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夢見る人  作者: 味神
14/14

夢見る人に、良き夢を

 夜鬼ナイトゴーントに掴まるめぐみ達は、カーターの先導のもと、簡単に邪神ヴェスリキア=クァーリの体外へと脱出できた。カーターの放つ物理攻撃がいとも簡単に邪神の体を両断し、道を空けていったからだ。

 しかし、いざ邪神の外まで脱出できためぐみが見た風景は、先程のと何ら変化無いものだった。

「え? ここが邪神の外? 全部真っ黒じゃない」

 確かに、その真っ黒な物体からは十分な距離はあった。しかし上下左右見渡しても真っ黒な世界。黒一色というよりかは、ボコボコとした輪郭が辛うじて確認できる。例えるなら巨大な積乱雲を黒く塗った状態か。めぐみには、ここがあの奇麗な風景だった『夢の国ドリームランド』とはとても思えなかった。

「いいですか二人とも! まずは『焔の神殿』まで移動しますよ」

 そう言うとカーターは、めぐみと夕司の肩を掴んだ。

 めぐみが何をしているんだろう? と疑問を持って間もなく、目の前の景色が変わる。

 松明によって照らされる大きな広間。めぐみにとっては見覚えのある場所だ。いつの間にか、めぐみと夕司とカーターの三人は、あの深き眠りの門の前に佇んでいた。

「あ、あれ? ここってあのおっきな門がある所じゃない?」

「そうですよ。ですが安心は出来ません。ここも、間接的に『夢の国』と繋がっていますから」

 カーターの言葉を聞いて、慌ててめぐみは巨大な門から離れて、様子を伺った。どうやらあの黒い物体はまだ門の所まで到達していないらしい。だが、この門が『夢の国』のどこへと繋がっているかは、めぐみには分からなかった。

「だ、大丈夫なのカーターさん」

「しばらくは。……さて、ミスター神矢。あなたの頼みとは何ですか?」

 話を振られた神矢夕司は左手に持っている『剣』を差し出しながら、こう言った。

「この『剣』の中には虎龍の魂が入っている。俺の頼みとは、この『剣』を現実世界に持ち帰り、虎龍の本体にこの魂を流し込んで欲しいということだ。あなたなら、『夢の国』から現実世界へ夢を介さず帰れると、ロイスから聞いた」

 夕司の言葉にカーターは非情に顔を曇らせる。

「何故、『バルザイの堰月刀』の中に虎龍の魂が入っているのですか?」

「めぐみと虎龍がロイスを倒すため、虎龍自らが『羽化術メタモルフォーゼ』を使った。そしてめぐみの、虎龍を助けたいという願いを聞いて俺がこの『剣』の中に虎龍の魂を吸収させたんだ」

「成る程……事情は分かりました」

 カーターは眉間にシワを寄せ、さらに顔を曇らせた。そこへ、とどめを刺すかのようにめぐみがカーターにお願いをする。

「お願いカーターさん。わたし、コタツ君を助けたいの」

「……レディに頼まれてノーと言えない人種に生まれてきた事を、これほど恨んだことはありません」

「え、じゃあ……」

 めぐみの喜ぶ顔をカーターは無視して、夕司の方を向き、鋭い目で睨みつける。

「ミスター神矢。あなたの頼み事は結局のところ、ロイスの目的を果たしてしまうことだと分かって言っているのですか?」

「…………」

「更には、あなたがこの『夢の国』でしてきたことは決して許されることでもありません。仮にロイスに操られてたとは言え、所々あなたの強い意志による行動もあった。大人げない事を言いますが、簡単にあなたの願いを聞き入れるわけにはいきませんね」

 カーターの厳しい言葉にめぐみが反論しようとしたが、それを夕司が遮った。

「それは分かっている。だがどうしても俺はめぐみの頼み事を叶えてやりたい。その為ならば、俺はどの罰も受け入れる」

「ゆ、夕司……」

「だが、その前にやっておかなければならない事がある」

 そう言うと夕司は半歩前に出る。

 そして気をつけの姿勢のまま、夕司は深々と頭を下げた。

「今までの数々の悪行、申し訳ありませんでした。ごめんなさい。深く反省しています」

 奇麗な謝罪の姿勢。深く頭を下げすぎず、且つ頭を上げすぎない。絶妙な角度。そして誠意ある謝罪の言葉。

 例え、このような文化に不慣れな日本人以外であっても、この姿を見れば心を動かされてしまうだろう。内心、許してしまいたい衝動に駆られながらも、カーターは毅然とした態度を崩さなかった。

「あ、頭を上げてくださいミスター神矢。あなたの誠意はちゃんと伝わりました……」

「…………」

「分かりました。あなたの頼みは聞きましょう。ミスめぐみの願いでもありますからね。ですが、あなたには今後、色々と覚悟してもらうことがあります。当分は平凡な生活は送れないでしょう。これは、悪事を働いた罰であると共に、あなた自身が招いた結果でもあるのです」

「構わない。俺のやったことに反省はしているが、後悔はしていない」

 夕司は『バルザイの堰月刀』を差し出し、カーターはそれを受け取った。

「ありがとうカーターさん! で、これからどうするの?」

 めぐみがカーターにお辞儀をして言う。

「そうですね。まずはあの邪神をどうにかしなければいけません」

「さっきみたいに〝想像力イマジネーション〟で倒していくの?」

「確かにこちらの物理攻撃は効きますが、あれの増殖スピードが規格外過ぎます。攻めるならもう遅いですね。それほどまでに、あの邪神は広範囲に増えてしまいましたから」

 例え広範囲による攻撃を仕掛けても、それを上回るスピードであのヴェスリキア=クァーリは増殖していく。めぐみは知る由もないが、もうあと数十秒であの邪神は『夢の国』の一割を浸食してしまう。そしてこうしている今でもあの邪神は一三秒に一回という驚異的な速度で増殖し続けているので、残された時間はあと僅かしかないのだ。

「そこで助っ人を呼びました。とても頼りになる人達をね」

 すると遠くからから「遅いぞカーターァ!」と、男の叫び声が聞こえた。めぐみがその声に振り向くと、広間の中央辺りに男が一人立っている。いつのまにここに来たんだ? という疑問を他所に、次々と人がこの広間に現れだした。まるで瞬間移動でも使っているかのように。

「わ、わ、なにこの人達。いきなり現れたよ!?」

「これは……『造物主デミウルゴス』のメンバーか? 随分と豪華だな」

 広間に現れた人は全部で二〇人くらいになった。外国の人が多かったが、中には日本人も数人紛れていた。

「残念ですがミスめぐみ。今は彼らを紹介しているヒマがありません」

「でも、何をするかぐらいは教えてくれてもいいだろう?」

 興味本位で夕司がカーターに言う。

 カーターは多少迷ったが、これからする事を簡潔に教える事にした。

「『夢の国』を消します」

「ええっ?」

「……ッ!?」

 めぐみと夕司は、思いもしなかったカーターの言葉に驚いた。

「この国ごと邪神を消します。これしかありません。ヴェスリキア=クァーリを『夢の国』の一部と捉え、そして『夢の国』を一度リセットする術をここに集まった『造物主』のメンバーで行います。そうすれば邪神は跡形もなく消えるでしょう」

「でもそんなことしたら、『夢の国』の住人とかも消えちゃうんじゃない!?」

 カーターはめぐみの言う通りだと認めた上で、とても冷淡に言った。

「住人の方は仕方ありません。一緒に消えてもらいましょう。ですが『夢見る人』や、元々『夢見る人』だった住人に関しては、すでに強制的に現実世界へ帰しています」

「…………」

 カーターの最低限の配慮に渋々納得するめぐみ。だが、カーターの方法は『夢の国』に元々住んでいた全ての生命を犠牲にする行為だ。

 そんなめぐみの心情を察してか、夕司はこれ以上余計な事は言うな、と言うかのようにめぐみの肩を掴む。

「心配ありませんミスめぐみ。……さあ、あなた達も現実世界に帰ってもらいますよ」

「カーターさん……」

「大丈夫。ちゃんと虎龍は私が助けますから。――それでは、また病室で会いましょう」

 一方的にカーターは言うと、彼は人差し指でめぐみのおでこに軽く触れた。

 するとめぐみの視界が急にぼやけだし、そして眠気も急に襲ってきた。五秒経たない内にめぐみの意識は朦朧とし、そして彼女は気を失う。

 長い夢がようやく、一区切りを打った。




 雲英めぐみは目覚めた。

 ベッドの上だった。どうやら俯せの状態で寝てしまったらしい。しかもベッドに対して体がやや斜めっていて、足がベッドからはみ出ている。

 目を擦り、めぐみはゆっくりとベッドの上で半身を起こす。すぐ近くにある窓の外を見ると、まだ太陽がこちら側にあった。窓は東側。どうやらまだ午前中らしい。眩しい太陽光を浴びながらめぐみは、ぐぐぐ~っと背筋を伸ばした。

「遅い目覚めだな、お姫様。寝坊助はどっちだ?」

「ひゃうッ!?」

 突然背後から声をかけられ飛び上がるめぐみ。その声の主はベッドの近くにある椅子に腰掛けている少年。神矢夕司だった。

「ちょ、夕司脅かさないでよ! ビックリしちゃったじゃない」

「人の体の上で寝といてよくそんなことが言えるな。俺が目を覚ました時、お前は俺に覆い被さるように寝てたんだぞ」

「え? そうだったの~。ごっめーん」

 現実に「テヘッ☆」と笑う奴がいたことに声を失う夕司。このバカはいつまで経ってもバカなんだな、と溜息をつきながら夕司は幼馴染みの顔を見る。

 自然と、次のような言葉が出た。

「済まなかったな」

「ん?」

「お前に心配をかけた。『夢の世界』なら姉さんにまた会えると思ってた。でも違った。俺の魂の一部で創られた姉さんは、実際の姉さんとどこか違っていたんだ」

 めぐみは黙って夕司の話を聞く。

「多分、実際の姉さんと、俺が想う姉さんとは微妙に違うんだろうな。だから違和感を覚えて、『これは違う。姉さんじゃない』って思っちゃったんだろう。それで今度は生き返らせようと決意して、邪神の力を利用しようとしたんだ。……ロイスとは偶然『夢の国』で会ったんだよ。それで奴に色々と聞いて、そして今回の事件を俺は自ら起こしたんだ」

「そっか……」

「本当にごめん。心配をかけた」

「もういいよ。無事に夕司が帰って来たんだもん。それだけで十分」

 優しく微笑むめぐみ。夕司の姿を見て、勇路の言葉を聞いて、一安心したようだ。

 夢ではなく現実に。

 闇ではなく光に。

 人殺しではなく幼馴染みに。

 自分の知る神矢夕司がそこにいる。それを取り戻すための冒険だった。

「…………」

「…………」

 しばし見つめ合うめぐみと夕司。二人っきりの病室に、もはや二人を邪魔する存在などいない――――ハズだった。

「グッモーニン! ミスめぐみ! もう起きましたか――――おっと!」

 急に病室のドアが開かれて、そこからランドルフ・カーターの陽気な声が響く。

「これは失礼。キスする直前でしたか。ムードを台無しにして申し訳ありません。邪魔者は失礼しますので、どうぞ最初からやり直してくださいませ」

「しないわよ!!」「しねえよ!!」

 めぐみと夕司が顔を真っ赤にして叫ぶ。

 照れなくていいのにHAHAHA! と笑いながらカーターは病室の中に入ってきた。カーターは両手を使って小さな黒いものを抱えている。

「カーターさん。それなに?」

「それとは非道い言い方ですね。あなたの家の猫ですよ」

「コタツ? コタツをわざわざここまで連れてきたの? そもそも病院に猫って連れてきていいの?」

 めぐみの家で飼っている猫のペット。名は、冬になるとコタツの中に潜り込むことから『コタツ』とめぐみが安易に名付けた。

「ええ。それがミスター神矢との約束でしょう? 虎龍の魂を現実世界の本体に流し込む」

「じ、じゃあやっぱり『夢の国』のコタツ君て、わたしん家のコタツだったの……?」

「やはり気付いていませんでしたか。彼も恥ずかしがり屋ですからね。なかなか名乗り出られなかったのでしょう」

「だったら、せめて飼い主に対してでも偽名を使えばいいのに……。所詮は猫ってことか」

 夕司の呟きを他所に、めぐみはカーターから黒猫を受け取った。

「コタツ……。やっぱお前はあのコタツ君だったんだね」

「魂はちゃんと本体に定着しましたよ。異常もありません。ああ、それとあの『剣』は私が預かることにしました。とっても危険な代物ですからね」

 めぐみはコタツの頭を優しく撫でる。めぐみの腕には暖かい温もりがあるが、コタツは全く動く素振りがない。

「もしかしてコタツ寝てる?」

「ええ。魂を戻した時は流石に起きていましたが、すぐさま寝てしまいましたよ」

「まったく。しょうがないやつね」

 苦笑いしながらめぐみはコタツの体をこしょこしょとくすぐり回す。ウゥゥゥ……と低く唸りつつも、コタツは起きることはなかった。

「虎龍に会って、また彼と話したいですか?」

「え? それどういうこと?」

「彼は今『夢の国』にいると言っているのです。邪神を消すため一旦は『夢の国』を消しましたが、今はもうちゃんと元通りに復旧しましたよ。勿論、邪神はもういません。我々の作戦勝ちです」

「また、会える…………」

 めぐみは自分の腕の中で寝ている黒猫を見下ろす。現実ではどんなに声をかけても「にゃあ」としか言わないコタツ。それはそれで十分可愛いし、癒されるのだが、今まで行動を共にしていたあの虎龍が『夢の国』にいると分かった。生きていると分かった。もう一度会えると分かった。あの時言えなかった事が、今言えると分かった。

 心の底から、どうしても会いたいという強い想いが込み上げてきた。

「カーターさん。わたしコタツに会いたい。会って言いたいことがあるの」

「ええ。いいですよ」

 カーターはめぐみをベッドに横たわるように促し、めぐみはそれに従った。

「彼は今ウルタールにいます。場所は、彼と初めて会った所の、近くの屋根で昼寝しています」

「うん、わかった」

 カーターは人差し指を軽くめぐみの額に当てて言う。

「ではミスめぐみ。――良い夢を」

 一瞬にして意識が遠のき、めぐみは深い眠りについた。

 あの時と同じ長い長い階段。

 あの時と同じ松明で照らされている神殿。

 あの時と同じ巨大な門。

 そこをくぐり抜けると、あの幻想的な世界『夢の国』。

 あの時と同じ青い空。

 あの時と同じ広大な海と大陸。

 あの時と同じ空に浮くたくさんの島々。

 そして。

 めぐみは〝想像力〟を使い、自由に空を飛んであの街を目指す。飛ぶ力が、ますます強まっていった。

 想像とは、想いを形(像)にすること。

 想像力とは、想いを形にする力。

 ならば〝想像力〟の力の原動力は、その人の『想う力』そのものだろう。

 めぐみは今までで一番力強く、優雅に、そして縦横無尽に空を飛んでいる。



 今、君に会いに行く――――。



 その想いが、めぐみの心を占めていた。

「コタツッ!」

 めぐみの声に、屋根の上で日なたぼっこしていた虎龍が跳びはねて起きる。

「め、めぐみ!?」

「コタツ!!」

 めぐみが両手を差し出しながら、虎龍に向かっている。

 感動の再会。そしてハッピーエンドの抱擁――――にはならなかった。

「アホかァアアアアア!!」

「はブゥウウウウウウ!!」

 完全に虎龍の虚を突いた攻撃。めぐみのグーが、適確に虎龍の頬を捉えた。

「い、痛ってーな! 何すんだいきなり!」

「何するはこっちのセリフよバカっ。アンタわたしの話聞いてなかったでしょう!? あなたが犠牲になっても何にも嬉しくないの! それだけあなたのことが大切なの!! 何で分からないのよ」

「だ、だけどあの時『羽化術』使わないとロイスを倒せ――うっ!?」

 反論しようとした虎龍だが、めぐみの顔を見て言葉が詰まってしまった。

 ボロボロと目から涙をめぐみは流している。

「う、……その、わ、悪かった」

「違うの。これは違うの」

「意味分からねえぞ…………うォ!?」

 今度こそ本当の抱擁があった。めぐみは力一杯虎龍に抱きつき、グシュグシュと泣いていた。

「お、おい、お前……」

「よかった。ホントよかった……。もうダメだと一瞬思っただけで怖かった。……でも、ちゃんと今会えた……よかった……」

「…………」

 めぐみの偽りのない言葉を、虎龍は黙って聞き、彼女が泣いている間も黙ってそこに立っていた。

 しばらく泣いた後、虎龍に抱きつきながらめぐみは小さく語りかける。

「あなたがウチのペットのコタツだって、わたしもう知ってるよ」

「カーターか、神矢夕司に聞いたか……」

「で、コタツがわたしに自分のこと言えなかったのも分かる……。そうだよね、普通冬の必須アイテムの名前なんて、他人に名乗れないもんね。だから、偽名使ってわたしにも他人の振りしたんでしょ」

「い、言うなそれを! お前が思っている以上に本人傷ついているんだぞ!! ああ、そうだよ! その名が恥ずかしいから『虎龍』って名前にしたんだよ!!」

「フフ。でも名前自体を変えなかったところが、コタツっぽいよね。やっぱ猫ってバカなんだ」

「めぐみには言われたくないわ!! もういい加減どけッ!」

 ガァ! と虎龍は両手で暴れ出して、めぐみの束縛から脱出した。

「もう用は済んだろ? さっさと現実に帰れ。俺は昼寝で忙しいんだ」

 飼い主に対してなんという言いようだろうか。この世の生物ピラミッドの天辺に君臨する人間様が、猫ごときに完璧に舐められている。

「ダーメよ。あんたも一緒に現実世界に来て、夕司とカーターさんにお礼を言いなさい。二人のおかげで、あなたは生きているのだから」

「アホか。現実世界に戻ったら俺は猫のままだぞ。どうやってお礼を『言う』んだよ。できる訳ないだろう」

「あ、そっか」

「フン。ペットをバカにするその飼い主の方がバカだったな」

「あらやだ。あなたのバカが移っちゃったのかしら」

「それはそれで人間の恥だろ」

 互いに罵り合いながらも、楽しい雑談が続いていた。

 しかしそんな楽しみは、突如めぐみ達の目の前に現れた大きな液晶テレビによって中断されることになる。そのテレビには、ランドルフ・カーターと神矢夕司の二人が映っていた。

「ゆ、夕司とカーターさん!? な、ナニコレ??」

『やあ。ミスめぐみ。そして虎龍。TV越しにて失礼』

「喋った? え? これも〝想像力〟?」

『ちょっと違いますが、私は「夢の国」に関しては何でもできる存在ですよ。現に、今私達は、さっきミスめぐみがいた現実世界の病室から話しかけているのですから』

「えぇ――ッ!? そんなことできるのー!?」

「で、カーター。何の用だ?」

「こらコタツ! あんた何その偉そうな態度! ホラ、まずはお礼でしょ?」

 めぐみは肘で虎龍を突き、お礼を言えと促すが、液晶テレビに映るカーターは片手を上げて「待った」のジェスチャーをした。

『お礼はいいです。今からあなた方にする事を考えると、とてもお礼を貰える立場ではありません』

「どういうこと? カーターさん」

 カーターは一度、ゴホン、と咳払いをして真面目な顔で話す。

『では私からの要件を伝えます。ミスめぐみ、そして虎龍。二人は当分の間、そこ「夢の国」に留まってもらいます。故に、その間あなた達は現実世界には戻れません』

「ええ??」「なにィっ!?」

 驚いた表情の後、何か反論しようとした二人だが、その前にカーターが話を続けてしまう。

『理由はロイス・ウェイトリーがミスめぐみを狙っているかもしれないからです』

「あ、あのおじさんが?」

『はい。確かにあなた達は見事ロイスの撃退に成功しましたが、何も殺したわけではありません。今頃はきっとこの現実世界のどこかで生きているでしょう』

「そりゃそうよ。だって、たんに夢から起こしてあげただけだもん」

『ですがあなた達はロイスの計画を邪魔したことになります。当然、彼がめぐみに対して恨みを持ってもおかしくありません。彼が一番欲していた「死霊秘法」は今でも、そこ「夢の国」の中に隠してあるのですから』

「そんなの逆恨みじゃない! 悪い事してたのはあっちの方でしょ!」

 ひどく憤慨するめぐみだが、カーターはいちいち取り合わなかった。

『よってロイスからミスめぐみを守るためには、「夢の国」にいてもらう方が安全だと私は判断しました。現実世界だと四六時中あなたを見張っていられる時間も人もいないのでね。ですが、ロイスはもう「夢の国」には入れないようにしてありますのでそこは安心してください』

「む~~~~~~~~!!」

 腕を組み、唇をぎゅむ~~っと噛み締めながらめぐみは唸る。言っている事は理解できるのだが、どこか納得いかない感じだ。

「おいカーター。なら、何で俺までここに閉じ込める?」

 今度は虎龍がテレビに映るカーターに文句を言う。

『ミスめぐみのボディーガードですよ。そこにいれば安全と言っても、以前のように「夢の国」にはまだまだ危険な所がたくさんありますからね。ちゃんと彼女を守ってあげなさい虎龍』

「チッ」

 と舌打ちした虎龍は、そっぽを向いてカーターに背を向けてしまう。すると入れ替わるように、めぐみがカーターに向けて手を上げた。

「あのカーターさん。わたしのお父さんとかお母さんは……」

 当分帰れないと聞いてやはり家族のことが心配になったのだろう。

『ご安心ください。ご家族の方には事情を説明してあります。まあ眠りから覚めない……という嘘をつきましたが。勿論、めぐみのご家族が狙われる危険性もありますので、その辺はちゃんとフォローはいれてあります』

「あ、ありがとう……」

 一応は一安心だが、家族の方がどうにかなるのなら自分の方もどうにかしてくれ、と言いたかったが、めぐみはここで駄々をこねるのを止めておいた。

『そんなに心配しないで。大丈夫。ロイスを捕まえるまでの間だけです。そんなに時間はかかりません。長い連休だと思って、存分に「夢の国」を堪能してください』

 いつものカータースマイルでめぐみの心配を払拭しようとしたのだろうが、めぐみにはまだ心配事があった。

 他ならぬ、神矢夕司の事である。

「カーターさん。夕司はどうなるの?」

 カーターの隣に立つ、夕司を見ながら言う。その質問をした途端、カーターから笑顔が消えてしまう。

『ミスター神矢は今回の一件で、あなた以上にたくさんの人から狙われる対象となってしまいました。理由は、邪神と契約し、邪神の力の一部を手に入れてしまったからです』

「あのコウモリのような黒マントのあれね」

『ええ。しかも邪神の力の中でも、更に特異な力。それをミスター神矢は左手に封印しているのです。ロイスだけではない、世界中の邪神崇拝者がミスター神矢を狙うでしょう』

「だったら夕司も一緒に『夢の国』に……!」

『それは駄目です。狙われている事もそうですが、それ以外に、ミスター神矢自身が危なっかしい行動を取る可能性もあります。今回の事件はロイスが黒幕だったとはいえ、ミスター神矢の意志による行動も多々ありました。彼が過ちをこれ以上重ねない為にも、我々が監視することにしました。そして彼もロイス同様、「夢の国」には立入禁止の措置を取っています』

 隣にその本人がいるというのに、カーターは非情にも厳しい言葉を口にした。

「夕司はどうなるの?」

『これから今すぐにでも彼を別の場所にて匿います。当然ながら場所は教えられません』

「夕司には今後会えるの?」

『それは分かりません。彼次第でもあるし、私達次第でもあります』

「それはいつまで? どれだけ待てば夕司に会えるの? 半年? 一年? 一〇年?」

『…………』

 カーターの無言でめぐみはある程度理解した。

 おそらくこのままでは二度と夕司と会えない。理由までは分からないが、めぐみの直感がそう告げていた。

 そしてそれを裏付けるかのように、テレビに映る夕司が初めて口を開き、こう言った。

『めぐみ。残念だがもう二度と会うことはないだろう。俺はカーターの処置を全面的に受け入れるし、なにより俺自身がもうお前に会いたくないと思っている。……勘違いするな。お前の事が嫌いになった訳じゃない。もう、お前に心配をかけたくないから会いたくないんだ』

「そんなこと言って夕司、平気なの?」

『ああ。もう大丈夫だ』

 嘘だ。とめぐみは確信を持って心の中で断言した。夕司はまだ一人では危険だ。

 確かに夕司は今回の事件を反省していると言った。カーター達にも誠意ある謝罪を行った。

 でも、後悔はしていないとも言った。それはつまり、夕司はまだ姉のことを諦めていないという証拠。夕司の心にはまだ、姉の幻想が居座り、彼を支えているのだろう。

「(夕司はまだ、一人じゃ危ない)」

 幻想では確かな助けにはならない。自分の都合のいいように幻想は形を変え、弱い心を蝕んでいく。

「(わたしが……わたしが隣にいなくちゃ)」

 夕司にはわたしが必要だ、とめぐみは思った。姉の代わりになる、現実に存在する心の支えが。今の夕司には自分以上の心の支えがいないことを、めぐみは十分知っている。

「夕司」

 めぐみはある決心をする。

「少しの間だけ待ってて。必ず、夕司のところまで駆けつけるから。前にも言ったけど、もう夕司を一人きりにはさせない」

 追いかける。例え今いる世界が違っても、必ずあなたのもとまで駆けつける。ゆっくり歩くのでなく、全力の走りで。

 神矢夕司を追いかける旅が、また始まろうとしていた。

『おいっ、お前何を言いだすんだ。そんなことをしたらお前にも危険が――、』

「会いに行くからね! 必ず!!」

 遮るようにめぐみは言う。その彼女の表情は、とてもいい笑顔で、自身に満ちた顔だ。彼女の透き通った黒い瞳に、夕司はたじろいでしまう。

 もう言うことが他にないのか、めぐみはクルッと回って液晶テレビから離れるように宙を飛んで行く。少し遅れて虎龍も彼女の後に続いた。

 しばらく飛んだところで液晶テレビが消えるのを確認し、虎龍はめぐみに話しかける。

「おい。どうするつもりだ?」

「言った通りよ。夕司のところへ会いに行くわ。カーターさんなんて待ってられない。居ても立ってもいられないの」

「この世界からは出られないぞ。カーターによって俺達は起きられない体になっちまったんだ。――それともあのピコピコハンマーを使うか?」

「あら分かってるくせに。もう一つ、ここから出る方法があるでしょ? あのおじさんが言ってたじゃない」

「未知なるカダスか。……そんなもん、あるかどうかも疑わしいぞ」

 ロイス・ウェイトリーの計画。それはこの『夢の世界』には、どこか現実世界とリンクしている場所があるという話。そこへ行き、実物である『死霊秘法』を現実世界に持ち帰ろうとしたのが、今回の事件だった。

「間違いなくあると思うわ。そうでないと今回の事件が起きなかったもの。あのおじさんの言ってる事も筋が通っていたし、なによりカーターさんは『バルザイの堰月刀』を現実世界に持ち帰っていたんだから。絶対、現実と繋がっている場所はある」

「めぐみにしては冴えた推測だな」

「で、コタツ。どこかヒントになりそうな所ない? いろんな情報が集まる場所とか、カーターさん以外でこの国のことを何でも知ってる人とか……」

 虎龍は「はぁ~~」と頭を掻きむしりながら溜息をつく。

「仕方ないな。俺もいつまでもここにいたい訳じゃないし。…………それなら『セレファイス』が一番だろう」

「どんな街なの?」

「街じゃない都だ。『夢の国』の首都と言ってもいい。そこなら人がたくさん集まるし、集まる情報も多いだろう」

「そう言えばセレファイスって一回聞いた事がある。赤ネコさんがカーターさんに良いお酒が手に入ったって言ってた」

「セレファイスは『夢の国』で一番美しい都だ。都が美しければ、当然食い物も美味い。酒も上質なものがよく貿易で入ってくると聞いたことがある」

 空を飛びながらめぐみはニカッ、と口の両端を吊り上げた。

「よーし。それならセレファイスにレッツラゴーよ! わたし一回、お酒飲んでみたかったんだぁ。ぃやっほ――――い!!」

 ドヒュンッッ!! とめぐみは一気に加速した。まるで音速を越えたスピードで空を飛ぶ、宇宙ヒーローのように。

「ま、待てっ。また目的を見失ってるだろ! ってか、お前まだ未成年っ!!」

 慌てて虎龍も〝想像力〟で加速をし、めぐみを追いかけた。

 二人の『夢見る人』はそれぞれ異なった〝想い〟を糧に、自在に空を舞う。



 めぐみと虎龍。二人は未知なるカダスを目指し、幻想世界の空を飛んで行った。

微妙な終わり方ですがこれにて完結です。

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