第二話「真実は永遠に闇の中へ」
数ヶ月後、剣士ボルシチと姫バウムクーヘンの婚姻の式を明日に迎えた前夜、剣士ボルシチは王宮の自室で勇者達の遺品を眺めていた。
勇者の剣サンバール、僧侶の宝石ムサカ、魔道士の杖シャルロット、いずれもこの国の国宝級のアイテムだ。特に勇者の剣サンバールは勇者に選ばれた者にしか手にすることができない剣である。剣士ボルシチはこの剣を得るためにどれだけ努力をしたか計り知れない。結局、剣士ボルシチはピロシキに敗れ、勇者の地位と剣を得ることができなかった。
「本当は俺が手にするはずのものだ」
剣士ボルシチはサンバールを手に取ろうとした。しかし、その剣を急に宙に浮かびあがり、剣士ボルシチに突き刺さった。
グサッ。
「な……なんだと」
サンバールは深々と剣士ボルシチの腹部に突き刺さった。大量の血が吹出し、思わず剣士ボルシチは座り込む。
(なぜ。剣が俺の腹に刺さっている)
「最後にお主にサンバールの切れ味を味わってもらおうと思ったのじゃよ」
「誰だ! お前は……コパルヒン」
ボルシチが振り向くと死んだはずの魔道士コパルヒンが立っていた。自慢の魔道着もボロボロではあったが、魔道士コパルヒンに違いなかった。
「じじい。お前は死んだはずじゃ」
「お主が倒したのはわしの分身じゃよ。残念じゃったな」
「じじいが……そんな呪文を使えるなど聞いたことがないぞ」
「当たり前じゃ。味方とはいえそう簡単に手の内を見せる訳がないじゃろうが」
魔道士コパルヒンは部屋に飾ってあった魔道の杖シャルロットを手にして、誇らしげに掲げた。
「これはわしの杖じゃ。返してもらうからの」
「く。くそ。剣が抜けない」
ボルシチは剣を抜こうとするが、何かの魔法がかかっているのか全く剣が動こうとしない。むしろ徐々に剣が突き刺さってくる。そのたびに身体に激痛が走り、意識が飛びそうになる。
「だったらじじい! 貴様をもう一度殺してやる」
「じゃとよ。ピロシキよ」
「聞き捨てなりませんね」
部屋の影からピロシキとおぼしき人物が出てきた。姿、形は正しく勇者ピロシキだが、ピロシキもボルシチに殺されたはずであった。ピロシキは勇者の剣サンバールをボルシチから抜いた。
「これは返してもらう」
「ぐ。ぐふぁ」
ボルシチに突き刺さった剣を抜いたので傷口から大量の血が溢れ出した。普通の人間であるなら意識を失って死んでいるはずだが、剣士ボルシチは意識をなんとか保っていた。
「ピロシキ……なぜ生きている。お前こそ俺の手で確実に殺したはずだ」
「そう、僕は確かに死んだ。でもこれのおかげで生き返ったんだよ」
ピロシキはポケットからバラバラに崩れた宝石を取り出した。
「リバースジュエルか。お前どこでそれを」
「姫バウムクーヘンから頂いたものだ。これのおかげで僕は死なずにすんだ」
「残念ながらキャビアは死んでしもうたがの」
そう言ってコパルヒンは僧侶の宝石ムサカを手にした。愛おしそうにそっとコパルヒンは僧侶の宝石を撫でてやった。一瞬、宝石が鈍く光ったように見えた。
「返せ。ピロシキ……それは俺の剣だ」
ボルシチは身体を震わせながら立ち上がり、ピロシキに近づいて行った。
「返してやるよ! 受け取りな」
ピロシキはボルシチに向かって剣を突き刺した。剣は再びボルシチの腹部に突き刺さった。さすがのピロシキもたまわず仰向けに倒れた。
「ぐ……ピロシキぃ……」
「お主は全ての罪を食いやみ、遺書を残して自殺をはかったことにする。遺書もここに用意した」
コパルヒンは机の上にボルシチの筆跡そっくりの遺書を置いた。その内容は勇者達、殺害の罪に耐えられず自殺するということが書かれてあった。
「じゃあの。その剣はお主の命を奪うまで決して抜けん。その剣はお主の物じゃ。死ぬまで一緒にいるんじゃな」
「じじいいいいいい! ふざけるなああああ! ぐ……ぶふぁ」
ボルシチが叫んだ。その反動で口から血が吹き出した。
「ボルシチ。僕は今でも君のことは一番の友人だと思っている。ただこのことは許されることではない。罪は地獄で償うんだ。僕も後を追う」
「ふ。俺はな。お前のことが昔から憎くて仕方がなかった。お前さえいなかったら……俺が……勇者に……あれ。何も見えな……い……。父上……俺はどうやら家名を汚すことになる……ようです。すみません」
そんなことを言い残してボルシチは死んだ。
「どういうことじゃ。ピロシキ」
「……。行きましょう」
その後、ボルシチは自室で死んでいるのが発見され、遺書も見つかった。遺書から勇者殺害の罪に問われてボルシチは国の英雄から犯罪者となった。ボルシチの家系は財産を奪われ、国外追放となった。ピロシキとコパルヒンはその後、王宮に戻った。死んだはずの勇者が生きていたので最初は、王ウォッカ、姫バウムクーヘンは大いに驚いたが勇者が無事に戻ってきたので感激の涙を流した。
勇者は当初の約束通りに姫と結婚し、コパルヒンも元の王宮付きの魔道士の役目に付いた。魔王が死に世界は平和になった。ただ、なぜボルシチが勇者を殺そうとしたのかは結局、分からず仕舞いだった。人々は金や地位に目が眩んで狂ったのだということで自分自身を納得させた。
ピロシキはボルシチの自室で机の奥深くにしまってあった。日記を見ていた。その日記は20冊以上に渡るもので物心が付いた頃から、死ぬ直前のことまでのことが書かれていた。ピロシキとの出会いや勇者のパーティーの一員になったことなどボルシチの一生が詰まっていた。
「ボルシチ……」
ピロシキはその日記が読み終わると、王宮の裏で燃やした。これで真実が世に広まることはなくなった。ピロシキはこのことは自分の中で墓までしまっておこうと決意した。灰が風に吹かれてどこかへと飛んでいった。その灰を見つめて、ピロシキは一人涙した。