王国を守る乙女ゴーレムが動かない。——原因は、前主任への『重すぎる失恋』でした
翌朝、定時。
私が再び『不夜城』の重い門を潜ると、そこには昨夜以上の地獄が広がっていた。
「動け! 動きなさいよ、このポンコツ! 私のキャリアに傷がついたらどうしてくれるのよ!」
ススにまみれたステイシアが、巨大な鉄の塊——王国防衛の要である乙女ゴーレム『アイアン・リリィ』の脚を、涙目で蹴飛ばしていた。
背後には、昨夜から一睡もしていない総括魔導監(工場長)と魔導予算執行官(課長)が、般若の顔で立っている。
「ステイシア! プログラムに異常はない、魔力供給も最大だ! なのになぜリリィは沈黙したままだ! お前の管理不足ではないのか!?」
「ひいっ! そ、そんなこと言われても! 私、マニュアル通りに……!」
私は、その阿鼻叫喚をBGMに、「個人用空調魔法」を起動させた。
涼しい風が、現場の熱気を遮断してくれる。
(……やれやれ。あちらの『現場のヌシ』、完全にへそを曲げていますわね)
私はハタキを肩に担ぎ、ゴーレムの足元へ歩み寄った。
プログラム(古代語)は完璧。
物理的な破損もなし。
だが、リリィから漏れ出ている魔力波動は、極めて「重たい」。
「あら、ユリカ! アンタ、派遣のくせに何を見ているのよ! 無能には、正社員の私が手こずっている高度なバグなんて分かるはずないわ!」
ステイシアが吠える。
だが、私は彼女を無視して、ゴーレムの耳元——集音魔石の端子へと近づいた。
(……ああ、やっぱり。前の主任魔導師が定年退職する時に言った『これからは、新しい子の面倒を見ることになったよ』という言葉……。それを、「私を捨てて、他の女に乗り換える」と盛大に誤解して、絶望しているのですわね)
前の主任は、単に隠居先で育てる魔導植物のことを「可愛い子」と呼んだだけなのに。
なんという乙女心のバグ。
「ユリカ様! 何か分かりますか!? このままでは国王陛下への報告が……!」
課長が、藁をも掴む思いで、私に縋りついてくる。
「ええ。私、派遣ですので『専門外』ですけれど……。少しだけ、ハタキで『ノイズ』を払って差し上げますわ」
私はハタキを振るうフリをして、ゴーレムの深層意識に直接、優しく語りかけた。
『……リリィ様、落ち着いて。前の主任様は今、のどかな田舎で「植物」という名の新しい家族を愛でているだけ。浮気相手なんて、どこにもいませんわ。……彼は今でも、あなたの勇姿を自慢に思っていますわよ?』
瞬間。
ガガガッ、と巨大な金属音が響き、ゴーレムの瞳に鮮やかなピンクライトが灯った。
「お、おおお! 動き出した! 守護ゴーレムが再起動したぞ!!」
歓喜に沸く現場。
一方で、ステイシアは「え? ハタキで叩いただけ? そんなバカな……」と腰を抜かしている。
「……さすがは特級派遣様だ! ステイシア、お前は一晩中何をやっていたんだ! ゴーレムの心(機嫌)一つ掴めないとは、正社員失格だな!」
「そ、そんなぁ……!」
上司たちの罵声が、再びステイシアに降り注ぐ。
私は、そっと彼女の横を通り過ぎながら、耳元で囁いた。
「ステイシア様。機械の心は、マニュアル通りにはいきませんの。……どうぞ、これからの『責任ある謝罪会見』、頑張ってくださいませ(棒)」
私は、再びアラームが鳴るのを待ちながら、今夜の執筆ネタ——『浮気を疑って暴走する鉄の悪役令嬢』のプロットを、脳内で書き始めた。
第6話もお読みいただき、ありがとうございます!
今回の守護ゴーレム・リリィ様が動かなかった原因は、なんと「前主任への重すぎる失恋」。
機械だって、長年連れ添ったパートナーがいなくなれば寂しいものです。
それをハタキ一つ(優しい言葉)で解決してしまうユリカと、物理的に蹴飛ばして解決しようとするステイシア。
次回も、どうぞお楽しみに!




