竜殺し編1-1
登場人物
魔法帝国アーク・ルーン陣営
フレオール……アーク・ルーン帝国の魔法戦士にして、竜騎士学園の一年生。十六歳。
イリアッシュ……元竜騎士学園の生徒会会計で三年生、今は一年生。イライセンの娘。十九歳。
ベルギアット……フレオールの乗竜。人型の際は、見た目十七歳くらいの少女。魔竜参謀の異名を持つ。
ネドイル……アーク・ルーンの大宰相であり、実質的な支配者。フレオールの異母兄。四十四歳。
メドリオー……第一軍団の軍団長。西の神聖帝国と交戦中。亡命者。五十九歳。
シャムシール侯爵夫人……第二軍団の軍団長。悪魔召喚に長けた魔女。二十一歳。
サム……第四軍団の軍団長。北の巨人大同盟を滅ぼす。元農夫。三十五歳。
スラックス……第五軍団の軍団長。東方軍の総司令官。元宦官。二十七歳。
シダンス……スラックスの副官。宦官。五十五歳。
レミネイラ……第六軍団の軍団長。南の精霊国家群と交戦中。先史文明の遺産を所有。元王女。二十一歳。
シュライナー……第七軍団の軍団長。西の神聖帝国と交戦中。亡命者。元メドリオーの副官。四十三歳。
フィアナート……第九軍団の軍団長。東の七竜連合と交戦中。元暗殺者。年齢不詳。
ロストゥル……第十軍団の軍団長。東の七竜連合と交戦中。魔法戦士。ネドイル、ヴァンフォール、ベダイル、フレオールの父親。六十一歳。
ラティエ……ロストゥルの副官。ヴァンフォールの母親。四十歳。
ヅガート……第十一軍団の軍団長。東の七竜連合と交戦中。元傭兵。三十二歳。
クロック……ヅガートの副官。平民出身の魔術師。二十五歳。
リムディーヌ……第十二軍団の軍団長。東の七竜連合と交戦中。元は土司の奥方。四十六歳。
トイラック……ワイズ代国官兼東方軍後方総監。元浮浪児。二十一歳。
ヴァンフォール……財務大臣。フレオールの異母兄。二十歳。
イライセン……軍務大臣。元ワイズ王国の国務大臣。四十歳。
七竜連合陣営
クラウディア……盟主国バディンの王女。竜騎士学園の元生徒会長で三年生。七竜姫の一人。十八歳。
フォーリス……副盟主国シャーウの王女。竜騎士学園の生徒会副会長兼会計で二年生。七竜姫の一人。十七歳。
ナターシャ……タスタル王国の王女。竜騎士学園の生徒会長で三年生。七竜姫の一人。十八歳。
ウィルトニア……亡国ワイズの第二王女。竜騎士学園の元生徒会副会長で二年生。七竜姫の一人。十七歳。
シィルエール……フリオ王国の王女。竜騎士学園の生徒会書記で一年生。七竜姫の一人。十六歳。
ミリアーナ……ゼラント王国の王女。竜騎士学園の生徒会書記で一年生。七竜姫の一人。十六歳。
ティリエラン……ロペス王国の王女。竜騎士学園の新米教官。七竜姫の一人。十九歳。
ターナリィ……竜騎士学園の学園長。ティリエランの叔母。三十歳。
レイド……ウィルトニアの乗竜。ドラゴニアン。双剣の魔竜の異名を持つ。
モニカ……竜騎士学園の二年生。ゼラント出身。十七歳。
ドガルダン……ライディアン市の領主たるロペスの竜騎士。伯爵。五十歳。
二対一。
それが純然たる勝負なら、とっくに決着を見ただろう。
相対する一方は、真紅の魔槍を繰り出すフレオールと、二丁のトンファーを振るうイリアッシュとなれば、この二人を同時に相手取れるのは、現在の七竜連合では、双剣の魔竜レイドしかいない。
右手の剣で真紅の魔槍を打ち払いつつ、左手の剣で二丁のトンファーと打ち合うレイドの動きにいつもの俊敏さはなく、その剣勢も激しさを欠く。
争旗戦の時と違い、旗を背中にくくりつけていないにも関わらず、レイドの動きはその時より鈍く、剣撃もゆるいのは、本気で戦っていないからだ。
双剣の魔竜はアーシェア、イリアッシュ、ウィルトニアをまとめて叩き伏せられる実力を持つ。七竜姫が総がかりでも勝ち目がないだろう。ましてや、フレオールとイリアッシュでは相手にならないどころか、すでに三度も敗北している。
たった二人のアーク・ルーン勢に全敗するという、最悪の事態だけは回避できたものの、今回の野外学習は散々たるものであった。
野外学習での帰路から大半の竜騎士見習いがそうグチをこぼし、その不平不満はライディアン竜騎士学園に戻ってもおさまるどころか、何日にも渡ってくすぶり続けた。
野外学習の最終日に行われた争旗戦で、ベルギアットの特殊すぎる能力により、でんぐり返しを強制されていた半数以上の生徒も、寝泊まりしていた洞穴までたどり着くと、彼女の言うとおり身体の自由を回復できたが、それこそが本日の、レイドによるフレオールらへの実技訓練を実施する要因となった。
雨の山中を延々とでんぐり返しさせられた竜騎士見習いらの全身と運動着は泥まみれとなったが、彼らにとってはそれよりも自らのメンツに泥を塗られたことの方が重要というもの。
学園の一行事とはいえ、祖国の威信にも関わりかねない争旗戦において、為す術もなくただでんぐり返しをしていましたでは、あまりに間抜けすぎる。
元から怒りと憎しみを募らせていたところに、今回の醜態である。悪化した生徒らのフラストレーションを和らげるために、フレオールらが敗れ、地をはう姿を見せることで、生徒らに溜飲を下げさせようとした試みは、本日の放課後、ライディアン竜騎士学園のグランドで行われていた。
この自主訓練が自分たちを笑い者にするのが目的なのも、レイドに勝てないこと、フレオールやイリアッシュとてわからないわけではない。
が、双剣の魔竜と手合わせする機会を示されると、フレオールは二つ返事で応じ、イリアッシュも否とは口にしなかった。
そして、多くの竜騎士見習いのみならず、教官すらも見物する中、フレオールとイリアッシュはすでに、三度に渡ってレイドに一方的に打ちのめされ、見世物としてはギャラリーを大いに満足させている。
四度目の今も、わざと力を抑えたレイドと互角に戦えているというより、必死になって攻めるフレオールとイリアッシュが、あしらわれているような印象があり、周りからは忍び笑いが絶えなかった。
もっとも、この光景にいかなる意味があるか、ちゃんと理解できているウィルトニアとクラウディアは、とても笑える心境ではない。
ちなみに、ティリエランは教官としての職務に精励しており、他の四人の七竜姫も生徒会の業務に努めており、この場にはいない。
たしかに双剣の魔竜はフレオールとイリアッシュの二人を圧倒しているが、それはレイドだからである。勇名を轟かせる竜騎士の中に、二人の敵をまとめてではなくとも、一対一で確実に勝てる者もいないのだ。
竜騎士見習いも同様で、イリアッシュに勝てる者がいない。ウィルトニアはフレオールに勝ってはいるが、それは接戦の末であり、わずかなことでどちらが勝ち、どちらが敗れるかわからないのだ。
だから、七竜姫がいながら、確実に、否、唯一、勝てるレイドに戦わせているが、それはフレオールとイリアッシュが勝てないのを承知で、双剣の魔竜との戦っていることを、何よりもそこには恐ろしい意味が生じている。
勝てないとわかっていて、レイドに叩き伏せられ、見物している教官や生徒らに笑い者にされるとわかっていて、フレオールもイリアッシュも双剣の魔竜と手合わせすることを望むのはなぜか。
それはレイドが強いからである。
そして、強者に敗れることは、弱者に勝つよりも、成長の糧になるからだ。
そもそも、アーシェア、イリアッシュ、ウィルトニアがやたらと強いのは、幼い頃から双剣の魔竜にシゴかれていたからである。
フレオールは争旗戦で敗れてから、ますます双剣の魔竜の武勇に惚れ込んでいるし、イリアッシュは自分が強くなった理由を骨身に染みて理解している。だから、両者は面目を保つよりも、敗北と恥辱を己を高める材料とすることを選んだ。
七竜姫ですら勝てないという点をあっさりと忘れ、自身ではまったく歯が立たないフレオールらの敗北を喜び、敵がさらに難敵になっていこうとしているのにも、まったく危機感を抱かない味方ばかりであることに、この場にいる二人のみならず、他の五人の七竜姫も失望せずにいられなかった。
とはいえ、頼りにならなくとも味方は味方であり、彼らに配慮してやらねばならない立場にあるウィルトニアは、レイドへと念を送って、
「そろそろ終わらせろ」
いかに痛快な見世物であっても、長々と見ていれば飽きがくるものらしく、ギャラリーの反応が忍び笑いからあくびに変わってきたのに気づき、茶番劇の幕を降ろすように命じる。
主からの命に、レイドは一度、大きく後ろに跳び下がり、間合いを取ると、対峙するフレオールとイリアッシュに鋭い視線を投げかける。
無言の内に、手加減を止め、これより本気で打ちかかるぞ、との合図を受け取り、フレオールとイリアッシュは武器を構え直しつつ、乱れた息を整えて、双剣の魔竜の剣撃に備える。
人間と共生しているドラゴンは、いくらか人間社会のルールに通じているが、その上で武道のしきたりや駆け引きも理解しているレイドは、フレオールとイリアッシュから息の乱れがおさまるのを待ってから、地を蹴って間合いを詰めようとする。
「ハアアアッ！」
イリアッシュが膨大なドラゴニック・オーラをいくつも放つが、それを全て斬り払いながら、やや速度を落としながらも、間合いを詰めるレイドの足は止まることはなかった。
言うまでもなく、レイドは双剣を自身のドラゴニック・オーラをまったく覆うことなく、イリアッシュの放つドラゴニック・オーラの力の流れに沿い、ただの刃を入れて霧散させているのだ。
もっとも、イリアッシュからすれば子供の頃から見慣れた光景と芸当なので、驚くことなくドラゴニック・オーラを放つのを止める。
イリアッシュの攻撃で足が鈍ったレイドに、フレオールが突進したからだ。
「ハッ！ ハッ……くっ」
繰り出した真紅の魔槍を打ち払われ、二撃目を繰り出すより先に、レイドの嵐のごとき連撃が始まり、防戦一方となるフレオール。
争旗戦の時と違い、ワイズの旗やらルールやらの、何の縛りもない。また、ウィルトニアの訓練につき合う時のように、いくらかの手加減をする必要もない。だから、本来の地力の差が出れば、フレオールですら十合としのげない猛攻が、レイドの双剣によって繰り出された。
「ハアアアッ！」
が、その猛攻にフレオールがあわや屈しかけた寸前、イリアッシュが横合いからトンファーでレイドに殴りかかる。
本当は、双剣の魔竜の背後に回り込みたかったのだが、それまでフレオールがもちそうになかったので、イリアッシュは早めに仕掛けるより他なかったのだ。
双剣の魔竜はイリアッシュの攻撃を片手でさばきつつ、もう一本の剣でフレオールへの攻撃を続ける。
繰り出される刃が二本から一本に減り、フレオールは一息つくことができなかった。
正確には、レイドがそれを許さなかったと言うべきだろう。
剣の一本がイリアッシュに向けられ、フレオールへの攻めはたしかに軽減した。が、それまでにギブアップ寸前までに追い込み、体勢を崩しかけている相手に、レイドは立て直す余裕を与えなかった。
片手でイリアッシュの攻撃に対応しつつ、もう一方の剣で、苦しい姿勢で耐えるフレオールを崩しにかかる。
当然、フレオールはまず姿勢の立て直しを計ろうとしているが、レイドは力の流れを読んで、姿勢の安定を許さないどころか、少しずつ踏ん張りの効かないように導いていく。
そうした攻防が二十合、フレオールはかなり粘ったが、レイドの一撃を魔槍の柄で受けた途端、その衝撃に耐え切れず、足をもつれさせて倒れてしまう。
そして、倒れたフレオールの眉間に切っ先が突きつけられると、もう一方の切っ先を向けられるイリアッシュは、二丁のトンファーを捨て、両手を挙げた。
実戦ならフレオールにトドメを刺してから、イリアッシュと向き合うところである。訓練である以上、一方が王手をかけられた時点で、もう一方も負けを認めるべきところだ。
あくびをしていた観客らも、レイドが再び本気で打ちかかった辺りから、またフレオールやイリアッシュの追い込まれていく姿に見入るようになり、そして四度目の敗北が決定すると、盛大に拍手を鳴らし、自分が勝利したかのごとく喜んだ。
内心で呆れ果てているクラウディアとウィルトニアの心中にまるで気づかずに。
