天才少年
その子供は、生後半年で読み書きができた。
一歳になる頃には四則演算を理解していた。
両親が面白半分で小学校の教科書を与えてみると、子供はそれに強い興味を示し、一晩で内容を理解してしまった。
二歳までに高校生程度の学力を身につけ、幼稚園に入る頃には、大学生にも匹敵する知識を手に入れていた。
やがて小学校に入学したが、授業内容は少年にとって取るに足らないものだった。
最先端の英語の論文を学校に持ち込み、授業中も一人でそれを読みふけっていた。
とにかく、何をやらせても天才的だった。
学校の夏休みの自由研究で、フェルマーの最終定理の新しい解法を見つけ出し、工作では洗濯物を自動で畳むタンスを作ってくる。
算数の授業で担任が、
「いいですか。七に五を足すと、十を越えます。だから繰り上がって、答えは十二です」
と言った瞬間、少年は席から立ち上がり、
「教諭、お言葉ですが、その説明では不十分です。『繰り上がり』という概念を説明するためには、まず十進法の定義から説明するべきです」
と指摘する。
国語のテストで『このときの作者の気持ちを書きなさい』という問題を見つけると、
「教諭、ここに『作者の気持ち』という記述があります。しかしながら、特に文豪と呼ばれる方たちは、常人とは異なる感性をお持ちであり、このわずかな文章のみから作者の気持ちを完全に把握することは困難です。この問題は、『最も可能性の高い大衆の解釈を記載せよ』と読み替えてよろしいでしょうか?」
と質問する。
常にこんな調子なので、同級生と会話が弾むことはなく、担任と話しても、むしろ教師の方が萎縮してしまう。
ある意味、手のつけられない問題児だった。
両親の心境も複雑だった。
誇らしくもあり、同時に不安でもあった。
やがて少年は『天才少年』として噂になり、テレビにも出演するようになる。
番組では、高校生や大学生を連れてきては、少年と計算勝負や知識勝負をさせた。
難易度の高さに、高校生が戸惑った表情を見せる横で、少年は眉一つ動かさず、淡々と問題を解いていく。
有名大学の学生ですら、少年には敵わなかった。
「いくらなんでもおかしい。あんな小さな子供に、あれほどの知識を身につける時間があったはずがない」
そう異論を唱える者もいたが、少年本人を目の前にすれば、誰もが黙らざるを得なかった。
目の前で、難解な本を速読するように読んで完全に理解するのだから。
少年の名は、瞬く間に世界中へ広まった。
人類史上最高の天才少年として、各国で報道された。
だが、その頃から少年は焦り始めていた。
彼には目的があったのだ。
世間のブームなど一時のもの。冷めた話題を掘り起こすのは容易ではないことを彼は理解していた。
彼は一日の時間の大半を、自身の研究に費やすようになった。
人々が天才少年の話題に慣れ始めた頃、少年は大きな学会に、単身で発表を申し込んだ。
その時、少年はようやく十歳。小学校高学年に入ったばかりの頃だった。
学会の受付では、あまりに幼すぎるとして一度は断られた。
しかし「これは面白い」と目をつけたマスコミの後押しもあり、最終的に発表の機会が与えられる。
小さなスーツを着た小学生が、名だたる学者たちの前で発表を行う。
一体何を発表するのか。多くのテレビ局も詰めかけ、会場は期待に満ちていた。
少年は壇上に立ち、静かに一礼した。
そして発表資料をスクリーンに映し出す。
そこに大きく表示されたタイトル。
『タイムマシンの研究』
会場にどっと笑いが広がった。
聴衆は笑い転げ、記者は面白い記事になると喜々とし、学者たちは苦い表情を浮かべる。
いくら天才少年でも、所詮は子供――皆そう思った。
だが、少年は怯まなかった。
まるで、この反応を最初から予想していたかのように。
場が落ち着くのを待ち、少年は話し始めた。
「過去へ戻るタイムマシンの実現は、人類の夢です。僕は、その実現に必要な理論を構築しました」
スクリーンには、難解な数式や複雑な回路図が次々と映し出される。
それらが全くの出鱈目でないことは、専門家ならすぐに分かった。
「ただし、この装置の開発には莫大な費用と設備が必要です。どうか、研究資金を提供してください」
発表は、それで終わった。
「興味深い話ではある。しかしね」
学者の一人が口を開く。
「子供の戯言に、国家予算級の投資をする者はいないだろう」
少年が求める金額は、興味本位で出せるような金額ではなかった。
「どうしてもやりたいなら、二十年後に来なさい。その頃には、学者として相応しい年齢になっているだろう」
だが、少年は引き下がらない。
「お言葉ですが、研究に年齢は関係ありません。それとも、僕の理論に誤りがありましたか?」
「……理論自体に、おかしな点は見当たらない。だが、裏付けがない。君の装置が本当に実現できるとは思えないのだ」
その言葉を聞き、少年はかすかに笑った。
「その点でしたら、ご心配には及びません。実は、タイムマシンの実験はすでに成功しています」
会場がざわめく。
「この装置は、物体を過去へ送るものではありません。生物の『意識』だけを過去へ戻すのです。結果として、意識が戻った先の肉体は、若返った状態になります」
理解した者から、顔色が変わっていく。
「つまり――開発者である僕自身が、実験体です。四十年後の僕が装置を完成させ、実験を行った。そして、その意識のまま、小学生の体に戻ってきたのです」
疑いの余地はなかった。それなら、この少年の異常な知識量にも説明がつく。
「だから僕は、未来で完成させた装置を、今この時代で再現しようとしているのです」
学者たちは理解し、驚愕し、そして絶賛した。
すでに成功している理論なら、疑う理由はない。
「あなたは天才少年ではなく、未来を知る人だったのですね」
「そうです。ただ、僕は研究室にこもっていましたから、未来のあまり細かいことまでは分かりませんけどね」
拍手の嵐の中、少年は巨大研究所の所長に任命され、莫大な投資契約も結ばれた。
体が子供であることは、もはや問題ではなかった。
――数日後。
少年の唯一の友人と言える人物が訪ねてきた。
「やっぱり君、普通の子供じゃなかったんだね。未来人だったなんて」
少年は笑った。
「ふふ。これ、内緒だけど……実は、あれ、全部嘘なんだ」
友人が目を見開く。
「だってさ。ああ言わなきゃ、小学生の僕なんて、誰も信用しないでしょ?」
少年は、少しだけ得意げに続けた。
「十歳で巨大な研究所を任された人間なんて、人類史上、先にも後にも僕くらいだと思わない?」
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