第一話「勇者ピロシキ死す」
魔王ビーフストロガノフとの最終決戦。苦戦に次ぐ、苦戦であったが最後は勇者ピロシキの一撃が決まり、ついに魔王は倒れた。
「やったぞ。魔王を倒した」
「さすがだな。勇者ピロシキ……では死ね」
「え!? ぐふぁあ」
剣士ボルシチが勇者ピロシキに剣を振り下ろした。さすがの勇者ピロシキも予想外の攻撃に回避ができず、まともに食らってしまった。
「ピロシキ!」
「な。何をするんじゃ。ボルシチ」
僧侶キャビアと魔道士コパルヒンが勇者に駆け寄った。勇者の傷は思ったよりも深く。今までパーティーの傷を癒してきたキャビアでも、これほど深く、切られていてはもう手遅れだった。だが、僧侶キャビアは諦めずに勇者ピロシキに癒しの呪文を唱え続ける。
「ボルシチ。何をしたのか分かっとるのじゃろうな」
齢七十を越えた魔道士コパルヒンが剣士ボルシチを睨む。普段は長い眉毛で目が隠れているが眉毛の奥から刺すような視線が剣士ボルシチに注がれる。
「コパルヒンのじいさんよ。俺はこの時をずっと待っていたんだよ。ここで勇者が死ねば俺がヒーローだ。ハッッハハハ」
「ボルシチ。君がそんな男だとは……思わなかった……僕は君のことをかけがえのない友人だと思っていた……のに」
勇者ピロシキは意識が朦朧となりながらも言葉を紡ぎ出す。その姿を剣士ボルシチは笑い飛ばした。
「俺は一度もお前のことは友人だとは思ったことは無いね。俺は会った時から今日の日を今か今かと待ち構えていたんだよ」
「そ……そんな。バウムクーヘン……君の約束は果たせそうに……ないや。ごめん」
勇者ピロシキは王女バウムクーヘンに謝りの言葉を呟いて死んだ。勇者ピロシキの心の中は絶望と後悔でいっぱいであった。
「ピロシキ……。いやあああああああ」
僧侶キャビアの癒しの呪文も助けにならず、死んでしまった勇者にキャビアはすがりついて大声で泣いた。その後ろで魔道士コパルヒンは驚きのあまり手に持っていた杖を落とした。
「さて、次はお前らだ。覚悟はいいな。これでも俺にも情けに気持ちくらいはある。一思いに一撃で殺してやるから安心しろ」
剣士ボルシチは残った二人に向かって剣を向けた。勇者パーティーの中で一番頭の回る魔道士コパルヒンは瞬時の内に僧侶と二人がかりで戦っても、勝ち目が無いことを悟り、命乞いをした。
「ま……待つんじゃ。このことは他言しない。だからわし達のことは見逃してくれ」
「馬鹿を言うな。じじい。そんなこと信用できるか」
剣士ボルシチは有無を言わさず剣を突きつける。コパルヒンの想定内の回答ではあった。剣を突きつけられながらも、コパルヒンは打開策を頭の中でひねり出すが、さすがの知の魔道士と言われたコパルヒンでも、打開策は中々見つからなかった。
「それでも勇者に選ばれた一人なの! 恥を知りなさい!」
僧侶キャビアはボルシチに向かって叫んだ。ボルシチは一瞬ひるんだが、怒りをあらわにして僧侶キャビアを蹴り上げた。
「きゃああああ」
「この女め。黙れ!」
「やめんか!」
魔道士コパルヒンは僧侶キャビアに駆け寄り抱き起こした。僧侶キャビアの額が切れてそこから血が流れだした。傷は深くはなさそうだがぱっくりと割れたようで、血の量はお多かった。その血を見て魔道士コパルヒンはある策を思いついた。
「辞世の句でも詠ませてやろうかと思ったがやめた。いますぐに殺してやる」
剣士ボルシチが剣を振りかぶり二人に斬りかかろうとした。魔道士コパルヒンは僧侶キャビアの血を手に取ってボルシチの目に向かって投げた。
「ぐ。なに! 前が見えん」
「逃げるぞ。キャビア」
「は。はい」
魔道士コパルヒンは僧侶キャビアを連れて逃げた。剣士ボルシチは目が見えないので剣を無茶苦茶に振り回す。
「くそおおおお! じじい! 逃げるな!」
「ではな。次に会うのは牢獄じゃろうな」
暴れまくる剣士ボルシチを置いて、魔道士コパルヒンと僧侶キャビアは魔王ビーフストロガノフの部屋を後にした。
「はあ。はあ。すみません。これ以上は走れません」
しばらく魔王の城を走りまわった所で僧侶キャビアが足を止めて座り込んだ。さすがに魔王との決戦の後なので、疲労が溜まっていても仕方がないだろう。しかし、剣士ボルシチが目を回復して追いかけてくれば、高齢のボルシチや女であるキャビアはすぐ追いつかれてしまう。ここでできるだけ距離を稼がなくてはならない。
魔道士コパルヒンは近くの部屋に僧侶キャビアを抱えて入った。しばらくここで体力を回復させることにした。
「魔道士コパルヒン。私のことは置いて行ってください。あなただけでもこのことを王様に報告してください。私たち二人がやられてしまっては死んだ勇者ピロシキが浮かばれない」
「何を言っておるんじゃ。二人で王の元まで行くんじゃよ。諦めるのはまだ早いぞ」
僧侶キャビアは身を地面に横たえた。目はうつろで息を切らしている。
「私達、頑張りましたよね。魔王の元までこられただけでも上出来なのに魔王まで倒せる何て思っていませんでした。これも勇者ピロシキと魔道士コパルヒンの力だと思っています」
「おい。馬鹿なことを考えておるんじゃないだろうな。わし達は必ず助かる。いや、わしが必ず王の元まで連れて行く。だから諦めるんじゃない」
魔道士コパルヒンは僧侶キャビアを勇気つける。しかし、意識が朦朧としているのか僧侶キャビアには魔道士コパルヒンの声は届いていないようだった。
「コパルヒン! キャビア! どこにいる。今からお前らを八つ裂きにしてやる」
剣士ボルシチの声が聞こえる。どうやら二人からそう遠くない所までやって来ているようだ。
「私、魔道士コパルヒンと旅ができて楽しかったです。不謹慎ですけど祈ることしか脳が無かった私が生まれて初めて人の役に立った。長かったようで短かった旅でしたけど私は今まで生きていて良かったと思いました。コパルヒン……ありがとうございます」
まるで最後の言葉のようなことを僧侶キャビアは呟いた。その言葉に魔道士コパルヒンは思わず涙を流した。今まで生きていた中で色々な死を見てきた魔道士コパルヒンであったが涙することは無かった。魔道士コパルヒンにとってはこの涙が人の死の目前の初めての涙だった。
「どこだー! キャビア! コパルヒン! 近くにいるのは気配で分かるんだからな。俺から逃げ切れると思うなよ」
剣士ボルシチの声が先ほどよりも近づいて来ている。魔道士コパルヒンは僧侶キャビアだけは自分の命に変えてでも守らなければならないと決意した。
「待っておれ。キャビアわしがお前のことは守ってやる」
「そんなことできる訳がないです!」
僧侶キャビアは急に立ち上がり魔道士コパルヒンを突き飛ばして、剣士ボルシチの声のする方に向かって走りだした。
「キャビア! どこに行くんじゃ」
部屋から出たキャビアは部屋のドアを近くにあった石像を動かして蝶番の代わりにした。
「コパルヒン。ごめん。コパルヒンだけでも助かって、そこの反対側のドアから抜けられると思うから……じゃあ。またね」
僧侶キャビアは駈け出した。足音がどんどん魔道士コパルヒンの部屋から遠のいて行く。
「待て! 待つんじゃ! わしも行くぞ。くそ。くそ」
魔道士コパルヒンはドアに体当たりしてドアを開けようとするが中々、ドアは開こうとしない。
「キャビアのやつ。何を引っ掛けおった」
「きゃああああああああああああああああ!」
遠くの方で叫び声が聞こえた。恐らく僧侶キャビアの声だろう。何とか部屋から抜け出た魔道士コパルヒンだったが僧侶キャビアを救うことはできなかった。
「勇者ピロシキといい、僧侶キャビアといい、死んではならん奴ばかり死んでしまってわしのような老いぼれが生き残るとはな。さてどうしたものか」
魔道士コパルヒンは一人呟くと、剣士ボルシチを倒す策を練りだした。もう失うものが無い魔道士コパルヒンの頭は今までに無いほどに冴えていた。そこにある策が魔道士コパルヒンにもたらされた。
「剣士ボルシチ。まともな死が迎えられると思うなよ」
魔道士コパルヒンはある呪文を唱えて剣士ボルシチを待ち構えることにした。魔道士コパルヒンの中は剣士ボルシチの怒りでいっぱいだった。
「魔道士コパルヒン。よく逃げずにいたな」
数分ほどして剣士ボルシチが現れた。手には無残な亡骸となった僧侶キャビアが引きずられていた。
「剣士ボルシチ。お主の非道さに比べれば魔王など可愛いものじゃ。わしがこの手で冥界に送ってやるから覚悟するのじゃな」
「それはじいさんの方だろう。放っておいても死ぬ身なんだ。俺が介錯してやるから感謝するんだな。」
剣士ボルシチは剣を構えた。魔王との戦いの後とは思えないほど剣士ボルシチは気力、体力ともに溢れているように見えた。魔道士コパルヒンは剣士ボルシチが魔王ビーフストロガノフとの一戦で手を抜いていたのではという考えが頭によぎった。
(そういえばいつもよりも精細に欠けているとは思ったのじゃが、まさかわし達を倒すために力を温存しておったのかの。まあ今更どうでもいいことじゃが)
「じじい。お前のことは嫌いじゃなかったがもう後には引けない。死ね!」
剣士ボルシチは素早い動きで魔道士コパルヒンに斬りかかる。剣士ボルシチの動きが早すぎて当世一の魔道士のコパルヒンでも、呪文は間に合わなかった。魔道士コパルヒンは剣士ボルシチに切り裂かれた。
「じじい。俺の剣の方が早かったようだな。さすがの大魔導師様でも呪文が唱えられなければただのじじいだ」
「ふ。そうじゃな……。わしの負けじゃ。だが……覚悟しておけ。お主はろくな死に方はせん……」
そう言うと魔道士コパルヒンは息を引き取った。王室の魔道士として輝かしい実績のある魔道士コパルヒンも最後はあっさりと死んでしまった。
「は……はははは。あっはははっはははー!! これで俺が……。俺様が魔王を倒したことになる!俺の悲願が今達成されたんだ!」
剣士ボルシチは剣を放り投げて、狂ったように喜び転げまわる。傍からみると狂人のように見える。
剣士ボルシチはしばらく喜び回ると、急に冷静になり勇者達の遺品を集め回る。
「さて、遺品だけでも持ち帰らないとな。俺の慈悲に天国で感謝するんだな」
剣士ボルシチは勇者達の遺品を持ち帰り王の元へと向かった。その後、剣士ボルシチは自分だけが命からがら生き残り、魔王ビーフストロガノフを倒したと報告した。王ウォッカは剣士ボルシチの功績をたたえ、王室付きの騎士団長に任命した。それに加え、王女バウムクーヘンと婚姻を結ばせることを約束した。国民は剣士ボルシチを賞賛し、一躍時の人となった。
剣士ボルシチは国民が知らぬ者などいない有名人となったのだ。誰も彼が勇者達を殺したなどとも疑いもしなかった。
ご拝読ありがとうございます。
思いつきで一気に書き上げました。よろしくお願いします。