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Life Re:5 A warm story before bedtime. あの時の気持ちも、今も、温かい

冬が訪れ、暖房の効かない部屋で寒がる彼女は、僕に昔の告白について尋ねます。僕は、15歳の頃、修学旅行や文化祭を通じて彼女に惹かれたこと、そして彼女から聞いた「運命の相手」を探すというロマンチックな約束について語ります。


彼女は、当時の僕の純粋な想いを知り、「もし3年後に私を探してくれていたら?」と問いかけます。僕は「その頃にはモーニング娘。にハマっていたかも」と冗談を言いつつも、今の彼女を愛おしく思う気持ちを正直に伝えます。


手と手、そして温もり


僕の昔話を聞き、寂しくなった彼女は、僕と一緒に寝たいと甘えます。僕は彼女の願いを受け入れ、二人で一つの布団に入ります。いつものように体を密着させ、手を握って眠りにつく二人。彼女は、僕の温もりに包まれて安心して眠りにつきます。


夜中にトイレに起きた僕は、再び布団に戻ると、寒がる彼女をそっと抱き寄せます。彼女の寝顔を見て、僕は彼女がそばにいることの幸せを噛みしめます。


朝の訪れ


朝、目覚ましで起きた僕を、彼女は眠そうな顔で見送ります。「いってらっしゃい」と微笑む彼女に、僕は小声で「行ってきます」と告げ、会社へと向かいます。


こうして、二人の温かい日常は、冬の寒さも乗り越え、続いていくのでした。

冬になった。

住んでるマンションは冬でもそれほど寒くならない。室温がだいたい18度ぐらいまでしか下がらない。

とは言え、同居人はやっぱり寒いという話だそうで。

「お風呂にヒーターあるのに、部屋の中はホットカーペットだけって、やっぱりおかしくない?」

「なんで?僕はヒートショックで死にたくないからお風呂にはヒーター置いてあるんだけど。」

ぷくっと頬を膨らましながら、娘は怒ったような口調で、

「そういう問題じゃない。さむい。上半身が寒いの。なんで寒くないの?」

「うーん、そりゃおじさんに聞くことじゃないよ。無駄に中肉中背体格じゃないからw」

そんなことをいいながらホットカーペットの上に座って、こたつに足を入れる娘。

「うー、寒い。こんな中で、何が楽しくて耐えなきゃいけないの?」

「寒いかな?足元が暖かいから、そんなに問題ないと思うけどね。ブランケットいる?」

「いるいる。出して。」

「ちょいまち。」


上下のスウェット。多分中にはいつもの服装なんだろう。さすがに冬ともなればダボダボの服装になる。

僕はこっちのほうが断然安心感がある。いつもの服装だといつ間違ってもおかしくないだろうって話だ。

しかし、前々から思ってたが、多分お嬢様だから、パジャマじゃないと寝られないとか普通に言ってるのかなと思ってたけど、案外ゆるいというか。だらしないというか。


たしかここらへんにいくつか突っ込んであった...あ、あったあった。

「色は気にしないでね。」

「別に夜に羽織るだけだったら、全然いいよ。ありがとう。」

相変わらずくっついてくる。イヤじゃないから、頭に手を添え、なでなでする。撫でるのがなんか癖なんだよな。

「撫でてくれる。なんとなくうれしい。」

「そう?クセだけど、女性ってのは、なんか髪を撫でられるのがあまり好きじゃないとか聞いたことがあるけど。」

「それは多分イヤな相手だからだよ。好きな人に撫でられるのはうれしいよ。」

「ごめん、普段は手が脂性だから、お風呂上がりじゃないとなでなで出来ないんだよね。」

「ん、普段からしてくれてもいいよ。意外とね、乙女の髪は汚れてるから、そっちのほうが心配。」

自分で乙女とか言えるあたりが若さか。まあ、本当に若いんだからしょうがないよね。



「ねえ、そういう言えば、告白してきたときってどういう気持ちだったの?」

唐突に彼女が昔の話を聞いてきた。そういえば、あのときも寒い時期だったかな。それで思い出したのかな。

「まさかこうなることになるとは思ってなかったから、私もはぐらかしちゃったけど、あの時はどういう心境だったのかなと思って?」

「それを今になって聞く?まさか、また付き合うとか、結婚するとか、そういう話になる?」

「もうその時代は終わったのです。立派にバイトもして、住んでるところだけ間借りしているルームメイトなのです。だから、聞いてみたかったの?」

「同居人。全く、ルームメイトなんて体の良い言葉、どこで思いついたのやら。」

「それだったら、君が納得する関係なのかなって?ねえ、それよりも、聞かせてよ?」


「長くなるよ。」




15歳の秋だった。

彼女が来た時代より、更に2年前の出来事。



彼女と僕は同じクラスで、修学旅行で同じ班だった。おそらくきっかけはそこで、二人ではぐれてしまったことだった。

怒る彼女に対して、冷静に地図を見て、見事に合流をした。彼女にも、班にも迷惑を掛けたけど、意外にも彼女はそのことを強く覚えていたようで、「頼りになる男子」ぐらいのランクになっていたらしい。ただ、話してるところなんかを友達に噂されると恥ずかしかったらしく、これまた意外にも二人きりになると、ちょっと話をするような感じだった。

あとで知ったことであるが、当時の彼女は、異様に男子からモテた。彼女は知っての通り、クラスでは5番目ぐらいには可愛いと思う地味子であった。地味な中に華やかさがあった。理由は良くわからないけど、そういう空気があった。そうとも知らず、当時の僕は、彼女となんの気なしの会話をしていたのである。

今で言うミディアムボブという髪型は、当時としては珍しい感じがあった。クラスでNo,1の容姿だからモテるわけではなく、彼女には説明し難い、相手を好きにさせるような魅力があったんだろう。何人にも言い寄られていると聞くのも頷ける。

上級生から声を掛けられることもあったらしいが、全て断っているらしい。無論、同級生にも人気で、水面下の戦いは続いていたようである。


意識し始めるのが、文化祭だった。

僕らの中学校というのは、割と文化祭と言っても学問の一種で、主にクラスごとに展示物を決めて、それを発表するようなスタイルだった。

ゆえ、大人になれば、子供視点でまとめられている面白い資料としての見方も出来るが、大半はあまりおもしろいといえるものではなかった。

多分、今の僕なら、絶対に面白いと思ってしまうのだろうけど、当時は時間を潰すことが厳しかった。それなら、体育館でやっている、文化部やら、有志やらの出し物でも見ていたほうが、よほど面白い内容だったと思う。


文化祭では、同じ班だったこともあり、このことがキッカケで急速に近づいた。

字を書くのがうまくないが、僕は作文や調査、資料のまとめなどは班の中でもずば抜けていて、中学時代の小論文テストでは90点を割ることはなかったこともあり、基本的には前半戦によく働き、後半戦は補助に回る、あるいは任せて逃亡するというスタイルである。

そのため、班のメンバーとテーマを絞り込み、それに関しての資料を図書室や、町の図書館まで調べに行き、材料を集めたところで、とりあえず形にする。僕はそこまでの仕事をして、後は他のメンバーに任せる。こうして完成すれば、班のみんなが頑張ったから完成した展示物になるわけだから、僕が目立つ必要はない。

まあ、それを面白くないと思う人もいれば、面白そうに眺めている人もいる。ありがちなクラス風景の中で作業をしていたということになる。


元々、根が真面目じゃないから、サボることを覚えたら、当然、そっちに移行する。今でも思うが、勤務時間中はずっと仕事をしていたいのだ。だけど、空き時間などがあると、ソワソワしてしまう。別に、そこでネットでも見てて、己の知識を増やすというのが許可されれば、特に文句は言わないけど、お付き合いでの作業はしたくない。

したがって、齢15にして、100か0かの仕事分量を覚えてしまったゆえ、80%ぐらい出来れば、あとの20%を完成させてくれるだろうという感覚で、サボる。当然、時間を潰す必要があるんだけど、そんなものがあれば、当時の僕は睡眠時間に割いていた。単に、深夜ラジオが好きだったから。

しかし、これを良しとしない連中はいくらでもいる。僕にとって、義務感というのは、正直いらない感情であり、だからこそ、個人裁量の大きな仕事のほうがマッチする。当然、個人裁量としての作業は、この時点ではすでに終わっている。下書きと原案は僕が作ったのだから、アレンジしようが、台本を書こうが、それは、その作業の担当の責任だと思っている。ゆえ、作業を手伝うなんて面倒くさいことをすることもなく、ただなんとなく眺めていて、隙をついてベランダに出て、好きだったJ-POPのカセットを、ウォークマンで聞いていた。まあ、ウォークマンなんて持ち込んでたら、確かに今思うと、中学生にしてはすごい勇気のあることだなと思ってしまうが。


話をもとに戻そう。その、良しとしない連中の中に、彼女がいた。本心は知らないが、やっぱり、班として行動することを優先するのが、中学生としての規律だろう。至極真っ当な立場だった。

「......て、起きてってば。」

カセットが何周した頃だろうか。しばらく見ない内に、外も夕暮れになってる。

「う~ん、あ、なんかあった?」

「だから、どうしてこんなところで昼寝してるのって。」

「いや、僕がほとんど調べたのを、君らがまとめる。それで完成。ほら、みんなでやったじゃん。」

「そういうことじゃないでしょ。作業してるんだから、少しは手伝って。」

同級生から起こされるなんて行為は体感したことがなく、嬉しかった。多分、これが僕の初恋なのだろう。

些細なことがきっかけとなるのが初恋。そもそも昼寝を起こしてくれるような同じクラスの女子がいたら、やっぱり好きになってしまうと思うんだよね。


なんやかんやで外観に引かれるものがあっただろうし、作業を通して、彼女と何かするのが楽しいと感じるようになった。好きな人がいる前での、独特の高揚感と戦いながら、日々作業をしていたと思う。

でも、僕の作業といえば、特に何もすることなく、いつの間にか展示物全体へのダメ出しみたいに変わっていった。別にアレはダメとか、そういう偉そうな感じではなく、ちょこっと直して欲しいところを添削したり、あるいは意図とはずれるような内容があれば、下書きを書き直す。そして、それをキレイに清書してもらうように頼んだりと。そういう意味で、頼りになる男子としての評価が、不思議と上がってしまった。ただ、僕は、別にそれを自分の手柄だとは思わない。あくまで、作ったのは班のメンバー。僕は、ただ、その原案を考えただけ。僕に出来ることだけをやっていると、さっきの話じゃないが、自ずとここに行き着くわけだ。

だから、彼女との間に、特にエピソードとするものはない。ただ、あの頃は親しい会話の中で、急に夢中になってしまう病気に掛かってしまうもの。


初恋は、流行り病のようなものだから、かかると一瞬で発症するものだ。

簡単な話、メイドカフェでメイドさんに持ち上げられて有頂天になり、ガチ恋するもフラれるというような話に似ているが、そこはまだ中学生。性行為などもまともにわからないような年齢だ。

それ故に、好きな子と付き合うということは、まあ、せいぜい登下校時に一緒に過ごすとか、田舎ゆえ、休みにどこかへ出かけるぐらいの話にしか発展しなかっただろう。でも、それが当時の僕の世界のすべてだった。

子供ながらに相手を幸せにしたい。楽しませたいという気持ちがあったのは多分間違いないと思う。それっきりだったけど、それが全てだった。


3年も秋となれば、本来は受験だ。受験勉強で忙しいはずだが、別にこれと言って緊張感もなかった。塾へ通い、帰りに馴染みのゲーム屋に入り浸ってアーケードゲームをやる生活。

基本、復習ごともあれば、受験模試なんかもあり、そこで点数が悪ければ、母親に怒られるような感じ。

行ける高校なんていくらでもあるし、母親は私立でもいいという話をしてくれたので、そういうフリはしていた。

当時は良い高校に入り、良い大学へ進学すれば、一流企業へ就職出来るであろうユメモノガタリも継続していた時代だから、家に帰れば親にあーだこーだ言われ、塾に行けば、講師に偉そうな説教をされ、嫌気が差してたのだろう。


そこに現れたのが彼女だった。偶然とは言え、彼女が同じ塾に入ってきたのは、ラッキーとしか言いようがなかった。

僕は彼女と同じカリキュラムを受け、他の男女の友人たちとワイワイしながら、家に帰るのが楽しかった。

学校では席が近くないし、当時はやはり軟派野郎は嫌われる風潮があったこともあり、事務的に話をしていただけだったが、この塾帰りだけは違った。

時にはゲーム屋に顔を出していたが、彼女が塾に入ってからは、一緒に帰る時間を優先することが多くなっていた。


ある時、友人たちが揃ってインフルエンザや風邪で倒れてしまったことがあった。

ついに、本当の意味で、僕と彼女の二人だけでカリキュラムを受けることになってしまった。当然ながら帰りは二人きりになるわけ。


「内容が難しくなってきてるよね。これで半年後には高校生になってるって、なんだか不思議な感じがする。」

「半年後に高校生か。なんか、実感がまるで沸かないんだよなあ。僕は、もっとこの時間が続けばいいのにって思ってる。」

急に、何かが降りてきたように、僕は彼女を手放したくないという気持ちに駆られた。若いから許される衝動なのだろう。

薄暗い照明の下で、僕は彼女に思いをぶつけた。

「迷惑になるかもしれないけど、僕は、君のことが好きです。できれば、お付き合いもしたいし、同じ高校にも通いたいと思ってる。」

...夜の静寂、せいぜい虫の鳴き声ぐらいだろうか、大した時間ではないだろうが、待つ時間が非常に長かった。

「うん、ありがとう。でも、君の気持ちを受け取って、一緒に過ごすことは、今は出来ないの。」

一旦後ろを向き、何かを決意したように、向き直して言った。

「私は女子校を受験して、そのまま大学へ進もうと思っているのね。その中で、男女交際が悪いとは思わないけど、どうしてもケジメがつかないの。」

今まで増して真剣な表情を見せる彼女。その彼女の瞳に吸い込まれそうになりながらも、話は続く。

「知ってると思うけど、私はその後の運命を信じたいと思っているの。ロマンチックだけど、高校を卒業したあとで、その中の一人にもう一度同じ思いを伝えられたら、本気で結婚を前提として、お付き合いをしたいと思ってるの。だから、私を探し出して欲しいの。君がその間に、他の女の子とお付き合いして、幸せになったらそれは無理かもしれないけど。私はみんなにそう言っているの。」


「...分かった。ありがとう。3年後、きっと探し出して、もう一度僕は気持ちをぶつける。だからそのときは付き合って欲しい。」

そう言うと、なんか涙がこぼれてきた。結局、僕はまだ子供なのだ。大人にならないと、彼女には釣り合わないのだ。そう思った。

「こちらこそありがとう。でも、本当にごめんなさい。」

暗くても申し訳ない表情は見て取れた。彼女も苦しい中での、精一杯の返答だったのだと。


その後、僕は私立高、彼女も私立高ではあったが、女子校に行った。お互いに合格したときは喜んだし、本命が落ちた時には言葉で慰めあった。

どういうわけか、お互いがその一件を堺に、更に親しくなった感じであったし、もちろん理由を知らない人たちには、付き合ってると思われてたかもしれない。

毎日が楽しかった。でも、楽しい日は、ほんの僅か。思えば、彼女が人付き合いの面白さを教えてくれたのかもしれないね。


そして、卒業式も終わり、最後にちょっとだけ二人で話す時間があった。

「この1年、本当に楽しかった。心残りはあるけど、僕はきっと3年後に君と再会するから」

「同じ気持ちかな。3年後、私の場合は、王子様はたくさんいるけど、一番に探してくれるかな?」

「必ず探し当てて見せる。そして、そのときはまたよろしくね。」

「すごく楽しみにしてる。友達として好きだったよ。また、絶対に会おうね。」


少し救われた気がした。けど、僕にとっての本番は3年後、果たして彼女を探し出すことが出来るのかというところ。

そのためなら、と誓ったわけですけど、その後の僕は劣等生だったこともあり、社会科や小論文などでとんでもない良い点数を出す以外、実際にはそんな余裕もなく、あっという間に東京の大学へ進学することになった。

そして、25年後、彼女とは同居して、面倒を見ている。無論、立場は変わったけど、あの時よりも親しくも、一線が引かれた関係。今はそれでいいだろう。



「...というわけ。なんか、自然と僕はその後の人生をフラフラ生きてきたわけだけど、3年後に探していたら、きっと、もっと絶望してたのかもね。」

19年前には失踪届が出ていたわけだから、厳密には行方不明者になるわけだけど、若い僕には耐えきれなかっただろう。

「ワタシ的には、3年と言わず、もう再会したんだから、当然結婚を前提としたお付き合いをしていただきたいと思っていますけど。」

「そっちのほうが楽だって?今は専業主婦なんて甘い生活は送れないよ。バイトは継続だし、当面の目標だった大学へ行かなくちゃね。その前に、高卒認定試験だ。」


「ねえ、結果的に、あの約束どおりに一緒に暮らしてるけど、例えばもっといい環境で生活出来たなら、3年後に君が私を探し出して、もう一度気持ちをぶつけてくれた?」

「どうだろうなあ。その頃にはモーニング娘。にハマってた時期だったし、案外今みたいな感じにはならなかったかもね。でも、今でも好きだよ。もちろん恋人としてじゃない。娘として、女性として好きだよ。こういう形じゃなければ、愛してると思う。」

言ってて恥ずかしいけど、彼女のことは、やっぱり口にしておかないと。つなぎとめておかないと、駄目な気がするんだ。


「ね~え、やっぱり結婚しようよ。私は今の君が大好きだよ。LOVEだよ。これだけ言ってもダメ?」

「ダーメ。まずは、娘として立派に育ってから、君が高卒認定を受けて、大学に行って、立派に社会人にでもなったら、そのときはもう一度考えてもいいよ。」

今は保護者じゃないと駄目だと思う。けど、君が大人になったら、君は許してくれるのかな。



「ありがと。そういう気持ちだったんだね。子供なりに、私を大切に思ってくれたんだね。でも、それはそれとして、今の私、やっぱり子供なのかな。事あるごとに、その話を持ち出すし。」

「君もずっと一緒に暮らしたい。その想いが強いんだよ。言葉にすることで、相手をつなぎとめる。あの時の僕にも、今の僕にも、そういうのが嬉しいよ。」

なにかに気づいた表情、その後はにかんだ表情に変わった。

「え、何気ない昔話で、私が恥ずかしくなってる。今が嬉しいだなんて、考えたこともなかった。」

「騒がしいけど、帰る場所があって、一緒に暮らしてる人がいて、それだけでも嬉しいこともあるよ。僕も同じだよ。」


「ところで、寒いです。やっぱりこのままじゃ眠れません。」

「急にどうしたの?いつもは寝ているじゃない。駄々っ子じゃないんだから。」

「あんな話聞いた後で、一人で寝るって寂しいじゃん。今日は一緒の布団で寝る。いいでしょ?」

人肌恋しいときによく言ってるけど、冬場に入って回数が増えてるんだよな。

朝どうしても起こしちゃうのが可哀想なんだよなあ。どうしたもんかなあ。

「朝、寒い中一回起きることになっちゃうけど、いいの?」

一応定型文の如く聞いておく。どうせ返事は分かってる。

「うん、起きる。起きるよ。なんなら起こしてあげちゃう。」

「起こしてもらったことって逆にほとんどないと思うんだけど。」

「たはははは...手厳しいね、君は。」


僕が布団に入ると、わざわざ下からもぞもぞと侵入してくる。いつも見てる光景だけど、彼女からしたら何か期待してるような入り方なんだよなあ。

「なんだろ、やっぱり向き合って寝るって、いつもだけど、気恥ずかしい気がする。」

たまに素の女の子に戻ってくれるのが可愛いところ。年頃の子だって思わせてくれる方が、新鮮だったりするんだよ。

「じゃあ、今日も...一応聞いておくけど、僕、臭くない?」

「うん、大丈夫。お風呂入ったばかりだし。それに君の匂い、別にイヤなわけじゃないんだよ。」

「中年の悲しい気持ちを少しは汲んでもらえるとうれしいんだけど、やっぱり匂いには敏感になっちゃうよ。」

「大丈夫。君は色々気にし過ぎなんだよ。」

「そうは言われてもさ、やっぱりオジサンだから。嫌なら嫌って言っていいんだよ。」

「さっきも言ったじゃん。君の匂い。嫌じゃないよ。君って感じられるもん。」

哀愁を囁いたところで、僕にとっては苦行のような一晩が始まる。

「ね、いつもみたいにぎゅってして。さむい。」

「そう?これだけくっついてるから、暑いぐらいだけど。」

「分かってないなあ、君は。そういうとこだぞ。」

「あ、あと、下半身に硬いものが当たってたら、申し訳ないけど我慢して。」

「そういうのは黙ってればいいのに。生理現象なんだから、私も分かってるよ。本当に真面目なんだから。」

彼女の体の下に右手をくぐらせ、左手は上から回して、彼女の背中の真ん中あたりに手のひらを置く。地味に右手の感覚が死ぬ。

それとともに、彼女の髪の毛の匂い。確かに匂いを感じることで、ほっとする要素はあるのかもね。


「...さっきの話、寝る前に聞く話じゃなかった。忘れてね。大好き。」

「僕は体験談を話したまでだから、覚えてるよ。死ぬまでね。」

「おやすみ...。」

そうやって、彼女は目を閉じる。

僕は僕で、右手を頭の後ろに移動させ、クセでなでなで。

「おやすみ...。」

そうやって、狭いながらも布団の端から端まで、二人で温かい環境を作りながら眠りにつく。



「う、ううん。」

なんとなく目が覚めてしまった。今は何時だろ。横ではすぅすぅと安心しきって寝ている娘。

うーん、トイレに行きたい。でもなんか起こしてしまいそうで悩む。

「ごめんね。」

ささやきながら、僕の方の掛け布団を上げ、スルッと外に出る。

さすがに夜中だから寒いなあ。まあ、トイレに行くだけだから、特に問題じゃない。

まだ3時半か。もう4時間ぐらいは寝ていられる。

布団へ戻ってくる。なんとなく不審な動きをしながら、

「ん...さむいよぉ」

寝言まで寒さを訴えてるのか。こりゃいよいよエアコン入れて寝るしかないかな。電気代がなあ。

また布団にもぞもぞと入っていき、改めて彼女を抱き寄せてあげる。

「ん...あったか~い。」

...本当に寝てるのかな。まあ、起こすのも野暮だし、このまままた眠れればいいんだけどなあ。

横を向けば可愛い寝顔。こういうときは小動物みたいな顔をするんだよね。一緒に寝るようになってから気づいたよ。


僕もウトウト。そして気づけば目覚ましの音。あっという間に朝というものは平等に来るものらしい。

僕は静かに起きてみたけど、どうにも起きるのはバレるらしい。無理して目を開ける必要もないのに。

「ん、うーん、おはよ。」

眠そうな顔をしながら、彼女がこっちを見つめてくる。

「おはよ。まだ寝てていいよ。僕は準備して会社に行くから、君もバイトに遅刻しないようにね。」

「うん、いってらっしゃ~い。」

僕の布団でうずくまる娘。なんとなく機嫌の良さそうな二度寝に入るみたい。


「行ってきます。」

囁くように小声で言って、僕は会社へ向かうのでした。



今日はこの辺で。また次の機会に。

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