同じ現場ですが、私は「定時」で失礼しますわ
王国魔法訓練校を卒業して一週間。
私が派遣されたのは、国内最大級の魔力を生成する『大公家直轄・第十三魔力炉』。
通称「不夜城」と呼ばれる、現場作業員が最も恐れる過酷な職場だ。
重厚な石造りの建物の内部は、漏れ出た魔力による熱気で四十度を超えている。
轟音と怒号が飛び交う中、私は特級派遣ギルド『レッドライン』から支給された最新の「個人用空調魔法」を起動させた。
(……涼しい。流石は時給2,000魔石のVIP待遇ですわね。これなら執筆のプロットも捗りますわ)
私が冷えたお茶を一口飲んだ、その時だった。
「なによこれ! こんなの聞いてないわよ! 私、正社員として採用されたはずなのに、なんでこんな油臭い場所で奴隷みたいに働かされてるの!?」
聞き覚えのある絶叫。
視線を向ければ、そこにはかつての「輝ける正社員候補」、ステイシアがいた。
卒業パーティーの自爆で負った火傷の跡は魔法で治したようだが、今の彼女は煤と油にまみれ、見るも無惨な姿だ。
「おい、新入り! 私語は慎め! 正社員なら責任を持って、この魔力漏れを止めろと言っただろう!」
主任魔導師が、血走った目でステイシアを怒鳴りつける。
どうやら彼女、パーティーで壊した高価なデバイスの弁償代を給料から天引きされ、居場所を失ってこの「地獄」へ放り込まれたらしい。
「あ……あ、あら? そこのおどおどした無能な背中は……ユリカ!? なんでアンタがここにいるのよ! 派遣のゴミ捨て場にでも捨てられたの!?」
私に気づいたステイシアが、すがりつくような、それでいて見下すような歪んだ笑みを向けた。
「ええ、ステイシア様。お久しぶりですわ。私、派遣なので『よく分からない』なりに、お手伝いに参りましたの(棒)」
「ふ、ふん! やっぱりね! 所詮は使い捨ての派遣。私みたいな『大公家正社員』の下で、泥にまみれて働きなさい!」
ステイシアが、斜め上から勝ち誇る。
だが、現実は残酷だ。
主任魔導師が私の前に歩み寄り、恐縮した様子で深く頭を下げた
「ユリカ様、お待ちしておりました。特級技術者派遣として、魔力回路の『チェック』をお願いいたします」
「ええ。契約通り、修正だけ行いますわ。実作業と起動の責任は、そちらの『正社員』様にお願いできますかしら?」
「もちろんです! おいステイシア、お前はユリカ様が直した回路を、命がけで保持し続けろ! 失敗したら損害賠償だぞ!」
「えっ!? い、命がけ!? 私が!? ちょっと待って——」
ステイシアの制止も聞かず、私は魔導端末(PC)を展開した。
脳内を走る古代語の羅列。
……ああ、やはり。
(……メインループの中に、不必要なイベントが山ほど。これでは熱暴走するのも当たり前ですわ。神話時代の古代回路があれば、私がいなくても、一撃で済む話なのに)
私はハタキを振るうフリをして、端末のキーを一回、叩いた。
「修正完了。ロジックは確認しましたわ」
途端に、暴走していた魔力炉の振動がピタリと止まり、安定したグリーンライトが灯る。
「おおお! さすがは特級派遣様だ! ステイシアとは脳の構造が違う!」
魔力炉守護官たちが、一斉に歓喜の声を上げる。
一方で、ステイシアは、炉の安定を維持するために、必死に魔力を供給し続けなければならない。
彼女の顔はみるみる青ざめていく。
ふと、私の魔力端末が鳴った。
定時、17:00を知らせるアラームだ。
「あら。本日の契約時間は終了ですわね。……それでは皆様、お先に失礼しますわ」
「な、なんですって!? ユリカ、アンタ今からが一番大変な時間じゃないの! これから一晩中、出力を監視しなきゃいけないのよ!?」
ステイシアが、震える声で叫ぶ。
私は、汚れ一つない真っ白なカバンを肩にかけ、優雅に微笑んだ。
「いいえ。私は『派遣』ですので。残業の契約は結んでおりませんの。……責任ある『正社員』のステイシア様、あとはよろしくお願いいたしますわね(棒)」
「待ちなさいよ! ユリカぁ!!」
背後で響く絶叫を、高性能な防音魔法のヘッドフォンで遮断する。
流れてくるのは、お気に入りのBGM。
「さて。07:10の爆撃に向けて、今夜は『悪役令嬢が現場でススまみれになるシーン』を書き加えなくてはなりませんわね」
私は涼しい顔で、地獄の現場を後にした。
第4話もお読みいただき、ありがとうございます!
ついに再会してしまったユリカとステイシア。
次回、ユリカの「ホワイトな帰宅後の執筆タイム」編です。お楽しみに!




