再び夢の中へ
後半戦スタートです。
めぐみは夢を見た。明晰夢のようにハッキリとした夢ではなく、全体的にボヤけている普通の夢。
夢の中では虎龍が誰かと戦っていた。
両手に持つ秋刀魚の刀を目にも止まらぬ速さで振っている。
夢の中ではランドルフ・カーターも戦っていた。
複数の黒い悪魔のような生き物を携えて。
そして。
その二人と戦っている人物がいた。幼馴染みの夕司だ。片手に歪な剣を持って。
その傍らには夕司を護るように、あの奇麗な夕司の姉がいた。
「ウソでしょ…………まだ、なの……?」
翌日の土曜日、めぐみは朝から夕司が入院している病院へ来た。昨日めぐみが病院を出てから一二時間くらい経っている。自分が病院に行く頃にはきっと夕司は目覚めているだろう……そうめぐみは思っていた。しかしそんな安易な期待は裏切られた。
カーターも、夕司も、二人共まだ目覚めていない。昨日と同じ体勢で寝たままだった。
「ウソでしょ夕司! 二度寝してんじゃないの!? ねえ、起きてよ夕司!」
返事はない。
昨日と同じ状態。どれだけ揺らしてもどれだけ声をかけても全く反応しない。隣にいるカーターも同じだった。
彼らはまだ『夢の国』の中にいるということだ。
「なんでまだ捕まえられないの……? とにかくわたしも『夢の国』に行かなきゃ」
待つという選択肢はない。今度こそ自分の手で夕司を現実の世界に戻してやろうと決心した。
めぐみは昨日と同じようにカーターの隣に座り、一応カーターの手を握って、目を瞑る。しかし…………、
「うー……眠れない」
めぐみが寝たのはつい四、五時間前。そして起きたのがつい一、二時間前。とてもではないが眠れる状態ではなかった。めぐみの目と頭は超ギンギンだ。
「うぅ……。眠れないと『夢の国』に行けない。どうしよう…………そうだ! もしかしたらアレがあるかもしれないッ!」
めぐみはある物を探して病室を飛び出て、ロビーへと向かう。
それは医学雑誌。しかもオール英文の完全海外雑誌だ。
正直めぐみはそこまで考えてはいなかった。単に、病院なんだからむずかしー本がもしかしたら置いてあるかもしれない……そんな程度しか考えていなかったが、どうやら当たりを見つけたらしい。
「全部英語ってのがありがたいね。何て書いてあるかぜんっぜん分かんないわ」
「コラ! 持ち出しは厳禁です!」
「すいませーん! あとで返しますぅ――!!」
すぐさま回れ右をして、急いで夕司の病室へと逃げ込む。
夕司の病室に戻ってきためぐみは一旦高鳴る心臓を落ち着かせ、拝借してきた医学雑誌を開いてみる。
「うぃず、あどず? おーぷん……あせす……?」
どうやら医学雑誌は期待を裏切らなかったようだ。最初の一文すら何て書いてあるかめぐみには分からない。理解できない。むしろ読めない!
白衣姿のおっさんの写真とか、何に使うか分からない巨大な機械の写真とか、球と棒が繋がってなんか立体的な造形の絵とか……最終的には何を現しているのか全く分からない図まで出てきた。
ナニコレ? ワケワカンネー。
すでにめぐみの頭の中はそんな単語で埋め尽くされていた。とうとうイラストさえ理解できなくなったところでようやくめぐみに眠気が襲いかかってくる。
しかしめぐみはここで気を抜いたりはしない。眠気と戦いながらも、必至に『夢の国』のことを考えていた。正確にはあの『焔の神殿』と呼ばれた所にいったあの時の感覚を思い出している。
思い出して。
想像して。
感じて。
そして――――、
「――――あれ?」
不透明だった意識が急に鮮明になった。
棒立ち状態のめぐみは辺りを見回し、オレンジ色に染まっている壁を見てめぐみは既視感を感じた。そして唐突にこの場所を思い出す。
「あっ! ここあの時の神殿だ! じゃあ成功したんだっ」
なんて名前だったかは忘れてしまったが、とにかくここが『夢の国』に繋がる神殿であることは、身をもって覚えている。
めぐみは迷うことなく走り出し一直線にあの〝門〟を目指した。
深き眠りの門。
めぐみの何倍もある巨大な門は変わらず堂々とそびえ立っていた。ここまででかいと逆に訪問者を追い払うかのようなイメージがしてしまうが、この門を開くには特別呪文を唱えるとか、専用の鍵を使わなければならないとかは無い。触れさえすれば、誰でも開くことが出来る。
よって。めぐみは走るスピードを落とさず、門に突撃して行った。近くに来ると門の両脇にいる二人の神官に「お疲れ様!!」と簡単に挨拶して、めぐみは走りながら右手を門に突きだした。
景色が一変する。
快晴のように青い空を上に、めぐみは世界地図には載っていない大きな大陸に落下していった。
『夢の国』に戻ってきたのだ。
めぐみは慌てたり、動揺したりせず、真っ直ぐ重力に乗っかって下へ下へと落ちていく。
そして目的の場所が近づいてきたら、めぐみは〝想像力〟を使い飛行を開始する。しかし前回の失敗から学び、無理に宙へ浮こうとせず、まるで坂道でアクセルを踏んだ車のように斜めに落ちながら緩やかに減速していった。
目的の場所は当然ウルタールの街。めぐみは適当な民家の屋上に静かに降り立つ。
「……やけに静かね」
もともとウルタールは落ち着いた街だが、昨日来た時よりも静かだった。更に、ウルタールは猫の街として有名で、ちょっと歩けば様々な種類の猫達にたくさん会えるはずなのだが、その猫すら見当たらない。
「猫ちゃんがいない……? 人間も見当たらないし…………どうしたんだろ。まあいっか。とにかく夕司を探さなきゃ」
再度〝想像力〟で空を飛び、移動しようとしたその時だった。
「ゴアァァアアアアアアアアア!!」
「へ? ――きゃっ」
間一髪。
横方向から奇妙な声をあげる何かが高速で突っ込んできて、めぐみはそれを紙一重で回避した。
「な、なになに? 鳥? ……にしては大きすぎるし、何か変……って、またこっち来る!?」
鷹よりも巨大なその鳥のような生き物は、大きくUターンして、またしてもめぐみに向かって突進してきた。一直線に滑空することで一気にスピードを上げてくる。
「う、うわあああああああああああッ!!」
即、逃避。〝想像力〟をフルに使って全力で逃げ出した。
しかし残念ながらスピードはあの鳥の方が上だった。しかもめぐみは縦横無尽に空を飛んで逃げているのに、相手は小回りも利くのか完全に追尾してきている。
徐々に両者の間隔が狭まってきた。仮にあの変な鳥に捕まったら自分はどうなるのだろうか、と考えるだけで体に寒気が走る。
「(迎え撃つしかない……ッ)」
めぐみはクルッと反転し、奇妙な鳥と真正面に向き合いながら後方に逃避する。
両手で忍術のマネをしながら、〝想像力〟で新たな物を創り出す。
「めぐみ流遁術! 〝雪景色〟!!」
それは先日めぐみが編み出した逃走術。目の前に視界全部を覆い隠すほどの大きな白い『シーツ』を出現させた。
めぐみは急いで下方向へ逃げ出すと同時、あの奇妙な鳥はシーツに突っ込み、視界を奪われたまま飛行したそれは数十メートル先のドーム状の建物に激突した。
「はぁ……はぁ……、あぶなかった~」
ドーム状の建物に激突した鳥は、そのまま地上に落下しピクリとも動かなくなった。一応一分くらい様子を見てみたが動く気配はない。気絶したか、それとも死んだか。
「どうしよ~。これって動物虐待? でも逆にわたしの方があぶなかったしなー。……ん? 誰か出てきた」
ドーム状の建物の中から軍服姿の猫が数匹現れた。ここからでは距離が遠くて顔までは見えなかったが、あの軍服には見覚えがあった。
昨日、赤猫の将軍と一緒にいた猫の兵士。
「昨日の猫の兵士だ。ん~、どうしよう。できれば話を聞きたいけど、聞いてくれるかな~?」
昨日のいざこざを思い出し彼らに近づくべきかどうか悩むめぐみ。できれば夕司やカーターのことを聞きたかったが、果たして彼らがちゃんと対応してくれるだろうか? 一応釈放された者の、めぐみはこの世界では前科扱いされてるかもしれない。
が、ぐだぐだと悩んでいたのが間違いだったらしい。
「あ、れ?」
いつの間にか猫の兵士に囲まれていた。
「さっきのは貴様の仕業か!? さては貴様、殺猫犯の仲間か?」
「あー、もう。だからそれ昨日言ったじゃん! わたしネコなんて殺してないって! カーターさんの話聞いてないの?」
「カーター? ランドルフ・カーターのことか?」
「そうよ! わたしその人も探しているの。どこにいるか知らない――――って、ぐるぐる回りながら話すのヤメテって昨日も言ったでしょ!? 話づらい! もう鰹に乗るの禁止!!」
逃げないから降りて話そう、というめぐみの提案を猫の兵士達は最初聞き入れてくれなかったが、カーターの知り合いだということと自分の本名を言った途端素直に対応してくれた。どうやら昨日めぐみが直接戦った猫の兵士じゃないらしい。猫好きのめぐみでさえ、猫の区別は難しかった。
「つまり殺猫犯が堂々と表に出てきて、ウルタールの猫ちゃん達を殺しているのね」
「それだけでなく怪物も使って襲ってきてる。さっき君が倒した『シャンタク鳥』もその内の一つだ」
「で、カーターさんはどこ?」
「今、その殺猫犯と戦っていらっしゃる。殺猫犯が捕まるのも時間の問題だろう」
「そこにいるのね。……その殺猫犯てどこにいるの?」
「残念だがおしえる訳にはいかない。今そこはかなり激しい戦闘になっているハズだ。巻き込まれる上に、戦闘の邪魔になる。今ウルタールに住む猫や人間達はほとんどが批難しているんだ。君も彼らと一緒に犯人が捕まるまで批難してるんだ」
「教えてくれたら〝マタタビパウダー〟あげるから」
「君、マタタビを人間で言うビールと勘違いしてないか? あれはどちらかというと覚醒剤に近い」
「ならチューしてあげる♪」
「いい加減にしなさい」
「ぶー」
なぜ自分の〝チューしてあげる♪〟作戦がなかなか成功しないのか本気で悩むめぐみ。
しかし切り替えの早いめぐみは、ならばと別の作戦に出た。
「こしょこしょ……こしょこしょ……」
「あごに触るなうっとおしい!」
「うーん、あなたはダメね」
「?」
「じゃあ次は隣のあなた」
「えっ……」
「こしょこしょ……こしょこしょ……」
「あ、ちょっ……ヤメ……ッ!」
「こしょこしょ……こしょこしょ……」
「あ! コラッ、ヤメろ……ああッ!!」
キラーン☆ とめぐみの目が妖しく光る。
「ふふーん。気持ちいいでしょー? こしょこしょ……」
「ああッ!! きもちっ……いい! あっ……あうッ」
「おいコラいい加減にしないか」
他の兵士達が強引にめぐみとあごを撫でられて感じまくっている同僚を引き離す。
ゼーゼーと息を切らす猫兵士に対しめぐみは、普段使う場面すらない色気のこもった声色でトドメを差しにいった。
「気持ちよかったでしょう? ね、今度は二人っきりでやらない? どこか邪魔の入らない所で。もっと気持ちいいことしてあげる」
「も、もっと……?」
「うん。カーターさんが今いる所を教えてくれたらね」
顔を近づけながら言うと猫の兵士はあわてふためいた。すかさずめぐみは片手で優しく猫の兵士のあごを撫でてやる。
「(これで堕ちたわ!)」
だがここで当然のように横から邪魔が入った。
「そこまでだ」
最初、めぐみのあご下ナデナデ攻撃が全く通用しなかった猫兵士が、めぐみの手を軽く叩いて言った。
「誘惑するのは勝手だが、情報の盗みだけは目を瞑れないな。こっちは仕事なんだ」
「いいじゃない別にィ。今すぐカーターさんに会いたいの! わたしだって遊びじゃないんだから」
「ほんの少しの辛抱だ。大人しくしていなさい」
いがみ合う二人。すると近くから弱い声が聞こえてきた。
「北にある猫の神殿」
「え?」
「貴様っ!! 何洩らしているんだ!」
同僚の愚行に一喝する猫の兵士。
「ここから北にあるネコの神殿にカーターさんがいるのね!? それ方向どっち?」
怒りの形相で睨む同僚を怯える目で見つつも、素直に教えてくれた猫の兵士は震える手で自分の右後ろを指した。
「ありがとう!」
めぐみは情報を漏洩してくれた猫の兵士に抱きつく。
幸せいっぱいの猫兵士の表情は一瞬だけで、同僚の拳骨によってすぐにその夢は覚めた。
「じゃあわたし行くね! あ、約束はちゃんと守るよ。いつになるか分からないけど」
「行かせるか!!」
三匹の猫の兵士によって、めぐみは迅速に包囲されてしまう。うち二匹の兵士がめぐみを捕らえようと手を出すが、めぐみはそれをしゃがんで避けた。
それと同時。めぐみはあの忍者のポーズを取っている。
「何をしている?」
「もう発動しているわよ。めぐみ流遁術・其の四。〝タライ落とし〟」
「なにを言って――――ばブゥッ!?」
めぐみを取り囲んでいた三匹の兵士の頭上に巨大な金色のタライが激突した。
兵士が怯んだスキにめぐみは包囲を抜け、〝想像力〟で宙に飛び出した。教えてもらった北の大聖堂の方へ向きを変え、一気に加速する。
「待てェええええええええええええええ!!」
後方から猫の兵士の怒号が響く。振り返れば四匹の兵士が空飛ぶ鰹に乗って追いかけてきた。
一度めぐみはあの鰹のスピードを目の当たりにしている。とてもじゃないが振り切れるスピードではない。確実に追いつかれる。
「当然よね。仕方ないなぁもう」
後ろ向きで飛びながら『術』を使おうとしたその時だった。
「「ゴァアアアアアアア!!」」
「え?」
後ろから……つまりはめぐみが進んでいる方向から怪物の鳴き声が聞こえた。慌てて正面に向き直るとさっきめぐみが倒した怪鳥が三体こちらに向かってきている。
「え、やばっ! 挟み撃ち!?」
その場で慌てふためき、とっさに下へとめぐみは逃げ出した。その一秒後には猫の兵士と怪鳥が激突し、戦闘が始まる。
「い、今なら逃げられるチャンス?」
めぐみは彼らにバレないよう、住宅街の中を通りながら安全圏まで避難し、再び街の上空へと出る。
「死なないよねネコの兵士さん達」
なーんて罪悪感にとらわれていたら、ネコの兵士達が怪鳥を一匹倒し、更に二匹目も瞬く間に倒し……を遠目に見てめぐみは慌てて北の神殿へと飛んでいった。




