深き眠りの門
とある階段があった。
どこまでも下へ下へと続く階段。めぐみはいつのまにかそこに立っていた。
階段の両脇は壁……ではなく、宇宙空間みたいな暗黒の空間が広がっていた。しかし完全な闇ではなく、宇宙のように無数の光点が広がっている。そのどこまで続いているのか分からないくらい広大な空間に、ポツンと階段がある……といった感じだ。
めぐみは色とりどりで無数の光の風景を楽しみながらゆっくりと階段を下りていった。しかし周りの景色と同じく、この階段もまた終わりが見えない。もうかれこれ何時間も階段を下りている。いい加減めぐみも飽きてきたところだ。引き返そうかな……と思った時急に景色が変わった。
何かの建物の内部にいた。建物の壁はどうやら石造りらしい。天井は5メートルくらいか。壁には松明が等間隔で取り付けられており、その明かりによって建物はオレンジ色に染まっている。
一本道だったので暫く進むと、大きな広間に出た。天井も先程より四倍以上高くなっていて、横にも広い空間だ。1000人くらいは収容できるくらいのスペースがある。
その奥。巨大な門がそびえ立っていた。めぐみはその余りにも大きすぎる門に驚き、言葉を失っていた。もっと近くで見てみようと思い近づくと、門の両脇に人が二人立っていることに気づいた。門が大きすぎるので、横に立つ人に気づかなかったのだ。めぐみは彼らに声を掛けるも、反応はなかった。
二人の姿は西洋の神官みたいな格好をしていた。そして頭には鉄製の仮面を被っており、のっぺりとした起伏のない銀色の面があるだけだ。よって表情がまったく読み取れず、むしろ人であるかすら疑わしかった。
めぐみは少し彼らを恐れてしまったが、とにかく門の方が気になったので、ヘコヘコと彼らに頭を下げながら門に近づいていった。
巨大な門。めぐみはその天辺まで見上げた。
門全体には何やら魔方陣っぽいものが彫られていた。大きな円の中に小さな円や三角形、直線、曲線などか描かれており、また記号のような文字もあちこちに散りばめられている。
その中央に、メッセージが彫られているのにめぐみは気づいた。バカなめぐみでもそれが英語ではないことは分かった。日本語でもない。どこの国の文字なのか、或いは古代の文字なのか……めぐみには判断できなかったが、何故かそれを読むことができた。そこにはこう書かれている。
深い眠りの底の底、深き眠りの門はあなたを夢の国へと誘う。
全ての幻想が、全ての存在を創造する夢の世界。
夢見る人に、良き夢を。
めぐみはその文章を声に出して読んで、その場で佇んだ。
夢の世界……。響きだけならとっても面白そうな所だなとめぐみは感じた。イメージとしては東京ディズニーランド。確かあそこも夢の国だったはず。
本当にそこに繋がっているんだったらこれはラッキーだ。なぜならタダでディズニーランドに入れるんだから。第一、夢の国に入るのに入場料を取るってどういうことだ! とめぐみは勝手に憤慨し、一呼吸置いて門をくぐることを決意する。若干両脇に立つ神官が気になるが、構わず門に手をかざそうと両手を伸ばした。
するとどこからか自分を呼ぶ声が聞こえてきた。ビクゥ、と飛び上がって慌てて両脇の神官を見る。しかし彼らは先程からその場を一歩も動かず、こちらに向いてすらいない。自分を呼ぶ声も彼らから発せられているよには見えなかった。
どうやら声の主は彼らではない。しかし未だに自分を呼ぶ声は耳鳴りのように聞こえてくる。しかも次第にその声は大きくなっていった。
そして――――、
「おい雲英ァ!!」
「ふぁ?」
「貴様、俺の授業中に居眠りとはいい度胸だな! ああっ!?」
「じゅぎょぉう…………?」
俯せになっていた上半身をゆっくり起こし、目を擦りながらふぁぁ~と大きくあくびをする。
めぐみの視界に広がるのはさっきまでの神殿やら巨大な門などはなく、先月から通うようになった高校の教室と新しいクラスメイトたち。
さっきまでの事がただの夢だと気づくのに数秒かかり、少々がっかりするめぐみ。夢の国かぁー、行ってみたかったなぁーと思いながら外の風景を眺める。するとまたしても「おいコラ、無視すんな雲英ァ!!」という怒鳴り声にめぐみは跳びはねた。
「ひゃっ……、何ですか先生」
「何ですか……だとォ! 居眠りした挙げ句、惚けるとはよほど貴様は器のでかい女のようだな!」
「居眠り……? ハッ! しまった、今授業中!?」
ピキピキッ、と教師の額に筋のようなものがはっきりと浮かび上がったのをめぐみは見逃さなかった。
「すっ、すすすすスイマセン先生っ! いやでもとってもファンタジックな夢でしたよ?」
最後にテヘッ、と可愛らしくしてみたのがマズかったか、またしても教師の怒号が教室中に響き渡る。どうやら全く反省していない問題児・雲英めぐみに、数学の鬼・重村先生はスペシャルペナルティを課すことにした。
「貴様には居眠りした罰として、いっそのこと殺してくれと言いたくなる『特別マンツー補習授業九〇分コース』を受けてもらうか、どんな馬鹿でもワイルズ博士並に昇華させてやる『特製エターナル宿題プリント』のどちらかを受けてもらう。……さあ、どちらがいい? ちなみにこの選択、アタリハズレがあるぞ?」
何と優しき先生であろうか。居眠りした生徒に対してもまだ、選択する自由を与えるとは。この先生はきっと厳格であると同時に、常に生徒のことを想う心優しき先生なのだろう。教師の鏡である。
しかしそんな心遣いを読み取れない雲英めぐみは、彼のそんな想いに反する解答をしてしまった。
「あのぉ~、廊下に立つという選択肢はないのですか……?」
「甘いわぁ!! そんな体罰はもう時代遅れだバカモン!!」
「ひゃっ、ごめんなさい……」
「今後に及んでまだ逃げの精神が染みついているのか貴様は。罰として、貴様は特別補習と特製宿題、両方やってもらう!」
「ええぇー!? そんな殺生な!」
「問答無用! さあ、授業を続けるぞ。――次寝たら、更なる地獄を見せてやる」
「何であの人教師になれたんだろ(ボソッ)」
「何か言ったか?」
「い、いえいえなにもっ……」
重村先生による数学の授業が再開された。
めぐみは先生に気づかれないように小さく溜息をつく。ちょっと居眠りしただけで補習と宿題のダブルの地獄を味わうハメに。放課後のきつ~い部活をサボれる正当な言い訳だできたにしろ、放課後やりたかった事ができないことに変わりないのである。そう、夕司への告白だ。
昨日決心したように一七回フラれたくらいで諦めるめぐみではなく、今日も当然告白を実行する所存だ。しかも今回は今までよりはちょっとインパクトを強めにしようと考えていた。
放課後、夕司には教室の窓側で待ってもらって、自分は校庭に出てそこから大声で「好きだぁー!」と叫ぼうと考えていた。今までのようにこっそりやるのではなく、校庭で部活動をしている生徒やまだ教室に残っている生徒たちに見せつけるように、堂々と告白するつもりでいた。普通の人なら恥ずかしすぎてなかなかできない事だが、めぐみはやると決めたらやる女なのだ。
しかし、その大々的な告白も今日はできなくなってしまった。でもできない理由は、急に補習をするハメになったからではない。告白相手の夕司が今日、学校にいないからだ。
今日夕司が休んだ理由はクラスメイトや担任の先生すら知らない。もちろんめぐみも知らなかった。季節の変わり目で体調でも崩したのかな? とめぐみは窓の外の風景をぼんやり眺めながらだからそんなことを考えていた。だから告白は明日以降にお預け。夕司の体が良くなることをめぐみは授業を全く聞かず祈っていた。
「あ、そうだ。メールしとこ」
数学の鬼に見つからないようにこっそりと携帯を取り出し、夕司に体調を気遣う文章と最後に『好きです』というアピールを付け足してものの数秒でメールを送信した。別に恋愛対象として〝好き〟ではないのだが、ちょっとでも告白が成功するための一文である。普通の男子なら完全に勘違いしてしまうだろうが、夕司はこんなことでは騙されない。
…………めぐみの告白が成功する日は一体いつになるやらという不安はあるが、きっと、めぐみは諦めないだろう。
翌日。特別補習を延長30分受けたことにより身体的に疲労し、更に特別宿題が全く解けなく精神的に衰弱しためぐみは今日も元気に学校へ登校した。しかし、またしても教室には夕司の姿はなく、ただ担任から病欠という連絡しか言い渡されなかった。告白はまた明日に持ち越しだ……。
その翌日。今日も夕司はいない。まだ病気が治らないようだ。
そのまた翌日。今日も夕司はいない……………………。
「おかしい……」
さすがにめぐみも夕司が学校に来ないことに疑問を持ち始めた。
最後に夕司に会ったのはいつだっただろうかとめぐみは考える。そう、確か一七回目の告白が失敗に終わった月曜日のことだ。そして今日は金曜日……つまり四日も会っていない。今までの経験上、夕司が四日も学校を休んだことなどなかった。決して夕司は体が弱い方ではない。むしろ夕司はめぐみと同じく風邪など引かない健康的な体質の持ち主だ。休むとすれば家の都合で休むことは以前あったが、病欠するようなヤワなやつではないとめぐみは知っている。しかも、夕司が休んでから毎日『大丈夫?』メールを送っていが、夕司の方からは全く返信がなかった。
「何かあったんだ……。先生に聞いてみよう!」
いても立ってもいられなかった。きっと夕司は熱とかで倒れているんじゃない、もっと特別な理由で学校に来られないんだ、とめぐみは確信する。
「はい、今日はここまで」
「起立っ、礼っ!」
一時間目の終了を告げるチャイムが鳴り、係の生徒によって号令がかけられる。
「やっと終わった!」
めぐみは職員室へと駆けだした。
朝のHRで夕司が休みだと聞いた時からすぐにでも担任に詳しい話を聞きたかったのだが、生憎、HR終了後そのまま一時間目の授業が始まってしまったのだ。50分の授業中、まったく授業の内容など頭に入らなく、早く10分休みになれなれとそればかり考えていた。
「失礼しますっ」
ものの数十秒で職員室の前に着き、扉を勢いよく開ける。目的の担任の所へめぐみは詰め寄った。
「先生っ!」
「こら、ちゃんとノックしなさい。あと、職員室の中を走らない」
「あ、すいませんっ。ノックですね……ハイ」
「え? ――いたっ」
頭の中が混乱しているのか、めぐみは言われた通りその場でノックをしてしまった。コンコン、と先生の頭に向かって。
「ひゃーっ、ごめんなさいごめんなさい!」
「で、何の用?」
頭を摩り少々不機嫌になりながら、めぐみのクラスの女性担任・中原先生は言った。
「あのっ、夕司の事なんですけどっ」
「ああ、神矢君のこと」
「はいっ、あいつ本当に病欠なんですか? わたし小さいときから夕司と一緒にいましたけど、今まで四日も学校を休むほどの病気にかかったことがないんですよ。だから何かおかしいってわたし思って、先生ならなにか知っていると思うんですけど」
「そうなの……雲英さんは神矢君の幼馴染みなのね」
「はい」
「だったら雲英さんには言った方がいいのかな……」
「え? それってどういうことですか……?」
なんか嫌な感じがしためぐみ。一瞬、『死』というワードが頭を過ぎった。
「ああそんな深刻な顔をしないで……あ、でもちょっと深刻な状況か」
「ちょっと何ですかその言い方はまるで夕司が死んではいないけど二度と再起不能なまで大怪我したとか意識を取り戻せない状態だみたいな言い方は変なフラグ立てないでくださいよもうハッキリ言ってくださいよ先生夕司は生きているんですか死んでるんですか?」
「お、落ち着いて雲英さん。大丈夫、神矢君はちゃんと生きているわよ(フラグって何?)」
「よかった~……」
一先ず安心して胸をなで下ろすめぐみ。しかし何故四日も学校に来られない? という疑問も同時に起きた。
「それが余り宜しくない状況なのよ。いい? 雲英さん。落ち着いて良く聞いてね。神矢君は今――」
ごくりとめぐみは生唾を飲む。
一体どんなワードが出てくるのか。自分はそれを理解できるのか。そしてそれを受け止められることが出来るのか。めぐみは先生の言葉を黙って待った。そして、
「寝てるのよ」
「はあ!?」
理解も出来ないし、受け止めることも出来なかった。あの野郎仮病とはいい度胸だなと思い、今からあいつの所へ殴り込んでやろうとしたところ、先生に引き留められる。
「だから落ち着いて雲英さん。ゴメン、先生が悪かった。説明が簡略すぎたわ」
「何言ってるんですか先生! たかが寝てるだけで四日も学校休むなんて! わたしが今から叩き起こしてやりますよ!!」
「だからそれなの! 神矢君は四日も寝続けているのよ。四日間ずっと!」
「え? 四日間ずっと?」
「そう。神矢君が休んだ初日に連絡を取ってみたんだけど、神矢君全然電話に出なかったのよ。ほら、神矢君のところご両親いないでしょ? もしもの事があったら大変だから、先生その日の放課後家庭訪問してみたの。そしたら寝ている神矢君を見つけて…………何度呼びかけても起きないから救急車呼んだの。最初はすぐにでも起きると思ってたんだけど、まさか四日経っても起きないとはねえ」
「じゃ、じゃあ。今、夕司は病院にいるんですか?」
「うん。近くの総合病院に入院しているは。その…………病院の先生の話では、全く原因不明だって」
「そんな……」
確かに深刻な話だった。病院の先生でも原因が分からない病に夕司は遭っているのだ。当然、めぐみでは対処どころかしてやれる事は何もないだろう。
「夕司はどうなるんですか……?」
「今日の午前中に、海外の専門家の先生が来られるそうよ。その人に神矢君を見てもらうんだって。先生は、今日の放課後に病院行って、その結果を聞いてこようと思うの」
しかしそれでもめぐみは居ても立ってもいられなかった。今すぐ、夕司のもとへと駆けつけたい衝動がめぐみの心を占めていた。
「先生! わたし夕司の所へ行きます! 行って何も出来ないけど、待つことなんて出来ません!」
「そう、じゃあ先生と一緒に放課後――」
「放課後までなんて待てません! 今! 病院に行きましょう!」
遮るようにめぐみは力を込めて言った。決して授業をサボりたいとか、数学の鬼・重村先生から逃げたいとかそういう後ろ向きな理由ではない。純粋に、夕司のことが心配で今すぐ駆けつけたいのだ……とでも言えば堂々と早退出来ると心の中でちゃっかり思っていた。
「それは駄目」
「何でですか先生! せっかく堂々と早退できる……じゃなかった、えーっと……そう、せっかく外国の人と話せるチャンスを棒に振るんですかァ! ……あれ?」
「雲英さん……わざわざ言い直してもちゃんとした理由になってないってどういうことかしらね?」
「う……あー……、えっとぉ」
言葉に詰まるめぐみ。性格上、心に思っていることをついつい声に出してしまうめぐみは、やはりウソが下手くそなのである。無理に声に出すのを我慢すれば、表情・態度で丸わかりになるので、やはりウソが下手くそなのである。
「そういう下心が見え見えな以上行かせるわけにはいきません。だいたいまだ一時間目が終わったばっかでしょう。残り四限、きっちりやってから先生と放課後病院に行きましょう。……分かりましたか?」
「うー……でもぉ……」
「分かりましたか?」
ピシャリと言い放つ中原先生。二七歳・独身・彼氏なし=実年齢の女先生が言う言葉の重さに、めぐみは負けてしまい、小さく「ハイ……」と返事をするしかなかった。見た目美人なこの先生が、何故今まで彼氏の一人も出来ないのかという疑問は単にめぐみ一人の感想ではなく、クラスメイト全体の総意であることはまた別の話である。
話が終わると丁度、壁に取り付けてあるスピーカーから次の授業(二時間目)の開始を報せるチャイムが鳴り出した。
「ホラ、二時間目始まっちゃったわよ。急いで教室に戻りなさい」
「はーい」
半分納得がいかないままめぐみは職員室を後にした。担任の先生が言うには、とりあえずは夕司は大丈夫そうな……気がした。でも四日も意識が戻らないと聞くと、やはり心配せずにはいられないめぐみだった。
数分遅刻して教室に戻ると、数学の鬼・重村先生がお出迎えてくれた。遅刻した罰として、特製エターナル宿題(週末バージョン)のプレゼント付きで。めぐみは、そっちの方がもっと納得がいかなかった。
随時更新していきます。
早めに全話載せていきますのでよろしくお願いします。