寝よ このときに
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よう、つぶらやくん。今日もお疲れ様だったなあ。
もうちょい、仕事が早く終わると思ったんだが、まさか急な案件が入るとは。おかげでスーパーももうしまっちゃったかなあ。
順調に行くと閉店間際に滑り込めて、セール品を漁り放題だ。おそうざいとか安く買えるのは、重なるとでっかいんだよなあ。一回一回はさほどでなかったとしても、何度も利用するならば大きい差となってあらわれてくる。
チリも積もればなんとやら、とは昔の人もよくいったものだ。別にお金の話に限らずとも、身体の調子などもこのチリの重ね方がえらくかかわってくる。今はよくても、うん十年のあいだ続けていくと、ふとした拍子にダメージが出てくることがあるものだ。
もし無事でいられるというなら、心がけがよかったか、あるいは格別によい身体にめぐり合うことができたかであるだろうな。同じ負荷がかかったとて、人によって生まれるひずみの大きさは違うものだ。
我々も普段の生活の中で避けることができない生理現象と、どのように向き合うか。でかい問題だろう?
ちょっと前に友達が酒の席で話してくれたかとなんだが、耳に入れてみないか?
友達が成人して、ほどなくと話していたな。
昼夜を問わず、彼は眠気に襲われるようになったそうだ。夜に眠たいのはおかしくない話だが、昼間に眠たくなるなら何か理由がありそうなもの。
友達はショートスリーパーの気があるとはいえ、意識的に睡眠時間は確保するようにしていた。大学に入ってからは、受験勉強で削った睡眠時間を補うかのごとく寝るようにしていたらしいけど、それなら成人前の一年くらいでなんとかなりそうなものだ。
成人してからの友達は、これまで以上に眠るようになっていた。講義中など、ふとした拍子に眠気に襲われては、はっと目覚めるような感じだ。
数分で済むときもあれば、時間単位のこともある。これはもはや病気ではないだろうか。
しかし、病院で検査を受けることは友達にははばかられた。
20代という若い盛りで、脳に良からぬ部分をお持ちだなどと、突きつけられた日には自分がどうなるか分からないからだ。
少なくとも、自分は他の人に目だって劣ることなく過ごしてきた自負がある。そうでなくてはこうして進学してもいないだろう。つまり競争にだって勝ってきているわけだ。
それをいきなり病気持ちだなどと、生涯に渡る負け犬の烙印を、こうもそうそうに押されることは勘弁ならない。もし確定してしまったら、確定させなかったことにはできず、自分は延々と引きずってしまうだろう。
――ならば誰にも伝えたり、教えたり、相談したりせず抱え込んで、内々で勝手に治ってしまうなり、適応して誰にも心配をかけたりせずに済むのを待てばいい。
回復能力というか、自浄作用というか、友達はそのようなものを期待していたみたいだ。
ただこれが日中のどこでやってくるかが読めないというのが難点で、長時間、何かを操作したり、仕事をしなくてはならなかったりするときは、そうとうおっかなびっくりにならざるを得なかったらしい。
幸い、友達は運なり危機管理能力なりがあったためか、どうにかリカバリーできる範疇にことをおさめ続けていたみたいだけど、後期の単位をとるための試験の最中にも、例の眠気に襲われてしまったのだそうだ。
友達は、ことテストが自分の中の重要順位を占めていて、どうしても外すわけにはいかないと思っていたという。
ならば、このときばかりは眠気に負けるわけにはいかない……。
いつもなら、物を落としたり、操作を誤ったりする危険をなくし、寝入ってもすぐにはトラブらない環境を整えさえすれば、まぶたが落ちる重圧に任せていた。
しかし、今回はそうはいかないと、再三の誘惑を退けてテストの解答を続けていたらしい。
すべて解き終われば、あるいは……とも思うが今回の講義の記述部分は気が抜けない。おそらくは時間いっぱいを使いきることになる。
途切れたがる神経を、ちょこちょこつなぎ直しながら、いよいよ最後のひと段落。こいつが終わって時間が余っているならば、眠るのもやぶさかじゃない。
そう思いかけたところで。
まず友達が知覚したのは、臭いだった。
魚を焦げるほどに焼いたときに、よく似た臭いが漂う。それとともに、視界がにわかに緑色に染まり始めたんだ。
内側から広がっていくような形ではなく、先ほど連想した焼き魚のそれのように煙の形で視界の外から入り込んでくる。ただし、緑色をしながら。
テストに答えきるのとほぼ同時に、友達の視界は緑色に染まりきってしまった。しかも、いくら洗顔しても色は取れず、眼科に行っても異状なしとの診断が下される。
それから友達はしばらくの間、ほぼ緑一色の視界での生活を強いられ、だいぶ苦労したらしい。
時間とともに色が薄れ、半年ほどでほぼ元通りになったときは安堵したそうな。
あの、自分の日中の眠気は、あの緑色に染まることを避けるべく、身体が眠りという形でもってシャットアウトしようとしていたんじゃないか、と友達は思っているとか。




