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夢見る人  作者: 味神
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青春する少女と少年

クトゥルフ神話をモチーフとした作品です。が、原作を読んでないのでちょっとした知識だけで書いた作品です。それでもいいという方、読んで頂けると嬉しいです。

「好きです! 付き合ってください!」


 桜が散ってからもう一ヶ月が過ぎ、段々と陽気な日が続くようになった頃。とある高等学校の校舎裏に、今年高校生になったばかりの男女の姿があった。

 勇気を振り絞って愛の告白をしたのは女の子の方。名前は雲英きらめぐみ。薄く茶色に染めたショートヘアの彼女の髪は、若干くせっ毛が混じっているらしく跳ねている所もあり、落ち着きのない雰囲気を相手に抱かせた。実際、告白された男の子の方も彼女とは幼なじみの関係にあり、めぐみが落ち着きない性格だということは百も承知であった。その男の子の方は幼なじみの告白に対し、簡潔に返事を出した。


「嫌だ」

「ええー!? なんでぇー!?」


 速攻でフラれてしまった。

 しかしめぐみはフラれたぐらいでは落ち込んだり、泣いたりなどしない。むしろその逆で彼女は怒っていた。


「なんでよう!? 幼馴染みのわたしが〝好きです〟って告白しているのよ。夕司なんにも感じないの? 幼なじみの恋ってさー、こうドキドキするもんじゃないの? 恋人同士になったことで普段見せない彼女の意外な仕草にキュン……とか! ていうか、女の子の告白に対して『嫌だ』の一言だけってどういうことーッ!」


 逆ギレしたらむしろ逆効果だと気づかないのだろうか。とにかくめぐみは感情のない返事を出した男の子へ一方的に不満をぶつけていた。

 その男の子は腰に手を当て「はあ~」と長く溜息をつく。


「そういうとこが嫌だって言ってんの」

「そういうとこってどういうとこー!?」

「そこだそこ」

「む~~~~~~~~ッ。だいたい、いつになったらOK出してくれるの? もう一〇回くらい告白してるんだけど!」

「一七回だ。逆にいつになったら諦めてくれるんだ? もうクラスのみんなにもお前から告白されてんのとっくにバレてるんだぞ。おかげで周りから変な目で見られてるわ」


 逆立てている短い髪を掻きむしりながら男の子は少々苛立ちながら言った。

 神矢夕司かみやゆうじ。めぐみより頭一つ大きいが、彼の身長は男子高校生の平均と同じくらいである。こちらはめぐみと違って髪は染めてはいないが、高校進学と同時にその髪を立てるようになった。


「周りの目なんて関係ないじゃん! それにわたし知ってるんだよ」

 めぐみは一歩近づいて、夕司に人差し指を向けながらこう言った。

「この前、二組の高橋さんからラブレターもらってたでしょ。しかもそれに書いてあった待ち合わせの約束すっぽかして勝手に帰っちゃったでしょ夕司。女の子にとって愛の告白って一大イベントなんだよ? もっと真面目に受け止めなさいよ!」

「お前には関係ねーだろ。しかも何で知ってるんだよそれ。…………その日の放課後は用事があって、手紙には気づいたんだけど中身読まないで後回しにしちゃったんだよ。ちゃんと次の日、高橋には謝って断っといた」


 携帯電話やスマートフォンが普及しているこの時代に手書きのラブレターというアナログな手法は、それだけ特別な感情を持っていたに違いないだろう。とてもいい話なのだが、その時夕司は用事のことしか頭になかったため、ハートマーク付きの手紙を見てもそのまま鞄に放り込んで帰ってしまったのである。


「用事って何よ!? 女子と待ち合わせより大事なことがこの世にあんの!?」

 一大イベントをすっぽかすほどの用事とは何事か! と言わんばかりにめぐみはプンプン怒っていた。しかし夕司から予想外な答えが返ってきて、血が登り熱くなった頭が急激に冷まされた。

「姉さんの墓参り」

「あっ……………………」

 めぐみの口が動きを止めた。


 約二年前。夕司の姉は原因不明の病に倒れ、この世を去った。当時まだ一七歳という若さだった。複雑な家庭の事情で姉と二人暮らしをしていた夕司にとって最後の家族を失ったその辛さは、恵まれた環境で暮らすめぐみにとっては少々理解できないものだった。

 姉が亡くなって最初の数週間は夕司はまるで死人のように元気をなくしていた。そんな夕司を見てめぐみは必死に声をかけて励まし、夕司は徐々に元気を取り戻していったが、それでも以前より口数は減り、何故か次第に夕司はめぐみを避け始めるようになった。めぐみの心配は中々拭いきれなかった。

 決定的だったのが中学の卒業を間近にむかえた頃。一緒に近くの高校に進学しようとめぐみは約束していたのに、夕司はそこではなく今現在通う一駅離れた所に願書を出していたのだ。約束していた高校よりも偏差値が高い高校で、それに気づいためぐみは焦って猛勉強の末、なんとか無事にこの高校に入学を果たした。

 後を追いかけるように入学してきためぐみを夕司は鬱陶しいと思ったのか、以前にも増してめぐみを避けるようになった。『せっかく心配して後を追ってきたのに!』と思っているめぐみはそんな夕司の態度に、心の中のなにかに火がつき、それでこの一七回の告白ということであった。


「夕司、まだお姉さんのこと想っているの……? だから高橋さんのことも断った……」

「仮にそう思ってても、相手を不愉快な気持ちにさせるセリフを口に出すなよ」

「ごめん……」


 夕司の姉が亡くなってからはそのことを話さないようにしてきた。勇路に言われるまでもなくそんなことはめぐみは分かっていた。ただ、どうしても思っていることが口に出てしまう性格なのだ。そんな自分に嫌気が差してか、めぐみは後悔と申し訳なささで落ち込んでしまう。


「断ったことに姉さんは関係ない。高橋のことは、単に好きとかそういう感情が持てないから」

「じゃあわたしの告白は?」

「嫌だから」

「なによそれ――――ッ!」


 またしても校舎裏に元気な女子高生の叫びが響く。つまるところ、めぐみは気分屋なのだ。

「だいたいお前だって三河と千葉からコクられてるだろ。高校入学してわずか一週間足らずで。それ以外にも何人かいたと俺は聞いてる。お前はモテるんだから、俺なんかに構っているより他の男と青春しろよ」

「なっ、なな、なななななんであんたがそれを知っているのよっ!?」

 顔を真っ赤に染め、動揺しまっくているめぐみを、夕司は呆れながら見ていた。

「そいつらに対してヒドイ断り方をした挙げ句、俺に対して毎週告白してりゃ、周りの連中から俺が批難をあびるのは当然の成り行きだろう?」

「ぐぅ~~~~~~~~~~~~」

「とにかく、これ以上俺に告白すんの禁止な。次やったら幼馴染みの縁を切るぞ。――じゃな」


 くるっと体を反転させ、めぐみに背を向けた夕司は、手を軽く上げ〝バイバイ〟のジェスチャーをした。慌ててめぐみがその後を追いかける。


「えっ、ちょっと待ちなさいよ夕司! もう帰っちゃうの?」

「ああ」

「じゃ、じゃあわたしも一緒に帰る!」

「お前はこれから部活だろ」

「サボる!! 部活サボってこのまま夕司の家まで押しかけちゃうよ!」

「何でそうなるんだ? ちょっとお前マジでウザいから、ホントもう俺のことは放っといてくれ」

 言いつつも、夕司はめぐみの方を見ず、真っ直ぐ校門の方へと歩いて行く。

 めぐみは、立ちはだかるように夕司の前へと回り込んだ。


「夕司がイエスと言うまでわたし追いかけるよ。今日という今日は本気だからね! フハハハ。わたしはあんたん家の合い鍵を持っているんだから、夕司に逃げ場はないのよ!」

「まじウゼぇぇ」

「さあ! 観念してわたしと付き合うのよ! どうしてもこのまま帰るって言うんなら、チューしちゃうぞ♪」

 ウブな男子にはこの手チューが一番。こう言えば夕司は付き合うという選択肢しか選べまい!! ……という魂胆だったのだが、ここに来て幼馴染みの夕司は意外な行動に出た。


「キスをすればもう絡んでこないんだな?」


「へ?」

 突如、めぐみは夕司によってガシッと両肩を掴まれる。力は入ってないものの、突然の出来事にめぐみはビビってしまった。夕司は黙ったまま、いつになく真剣な顔つきでめぐみの顔に近づいてくる。

「ゆ、夕司……」

 今まで夕司に告白をしてきたのは、夕司に〝恋〟をしているわけではない。めぐみはただ、夕司の事が心配だったのだ。以前の――姉が死ぬ前のあの元気な夕司に戻って欲しい。そのきっかけとなればと思ってやったのがこれまでの『告白』なのだ。


 でも。夕司の事が好きか嫌いかと問われれば、めぐみは迷わず『好き』と言うだろう。一五年間も一緒に連れ立ってきたのだ。楽しかった思い出も、ケンカして痛い思いをしてきた経験も、すべてひっくるめてめぐみは夕司の事が『好き』なのだ。

 その夕司が、初めて自分の事を女として見てくれている。めぐみはそれに応えるように瞳を閉じ、顎を少し上に向けた。

 チュ…………という唇と唇が重なる音が聞こえてくるはずなのに、めぐみの耳には何故か『パシャッ』という機械的な音が聞こえた。

「え?」

 目を開けると、そこには携帯電話を手に持っている夕司の姿があった。夕司はなにやら感心しながら、携帯の画面を眺めている。


「なかなか……。めぐみ、やっぱお前黙っていれば結構可愛いよ。それだけに、惜しい」

「な、なんの話……?」

 夕司はくるっとその画面をめぐみに見せてきた。そこには衝撃の映像が映し出されていた。

「じゃーん。秘蔵『雲英めぐみの恥じらいキスしてショット』!」

 そこにはめぐみが頬を染めながら優しく目を閉じ、柔らかそうな唇を突き出している画像があった。そう、夕司はさっき写メを撮っていたのだ。


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 半分涙目になりながらめぐみは夕司の携帯を奪おうとするが、頭一つ分でかい夕司が高々と手を上げたらもはやめぐみに為す術はない。ぴょんぴょん飛んでも夕司はそれをヒラリと冷静に躱していく。

「お前って結構人気があるんだよ。顔はいいからな。きっとこの写メを欲しがる野郎はたくさんいるんだろうなぁ」

「やめてえええ、やめてえええええええ!」

「高校の入学費とか教材とかその他色々金使ったからさ、結構金欠なんだよね俺。これいくらで売れるかなー」

「返してえぇ、返してええええ!」


 もはや半泣きでは収まらないくらい涙を流しているめぐみ。渾身のジャンプをしようとしたその時、夕司が片手でめぐみの肩を掴み、腕をピンと伸ばして距離を取ってきた。今度は夕司の左手には力が入っていて、めぐみは掴まれている方に若干の痛みを感じた。


「これで少しは懲りたか? 出来れば俺だってこんなことはしたくない。周りの連中にこれを見せること自体、恥ずかしいからな」

「じゃあ今すぐ消してよ!」

「これを消して欲しかったらしばらくは俺に構うな。心配してくれるのは嬉しいけど、お前は心配しすぎだ」

「でも…………!」

「いいな。とにかくこれ以上俺を困らせるようなことはするな。大人しく、俺の邪魔をしなければこの画像は削除しといてやるよ。…………今度こそじゃあな」

 めぐみの肩を掴んでいた手を放し、夕司は校門を出て行った。


「……フフフ。甘いわね夕司。わたしがあれしきのことで諦めるとでも思ったら大間違――――あれ?」

 夕司を追いかけ校門を出ようとした時、誰かに首根っこを掴まれた。なんという怪力。前に行こうと思ってもピクリとも体が前に進まない。ゆっくりと首を後ろに回すと、そこにはめぐみが所属する部活の怖~い副部長サマが。

 全身から怒りオーラを発する副部長に対しめぐみは「いやぁ~今日仮病で……」なんて言い訳にもならない言い訳をしたため怒りの鉄拳を脳天に喰らい、めぐみはずるずると副部長によって引き連れられて行く。

 強制的に部活に戻されている途中めぐみは『よし、明日も告白しよう!』と早速夕司の言いつけを破るような決心をしたのだが、残念なことに告白するチャンスは訪れることはなかった。

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