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プロローグ

「叔父上が謀反だとっ! そんなバカなっ!」


 ややくすみのある長い金髪の、凛々しい容姿をした、ワイズ王国の第一王女アーシェアは、体調の良くないその日の昼前、戦陣において最悪のタイミングで最悪の凶報を受け、ただ愕然となるしかなかった。


 ワイズ王国は、ドラゴン族と盟約を結びし七ヵ国、七竜連合の一角である。


 ドラゴンを駆りし騎士、竜騎士を有する七竜連合の勇名は、大陸の東部に鳴り響いており、竜騎士たちは絶対無敵の存在として畏怖されていたのは、先日までの話。

 大陸の中央部、実に世界の四割を支配する大帝国、魔法帝国アーク・ルーンが七竜連合へと侵攻し、すでに三十騎以上の竜騎士が強力な魔道兵器の犠牲となっている。


 位置的に七竜連合の中で、最も西にあるワイズ王国は、アーク・ルーン軍の最初の標的となり、その強きを知らぬまま戦うこととなったのも、今日の劣勢の要因の一つと言えるだろう。


 当初、七竜連合はアーク・ルーン帝国の侵略に、そう強い危機感を抱いていなかった。ワイズ王国だけでも兵馬は十五万、竜騎士も百五十騎を数えていた。しかも、その百五十騎の内の一騎、第一王女アーシェアは、まだ二十歳という若さで、最強の竜騎士と称えられるほどの武勇を誇る。


 竜騎士を擁する七竜連合は、建国以来、周辺諸国との戦にほとんど負けたことがなく、アーク・ルーン軍の降伏勧告に応じなかった結果、ワイズ王国は国境を突破され、野戦でも大敗し、三十以上の城市を落とされ、国土の奥深くへの侵入を許した。


 連戦連敗という戦況に、ワイズ王国のみならず、七竜連合の軍勢も結集し、竜騎士三百騎を含む総勢二十二万の連合軍が結成され、アーク・ルーン軍十万を迎え撃つ。


 対して、アーク・ルーン軍は倍以上の軍勢とマトモに戦うのを避け、クメルという山の中に陣取り、堅く守りを固めて、半分以下の兵で対抗できる態勢を整える。


 クメル山は王都を初め、ワイズ王国のいくつかの要所に通じる街道が側を走っているので、連合軍はこのままアーク・ルーン軍を放置できず、さりとて山から下ろさねば睨み合うことしかできない。


 それゆえ、アーシェアは一計を案じ、敢えて兵力を二分し、十万の別動隊を編成した。


 別動隊は現在、クメル山を大きく迂回しており、数日後にはアーク・ルーン軍の背後に出る。十万の兵が後方に現れれば、アーク・ルーン軍は補給路と退路を断たれることになり、クメル山から下りるしかない。


 下山した所を前後から倍以上の兵で挟撃する。それがアーシェアの作戦だったが、二十二万の兵を十二万に減らしている時に、国務大臣である叔父の裏切りという、最悪の事態が起きてしまう。


 そして、この凶報に接したのはアーシェア一人ではなく、彼女の側に居並ぶワイズ王国の上級騎士たちも、一様に激しく動揺するも、


「うろたえるな。叔父上が兵を挙げたとて、その手勢は千と数百。ここの兵の一部を返せば、すぐに鎮圧でき……」


 動揺する部下らを叱咤している途中で、

「おい、そこなる兵よ、キサマは一人で王都より来たのか?」


 不意に自分の前にひざまずく、叔父にして国務大臣イライセンの謀反を報告したワイズ兵にそのような問いを投げかける。


「さすがは姫様、聡明であらせられる。我らは二十人ほどでやって来ました。陛下はお手際が悪く、こちらへの報告に時間がかかりそうだったゆえ、イライセン閣下の命で、それがしはここにいます」


「なるほど。つまりは、叔父上は国を裏切り、アーク・ルーンに寝返ったわけか」


「御意」


 ワイズ兵がひざまずいたまま肯定すると、アーシェアの側にいる騎士たちのみならず、外がにわかに騒がしくなり、七竜連合の将兵が動揺しているのが伝わって来る。


「……キ、キサマ!」


 混乱したままワイズ騎士たちは、裏切り者の手下を斬り捨てようと、腰の剣を抜かんとするも、


「止めい。私の言葉を認めたのは、死を覚悟した上と見た。裏切り者ではあるが、天晴れな忠義、見逃してやるがいい。今更、そいつ一人を斬っても、どうなるものでもあるまい」


 部下たちを制止すると、アーシェアは立ち上がり、足早に天幕の外へと出る。


 戸惑いつつも、ワイズ騎士らは剣を抜かず、ひざまずいたままの裏切り者を残し、アーシェアの後に続く。


 連合軍の陣地はイライセンの手下らによって、すっかりと自身の反乱が伝わっている上、各所から火の手も上がっており、完全にアーク・ルーン軍ウェルカムな状態が整っている。


 天幕を出たアーシェアはすぐに自分のドラゴンに跨がり、飛翔して上空からまず事態の把握に努める。


 流言と放火で、七ヵ国の将兵十二万は、無様なまでに右往左往しており、そこにクメル山からいつの間にか下りたアーク・ルーン軍の突撃が、連合軍の混乱を増大させていく。


「アーク・ルーンも叔父上も手際が良すぎる」

 舌打ちするアーシェアに、アーク・ルーン軍の魔道兵器から何発もの魔力弾が飛来する。


「ハアアアッ!」


 が、アーシェアは気合いと共にバリアを張り、魔力弾を全て防ぐ。


 竜騎士は乗騎するドラゴンの魔力と能力を借り受け、用いることができる。遠距離からの魔法攻撃など、最強の竜騎士ならずとも、普通なら防ぐのも難しくない。


 が、アーク・ルーン軍からすれば、竜騎士をこれで倒せなくても、動きを封じるだけで充分なのだ。

 竜騎士は指揮官も兼ねている。ドラゴンは大きいので、魔法による攻撃を集中するのに的とし易い。おまけに、魔力弾を全て防がれている間、竜騎士が指揮官として機能しないので、兵の対応と動きが鈍くなる。


 アーシェアは前回、この戦法に大敗しているので、兵たちにあらかじめ指示を与えておき、命令がなくとも敵に対応できるようにしてあるが、この混乱した状況では、兵がどれだけ指示を覚えているか心もとない。


 加えて、兵だけではなく、竜騎士たちも動揺しており、充分に防げるはずの魔法攻撃を食らい、十騎以上が倒れ、兵たちをさらに動揺させる。


 迫り来るアーク・ルーン軍に対して、連合軍は散発的に弓矢で応戦するが、敵軍の先頭を駆ける魔甲獣、魔法でヒフを硬くした巨大な獣の群れにはまるで通じず、その巨体の突進で築いた土塁や頑丈な柵を打ち砕いていく。


 敵陣に踏み込んだ魔甲獣は、二匹一組で太い鎖でつながっている。魔甲獣が駆け回るところ、その巨体と鉄鎖によって、大半が戦うべきか退くべきかで迷う、中途半端な心理状態にある連合軍の兵たちを薙ぎ倒していく。


 魔甲獣に続き、敵陣に突入したのは、毒牙兵。魔法の武具を装備した上、魔力を帯びた刃に毒を塗った部隊である。


 毒はそう強力なものではなく、半日ぐらい痺れて動けなくなる程度だが、乱戦の最中、動けなくなればどうなるか、言うまでもない。


 この毒牙兵が白兵戦に入った段階で、遠距離からの魔法攻撃はピタッと止まる。味方を巻き込むかも知れないから当然のことだが、同時に竜騎士たちもようやく自由に動けるようになる。


「全軍撤退! 王都まで退け!」


 隊列を整えて突入した側と、隊列が整っておらず迎え撃った側では勝負にならない。アーシェアは前回も、こういう展開になった時点で撤退を命じている。


 アーシェアの命が届くと、ワイズ兵は後退していくが、他の六国の兵は退く者と留まる者が出て、まちまちな行動に出る。


 連合軍の総司令官はアーシェアだが、他国の兵は総司令官の命より自国の将の命令を優先する。連合軍ゆえ仕方がないが、その連携の悪さをアーク・ルーン軍は見逃さなかった。


 手頃な獲物であるはずの逃げ惑う敵兵をほとんど無視し、留まろうとする竜騎士らに攻撃を集中させる。


 竜騎士は攻撃力・防御力、共に高い難敵だが、戦い方がないわけでもない。


 一隊が竜騎士の攻撃を防いでいる間、別の一隊が別方向、主にその死角から攻撃し、ドラゴンを仕留める。


 ドラゴンさえ仕留めれば、竜騎士は乗竜の力を借りれなくなり、徒歩の騎士と化す。


 この戦法で三十匹のドラゴンが骸と化した頃には、連合軍の大半が敗走し、アーク・ルーン軍は追撃戦へと移り、逃げ遅れた兵を倒していく。


「退け! 退け! 王都まで何としてでもたどり着け!」


 味方に撤退を呼びかける一方、アーシェアは陣地に留まり、味方を一人でも多く逃さんと、二本の槍を振るって奮戦する。


 敵の耳目を集め、少しでも多く自分が敵を受け持つことで、味方を逃し易くしようとしたが、


「姫様!」


 敵だけではなく、味方の耳目も集め、ほんの一部だがワイズ王国の竜騎士、騎士、兵士らがアーシェアの元へと向かおうとする。


 アーク・ルーン軍は彼ら忠義者の前に立ちはだかるマネはせず、背後から攻撃を加えていく。


「来るな! 逃げろ、オマエたち!」


 背中によほど酷い傷を負わない限り、倒れることのない部下や兵に、アーシェアは叫ぶように悲痛に満ちた声で逃げるよう命じるが、誰一人に王女の命令に従わず、皆、王女の前で果てていく。


 そして、その場に最強の竜騎士と敵以外、生きている者がいなくなった途端、二匹の魔甲獣のみが残り、他は逃げる人とドラゴンを再び追い始める。


「ハッハッハッ、しんがりすら、味方を逃がすことすらできないのか」


 無力感に打ちのめされ、アーシェアは乾いた笑い声を上げる。


 最強の竜騎士と称えられた力、それをいくら振るおうが、たった二匹の魔甲獣すらどうすることもできない。


 その絶望的な現実に対して、


「ハアアアッ!」


 アーシェアはあくまで抗い続け、そして行方不明となった。


 クメル山で大敗した連合軍は、それに留まらず、アーク・ルーン軍の執拗な追撃と、王都タランドを反逆者イライセンが制圧したこともあり、再集結することも許されず四散してしまう。


 それだけではなく、本隊壊滅の報を受けた連合軍の別動隊十万は、陥落したワイズ王国の王都に急行する途上、アーク・ルーン軍の待ち伏せを食らい、背後から強襲された結果、為す術もなくこちらも大敗・壊滅の憂き目にあう。


 まとまった戦力と王都を失ったワイズ王は、辛うじて義弟イライセンの手に落ちず、王都から脱出するも、アーク・ルーン軍のために自国に留まることができず、他国に亡命してワイズ王国は滅び、七竜連合は実質的には六竜連合となってしまう。


 そして、ワイズ王国の全土を支配下に収めたアーク・ルーン帝国は、七竜連合に対してさらに四個軍団、約四十万の軍勢を差し向けた。


 かくして、魔法帝国アーク・ルーンと七竜連合、その戦いはより苛酷かつ熾烈なものへとなっていった。


 亡国ワイズで起きた戦いの数々が生易しく思えるほどに。



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