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舐められてる下水道掃除夫ですが、正体は冒険者専門の始末屋です。

作者: 真黒三太

 筋骨隆々とした肉体を包み込むのは、薄汚れた……幾年も洗濯を繰り返してきたのだろうローブ。

 しかも、付着している汚れは、尋常な性質のものではない。

 泥と油と正体不明の薬物が混ざり合い、布地にべったりと染み込んでいるのだ。

 見ているだけで、鼻がつんと曲がりそうなほどの悪臭を感じてしまう格好である。


 武装と呼べるものは、何もなし。

 寸鉄すら帯びておらず、金気というものに無縁の出で立ちであった。 


 そのような恰好で、今まさにシャムテ川の排水溝から下水道内部へ踏み込もうとしているのは、30代だろう男だ。

 顔立ちは、整っているかいないかでいえば、整っている。

 それも、ただ美男子であるというわけではない。

 ひどく野性味を感じるそれであった。

 ただ、悲しいかな。いかに顔立ちは整っていようとも、頭髪というものがごそりと消え失せてしまっており……。

 それを補うためなのか、目立つ形で無精髭が残されている。


 ただ一人……。

 光ある世界から暗闇が支配する下水道へ入ろうとしていた男が、ふとその足を止めた。

 同時に、上を見上げる。

 自身を見下ろす者たちの視線へ、敏感に気付いたのだ。


 果たして、川沿いの柵から身を乗り出し、男のことを見下ろしていたのは……三人の若手冒険者たちであった。

 いずれも、十代を脱したばかりという年齢……。

 その割に、身にまとう得物も具足も魔法で強化されているだろう品ばかり、という景気の良さである。

 三人が共通しているのは、品位というものに欠けていること。

 髪を攻撃的な形に整え、衣服の隙間からは、なんらの呪的効果もないだろう刺青が覗く。

 若く、しかも凶暴な性質を持つ冒険者たち――ごろつきに武装させたような手合いの者たちが、好んでする装いであった。


 ただ、それにしては、武具があまりに高価な代物であるが……。


「おい見ろよ! 下水道の掃除夫だぜ!」


「本当にいやがったんだ!」


「ハゲてやがる!」


 どれだけ高品質な武具で身を固めようとも、内面というものが磨かれるわけではないと証明するかのように……。

 三人の若造たちが、真下にいる薄汚れた男を指差す。

 その様は、まるで珍獣を見つけたかのようであったが……。

 心ある者が見たならば、かようにはやし立てるこの若造たちこそ、珍奇な動物そのものとして映ったことだろう。


「毎日毎日、下水道で怪物退治とは、ご苦労なこったよなァー!」


「金にもならねえのによォー!」


「見ろよ、こん棒の一本を買う金もねえみたいだぜェ!」


 キャッキャ、キャッキャと……。

 眼下の男についてわめいては、何がおかしいのかギャハハと笑う。


「つか、武器もねえのにどうするつもりでいるんだァー?」


「魔術が使えるんだろ! ああ見えて魔術師なのさ!」


「オレには、ただのハゲにしか見えねえぜー!」


 ならず者そのものな三者から、言いたいだけのことを言われ……。

 薄汚れた男は、溜め息一つ残すと、下水道へと入っていったのだった。


挿絵(By みてみん)




--




 巨大化したネズミやゴキブリ、あるいはスライム……。

 下水道に生息する怪物というものは、おおよその場合、魔術師の塔が垂れ流しにする薬物の影響を受けて変異した生物や、あるいは、生命のあり方そのものが通常と異なる魔法生物たちである。

 いずれにしても、掃除夫の敵ではない。

 何しろ、かれこれ十年以上……。

 掃除夫と呼ばれた男は、この下水道を狩場としているのだ。


「――――――――――ッ!?」


 また一匹……声にならぬ断末魔をあげた巨大ネズミが、真っ二つとなって骸を晒す。

 死体が特徴的なのは、その――切断面。

 明らかに刀剣でもって両断した死体でありながら、切断面は焼きゴテでも押し当てたかのごとく焼け焦げているのだ。


「今日はこんなところか……」


 果たして、いかなる得物で眼前の死体を作り出したのか……。

 やはり、寸鉄一つ帯びていない格好で、掃除夫と呼ばれた男がつぶやく。

 それから彼が見せた動きは、颯爽としたもの。

 さっさと下水道を後にし、郊外の小屋へと足を運ぶ。

 小屋の内部には、たった今着ているのと同じくボロボロな服の他、見るからに見事なこしらえのローブもいくつか吊るされており……。

 掃除夫と呼ばれた男は、無造作に今まで来ていたボロ装束を脱ぐと、そちらのローブへ着替えた。

 すると……おお……やはり、元が美形であるのだから、後は着るもの次第であったということだろう。

 一人の堂々たる美男子――あるいは、魔術師が姿を現す。

 壁にかけられている石突き付きの杖を手にしてしまえば、もはや、彼の外見を揶揄できる者などいようはずもなかった。


「ふうん……」


 息を吐きながら、頭上で輪を描くようにして指を振る。

 なんらかの魔術を行使したということだろう。

 まとったローブが、内側からふわりと持ち上がった。

 だが、それだけであり……。

 外見的には、何が起こったのか知る術がない。


「よし」


 だが、彼はそれで満足がいったのだろう。

 身支度が整ったとばかりに、小屋の外へと繰り出す。

 そして彼が歩みを向けたのは、魔術師たちの集う区画だったのである。




--




 魔術師といえば塔にこもり、研究に明け暮れてばかり、というのが知らぬ人間の見解というものであり、実のところ、それは大外れというものではない。

 が、神秘の魔術を扱えようが、結局のところ――人間。

 空腹というものに抗う手段はないし、どうせならば、より美味なるもので腹を満たしたいと考えるのは、当然のことであった。

 結果、魔術師の塔周辺部には、魔術に身を捧げても抗えぬ動物的本能を満たすための店が、いくつも連なることとなっていたのである。


 白馬車亭は、そういった店の中でもとりわけ格式が高い酒場だ。

 まず、初見の客はお断り。

 入り口は常に雇いの魔術師が固めており、もし、分からず屋の客が無理に中へ入ろうとした場合、その者は、自身を挟み込む戦士の彫像たちが、単なる調度品ではないと思い知る手筈となっていた。


 下水道へ潜り、掃除夫の呼び名通り、そこに巣食う怪物たちを退治して回っている男……。

 今は、魔術師の中でも相応の実力者しか許されぬローブを身にまとった男は、そんな店のカウンターで、運ばれてきた蒸留酒にちびりと口を付けたところである。

 それを見逃さず、一人の女性が隣へ座った。


 この店へ入ったからには、やはり魔術師であり……。

 厚手のローブすら内側から突き上げてしまう魅惑の体つきは、いかなる魔術でも生み出せぬ神秘の結晶であるといえる。

 顔立ちは、もはや恐れすら抱かせるほどに整っており……。

 長い茶髪を一房の三つ編みにまとめ、ややレンズが厚い眼鏡を着用しているのは、美貌を隠すためにあえてそうしているのではないかと、いらぬ詮索をさせた。


 常連客ということだろう。

 酒場の主は、注文すら聞くことなく、彼女の前に蒸留酒入りのグラスを置く。

 それから、主がやや距離を置いたところで、女は懐から丸まった羊皮紙を取り出したのである。


「退屈な日々の仕事に、刺激を」


「裏は取れてるんだろうな?」


 怪しげな笑みと羊皮紙を差し出す女に、掃除夫が尋ねた。

 冷たい輝きを宿す青い瞳で見つめられ、女が肩をすくめてみせる。


「意外ね。

 どんな汚い仕事でも、文句を言わずに引き受けると聞いていたのだけど?」


「前任者に聞かなかったか?

 汚い仕事を引き受けるといっても、程度というものがある。

 俺が下水道掃除なんてやってるのはな……」


「やってるのは?」


 女に問われ、掃除夫がニヤリと笑ってみせた。


「この街では、下肥えを下水に流さないからだ」


「ああ、それは……。

 確かに、そんな所で仕事してる人と、こうしてお酒は飲みたくないわね」


 グラスの酒を一口舐めた女が、鼻息を漏らしながら答える。


「臭いには気を使ってる。

 わざわざ消臭用の術を生み出すくらいにはな」


「そう、それは是非、確かめてみたいところね」


 下からうかがう女の視線も表情も、妖艶そのもの……。

 まるで、男の精気を食らって生きる淫魔のようだ。


「そいつは、前任者から申し送りされたことか?」


「まさか……。

 わたしの個人的な趣味よ」


「フッ……」


 グラスをあおった掃除夫が、心底からおかしそうに笑った。

 この後……。

 二人がお楽しみであったことなど、語るまでもないだろう。




--




「な……なんだよっ!?

 何が起こってやがるんだよ!」


 ――赤竜党。


 名前だけならご大層な登録名の徒党を率いる男は、そう叫びながら迷宮の中を駆けていた。

 いや、これはもう、わめいているという方が正しいか。


 自分たち三人はいつも通り、都市の地下に存在する古代遺跡へと潜ったはずである。

 実際、途中までは、いつも通りの順路を使い、いつもと同じような怪物を力任せに屠ってきたのだ。

 それが、いつの間にか三人散り散りとなっていた。


「なんでだよっ!?

 なんで、あんな浅い階層にテレポーターがあんだよっ!?

 あの階層の罠は、全部解除されてるはずだろ!?」


 散り散りとなった原因は、たった今口に出した罠――テレポーターを置いて他にない。

 迷宮内部に存在する別の場所へと転送するという罠……。

 だが、ここは迷宮の中であっているのか?


 薄暗い空間であることは、共通している。

 ただ、じめじめとしたこの場所はひどく不快感が強く、吐き気を催すほどの悪臭が漂っていた。

 また、どこを歩いても腐った水が溜まっており、ハエか蚊の幼虫がそこを泳ぎ回っているのだ。

 そして、幼虫がいるということは成虫が飛び交っているということであり……。


「――わぷっ!?」


 それらは、開いた口の中へと容赦なく飛び込む。

 このことに動揺したのが、まずかったのだろう。


「――ぎゅうっ!?」


 情けなくも足を絡ませ、腐った水の中へと倒れ込んでしまう。

 それで、目が合った。

 誰と目が合ったか?

 共に徒党を組み、冒険者をやっていた仲間の一人である。


 そいつは、だらしなく口から舌を出しており……。

 首がありえない曲がり方をしているのと、目が完全に剥けていることを思えば、死しているのは明らかだった。


「――ああっ!?

 ああああああああああっ!?」


 もう、虫が口に入って知るものか!

 全力で叫びながら、背後へ向かって走り……。


「――うぐっ!?」


 何かにぶつかって、尻もちをつく。

 恐る恐る顔を上げたのは、そのぶつかったものが、ひどく冷たく……それでいて、肉の感触を宿していたから。


「――うあああああっ!?」


 半ば、予想通り。

 ぶつかったのは、もう一人いたはずの仲間だ。

 ただし、額から短剣の柄を生やしていたが。


「なんでだよ!?

 なんなんだよ!?」


 赤ん坊が、いやいやをするように……。

 首を横へ振りながら、とにかく叫ぶ。


「さっきから、やかましいやつだ」


 仲間の死体が倒れ伏すと同時に、背後からこれを支えていたのだろう男が姿を現し、そう言い放った。


「――て、てめえは!?」


 驚きに目を剥いたのは、致し方あるまい。

 姿を現した男……。

 こいつは、筋骨隆々の30男であり……。

 汚物で汚れたローブを身にまとっていた。

 何よりの特徴は、頭髪が失われていることと、それを少しでも補おうとするかのような無精髭。

 こいつは……こいつは……。


「下水道掃除夫!?」


「そうだ。俺は掃除夫だ。

 お前たちのことも掃除する」


 言いながら、掃除夫がゆらりと一歩、足を踏み出す。

 その姿には、一切の隙というものがなく……。

 生物として、根本的に次元が違うのだということが、たったこれだけの動きで分からされてしまう。


「ど、どういうことだ!?

 ここはどこだ!?

 なんで、てめえがここに!?

 いや、おれたちはどうして――」


「――何も知らないお前に教えてやろう。

 大部分の冒険者は古代遺跡だと信じている迷宮だが、実のところは俺たち魔術師で生み出した魔物の生育場であり、お前たち冒険者は収穫物をかき集める農夫に過ぎん。

 だから、自由自在。

 こうして転移罠を設置し、下水道へ標的を送り込むこともできる。

 標的とは、どういう人間か?

 ……お前たちのような、盗っ人どもだ」


「なんだとぉ……っ!?」


 ――盗っ人。


 実のところ図星でしかないその言葉に激昂し、立ち上がる。

 そんな自分に対し、掃除夫は一言一句、確認するかのように告げてきたのだ。


「お前たちの得意技は、他の冒険者を後ろから刺すことだろう?

 十分な成果を上げて、意気揚々と帰還するところだ。

 すれ違った他の冒険者にいきなり刺されては、ひとたまりもあるまい」


「ん……な……」


 まるで、見てきたかのように自分たちの凶行について語られた。


「そんなもん、証拠があるわけ……」


 それでも、どうにか言い逃れの言葉を発したが……。


「殺した冒険者から盗んだ品の中にはな。

 故郷の恋人に贈られたという首飾りも含まれていた。

 ちなみにだが、古物屋にも魔術師ギルドの息がかかっている。

 この都市は、全てが魔術師ギルドの支配下だ」


「へ……へっへっへ……」


 これで――悟る。

 もはや、言い逃れることも不可能。

 なら、突破口はただ一つ。


「だったら、オレが持ってるこの剣が業物だってことも知ってるんだろ?

 上等な強化の術がかけられてるこいつは、石の壁だって簡単に切り裂いちまう」


「それで?」


 問い返され……。

 ぎょろりと目を剥きながら、叫んだ。


「死いいいいいねやあああああっ!」


 同時に、腰の剣を引き抜いての――特攻。

 対する掃除夫は、得物を手にしていない。

 仲間の額に刺さっていた短剣が、殺されたあいつ自身のものであることは、とっくに承知の上だ。


 ――勝てる!


 ――勝つ!


 ――そして、逃げ切る!


 そう考えた次の瞬間……。

 ふと、腰から下の感覚がなくなった。

 そのまま、支えるものを失った自分の上体が、汚水へと倒れ伏す。


「ゑ……?」


 どうにか、首だけで振り返ると……。

 泣き別れとなった自分の下半身が、後ろの方で倒れている。

 特徴的なのは、切り口が焼け焦げているということ……。

 そして、手にしている魔剣を見てみれば……。

 こちらも、刀身が真っ二つに切られており、切断面はどろりと溶けていた。

 何が起こったのか、おおよそ察した状態で……。

 最後の力を振り絞り、後ろを見上げる。


 そこでは、掃除夫が自分を見下ろしており……。

 その右手には、光り輝く魔術の棒……いや、剣が生み出されていたのであった。

 この魔術を使う人物……。

 それは……。


「こ、光剣のジ――」


「――言っただろう。

 掃除夫だと」


 最後に見た光景は、最強と言われた冒険者が使っていたという魔術の刃を、自分の顔面に突き立てられるところ。

 痛覚の限界を超過した結果、痛みを感じなかったことだけは、幸せであった。




--




 この迷宮都市で命を落とす冒険者というのは、数知れず……。

 彼らのほとんどは焼かれて小さくされた上で、共同墓地へと放り込まれる。

 これは定期的に行われている作業であり、希望する者は――ごく小さい品に限られるが――故人への贈り物を一緒に埋めることが許されていた。


「それは?」


 ちゃちな首飾りを墓穴に放った男……。

 禿げ上がった頭が印象的な魔術師に、墓掘人が尋ねる。


「宝物さ。

 そこへ埋められた冒険者の一人にとっては、な」


 それだけ言い残し……。

 魔術師は、立ち去っていくのであった。


 お読み頂きありがとうございます。

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