空論
曲がり角での唐突な出会い・・・。最低の朝に始まり、転校生と新たなクラスメイトとして最悪な再開を果たした一組の男女が織り成す、ドタバタラブコメディ!
そんな話も始まりません。
ある王国に、権力を極めた男がいた。一遊説家から大国の大臣にまで上り詰め、若き王への発言力も絶大。彼主導の政策は国に富を与え、国民からの信頼も厚い。王宮よりも広い彼の邸宅を彩るのは、贅の限りを尽くした絢爛豪華な調度品に、世界各地の美術品。別荘十棟に妻十五人、口に入るは最高級品ばかりと、覇者と呼ぶに相応しい人物であった。
そんな全てを手に入れたに等しい彼を、唯一悩ませる事があった。論議する相手がいないのである。かつて諸国を渡り歩いた若き日の彼は、東に名のある論客あらば、論を交わしに馬車を飛ばし、西に困窮する王国あらば、官職に就いて立て直しと、盛んに活動していた。しかし、今や立場ある人間として国を離れる訳にもいかず、何より長旅に耐えられるような歳でもなかったのだ。そんな彼に、身の回りの世話をする弟子がこんな提案をしてきた。
賞与を出し、相手を募集してみてはどうか。
彼はその案に喜んで賛成し、早速あくる日には国中にお触れを出していた。
我を言い負かした者、褒美をとらす
しかし、彼も殆ど弁論のみで一国の頂点に上り詰めた程の男。募集に応じる者は中々現れなかった。そんなある日、彼の故郷から彼を訪ねる者がいた。かつての論の師である。百は裕に超えているであろう師が、遠路はるばるやってきたのだ。喜んだ彼は師を手厚くもてなした。どうやらお触れを見たらしく、小生意気な弟子を嗜めに来たのだという。その事に大いに喜んだ彼は、早速かつての師と語り合った。しかし、師が老いたのか、彼が上手であったのか、ともかくいとも容易く師を言い負かしてしまう。期待が大きかった分、彼の落胆と怒りは凄まじかった。怒り狂った彼は、部下に命じる。
この醜い老人の首を刎ねてしまえ
数日後に彼の屋敷を訪ねて来たのは、彼の国でも英雄と称される、新進気鋭の若き将軍であった。舌でのし上がった彼とは対照的に、力で一兵卒よりのし上がった将軍。立場は違えど似た境遇に、彼は大いに期待した。しかし、将軍の力強い弁も、結局彼に敵う事はなく、怒り狂った彼は、部下に命じる。
この驕った若者の首を刎ねてしまえ
数日後に彼の屋敷を訪ねてきたのは、身なりの汚い少年であった。襤褸を纏い、異臭を放つ少年に、屋敷の誰もが顔をしかめた。彼も客間に通すことをためらったが、用件が用件である。仕方なしに少年を宅に招き入れ、論を交わした。
驚くべきことに、彼の完敗であった。今まで彼が作り上げてきた自信が、一人の少年によって完膚無きまでに叩きのめされた。どの切り口で少年を攻めても、躱されるか手痛いしっぺ返しをくらうばかり。逆に少年の論は、彼の中の信条さえも揺らぎかねない程であった。怒り狂った彼は、部下に命令する。
この生意気な餓鬼の首を刎ねてしまえ
どうも私は理不尽が好きなようです。