野外学習編28-8
突如、空間転移で、別の場所、野外学習の下見で訪れた湖に移動させられたにも関わらず、双剣の魔竜レイドにはわずかばかりも、隙も動揺の色もなかった。
フレオールの作戦は言うまでもない。ベルギアットの空間転移で、ウィルトニアらから引き離したレイドを、総がかりで倒すというものである。
もっとも、その強さをしみじみと理解しているイリアッシュからすれば、それでも勝算は極めて少ないとのこと。
そして、本来なら、イリアッシュも加えて、二人と一頭で一頭を相手取るところを、ウィルトニアに機先を制され、フレオールとベルギアットのみでレイドと戦うこととなった。
もっとも、予定とは異なる展開に、別段、フレオールも動揺しているわけではない。元々、イリアッシュがいても勝ち目の薄い勝負なのだ。
それよりも、ようやく双剣の魔竜と相対したことに、真紅の魔槍を構えるフレオールは、嬉しげに薄い笑みを浮かべていた。
だが、喜色を見せる人間に対して、双剣を腰に下げたままのドラゴンは淡々とした表情で、
「人の世のルールは心得ている。だから、傷つけるわけにはいかんが、それでも我が剣の勝利は揺るがぬ。勝てぬのに、抵抗するは愚か。無駄な敗北を重ねず、速やかにハタを渡すがいい」
「ここで戦わないことこそ、それこそ愚かだ。勝敗など論外。この一戦こそ、オレがここにいる理由だ。せっかくの大好機、負けるぐらいのことで、我が槍は止まらんよ」
「愚かとわかっていて、なお愚かな道を行くか。大半の人間は愚かさを避けて進むが、たまにいるな、愚かさの中に踏み込む者が。ふむ、たしか、イリアッシュの父親もそうだった。汝は、まだそれに比べれば賢そうだ。いや、マシな愚かさと言うのだろうか、人間としては」
「ほう、それがわかるとは、さすがに慧眼だ」
「当たり前だ。人より視力は勝っている」
「いや、そういう意味じゃないんだが」
ベルギアットに比べて、ずっと人間社会の表現に劣るドラゴンの反応に、フレオールはとっさにそんなツッコミを入れてしまう。
無論、魔竜参謀の人間臭さが異常なだけで、レイドはドラゴニアンの中ではズバ抜けて人間臭く、
「まあ、良い。ウィルトニアが来たら、せっかくの好機とやらを逸することになるだろう。始めるなら始めるがいい」
だから、そんな気遣いを見せる。
契約関係にあるドラゴンの位置を、竜騎士は把握できる。ゆえに、ウィルトニアが少し意識を集中させれば、レイドが空間転移させられた先がわかり、長々としゃべっていれば、フレオールは双剣の魔竜と戦うチャンスを失うか、戦っている最中に亡国の王女に乱入を招くことになりかねない。
レイドは腰の双剣を抜き放ちつつ、
「始める前に、我が武勇を評してくれた礼として、リクエストがあれば応じよう」
「クモの業、使えるなら、使ってもらいたい」
「……!……」
人間の不遜なオーダーに、人の姿を取るドラゴニアンの表情が驚愕に染まる。
「なに、同じものを目指すもの。その剣筋を見れば、その振るう先はわかるってものだ」
フレオールに、人間ごときに根源を見抜かれ、愕然とした顔が一転、深い笑みで満ち、
「……なるほど。これは訂正すべきだ。人の身で、その短き生で、あの領域を目指すとは……改めて、訂正しよう。キサマは愚かなり」
嬉しげに、双剣で手近な岩を十字に断つ。
「万物には、力の流れがある。その流れを読み、刃を通せば、このような芸が可能となる。もっとも、我が腕では止まっているものを斬るのがせいぜいだが」
「それだけでも凄いな。オレはまだ、その域にもいっていない」
「百年も槍を振れば、何でも貫けるようになろう。では、その日が早くくるよう、我がクモの業を見た時から今日までの研鑽、披露しようか」
常に無表情な双剣の魔竜には珍しく、顔に嬉しげな笑みを張りつけ、常よりも危険な雰囲気をにじませ、両手で二本の剣を構える。
対して、真紅の魔槍を構えて姿勢を低くするフレオールの横で、
「ガアアアッ!」
咆哮と共に本来の姿となったベルギアットが、長大な尾を振るい、叩きつけた。




