布と声の狂想曲
ついに、私のデザインした女性用下着が販売された。
繊細なレースに、愛らしいリボン、刺繍糸の色や、布地にもこだわった。身体を包み込むようで、けれども窮屈ではなくて、履き心地のいいもの──女性が自分のために選んでくれたらいいなという願いをデザインに落とし込んで、下着を作ったつもりだ。
手に取ってもらえるか、発売日はそわそわしたけれど、売上は上々らしい。ほっと一息ついてSNSをながめていた私の目が、一枚のイラストに釘付けになった。
私がデザインした下着を描いたイラストだった。身体の線がくっきりとわかる姿で、女性が下着を着用している。描いてもらえるほど、気に入ってくれた人がいたんだなと思う一方で、コメントに心がざわついた。
「繊細なレースの舌触り、最高ですな!」
「どすけべパンティ!」
何を言っているのかわからなくて、私は眉を下げた。そのイラストにはいいねがたくさんついている。拡散もされているようだった。
舌触りって何? 手触りじゃなくて?
そもそもこのイラストを描いている人たちは、女性なんだろうか──?
私は困惑したけれど、今の世の中、女性の下着を履きたい男性だっているかもしれない。販売店にもたまに男性が訪れて「贈り物に」と買う人がいると聞く。
そうやって自分を納得させようとしたけれど「本当に望んでくれている人たちなの?」という疑問が勝ってしまった。
──私は女性のために作ったのに。
ヒュッと喉の奥が詰まるような思いがした。
SNSで人気に火がつき、私のデザインした女性用下着はヒットした。「次回もこんな感じでお願い」……上司にはそう言われたけれど、SNSでどんなふうに言われているか、知っているのだろうか。
「どすけべパンティ」──私のデザインした下着は、そんなふうに呼ばれるようになってしまった。
あの下着を買っているのは、誰なんだろう? 私は、女性が自分の気分を上げたり、自己表現のために履く下着を作ったつもりだ。
……そうして私は「誰のためにデザインするのか」を、とうとう見失ってしまった。
弊社のマーケティング部に「女性の需要」について聞いた。
「胸を小さく見せたいって人、結構いるみたいですよ。ブラウスがパツパツしちゃうのが嫌だって」
「そうなの!? ありがとう!」
身体の線をきれいに見せたい人が多いと思っていたから、意外な需要だった。
私は早速、次のデザインに取り掛かる。着用してもあまり苦しくなくて、でもきっちりと胸が押さえられる……そんなブラジャーをデザインした。大きな胸の人に何人も試着してもらって、使用感にもこだわった。デザインもシンプルなものではなく、ちょっとかわいいあしらいを取り込んだつもりだ。
胸を小さく見せるブラが発売されると、またSNSは騒然となった。「こういうものを探していました!」と言ってくれる人もいたけれど、イタズラ注文やクレームもいくつか届いた。
──どすけべパンティ作ってたくせに。
クレームの中にそんな言葉があったのが目に入ってしまって、私はそっとモニタから目を逸らした。そんなふうに呼ばれることを、私は一度も望んだことはない。
SNSで騒いでたことなんて、どうせ一週間後にはすっかり忘れてるんでしょ、と私は呆れてしまった。
「誰のためにデザインするのか」……その答えはまだ見つかっていないけれど、自分の作りたいものを作ろう。
自分が納得できるものを、欲しいと思ってくれる人に届けられればいい。
私はスケッチブックを前にして、新しい下着のデザインをしはじめた。
【おわり】