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【夏のホラー20XX】向け短編

通い慣れた道

作者: えどまき

 これは、以前わたしが実家に帰省したときの話だ。かれこれ二十年か三十年くらい前になるだろうか。


 いつもはバイクで帰省していたのだが、この日は電車を使った。

 東京から新幹線で一時間半、そこから在来線に乗り換えて二十分ほど。地方都市のF駅についた頃にはすでに午後八時を回っていた。日はとっぷりと暮れ、月が昇っていた。


 この駅とその周辺は今でこそ大幅に再開発されているが、この当時はまだ昭和の風景がだいぶ残っていた。わたしが電車通学でここを利用していたのも昭和の終わりに近い頃だったので、昔見ていた光景とさほど大きな違いはなかった。

 線路沿いに西へ百メートルほど行ったところで左折した。あとは、その道を南にまっすぐ一キロ半ほど進めば実家に辿り着く。


 この道は乗用車がギリギリすれ違える程度の幅しかなく、区分としては生活用道路にあたるだろうか。道に沿ってただまっすぐ進むだけなので、たとえ日が暮れていてもそうそう道を間違えることはない。……そのはずだったのだが。

 十分ほど歩いたところで、


「……ん?」


 道の先の方に違和感を覚え、目を凝らした。暗い中で見えてきた物に、わたしは困惑した。


「え? アパート?」


 前方に、二階建ての木造アパートが立ちふさがっていた。道はそこで断ち切られていて、T字路となっていた。

 この道を通るのは久しぶりとはいえ、前に通ったのはせいぜい数年前で、そのときにはこんなアパートはなかった。なのに、これはいったいどうしたことか。


 T字路の左右を覗いてみると、家が数軒続いていて、南への道はその先にあってだいぶ離れていた。

 当時はまだスマホやグーグルマップのようなものはなく、出先で確認のしようもなかった。


 区画整理で道がずらされるのは、ままある話ではある。開発が遅れている地方の田舎でなら尚更だ。しかし、元々道幅があまり広くはなかったとはいえ、南北にまっすぐ長く続く道路がごっそり断ち切られるというのは、そうそうあることなのだろうか。

 これがまだ幹線道路周辺だったらそういう大きな工事があっても不思議はないし、大型施設が建てられて小さい道が消えることもあるだろう。しかし、ここらは住宅と水田ばかりの地域で、街道からは離れている。そういう大規模な再開発をやるのに適しているとは言いがたい。

 あるいは、道路のこの部分が元々は私道で、権利者がそこにアパートを建てたのだろうか。ただ、そのアパートは築十数年かそれ以上は経っていそうな雰囲気があり、ここ最近建てられたもののようには見えなかった。


 どうにも奇妙というか不可解ではある。しかし、別に「トワイライト・ゾーン」や「世にも奇妙な物語」――現在なら「裏世界ピクニック」あたりを連想していただろうか――じゃないんだから、変な世界に迷い込んだわけでもあるまい。

 釈然としないが、通れない以上は仕方がない。わたしはこの区画を迂回して、一本隣の道に入った。



 こちらの道は普段は使わなかったが、通ったことが皆無というわけでもない。住宅と田んぼが並ぶ、さほど代わり映えのしない道が続いているだけだ。

 ただ気のせいか、妙に道が暗い。この辺りは街灯が少なく、一本一本の間隔が長いので、暗いのは当たり前なのだが、迂回するところまでと比べてもなお暗いような気がする。月にも雲がかかっていて、その明かりは乏しかった。


 そうして数分歩いていると、ふと、周囲の様子がおかしいことに気がついた。というのも、妙に田んぼが多いのだ。見た感じ、水田が八割かそれ以上を占めていて、住宅がポツンポツンとしか見当たらない。

 どの辺から変わっていたのか、判然としない。気がついたら、周囲がそうなっていたとしか言いようがない。

 しかし、通り一本隔てただけで、ここまで風景が変わるというのはいくらなんでもおかしい。

 この辺りは住宅のほうがずっと多かったはずである。もっと南のほう、5~6キロほど下ると水田地帯が広がっているが、歩いた時間からしてそこまで行っていないはずだった。なにより、そこまで行ってたら実家を通り過ぎてしまってる。


 そして、やけに静かだった。いかに田舎といえど、まだこの時間なら街道にはそこそこ車が走っているはずなのだが、それらの騒音がまったく伝わってこない。さらに、いつもならやかましいくらいの蛙や虫も鳴りを潜めていた。

 気味が悪いほど、静まり返っている。


 ここまでくると、さすがにこれは異常だと思わざるを得ない。自然と足が早まった。

 しかし、そうしているうちに右手前方に見えてきたのは、墓地だった。先が見えないくらいに広大な敷地に、墓石が整然と並んでいる。

 ありえない。道に迷ったとか、そういうレベルではない。

 実家から西に数キロ行ったところには家族が収められた墓地があるが、あそこはこんなに広くはない。というより、市内はもちろん、近隣の市でもこれほど大きな墓地なんて聞いたことがない。

 ならば、この墓地はなんなのかと。

 わたしは全身に鳥肌を立てて、無我夢中で走った。


「がっ!?」


 わたしは何かにつまづいて、頭から地面に突っ込みそうになった。

 顔を上げると、目に見える景色がガラっと一変していた。

 そこは実家のすぐ近くを流れる小さな川沿いの遊歩道だった。道の両脇には彼岸花が植えられていて、秋口には鮮やかな赤が広がるのだが、この時期はまだ土手に生い茂る雑草くらいしか見えなかった。


 ここには街灯がなく、辺りを照らすのは月明かりだけだったが、先ほどの奇妙な道よりはずっと明るかった。空を見上げると、さっきまで月を覆っていたはずの雲は欠片もなく、晴れ渡っていた。

 そして、蛙や虫の音が普通に聞こえ、遠くを走る車の騒音が響いてきた。


 どこをどう通ってここに出たのかはわからないが、やっと、まともな世界に戻ってこれたらしい。わたしはほっとした。

 そこから実家までは五分もかからなかった。





 家族に聞いてみると、二年ほど前にあのまっすぐな道の途中にアパートが建てられて、道路が寸断されたのは事実らしい。どういう経緯でそうなったかまでは不明だが、迂回必須になって面倒だと愚痴をこぼしていた。

 翌日の昼間、実際に件のアパートを見に行ってみた。たしかにそこにはアパートが建てられていたが、それは真新しい鉄筋コンクリート製で、どう見ても昨日わたしが見たと思ったものとは別物だった。同じなのは二階建てなところくらいか。


 まったくもって不可解としか言いようがない出来事である。その後何度かあの近辺を通っているが、再びあの奇妙な場所を目にするようなことはなかった。


〔了〕


 お読みいただきありがとうございます。


 前半、道がなくなっていて困惑するところまでは、ほぼ実話だったりします。まあ、普通に迂回して、何事もなく実家にたどり着いたんですが。

 ただ、通いなれていたはずの道が、途中で急に別のものになってしまっていて、あの時はマジでびっくりして、ちょっぴりゾクっときました。


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