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夢見る人  作者: 味神
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めぐみの決意

「ちょっとカーターさん、いい加減にしてください!」

 時刻は夕方を迎えようとしている。病院の個室から見える空にはうっすらとオレンジ色が差し掛かっていた。その個室には患者を含めると人が四人いる。男が二人、女も二人。その内の一人、患者の担任・中原先生が声を荒げた。


「ドリームランド? 遊園地の話なんて今はいいです! 神矢君を治す方法を話してください! だいたいさっきからあなたの言ってる事全部空想話じゃないですかッ! もっと真面目な話をしてくださいよ!!」


「せ、先生落ち着いてっ」

 めぐみは落ち着くよう促すも、マジギレ状態の先生に少し萎縮してしまう。


 怒りの感情を向けられている当の本人、ランドルフ・カーターは至って平然と、そして真面目に答える。

「お気持ちは分かりますがミス中原。全て本当の話です。そしてあなたが仰る通り、全て空想の話です。『夢の国ドリームランド』とは、空想の産物そのものなのですから」

「だからそんな空想の話なんて――、」

「そっ、そそ、それより夕司を治す話をしようよ先生っ! そう、夕司が『夢の国』の住人になちゃったって話っ!」

「ッ! …………そ、そうね。今は神矢君を治す話が大事よね」

 自分の暴走を生徒に止められていることに気づき、情けないと中原先生は思い冷静さを取り戻す。


「それではそろそろ結論に行きましょう。ちょっと説明が長すぎましたね」

「夕司を治す方法の話ですよね?」

 めぐみがそう確認し、カーターは軽く頷いた。

「ミスター神矢は『夢の国』の住人にはなっていません。これは説明のしようがないのですが、私には解ります。これはもう私を信じてもらうしかないですね。そして――」

 カーターは、めぐみと中原先生の「なんで?」という質問を遮るように説明を続けた。

「ミスター神矢は『夢の国』の住人でないのにもかかわらず、四日も目が覚めないのには何か原因があるのでしょう。普通なら五~八時間で目が覚めるはずですから。残念なことに原因は外からでは分かりません。ですから私が今から『夢の国』に入って原因を突き止め、彼を現実の世界にまで引きずり戻してきます」


 今のカーターの話も、それより前の説明も半分以上は理解できない中原先生だったが、今自分に出来ることを考えるとカーターのことを信じるしかなかった。中原先生は軽く頭を下げ、

「分かりました。生徒を、よろしくお願いします」

 と言った。


 先生を安心させるためか、カーターはニッコリと笑顔で「任せてください」と言い、寝たきりの神矢夕司の方へ体の向きを変えた。どうやら、今から夢の国に入るらしいとめぐみと中原先生は感じた。

 カーターが何かに集中してる中、意を決しためぐみが「ハイ!」と手を挙げ、カーターに呼びかける。


「カーターさん! わたしも『夢の国』に連れてって!」


「「え?」」

 と中原先生とカーターの声が重なる。

「今から『夢の国』まで行って夕司を追いかけるんでしょ? だったらわたしも連れてって! 夕司のことならわたしが一番知ってるし! そのぉ、わたしがいた方が捕まえやすいって言うか……あいつも言うこと聞くって言うか……いや聞かない、かな? ……行動、ぱたーんが分かる……? 分からない……? …………えーっと、うーんっと……」

 だんだんと歯切れが悪くなるめぐみに、中原先生は呆れてしまう。


「雲英さんあなた何が言いたいの? とにかくカーターさんの邪魔しちゃ悪いでしょ」

「邪魔は……しません! お願いカーターさん! わたし、待ってられないんです! 居ても立ってもいられないって言うか…………高校に入ってから夕司どこか様子が変で、わたしずっと心配していたんです。だから一緒に行きたいんです! 足を引っ張らないようにしますから、どうかお願いします!!」

「雲英さん…………」

 めぐみは深々と頭を下げた。カーターは何かを考えるように顎に手を当てめぐみをじっと見ている。


「ミスめぐみ、顔を上げてください」

「は、はい」

 ぐぐっとカーターは顔をめぐみに近づけ、その瞳に赤顔になっためぐみが映し出される。めぐみは反射的に少し身を後ろへ反らした。

「フム。なるほど」

「えっ、えっと……わ、わたしの顔になにか……?」

「いえ、とっても美しいお顔をしているなあと」

 ボンッ! とめぐみの頭が軽く煙を噴いた。リンゴみたいに真っ赤になっている彼女を他所に、カーターは中原先生の方へと体を向ける。


「いいでしょう。ミスめぐみを『夢の国』へ連れて行きましょう。彼女には素質がありますし、ミスター神矢の説得役をしてもらいます」

「いえでも危険なんじゃ……。それにカーターさんの邪魔をしては悪いでしょう」

「安心してくださいミス中原。私が付いていますから、あなたの生徒を危険な目には遭わせませんよ」

 そう言うとカーターはめぐみを窓際のソファーに座らせ「力を抜いて」と優しく声をかける。

「力を抜く? 何をするつもりですか……? ハッ! まさかエッチなことを――」

「違います。これから『夢の国』に入るのであなたには寝てもらわなければなりません。そこで、今から私が催眠術をかけます」

「エッチな催眠術?」

「違います」

 キッパリとカーターは言った。やれやれと呆れてしまう。どうやら彼女はまだカーターのことを信用していないようなので、カーターは話題を変えることにした。


「ミスめぐみ。あなたは先程『夢の国』に行く理由を〝彼のことが心配だから〟と言いましたが、本音は違いますね?」

「え? いや、ほ、本当ですよ! わたしは本当に夕司のことが心配なんです!」

「なるほど。確かにその気持ちも嘘偽りのないあなたの本心でしょうが、他にもありますね。――ズバリ、あなたは好奇心から『夢の国』に行ってみたいと思っている」

「うっ! そ、それは……」

「私に嘘は通用しません。あなたはここ最近、『夢の国』の一歩手前まで来たことがある。そう、とてつもなく永い階段の先に繋がる、とある神殿の中にある巨大な門の手前まで」

「そ、それ!! この前授業中寝ちゃった時に見たよわたし! じゃあやっぱりわたしが見た夢は『夢の国』に繋がっていたんだ! ねえもしかして『夢の国』ってディズニーランドのこと? ねえ、ねえ!」

 わーい、と一人はしゃぐめぐみはふと、担任の中原と目が合ってしまう。『授業中居眠りしたことを何故そんなに喜ぶ?』という言葉が込められてそうな中原先生のジト目を直視することが出来ず、後ろめたさからめぐみのテンションは一気に下がった。


 カーターはハハハと笑いながらめぐみが言ったことを否定した。

「残念ながらディズニーランドには繋がっていません。ですが、そこよりもっと楽しいところですよミスめぐみ」

「本当!?」

「本当です。さあ、めぐみが本心を露わにしたところで次のステップに進みましょう。ミスめぐみ、力を抜いて私の質問に正直に答えてください。……あなたはミスター神矢に会いたいですか?」

「はい」

「あなたがこれから行く『夢の国』は人の夢や希望、願いを実現させてくれる世界です。あなたがそれを強く想うのであればきっと、それは実現するでしょう」

「はい」

「ですがあなたはまだ『夢の国』へ行く方法を心得ていません。あなたが以前夢の中で巨大な門に辿り着けたのは単なる偶然で、今寝たところで絶対に『夢の国』へは行けないでしょう。そこで私の出番です。私自身があなたの夢の中に入り、門の手前まで連れて行きます。どうか私を信用してください。必ずや、あなたをミスター神矢に会わせてあげます」


 ランドルフ・カーターはおもむろに窓の景色へと顔を向けた。つられてめぐみも窓の外を見る。窓の外にはいつしかオレンジ色の夕闇が広がっていた。

「奇麗な夕日ですね。私は夕日を見るたび、仕事の疲れからかついつい寝てしまい、夢の国へと足を運んでしまいます」

「…………」

「さてとミスめぐみ、目をゆっくり閉じてください。そうすればあなたは簡単に眠りにつくことができるでしょう。〝深き眠りの門〟でまた会いま…………って、あれ?」

「すぅー……すぅー……」

 カーターが暗示を言い終える前に、めぐみはもう眠りについてしまっていた。可愛く寝息を立てながらめぐみは頭を少し垂らしている。


「おやおや、どうやらミスめぐみは催眠にかかりやすい質のようですね。まあここまで簡単にいく人も珍しいですが」

 苦笑しながらカーターは言った。

 実際に、簡単に催眠にかかってしまった我が教え子を見ていた中原先生は、雲英めぐみの将来に一抹の不安を抱えられずにはいられなかった。


「あの、カーターさん。一つ質問が」

「何でしょう?」

「先程あなたは雲英さんの夢の中に入って連れて行くと言いましたが、前の説明であなたは夢は個人個人が見る物で他人は入れないと言っていました。なのにあなたは雲英さんに催眠までかけちゃって……。その……大丈夫、ですよね? 信じていいんですよね?」


 確かに中原先生の言う通りである。

 カーターが先程長々と説明してきた中に『普段見る夢は個人の物であり他人は入れない』と言っていた。これではさっきめぐみにかけていた暗示の内容に矛盾が生じる。どうやらめぐみは頭が悪かったらしくその事に気づかなかったが、学校の先生には通用しなかったようだ。


「流石ですミス中原。あれは――――ウソです」

「嘘!?」

「あれはミスめぐみが催眠にかかり易くするためのウソです」

 中原先生の指摘に正直に答えるカーター。しかし、どっちが嘘だったかは敢えて言わなかった。

「で、ではどうやって……」

 悪戯っぽく微笑みながらカーターは一言だけ、それができる理由を述べた。

「あちらの世界で私は〝神〟のような存在ですから」

 言うだけ言ってカーターはソファーに座り眠りについた。まるでコンビニに行くような感覚で、彼は夢から虚数世界へ入って行く。


 それは、夢見る人であるランドルフ・カーターにとっては日常的な事であり、自転車を運転することよりも簡単な事なのである。

永遠の旅人パーマネント・トラベラー〟とも呼ばれる彼は今日も、幻想的な世界へと旅立って行った。


短いですが、キリが良いのでこの辺で。

これで序章が終わった感じですね。

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