『夢の国(ドリームランド)』
「あれ? ここは?」
ボンヤリとしていた景色が急に鮮明になり出した。さっきまでは何も考えずにただ流れてくる映像を眺めていただけであった。否、考えなかったのではない。考えようという意識自体なかったかもしれない。
でも今は違う。ここはどこなのか。自分は誰なのか。何故こんな所にいるのか………次々と浮かび上がる疑問に対して考えようという意識が確かに自分の脳で働いている。
ここはどこなのか? ……それは分からない。普段の生活では余り見かける機会が少ない石造りの壁。照明には蛍光灯ではなく松明を使っている点も、ここがどこなのかという疑問に拍車をかける。しかしここ、どこかで見たような既視感を感じる場所でもあった。
自分は誰なのか? ……それはハッキリと分かる。雲英めぐみ。それが自分の名前であり、改めてめぐみは自分の事を雲英めぐみだと認識する。
「わたしって何でこんな所にいるんだろう……? と言うより、ここどこかで見たような気がするんだよな~。いつだっけ?」
とりあえず辺りを見回すめぐみ。すると自分のすぐ横に誰かが立っていることに気づき、ビックリしてしまった。
「ひゃっ! だ、誰っ!?」
「おやおや。ようやく意識がハッキリしてきましたか? ミスめぐみ」
「あっ! あなたは……」
「さ。先に進みましょうか。〝門〟はすぐそこです」
「……誰だっけ?」
隣に立っていた男が盛大にコケた。
「ウソウソ。冗談ですよカーターさん!」
「やれやれ……。あなたは見た目通り、少々お茶目なところがありますね」
日本語を流暢に操るイギリス人のランドルフ・カーターは、灰色のスーツをパンパンと叩きながら立ち上がる。
背が高く、短い金髪をオールバックに固めた髪型、碧い瞳、そして端整な顔立ち。端から見ればイケメンな彼も年齢は四五歳なのだ。端から見ればとうていそうは見えないが。彼は、四日も目が覚めない神矢夕司を治すためわざわざイギリスから日本に来たのである。
「ねえ、もしかしてここが『夢の国』?」
めぐみがどこか楽しそうに言う。ここに来た目的は幼馴染みの夕司を捜すためなのだが、気分的には遊びに来た感じだ。
「いえここはまだ『夢の国』ではありません。ですがもう虚数世界に入っています」
「あー、きょすうセカイね。はいはい」
明らかにカーターの言っている事が理解できていない口ぶりだ。ここに来る前の、病院の個室での説明も半分以上は理解できていなかったのだ。
「さあ、こちらですよミスめぐみ。『夢の国』の入り口へ向かいましょう」
「あ、はい」
カーターが先導して一本道の奥へと二人は歩き出した。めぐみはカーターの斜め後ろに付いて歩いて行く。
「そういえば長い階段がなかったんだけど?」
めぐみがふと疑問を口にする。この前は確か気の遠くなるような長い階段を降りてきてここに来たことをめぐみは思い出した。
「いいえ。ちゃんとミスめぐみはあの長い階段を降りてここに来ましたよ。ただ意識がハッキリしていなかっただけです。意識がハッキリするタイミングには個人差がありますが、この神殿にまで足を踏み入れれば必ず意識が鮮明になるようになっています。……因みに今回は私が無理矢理、めぐみをここまで引っ張って来たんですがね」
「あらそうなの。ありがと!」
「どういたしまして」
「……ん? カーターさん今、ここのことを神殿って言わなかった?」
「言いましたよ。ここは焔の神殿。『夢の国』への玄関口みたいな所ですね。ここには二人の神官がいるのですが、前回会いませんでしたか?」
「会った会った! のっぺらぼうな仮面を被った人達でしょ? あれ変ですよねー」
「変ですか……。ハハ……」
笑いながらお喋りしているとすぐに、二人は大きな広間に出た。めぐみが通う高校の校庭よりも広そうな面積に、天井もかなり高い。五階建て校舎と同じくらいだろうか。そして、この広間の奥には――、
「あっ! あの時の大きな〝門〟!!」
めぐみが指で差しながら大声で叫ぶ。
「あれが深き眠りの門です。『夢の国』はあの門の先ですよ」
そうカーターが説明するも、当のめぐみは全く聞かずに門へと駆けだしていた。カーターは小さく溜息をつき、ゆっくり歩いてめぐみの後を追うことにした。
「やっぱり……あの時の門だ」
めぐみが深き眠りの門へ先に到着する。門の全長はここの天井に届きそうなくらい高く、また横幅も一〇メートルくらいある。とにかく大きい。本当にこんなものを開けることができるのか? と思いたくなるくらい大きくて重そうな門だ。
そして門の中央。どこの国も文字か分からない文章が三行刻まれている。でもめぐみはあの時と同じように、その文章が何て書いてあるのか読めた。
「《深い眠りの底の底、深き眠りの門はあなたを夢の国へと誘う。全ての幻想が、全ての存在を創造する夢の世界。夢見る人に、良き夢を》」
カーターがその文章を読みながら、門に近づいて来た。
「カーターさん」
「良い文章ですね。私はこれが好きなんですよ。この短い文に『夢の国』の全てを表現しているようで」
「なんでカーターさんてこの世界に詳しいんですか?」
「何度もここに足を運んでいるからですよ。多分、夢見る人の中では一番ですね私は」
カーターが門の手前までやって来ると門の両脇にいる二人の神官が頭を下げた。「自分の時はピクリとも動かなかったくせに」という不満をめぐみは小声で言った。
「カーターさんあの二人知り合い? 何であの人達はカーターさんに頭を下げるの?」
「まあ二人の事についてはまたの機会に…………さあミスめぐみ。いよいよこの先が『夢の国』です。心の準備はいいですか?」
「うん!」
「それでは……」
カーターが片手を門にかざす。
格好いい魔法の呪文で門を開けるのかな的な期待の眼差しで見ていためぐみだが、カーターは特に呪文や魔法などといったものなどを使わずに、普通に手で門を開けてしまった。
ちょっと押しただけで門は簡単に、そして独りでに後ろへと開いていく。そこから目映い白光が差し込んできて、思わずめぐみは両手で顔を覆った。
そして次に目を開いたときにはもう世界が変わっていた。
「え? ――――い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
という疑問。そして悲鳴。
それもその筈。めぐみの体は、落下していた。
「たすっ――、たすっ――、助け、てぇえええええええええええええええええ!!」
おそらくここは空だ。
めぐみより上空には青空が広がり、左右には雲もある。太陽光もあるのか、昼の快晴のようにとても明るい所だ。更には、めぐみは気づかなかったが、何十個もの島々が空に浮いていた。
そして落下する方。下には大陸と海が広がっている。森や山といった自然も見られるし、所々大きな都市や街もあるようだ。
しかし今のめぐみの頭では、そういった冷静な観察などできなく、ただただ落下する恐怖に対して喚くことしかできなかった。
「きゃあああああああああああああああああああああ!!」
こんな時に、普段は悪いはずのめぐみの脳は数十分前のカーターの言葉を思い出す。
『もしその世界の中で死に至るような傷を負えば当然死にます』
ゾッ、とめぐみの体に寒気が走った。
「ヤバイ死ぬ! 死ぬゥ!!」
半泣きしながらも手足をバタつかせるめぐみだが、両手両足はむなしく空を切るだけだった。
地上まであと何百メートルあるか。墜落するまでもう数分もないことはめぐみにも分かる。ここに来たことを今更後悔しても、もう遅い。それでも。めぐみはここに来たことをマジで後悔していた。
もうめぐみは半泣きではなく、マジ泣き状態になっていた。そんな時、聞き覚えのある声がめぐみの耳に入ってきた。
「ヘイめぐみ! スカイダイビングを楽しむのもいいが、そろそろ鳥にならないと人間隕石になってしまいますよ!」
ランドルフ・カーターだ。まるで滑空をしているかのような体勢でめぐみの横に近づいていた。
キラッ☆ と余裕に爽やかスマイルを見せるカーターにめぐみは猛烈に助けを求めた。
「カーターさん!? ちょ、冗談言ってないで何とかしてよ! は、早くしないとマジ死んじゃう!!」
「いやいや冗談じゃなくて、本当に鳥のように空を飛ばないと音速で大地にキッスする羽目になりますよ」
「わたしは鳥じゃない!! 人間が空を飛べるわけないでしょッ!!」
「めぐみ、もう私の話を忘れてしまったのですか? ここはどんな夢も叶えることができる『夢の国』です」
「だからそれが何!?」
もはや考えることを放棄しているようだ。どのみち、回転の遅いめぐみの頭では考えている間に地面に激突するだろう。
「本当に仕方ないですね君は。〝空を飛びたい〟、〝私は空を飛べる〟というふうにイメージするのです。ホラ、日本の有名バンドも歌っているでしょう? 空も飛べるはず――って」
「古っ! そんなこと言ってる場合じゃ――」
「それじゃ、私は先に鳥になってますよ」
カーターはめぐみの周りを二周ほど円を描くように回り、そして重力に逆らうように上へと上がって行ってしまった。
「ウソッ!? ホントに飛んでる!?」
もう悩んでいたり、疑っている時間はない。めぐみがいる高度はもうそれほど高くはなかった。もって数十秒。死ぬ気で空を飛ぶイメージをめぐみはした。
「わたしは空を飛べるわたしは空を飛べるわたしは空を飛べるわたしは空を飛べるわたしは空を飛べるわたしは空を飛べるわたしは空を飛べるわたしは空を飛べる――――」
そして最後に力いっぱい自分が飛んでいるイメージをしてこう叫ぶ。
「飛べッ!!」
次の瞬間、めぐみは飛んだ。
いや。
浮いた、が正しい表現だ。
めぐみの体は落下することを止め、その場に静止したまま宙に浮いている。つまり、めぐみの体は急ブレーキをかけたことになる。
よって、
「おヴッ!!」
強烈な負荷がめぐみの全身を襲った。激痛によりめぐにの頭の中は『痛い』というイメージで埋もれていく。
『飛ぶ』というイメージをなくしためぐみはお腹を押さえるように丸くなり、再び、落下を始める。
「やれやれ」
すかさずカーターが急降下してめぐみをキャッチして、お姫様だっこのようにめぐみを抱える。
「大丈夫ですかめぐみ?」
「うっ…………カーター、さん……。わ、わたしはもう………ダメ……夕、司に……会ったら…………つ、伝えてほしい……の」
「I love yuo……ですか?」
「二年前……貸した一〇〇〇円返せ……って」
「元気そうですね」
「いやでもホント体痛い。ちょっと休ませて」
めぐみの希望通り三、四分休憩を取った。お姫様だっこを存分に堪能しためぐみは完全復活を果たしたのだが、その後にカーターが「本当はそういった痛みも夢の国でイメージすれば消せるのですけどね」と付け足したことにめぐみはショックを受けた。
「いいですか? ここ『夢の国』は私達がもと居た地球の環境とほぼ一緒です。空気も重力もあります。ですからさっきみたいな急ブレーキをかければ、その反動が体にモロにかかります。もちろん『夢の国』ではそれすらもイメージ一つで消すことは可能ですが、より高度な〝想像力〟が必要なので、今のめぐみには到底無理でしょう」
「イマジネーション?」
「はい。『夢の国』で物や力を〝創造〟するときに使う力です。先程めぐみが宙を浮いたのも、今私が宙に浮いている力も〝想像力〟で〝創造〟しているのですよ」
「う~~~~ん。よく分からないけど、その〝イマジネーション〟ってやつでこの世界では何でもできるって話?」
痛みが完全に消えた状態でも未だお姫様だっこを堪能しているめぐみは頭をポリポリとかきながら適当に言った。するとカーターは日本語よりも流暢な英語で「very good!」と親指を立てる。
「何でも? じゃあアニメみたいに炎の魔法を使えたり、何もないところから武器を出したりも!?」
「ええ。――ホラ」
カーターはまず人差し指を立てるとその指先からライターのように火がボウッ、と出た。そして次にその手を軽く広げると、今度はめぐみの身長ほどある三叉槍がいきなり現れる。
「すっ、すっご――――い!! 本当にできるんだ! わ、わたしもっ!」
めぐみはカーターの手から飛び出し、カーターと同じように宙に浮いた。どうやら飲み込みは早いらしく、もう宙に浮くための〝想像力〟はマスターしたようだ。
めぐみは両手をまっすぐ前にかざし、呪文のような魔法の技の名前を叫んだ。
「ファイヤーフレイムボルケーノ!!」
直訳すると火炎火山。名前だけでは豪華な炎魔法のようであったが、実際めぐみの両の手から出たのは一本の小さな黒い煙だった。
「…………」
焦げ臭いにおいの中、めぐみは口をバッテンにして数秒固まる。カーターも笑ってはいけまいと何とか無表情を保ち、声を漏らさず静観していた。
次にめぐみは右手を高くかざして今度は武器の名前を声高らかに叫んだ。
「聖剣エクスカリバー!!」
ポンッと聖剣エクスカリバーがめぐみの手から現れる。銀色に輝くその刀身はもはや芸術と言っていいほど美しい造りだった。しかし問題はその大きさ。現れた聖剣エクスカリバーはつまようじと同じ大きさであった。
「…………アクセサリーに良さそうですね」
どうにかフォローしようとカーターがそんな感想を言う。対してめぐみは、
「使えねーっ!!」
聖剣エクスカリバーを下へと思いっきりぶん投げた。
「あんなので一体何が倒せるのよっ!」
「そもそもですね、この世界で剣や魔法なんて使えなくても全然いいんですよ。楽しむための世界ですから。空を飛べる……ただそれだけを体験しに来ている夢見る人もいますしね」
「でもカーターさん言ってたじゃん。恐ろしい怪物もいるって」
「そういうのはこの国の軍隊や騎士団に任せてあります。基本的に観光客である夢見る人は手出し無用。中には少々血の気の多い夢見る人が、怪物に挑んで虚しく命を落とす事件がありますが……」
「でも使えた方が楽しいのになぁ」
剣や魔法を使うことにまだ未練のあるめぐみは中々諦めきれなかった。そんな様子を見たカーターは追い打ちをかけるように、この国の注意事項を告げる。
「めぐみ。これは重要なことですが、ここ『夢の国』で人間同士の暴力を使った争いごとは御法度です。先程の剣や魔法を使って人間に危害を加えると、最悪二度とこの国に足を運ぶことが不可能になります。一部の地域では死罪さえ有り得るでしょう」
「マ、マジ……?」
「何でもできる世界ではありますが、何でも自由という訳ではありません。ちゃんと秩序もルールもあります」
逆に何でもできる世界で法も秩序もなかったら混沌とした世界になっていて、とても『夢の国』とは呼べない世界になっていたであろう。
「だいたいねえ、何でもできる世界ならそういった怪物とか全部なくしちゃいなさいよ。イメージ一つで消すことが可能なんでしょ?」
「それがそうも行かないのがこの国の抱えている問題なんですよ……」
「?」
カーターは何故か遠い目で独り言のように語った。何故そうも行かないのかめぐみには理解できず、ただカーターの暗い表情をずっと眺めていた。
「おっと、またしても話が大分脱線してしまいましたねえ。私達はミスター神矢を探しにきたのですから」
「あ、そうだった。う~~、でも色々突っ込みたい所があるんだよねー。なんで空に島がいっぱい浮いているの、とか。さっき堕ちている時に気づいたんだけど、もかしてこの世界って地球のように丸いの、とか」
めぐみはようやく幾数もの空飛ぶ島に気づいた。大小様々な島が空に浮かび、そして僅かにゆっくりと移動していた。或いは、島ではなく巨大な建物自体が浮かんでいるものもある。また、めぐみの指摘通り今でこそめぐみ達の下方に広がる大陸の地平線はただ真っ直ぐ伸びているように見えるが、先程の落下中の高高度から見た地平線は確かに丸みを帯びていた。
そんなめぐみの質問に答えようとすると話がまた脱線するためか「まあそれはミスター神矢を見つけた後で」とカーターは後回しにした。
「さあめぐみ。問題のミスター神矢ですが、ある程度居場所が突き止められました」
「え? いつの間に? どこどこ?」
「彼が今いる場所はウルタールという街です。ホラ、私達の前方に見えるあの大きな街ですよ」
「ホント? あそこに夕司がいるのね?」
めぐみとカーターの眼前の下方に広がる大きな街がある。今二人がいる高度はそんなに高い所にはいないためか、視界の端までその街は広がっていた。それでもかなりこの街は大きいとめぐみは思った。
尖った屋根や平らな屋根、球場の屋根など様々な形の建物がありまたその色も黄緑色や赤など様々であったが、その殆どが古風な感じの建物であった。めぐみから見て街の左奥には丘があり、そこに巨大な神殿が建っている。また自然も豊かで近くには川や海があり、大きな森や農場といった所も見える。めぐみが住んでいる東京のような騒々しさは全く感じられなかった。
「なんだか落ち着きのある街だね」
「ウルタールはここ『夢の国』の中にある街の中で比較的大きめの街です。そしてこの古風な街並みがとても人気で、この街に住処を持っている夢見る人が多数います」
「へぇ~~」
「さらに、この街はネコがたくさんいることで有名な所ですよ」
「えっ! ネコぉ!?」
ネコという単語に過剰に反応するめぐみ。
「人気のあるアメリカンショートやロシアンブルー、ラグドール、また日本人に馴染みのある三毛猫等々……世界中様々なネコ達がこのウルタールに集まります。更にはここに住むネコは人語が話せるネコなんですよ。すごいでしょう? ……ですが気をつけてください。この街にはある厳しい法律が――――めぐみ?」
気づいたらカーター一人だけになっていた。隣にいたはずのめぐみがどこにも見当たらない。
溜息をつきながらカーターは、神矢夕司の居所を探し出した時と同じ様に〝想像力〟でめぐみの居場所を突き止めた。やはりめぐみはウルタールに降りたらしく、めぐみの正確な位置までカーターは割り出した。
「全く……おてんばは妻だけにして欲しいですね」
ズズズ、とカーターの背後の空間が黒く歪んだ。――いや、違う。
幾つもの黒い物体がカーターの背後に出現し、うねりながら次第に大きくなっていった。そしてそれらはある空想上の生き物のような形に変化していった。
それは悪魔。
自身の体長よりも大きいコウモリのような羽、ギザギザと何十本もの針が立っている尾、手足は鷹のように鋭い鉤爪状だ。顔はのっぺらぼうのように闇の空白が存在するだけで、目や鼻や口といったものが無い。そこから左右に生えている角は不規則に曲がっていた。
「さてとそろそろ本格的にミスター神矢を探しましょう。私の〝想像力〟を使ってでも何故か見つからない。…………嫌な感じがしますね」
カーターは嫌な胸騒ぎを感じていた。
『夢の国』において、ランドルフ・カーターに出来ない事は殆ど無い。迷い人を探す事など朝飯前だ。しかも先程めぐみの正確な位置を突き止められたように、その人物がどこで何をしているかを正確かつ、迅速に知ることが出来る。夢見る人全てが出来る訳ではないのだが、長年、夢見る人として何百回もこの世界に来ているカーターにとってやはりそれは至極簡単な〝作業〟なのだ。――――なのに、何故か今回はそれが上手く出来ない。せいぜいどの街にいるか程度しか判明できない。
「(〝想像力〟による妨害? 仮にそうだとしても、そもそもこの私を妨害できる物や人などこの世界にそうそう無いはず……)」
逆にカーターはそれとは別の、気持ちが悪くなるようなオーラを感じ取っていた。それも、ここウルタールから発せられているようだ。どうやらそれも同時に調べてみる必要があるとカーターは判断した。
ウルタールは広い。たかが街と言えど、その面積は日本の東京都を超える。〝想像力〟を使ってでの居場所の特定ができないのであれば、スタンダードな人海戦術で行くことにした。よって、ランドルフ・カーターの背後には巨大な黒い塊が楕円状に広がっている。
そう、全てあの漆黒の悪魔。その総数は、
「聖書にならって六百六十六体。まあ、こいつらは悪魔ではないが……これだけいれば十分でしょう」
カーターは悪魔みたいな漆黒の生き物に一言「行け」と命じる。命じられた六百体以上の漆黒の生き物たちはバラバラにウルタールへと高速で降りていった。
全てを見送ってからカーターも、漆黒の悪魔以上のスピードで、ウルタールの街に降りていく。
この話以降、バンバンと『夢の国』、〝想像力〟という単語が出てきますが、基本ルビはその話の一回目にしかふらないようにします。
『夢の国』……『ドリームランド』
〝想像力〟……〝イマジネーション〟
となっています。