【天使】養殖(1)
……一極タワーはエッフェル塔のパクリ
……これ外人笑うらしいな
……日本人も笑ってるぞ
SNSで見かけて以来、このやりとりは少女の頭を離れぬまま。
今みたいに、現物が見える場所にいるときはなおさら。
(全然似てないじゃん!)
心で強く否定。
けど。
(なぜ、エッフェル「塔」……?)
一極タワーは一極「タワー」なのに。
もしかして、エッフェル「タワー」って呼んじゃうと、嫌でも類似に思いが行っちゃうから?
(トランプ塔……塔マンション……太陽のタワー……)
「ほら、あんたの好きな人混みだよ。笑顔笑顔」
親友の襟紗鈴の言葉で、断ち切られた負。
放課後の街歩き。お気に入りの制服。そして雑踏、雑々踏、雑々々々……。
(だから、襟紗鈴ちゃんは好きだ)
少女は歩きながら、ゆっくり深呼吸。
軽くなる心。笑う襟紗鈴。
「変わった子だねえ。そんなに空気美味しい? 群衆だよ?」
「うん。マイナスイオン出てる気が」
親友のさらなる笑みを引き出し、つられ笑顔で少女は腰の横で両手ひらひら。ひれのように。
そんな彼女を、街路に面したカフェから見つめる、女と男。
「なかなか有望そうな子にてそかり。【天使長】、そうは思わんそかり?」
と、濃いサングラスをかけた美女。年はたぶん二十代なかば未満。
「さようでおまんな、【神女】はん」
と、辞儀低く、彼女より多少年上らしい卑屈な男。
男が答えたのとほぼ時を同じくして、少女のいる人混みのはるか前方で、ざわめき。悲鳴まじりの。
人並みの歩速が急に弱まり、なんなら今にも逆行しそう。
青信号なのに、車道の車列までが完全にとどこおりはじめ、
(事件……?)
少女、正解。それは事件にして、現象。
最初に聞こえたのは、声。
「ャクレ……ャクレ……」
それも複数。
路上の人々がとまどいながら道をあけ、少女の視界に現れたもの。
それはコートやセーターなど上着のすそを持ち上げ、自分のわきから上を袋状に包みこんだ奇怪で雑多な一団。
「なんだろ? フラッシュモブにしてはつまんないし」
「フラッシュモブ? なにそれ?」
「そういうパフォーマンスがあるんだよ。うわ来た」
襟紗鈴が身をかわしたそばを通り過ぎ、
「チャクレ……キンチャクレ……」
先頭者のそのつぶやきを聞いたとたん。
無表情と化した親友がわずかに痙攣、脱力、自分のブレザーのボタンを止めはじめ、すそを頭上に持ち上げて、彼らと同じ格好に。
「襟紗鈴ちゃん!」
されど、異変はこれで終わらず。
親友を取りこんだ一団は上体をくるむ上着を内側から切り裂き、そこから片目をのぞかせ、さらに刃物を持つ利き腕を外に突出。
午後の陽射しきらめく、カッター、アーミーナイフ、包丁、ドス……。
「そんなもの持ち歩いてたの……?」
襟紗鈴もブレザーの裂け目から出した手に、飛び出しナイフ。のぞかせた片目はすっかり虚ろ。
「……どうやら『条件』は、巾着化した衣類を切り裂ける道具の所持、のようそかり」
「確かに」
と、カフェから路上の騒ぎを眺める女と男。他の客たちも窓外の出来事に次第に気づき。
店内がどよめいたのは、巾着たちが手にした刃物でまわりの人々を襲いはじめたから。
格好が格好なので、歩みも腕の振りも遅く、むしろ危険なのは恐怖で脳が沸き返る群衆のパニック。
「行くそかりよ、【天使長】」
「待っとくなはれ、【神女】はん! お勘定さして!」(『【天使】養殖(2)』に続)