第一章 十六話 『必殺技』
元の世界で殴り合いの喧嘩なんかした事もない。
人を殴った事も、殴られた事…は、イタズラして怒られてゲンコツくらったくらいだろうか。
ましてや死を感じた事なんてさらさら無かった。
こっちの世界に来た時だって無かった。
外の光景を見た時、只々恐ろしかった。“あれ“が自分に降りかかるんじゃないか、と。
だけど今は違う、目の前でフィーレちゃんが襲われた。
身体が言う事を聞かない。
フィーレちゃんだって怖いだろう。苦しいだろう。
そんな中、あの子は自身の事じゃなくオレに…オレだけでも逃げてくれって言ってくれた。
こんな時だってのに、身体が動かない。思考が止まる。
…ふざけるな。
オレの中で一つの新たな感情が湧き上がる。
自分自身の怒りだ。
何の為にお父様から戦い方を習った?
勿論、自分を守る為。
最初はそうだった。
だけどいつしか、それじゃああの訓練について行けなくなった。
苦しくて、痛くて、辛い。
自分の事だけでは耐えられなかった。
そんな中いつも変わらず元気にお世話をしてくれるフィーレちゃんや他のメイドさんいつもオレに関わってくれているみんなが居たからもう少し頑張ろうと思えた。
それを奪おうとする敵が目の前に居るって言うのに何をやっている?
トルフェイさんも命を掛けて覚悟を決めて戦っている。
フィーレちゃんも命を掛けてオレを逃がそうとしてくれている。
オレも掛けるよ。
見てろ、オレが救ってみせる!!
「う…」
動け!オレの身体ぁぁあああ!!
「何だぁ?」
ニヤついた顔でフィーレちゃんを見ていた小柄な盗賊が、こちらを見て疑問を浮かべる。
「んぶっ…お嬢様!?」
その隙に、顔を背け口から指が離れる。
自然に身体から震えと硬直が止まった。
瞬間、盗賊に怒りを叩きつける。
まっすぐ、最短距離で最高の威力のグーパンチ。
「ぶべあっ!!!」
途轍もない勢いで馬車から吹き飛ぶ盗賊。
オレは盗賊を追って馬車から飛び降りる。
「「「!?」」」
そこに居合わせた全員が驚愕する。
それはそうだろう。
先程まで震えて隠れていたお嬢様がいきなり何かを吹き飛ばして、怒りの表情で馬車から飛び降りて来たのだ。
「お、お嬢様?ぜぇ、ぜぇ…」
「はぁ?はぁ、はぁ…」
戦闘中だったトルフェイさんと大柄な盗賊も、息絶え絶えに何事かと手を止めこちらを見る。
「…よくよく考えたら、今まで龍人と毎日戦わせられてたんだよな。人間に負ける訳無いじゃ無いか」
オレは殴った自分の手の甲を眺め、何か確信めいたものを感じていた。
そんな中、五M程吹き飛ばされた小柄な盗賊が血が流れている鼻を押さえながら起き上がる。
「が、がはっ…。なにが起きたぁ?」
痛みと涙で歪む景色の奥に自分を吹き飛ばした人物を捉える。
「お、女ぁ〜!よくもやりやがったなぁ!!」
自分の手を見ていた女がオレ様の声に反応してコッチを向きやがった。
なんだ、あの面は…。
さっきまで怯えてたってのにヨォ!!
笑ってやがる!!
一発当てたくらいでいい気になりやがって!!
「あら?起きたんですね。女の一撃でノビたんだと思ったんですけど」
いい気になってんじゃあねぇぞ!!煽りやがってぇ〜!!
ギリギリと音が立つほど歯を噛み締め憤りを表している小柄の盗賊。
どうやらオレの煽りが効いたらしい。
今にもオレに飛びかかってくる勢いだ。
これでフィーレちゃんの事は頭から外れてくれた事だろう。
それに、オレの一撃でダメージが通った所を見たら、もう緊張も恐怖も感じなくなった。
心は凄く冷静だ。
そんなオレの様子に、大柄の男は大きく笑う。
「ははっ!俺様の読み通りやっぱりいい女じゃあねぇか!」
しかし、と小柄の盗賊を見ると額に血管を浮き上げなあがら激昂する。
「けどよぉ!!オメェ、俺様の言う事聞かず女どもに手を出すとは、後でどうなるか分かってんだろうな!!」
「…っく!」
大柄の盗賊の怒声に少し怯えた様子だ。
この空気の間を縫うよう、大柄の盗賊の対面に居たトルフェイさんがオレの横に移動してくる。
「お嬢様、ご無事で?」
トルフェイさんが盗賊たちに警戒をしながらオレの状況を聞く。
「はい。フィーレちゃんも私も問題ありません」
この状況の中で落ち着いているオレと、二人とも無事なことに少し安堵するトルフェイさん。
「良かった!…しかし、私一人ではあの二人を相手にすることは些かキツイものがあります。そこで…」
何処か戸惑いながら話を進めるトルフェイさんだが、ちらっとオレの顔を横目に伺うと困った顔で提案してくる。
「そこで、仕いの者としては失格ですが、お嬢様お力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
多分だけど、トルフェイさん程の実力のある者だったらさっきの攻撃でオレの戦闘能力がどれ程のものか分かったのだろう。
とは言え、正直さっきの一撃自体は只の不意打ちに過ぎない。
この状況ではもう逃げる選択肢はない。
これからはどちらも本格的に本気で戦うことになる。
後戻りはできない。
スゥ…
肺いっぱいに空気を入れ、
ふぅ…
吐く。
外出用の比較的動きやすめのドレスを着ているが、はしたない事は承知で左脚側にスリットの容量で太ももほどの高さに破く。
右手は拳を軽く握り、目線の高さに持っていく。
左手も軽く握り、顎の位置に持っていく。
肩幅程脚を開き、腰を落とす。
決心を決めたオレは、笑みを浮かべながらお父様直伝の戦闘術の構えをとる。
「勿論です!!」
大柄の盗賊がオレたちのやりとりに気づくとその大きな両手に付けてある鉄甲をガキンと音を鳴らしながら互いの拳を胸の前で叩きつける。
「オメェの処遇は、コイツらを片付けた後だぁ。ケジメ付けてもらうぞぉ!」
「ちぃ!」
…….。
オレと小柄の盗賊が対面、左隣ではトルフェイさんと大柄の盗賊。
お互いジリジリと間合いを探る。
と、ここで大柄の盗賊が口を開く。
そして、オレと目が合った。
「今度は、女だなぁ ———」
刹那、オレの前に大柄の盗賊が現れる。
「お嬢さm!」
目の前に大きく隕石のような拳が迫る。
左隣では、トルフェイさんが焦ってこちらに向かって手に持つ剣を振ろうとするが、間に合わないだろう。
大柄の盗賊が本気でオレに殴りかかって来た。
が、一方オレは冷静だ。
そして、安心した。
それは、構えてから既に準備が出来ていたからだ。
お父様との日々の鍛錬の中で生まれたオレの必殺技!
行くぜ!!
——— ドン!!!!
完璧にオレの頬に直撃した大柄の盗賊の拳が弾き飛ぶ様に宙に舞う。
その勢いそのままに、大柄なその身体も後方へと大きく仰け反る。
スローモーションに感じるこの数秒間。
「…ははっ」
迫り来る拳への恐怖と、技の初動が成功した事に笑った。
できた!必殺技の第一段階!!
でも!まだだ、まだ冷静に!
そしてくらえ!!
オレは、仕返しとばかりに仰け反って剥き出しの腹部に拳を突きつける。
自分の拳が跳ね返され、驚いていた大柄の盗賊だが、体格が三分の一も無いだろう少女が繰り出す攻撃を目の当たりにし、その無に等しいダメージにニヤリと笑みを浮かべる。
何を笑ってんだ。
ここからだよ!
「———リベンジ・エミテッド。吹き飛びなさい」
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