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真夜中のドライブ

作者: 夏樹 真

短編練習作品です。


夜の住宅街を飛ばす車は、

制限速度を20キロもオーバーしながら。

それでも、快適に進んでいた。

時折緩やかなカーブでかかる圧迫感がむしろ心地よいくらいだ。


「俺達ってもう、社会人なんだよな。」


ハンドルを握る青年が、独り言のように

助手席の彼女に言った。


東京の都心から離れた位置に作られたベッドタウン。

その中を車で飛ばしていく。

この辺りの道は、街自体が山を切り崩して作った分、起伏は激しいが、道幅も広く、信号もほとんど無く、深夜ともなれば通行人も居ない。


「当たり前じゃない。私達もう23なんだから。それに、毎日会社行って仕事してるし。」


何を当たり前な事を、とつまらなそうに返事をする彼女を横目に。青年は、アクセルを一段と踏み込んだ。


「なんていうかさ。・・・・・。子供の頃に想像していた。社会人ってこういう感じじゃ無いなぁって思ってさ。」


「そう?毎日同じ電車に乗って、会社に行って9時から17時半まで働いて、週末になったらこうして、遊びに出てって、そのまんま社会人像だと思うけどなぁ。うちのお父さんってそんな感じだったし、あぁ私も同じようにOLしてるなって感じで。」


とりとめの無い会話に飽きているのか、彼女の方は、携帯を取り出して眺め出す。特にやることが無いけど手持ちぶさたという感じだ。


「いやさ、実際の働きかたとしては、そうなんだけど。もっとこう、精神的にというか。学生の時だって、朝から晩まで授業受けたり、バイトしたりってしてたわけだろ。何て言うか、今も毎日9時から17時半までのバイトをしてる感覚でさ、それで給料とかちゃんと貰って、正社員やってるってのがどうも信じられない。」


「まあ、それは何となく分かるかな。結局たいした仕事まだして無いもんね。給料明細とか見ると、所得税とか厚生年金とか引かれてて、私も社会人として雇われてると思うけど。仕事としては、簡単な入力作業とか、資料作りばっかりだったり。」


「そうそう、働いてる環境は、バイトの時と変わってるし、まぁ残業しなきゃいけない日とかもあるけど、絶対的に違いがあるかというと、正直無いよね。何だろう?プロ意識が足りないとか?」


「書類作りのプロとか?書類整理のプロとか?なんかウケる。」


珍しく対向車が見えたので、ライトをハイビームから元に戻す。向こうの車も、ライトを落としたのが分かる。

こうしたマナーというか気遣いってのも、大人らしさの一部かもしれないと考えながら。


「茶化すなって。まぁ、確かに書類整理とかお茶くみのプロって言われると困るけどさ。でも、子供の頃って大人ってのは仕事してて、それだけで凄くて。書類作るだけって言ったって、ぴしっとした寸分の狂いない書類作ってってそんな風に思って無かった?」


「うーん。ホントにちっちゃい頃はそう思ってたけど・・・・。そんな事言ったら、小学生の時は大学生って大人で、社会人と変わらない位大人だと思ってたけど、

実際には小学生と同じ位ガキだし、そんな物なんじゃない?

ねぇ、仕事の話やめようよ。日曜の夜にそんな話してると明日の仕事考えて憂鬱になっちゃう。・・・・そういえば、今度の6月に佐知子先輩結婚するらしいよ。」



大きく緩やかなカーブに差し掛かる。ここを越えると、この街で一番高い地点に付く。


「そうなの!?どこ情報?」


「こないだの、OG女子会で言ってた。いいよね~。すごいよね~。」


「昭人先輩と佐知子先輩もとうとう結婚か~。三年生の時からずっと付き合ってるし、先輩達は社会人3年目だもんな。俺たちの知り合いで結婚する人が、もう出てくるなんて、年齢からすると当たり前なんだけど、なんか凄いよな。」


「ほんとほんと、25歳位の時に友達の結婚ラッシュが来るって言うけど。ホントなんだねぇ。ねぇ?私たちも式に呼んで貰えるのかな?」


「どうかな?式は同期だけとか、親族だけって事も多いみたいだし、二次会からじゃ無いかな。

あっ、そろそろカーブ抜けるぞ!」


この道の最高地点を越えて下り始める瞬間、遠くまで広がる住宅街を一望できる。

マンションや戸建てを含めて、段々畑のように、連なる住宅街は、どの家もたいてい白やオレンジの光が漏れだしている。まるで、山全体が光っているかのような光景は、確かに絶景と呼べるだろう。

ここは夜景のスポットとして、地元で有名な場所でもあるので、シーズンならこの辺りに路上駐車の車が溢れる事になる。


「うわぁー。やっぱりいつ見ても、ここの景色っていいなー。家もちょっとヨーロッパ風でオシャレだし、百万ドルの夜景ってわけにはいかないけど、落ち着いてて都心より、こっちの方が好きだなぁ。」

彼女は、窓の外の風景にうっとりと目を凝らす。


「だよな。やっぱり、遠回りしても、このコースで帰るのがいいよ。運転しながら、だと一瞬しか見れないのが、残念だけど。」


「それなら、私が運転してあげよっか?」


「ペーパードライバーのお前には、絶対ハンドルは触らせない。」


「いじわる。」


「いじわるじゃ無い。ちゃんと普段から運転してるなら、安心して任せるけど、お前の運転怖すぎ。普通に制限より、10キロ位遅く走るんだから。」


そろそろ、下り坂も終わり、完全に街中に戻ってしまう。

そうすれば、周りの風景は、単調な物に戻ってしまい、後は家に戻るだけ。デート帰りのドライブもおしまいである。



「じゃあ、私も練習するよ。将来、運転できないと困るし。」


「うん?将来って、どっか行きたい所でもあるのか?」


「えーっと、そうじゃなくて。将来子供ができたら、

買い物とか、行くためには運転必要じゃない?」


「子供ができたらって、気が早くないか?」


「そんな事無いよ。ねぇ、私たちはいつ結婚するかな?」


その時、近くの信号が赤に変わった。

返事を返そうとしていた彼氏が、慌ててブレーキを踏む。

体に強くGを感じる。車はぎりぎり停止線の手前できっちりと停車した。


「ちょっと、スピード出しすぎ。危ないじゃない!」


「悪い!ちょっと、油断してた。これがもし、教習だったら失格だな。」

本当に焦った反動なのか、面白くもない軽口が出た。



急ブレーキの衝撃で思わず落としてしまった携帯を拾いながら彼女はイタズラっぽく言う。


「あれって、教官にブレーキ踏まれたら終わりだもんね。でもさ、事故で怪我とかしたら、もうシャレになんないんだからね。なんたって、社会人なんだから。」


そして、最後に不満そうに小声でぼやいた。


「・・・・・・・それにしたって、あのタイミングで急ブレーキ踏まなくてもいいのに。」


信号が青に変わるって、そろそろと車が走り出す。

結局赤に変わっている間に、通過した車は一台も居なかった。この交差点の信号は、こうして一台も通らない車のために淡々と、赤青を繰り返すのだろう。


「実際そうなんだよな。まだ、半年とはいってもさ、自分が担当している案件だけに限定したら、部署の中で自分が一番良くわかる仕事っていうのが少しずつ出てきてさ。俺が1ヶ月とか休んだら誰がどうするんだろって、考えたりするよ。」


「またまた~、半年位でできる仕事なんて、誰でもできる仕事だよ。1週間くらいはごたごたするかも知れないけど。そのうちちゃんと回るようになっちゃうって。でも、学生みたいに気楽では、居られないよね。怪我で入院しても、迷惑の範囲が広いもんね。これが社会人って事かな。

ほら、やっぱり私たち立派に社会人じゃん。」


そうなのかも知れない。

社会人とか、大人とかっていうのは、そういう風にきちんと線引きできるものじゃなくて、だんだんとそう成っていくだけなのかも知れない。

ちょっとした行動を取るときに、大学生なら、大学生の立場を意識するし、社会人は社会人の立場を意識するし、そういう事で、ちょっとずつ大人に近づくのだろう。

まだ、完成図は意識できないけど。

それに、


隣に座る彼女を見る。

結婚について考えるのも、ちょとずつ大人に進んでいる証拠だと思う。



「俺たちの結婚の時期だけどさ」


「うん?」


「きっと、そんなに遠くのことじゃ無いよ。」


今は、そんな逃げ気味の言葉だけど。

あとちょっと、大人になればきっと、もっとカッコいい言葉を伝えられるだろう。

そうな事を思いながら、またアクセルを踏み込んだ。


「ちょっと、また飛ばしすぎだって!!」


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