根本的な問題点を指摘するも、シャーウの王女は余裕たっぷりにそれに応じる。
「ご心配には及びませんわ。ヴァンフォールではなく、我が策の標的はその部下ですので」
「それはどういうことですか? 詳しく教えてもらいたいのですが?」
学園長が生徒に教えを乞う。
フォーリスはその要請に一つ大きくうなずいてから、
「トイラックがネドイルの後継者と目される現状は、ヴァンフォール当人は元より、その部下たちも面白くないはずですわ。敬愛する上司のためと考える部下の方が、自身の行動が正しいと思っている分だけ、視野が狭くなっており、ヴァンフォール自身よりもトイラックの足を引っ張ることに虚心ではいられないでしょう」
献身的な部下ほど、多すぎる忠誠心のため、上司の役に立とうと暴走する危険が高い。純粋な善意や忠義で行動するだけに、周りが見えなくなるので、だますことや利用することが容易いのだ。
「もちろん、ヴァンフォールの部下の中で、ヴァンフォールを次の大宰相にせんと躍起になっている者を探り出し、その者に仕掛ける罠を用意する手間は必要となりますわ。けど、ですから、フレオールの言葉の真偽を確認できることにもなるというものですわ」
フォーリスの策略と提案を実現するには、密偵を遠くアーク・ルーン帝国の帝都まで派遣し、様々な工作を行う必要がある。
当然、その準備だけでもけっこうな時間と手間を要するが、それゆえに工作を行っていれば、自然とフレオールの情報が正しいものか判断できるだけのものが集まるだろう。
だが、この策にはナターシャやシィルエールが看過できない点があり、
「フォウ、もう少しで連合軍とドラゴンの集結が終わるのです。今からその策の実現を待っていれば、せっかくの兵馬が虚しく時をすごすだけではなく、敵が守りを強化する時を与えることになるのですよ」
「アーク・ルーン軍、早く、撃退しないと、いけない。このままだと、みんな、苦しみ続ける」
タスタルとフリカの現状が現状なだけに、決戦の先延ばしなど論外であり、二人の王女はかなり切迫した声を上げる。
が、フォーリスはそれにも動じることなく、
「その点はわかっておりますわ。何も私の策略の正否で、決戦の日時を決めようなどと申しませんので、ご安心くださりませ。決戦は予定どおりに行い、我々が勝ったとしても、それで戦いは終わりませんわ。最低限、ワイズを取り戻し、クラングナの軍事拠点を叩き、当面、侵略ができないようにせねば、連合軍を組み、ドラゴン族の助勢を得る意味はありません。目前に迫る決戦に間に合わずとも、今、内部かく乱を起こす手はずを整えておけば、後の戦いを有利に運べるというもの。我らの今後の戦いを見据えれば、トイラックとヴァンフォールの後継者争い、これを利用せぬ手はないと思われますが?」
最終確認を求めるようにフォーリスが問いかけると、同年なシィルエールはともかく、年長者の五人、特にウィルトニアが問題点を指摘できないことに、内心で失望のため息をもらしつつも、ミリアーナは仕方なく小さく手を挙げる。
自分の見解がフォーリスの気分を害するのはわかっているが、誰も言わないというより、気づいていない以上、指摘しないわけにもいかず、
「まだ何かありまして、ミリィ?」
「うん。先日、ウィル先輩が言った、アーク・ルーン軍が陣地で罠を張り、連合軍を待ち構えている危険性がある以上、ボクたちはそれを探ることに、密偵を総動員すべきと思うんだ。ドラゴン族の助勢を得て、正面から戦えば負けないんだから、向こうの策略や罠を調べ、アーク・ルーン軍が正面から戦うしかない状況を作る。当面はそれに専念すべきだよ」
実のところ、七竜連合の単純な軍事力は低いどころか、アーク・ルーン軍にもひけを取らない。これまで七竜連合が負け続けたのは、弱点を突かれたり、不意を打たれたり、罠にかけられたからだ。
もっとも、マトモに戦えば勝つにしても大きな損害を被るからこそ、アーク・ルーン軍は七竜連合と正面から堂々と戦うのを避けていると言えるが。
「それと、アーク・ルーン軍を撃破した後は、ワイズを取り戻すなら、さらにその後、クラングナ領に攻め込むなら、今からワイズの民を、クラングナの民を味方につけ、決起させる手を打つべきだと思うよ」
昨年と違い、ワイズはすっかりと安定しており、クラングナは征服から十一年が経っているが、アーク・ルーンの支配に不満を抱く民がいないことはないだろう。
そうした火種を密偵らを使って煽り、発火させて回った方が、遠く不確実なヴァンフォールに謀略を仕掛けるより、内部かく乱策としては有効性が高いというもの。
先ほどまでの余裕ある態度は消え失せ、顔を強張らせるフォーリスは、無言で肩を震わせていた。
二つの策略のどちらが優れているかは明白であり、クラウディアら六人もフォーリスに視線で、
「仕方ない、これは」
「諦めるしかない」
と語りかけている。
「はあ」
ミリアーナは再び内心でため息をつく。
自分の意見が間違っているとは思わない。が、世の中は正しければいいというものでもない。
純軍事的に正しいミリアーナの策略は、外交的にはよろしくない。
自らの発言が、フォーリスの策を潰し、シャーウが名誉回復する機会を奪ったので、ゼラントが逆恨みされかねず、シャーウとゼラントの外交に何らかの支障が出るかも知れない、という点にミリアーナも気づいていないわけではなかった。
だが、目前に迫る決戦は、七竜連合の命運をかけた一戦であり、これに敗れれば滅亡の坂道を転げ落ちることになるのがわかっているだけに、ミリアーナも黙っていられなかった。
七竜連合がワイズを失い、タスタルとフリカが三度にも渡る大敗を重ね、内に多数の内通者を抱えながらも、アーク・ルーン軍と対峙してこれたのは、ドラゴン族との盟約によるところが大きい。竜騎士を擁する国々の者は、物心がつく前からドラゴンの雄大さを周りの大人から語り聞かされているので、誰もがドラゴン族に対する畏敬の念を、大なり小なり抱えている。
それが内通者らへの無意識の抑止力となっているが、それとて限度があり、何よりもドラゴン族の援軍を得て敗れた時、内通者らを心理的に抑えるものがなくなることを意味する。
新しい支配者に取り入るため、内通者らが反旗をひるがえすだけではない。今は静観している周辺諸国も、七竜連合の旗色がいちじるしく悪くなれば、アーク・ルーン帝国との交渉材料を確保するため、弱った竜騎士を討ち取ろうと動くこともあり得るのだ。
ゆえに、次の決戦に負けることは、七竜連合が敗滅をすることと同じであり、それ以降にどれだけ必死に抗おうが、滅びの日を先延ばしにする以上のことにはならないのである。
その点が理解できているゆえ、フォーリスに恨まれようが、シャーウとの外交がマズくなろうが、ミリアーナは自らが最善と思うことを述べずにいられなかったのだ。
祖国が滅べば、そんなつまらないことで頭を悩ませることができなくなるのだから。