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夢見る人  作者: 味神
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死霊秘法(ネクロノミコン)

 めぐみと虎龍は猫の神殿の内部を走っていた。『多柱室』と呼ばれる左右に太い柱が何本も並ぶ部屋。その柱とセットに作られているのは猫の像だ。めぐみ達はその間にある通路を走っているのだが……。

「狭っ!? 幅が三メートルくらいしかないよ」

 因みに天井に至っては高さ二メートル。でかい人間では屈まないと通れない通路だ。

「ここは猫用の通路。人間用の通路はまた別の所にある。そんでどちらの通路も行き先はバースト神を祀る広いホールになってて――って呑気にガイドしている場合か俺!?」

「はいはいノリツッコミありがとねコタツ君。その調子でわたしをちゃんと守ってよ」

「いやだからあの場に残れって言っただろ! 緊張感のないお前に言うけどな、俺の想像が正しければ、神矢夕司と白衣のオッサンの二人はとんでもない事をやらかしそうなんだぞ!」

「そのとんでもない事をやらかす前に止めるつもりなんでしょ。コタツ君とカーターさんは。だったら戦力は一人でも多い方が有利じゃん。それにホラ、さっきわたし夕司に勝ったし☆」

「…………」

「だから何でそこで黙るのよ!! ホラ、シャキッとしなさいシャキッと」

 めぐみは虎龍の背中を思い切りバンッ!! と叩いた。痛みにより苦い顔をする虎龍を無視し、めぐみは更にスピードを上げて『多柱室』を駆け抜けていく。


 横に柱が並ぶ狭い通路を抜けると、そこはめぐみの高校の体育館よりも広いホールに出た。壁には猫や古代エジプト時代の人間が描かれている。そしてホールの奥に、二メートルぐらいの神様の像があった。

 女神バースト。

 頭は猫で人間の女性の姿をした女神だ。右手にはエジプトの楽器シストルムを持ち、左腕にアイギスと左手に小袋を持っている。猫からも人間からも崇拝者の多いこの女神は『喜びの神』と言われることもある。

 だが、そんな彼女の元には『喜び』の表情を一切浮かべない人達がいた。

 神矢夕司。

 ロイス・ウェイトリー。

 そして。

 その二人に苦戦を強いられているランドルフ・カーター。

「カーターさん!!」

「ッ!? 何で付いて来たんですかあなた達!」

「あんた一人じゃ手に負えないと思ってな」

 いつものカータースマイルはどこにもない。それほどカーターは追い詰められていたのだろうか。或いは、めぐみ達が来たことに本気で危機感を感じているのか。

「カーター。一つ確認したい」

 虎龍はカーターの横に立ち、前にいる夕司とロイスを睨みながら話しかける。

「あの白衣の男。あいつが持ってる『本』はまさか…………『死霊秘法ネクロノミコン』か?」

 ロイスが持つ『本』。そこから禍々しい邪気が放たれている事に、鈍感なめぐみでも体で感じられた。その僅かばかりの邪気に当てられ、すでにめぐみは吐き気を催している。

 虎龍の質問に対し、カーターは簡潔に答えた。

「そうです。本物です」

 それだけで虎龍は理解した。彼らがやろうとしている事。そしてそれを絶対にさせてはいけないと。虎龍は静かに秋刀魚ソードを出し、構えを取った。

 これにより、この戦いの本当の『状況』がほぼ全員理解できたことになる……一人、雲英めぐみを除いて。

「ねくろのみこん? ナニソレ? レンコンの仲間?」

 いや絶対にレンコンの仲間ではないと分かっているめぐみだが、『死霊秘法』から漏れ出す邪気に当てられ、気持ち悪さMAX状態なのだ。この嫌な空気を変えようとした、心優しいギャグなのである。

「ミスめぐみ。あれはレンコンの仲間ではありません。以前話しましたが、あれこそがこの『夢の国ドリームランド』が抱える問題なのです。あの『本』は常に邪悪な気を撒き散らし、その邪気はやがて『夢の国』の中で凝縮され『怪物』となって形を変えるんです。〝想像力イマジネーション〟であれを破壊できればいいのですが、内包する邪悪なエネルギーが余りにも高密度すぎて、どんな手を使っても破壊できないんですよ。もし、あれが現実世界にあったら、と考えるとゾッとしませんか?」

「確かに……」

 めぐみはこの世界に来て実際に『怪物』と戦い、そして勝利している。しかし、それはこの世界特有の〝想像力〟があったからこそだ。もし現実世界であんな蛇人間や怪鳥や腕が四本も生えた変な生き物に遭遇したら……実際の戦いを神殿の外で目撃している故に、めぐみにはカーターの言うことが少し理解できた。

 しかし『死霊秘法』の恐ろしさとは、そんなレベルの話ではない。

「おいおいカーターよ。『死霊秘法』の本領はそんなものじゃないだろう?」

 実際に『本』を持つロイス・ウェイトリーは嘲笑うかのように言う。

「お嬢ちゃんよ、この『本』の恐ろしさはそんなものじゃない。この『本』には! 『外なる神』や『旧支配者』と呼ばれる異次元に住まう〝邪神〟の召喚方法およびそれに関連する邪悪な『魔術』についてびっしり書かれているのだ! 数十年前までは単なる〝空想物〟でしかなかったこの『本』が、我が祖父の手に渡ったことにより実在する物だと世界中の『邪神教徒』に知れ渡ったのさ!」

 徐々に。ロイスの顔が邪に歪んでいく。

「我が祖父はこの『本』を使い、実際に邪神を召喚。そして当時の若き我が母と邪神を交わらせたのだ。母は子をなした数週間後に邪神の邪気に当てられ死に。我が双子の兄上達は異次元の血を色濃く受け継ぎ、共に人間の手によって殺された……。邪神の召喚に成功した祖父も、召喚の代償として命を奪われた」

「目的は兄弟の復讐か?」

 虎龍がロイスに質問する。

 すると、ロイスは身をクネクネと揺らしながら気味の悪い笑い声を出した。

「ぎィひゃひゃひゃっ。そんなものはとうに済ませた! 私の目的はこの『本』を現実世界に持ち帰り、そこで邪神を召喚すること!! 今まで散々私の事を馬鹿にしてきた能なしの学者共に真の恐怖を与え、我がウェイトリー家の名を世界中に知らしめるのだ!!」

 普通なら、邪悪な気で満たされた『死霊秘法』を人間が触れる事自体自殺行為なのである。

 今現在、現実の世界にはこの『死霊秘法』のレプリカが五冊存在する。偽物であるため本来の力を全く発揮できないものの、例え偽物でも人間に悪影響を与えるほど呪われた書物なのである。

 その原本を持つロイス・ウェイトリー。彼も呪われた双子兄弟同様、異次元の血が少なからず流れているのだ。だからこそ彼は『死霊秘法』を直接持っても発狂することなく平然としていられるのだ。だが、彼の様子を見た者の反応としては、これが妥当であろう。

「狂っている……」

 虎龍が素直に感想を口にする。

「さて。そろそろ儀式の準備を終わらせるとしよう。幸運にも、か弱い子猫たちがここまで追ってきてくれたからな。お前の好みで選べ。私はカーターを足止めしておく」

 ロイスは気味の悪い笑みカーターに向けた。

「ああ」

 ロイスの言葉に神矢夕司は改めて黒い剣を握りなおす。

「じゃあ遠慮無く俺の好きにさせてもらう」

 夕司の瞳もまた、邪に光り出す。

 だが、その視線の先はめぐみや虎龍ではない。

 そして――、

「んぁ?」



 夕司の黒い剣が、ロイスの体を貫いた。



「ゆ、夕司ッ!?」

「くっ……!!」

「コイツっ!」

 めぐみ、カーター、虎龍はそれぞれ同じように驚愕の表情を見せた。

「き、貴様……!」

 ロイスの力ない言葉に夕司から冷徹な言葉が返される。

「最後の一人はハナからお前だよバァカ。やっと隙を見せたな」

「な、何故だぁ……」

「お前の目的がやはり現実世界で〝邪神〟を召喚することだからさ。俺の願いは姉さんを生き返らし、現実の世界で幸せに暮らすこと。……邪魔だろう? どう考えても。せっかく取り戻した平穏が、お前によって壊されるのは勘弁だね。だからお前は今ここで殺す。俺と姉さんの平和のために」

 ロイス・ウェイトリーの体は、小さな星々の輝きとともに崩れていき、その光は黒い剣に吸われていった。

 主を失った『死霊秘法』がドサッ、と床に落ちる。

「これで儀式の準備は整った……」

 めぐみ、カーター、虎龍の前には神矢夕司一人だけが立っている。目の前の衝撃的な出来事にめぐみは何も言えない状態だった。自分の幼馴染みが、猫だけでなく、遂には人間まで殺してしまったのだから。

「せっかくの大戦力を自ら葬り去るとは理解できませんね。我々三人相手取ってまだ余裕でいられますか? ミスター神矢」

 一人余裕を見せるカーターが、夕司に話しかける。

「あいつに協力していたのは、目的を達成する仮定で邪神の力が必要だからだ。だが『本』と『剣』が揃った今、あいつはもういらない。邪神を召喚する方法も聞き出したしな。……逆に奴が生きていたらそれはそれで面倒だろう?」

「やはりロイスと同じく邪神の召喚が目的でしたか。何を呼び出すつもりですか? あなたが手にしているその剣は『バルザイの堰月刀』ですね? そうなるとまさか……」

「時空を超越し存在〝門の守護者〟。ヤツならば、時空を超えて姉さんに会いにいける。そしてこっちに連れ出すことも」

「まさかノア・ウェイトリーがかつて召喚した邪神を呼び出そうとは……。仮に、ほんの一部でも呼び出すことに成功したら、あなたの命はありませんよ?」

「……これより儀式を開始する」

 夕司の持つ『バルザイの堰月刀』の周囲が赤く発光しだした。

「させません」

 カーターは自分の体から黒い塊を出し、そしてそれは悪魔の姿に変わる。

 虎龍はすでに出していた秋刀魚ソードを夕司に向けている。

 そして、めぐみも竹刀を〝想像力〟で創り出し、構えを取る。だがその手にはどこか迷いがありそうな握り方だ。力が全く入っていない。

 どうすればいいのか?

 自分はどう動くべきか?

 この戦場に来てから色んな事があり過ぎた。

 幼馴染みが、夢の世界とは言え、命ある生命をたくさん殺している事実。その現場も見てしまった。

 怪しげな人物と協力し、怪しげな儀式を遂行しようとし、そしてその協力者の命を奪った。

 姉を生き返らせるため、どんどん闇の奥へ溶け込んでいく幼馴染み。余りにも変わり果ててしまった。これがつい一週間前まで一緒に学校に通っていた親友か? これが一五年も一緒に思い出をつくってきた大切な人か?

 ……こんな人、知らない。

 そんな現実に耐えられないかのように、めぐみはこう叫んでしまった。

「もう……こっち帰ってきてよ夕司ィィイイイイイイ!!」

 対する夕司は、愚直にも、めぐみのその叫びに応えた。

「俺は――――諦めないッ!!」

 その言葉と同時、夕司が立つその真上にある天窓が割れた。降り注ぐガラス片よりも速く夕司の前にとある人物が三人の前に降り立った。

 死んだ夕司の姉。

 しかしそれは夕司が儀式によって生き返らした姉ではなく、〝想像力〟によって夕司が創り出した『失敗作』。

 優雅な長い黒髪と、天使のような素顔。見た目は生前の状態のままで、最も馴染み深かったセーラ服姿。めぐみが憧れた女性であるし、夕司が最も想いを寄せた女性。

 彼女はまるで後ろにいる夕司を護るように両手を広げている。

 そして。彼女の奇麗な両の目が赤く光り出すと――、

「「――ッ!!」」

 何をされたのか分からないまま、いきなりカーターと虎龍の二人は後方へ吹っ飛ばされた。

「えっ!? な、なに今の!? なにされたの?」

 めぐみ一人だけが吹き飛ばされずに、元いた位置のまま立っている。

 飛ばされた二人のもとへめぐみが駆けつけようとした時、虎龍の大きな声が飛んできた。

「俺達に構うなッ! 早くあの『本』をどうにかしろッ!! あいつに儀式をさせるな!」

 ハッとして夕司の方をめぐみは振り返る。

 夕司を護るように立ちはだかる姉は、背中からまるで翼のように二本の手を生やし、その手で『死霊秘法』を持って夕司のすぐ近くまで差し出すように持っていった。

 めぐみはとにかく駆けだした。狙いは夕司ではない。とりあえずあの『死霊秘法』を夕司から奪う。そうすれは夕司を止められると思ったからだ。

「気をつけろ! 効果の範囲は分からないが、あれはあの目で見た特定の対象を吹き飛ばす力がある!」

 虎龍のアドバイスを聞いた拍子に、めぐみはチラッとカーターの姿が目に入った。両手を地ベタについているが、その手が何故か地ベタの下へとのめり込んでいる。

 何をしているのか分からなかったが、どうやら仕掛けるらしい。それを確認しためぐみは同じように忍者のポーズを取り、〝想像力〟を発動させる。

 



 

 一方、夕司はすでに儀式を始めていた。

『我は大いなる深淵に棲む汝等ら諸霊を力強く呼び醒ます者なり。

 古ぶるしき伝承にて創られしこの刀身に力をあたえよ。

 クセントノ=ロフマトルの御名に於いて、我は汝アズィアベリスに命じる者なり。

 イセイロロセトの御名に於いて、我は汝アントクェリスを呼び出す者なり。

 ダマミアクの御名に於いて、我は汝バブルエリスを力強く呼び出したる者なり。

 我に仕え、我を助け、我が呪文に力を与えよ。

 大いなる強仕なものよ、ヴーアの無敵の印に於いて……』

 そして左手の中指と薬指と親指を折り、その状態で『死霊秘法』に触れようとしたその時だった。

 夕司と姉の周囲の地面から、急に何十本もの手が蛇のように生えてきた。

「なッ!?」

 地面から生えてきた手は一斉に夕司と姉を襲い出す。正確には、姉が背後の手で持っている『死霊秘法』に向けて。

「くそッ!」

 夕司と姉は手の動きよりも速く上へ飛んで逃げる。

 そして姉は下から追ってくる幾数もの手その全てを視界に捕らえ、彼女の『力』が発動した。

 目が赤く光ると同時、『死霊秘法』を狙う全ての手が弾け散った。

 なのに、

 グイッと、見えない何かが『死霊秘法』を引っ張り出した。

「(さっきの見えない攻撃と同じく、〝目に見えない〟手を忍び込ませていたのか! くそッ、こっちの弱点を突かれた)」

 夕司が〝想像力〟で創り出した姉にはただ姿形を似せただけでなく、その目で見た『夕司を妨害しようとする存在』を吹き飛ばす力が〝想像力〟によって追加されている。

〝想像力〟で等身大の人を創る場合、それだけで多大なエネルギーが必要となる。それが自由に動いたり、時には自在に操ったり、意志を持って喋ったり……などとしようものなら、まず『夢の国』に来たばかりの初心者には不可能な技なのだ。更にはその個体に、漫画やアニメのような『能力』の付与なんてのは玄人ですら難しい。

 それを容易く実現させている神矢夕司。もはや内包するエネルギーや技量の話ではない。確固たる『信念』や『決意』、そして決して揺るがない強い『想い』が成せる技であろう。

「『本』を渡してたまるかッ!!」

 夕司自らが『死霊秘法』を取り戻そうと、動き出す。

 今は姉と見えない手で綱引き状態であったが、少しずつ『死霊秘法』が奪われつつあった。きっと下からどんどん見えない手が生えてきて『本』を引っ張っているのだろう。

 夕司が姉の横を通り過ぎようとしたとき、姉とは違う女性の声が横合いから耳に入ってきた。

「今度こそ逃がさないわよ」

 突如、夕司の視界の中央に、見知った女の子が現れた。

「夕司ッ!!」

「めぐみッ!?」

 神矢夕司の幼馴染み、雲英めぐみである。

呪文は省略しました。長すぎるので。

もっとコンパクトに出来ないか模索中です。


つぎはいよいよ邪神の登場です。

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