九話『スリューティア』
「なに、そんなに驚くな。オレは……こんななりだが、元、獣族だ」
「獣族なら、そのまんまじゃないですか! 『私、元人間なんで』みたいなノリで言われても、私は騙されませんよ!?」
目の前に座り込み狼に対し、慌てふためきながら冴えたツッコミをかますセツナギ。
「待ってセツナギ。獣族っていうのは」
ツッコミを入れる彼女に、僕もツッコミを入れる。
「なんですか!?」
「獣族ってエルフ族や人間のように、理性のある存在だよ。ダンジョンにいる黒狼とは全く違うよ。ダンジョン内にいる狼は獣族じゃなくて、魔獣だからね。喋る理性と知性なんてない」
「え? じゃあ、この喋っている狼は……」
「狼の見た目をした、狼じゃない存在で間違いない」
僕の予想。
それに対して、獣族を名乗ったオオカミは首を微かに、縦にふった。
「その通りだ。名も知らぬ賢者よ」
「僕は賢者じゃない」
「……ほう? だがその観察眼は、昔に見た賢者ぐらい鋭かったんだ。勘違いを、許せ」
「もちろん。訂正してくれれば構わないよ。……名前にこだわりとか、ないし。ただの噓職人だからね、僕は」
それにしても。
「それにしても、何があったんだい? 見た目が狼になってしまうっていうのは、……まるで呪いみたいだけど」
「はっ、呪いだよ。こりゃあな」
「そう、やっぱりそうなんだ。誰にかけられた呪いなんだ?」
どうやら、『見た目が狼になってしまう』呪いをかけられているらしい、獣族。
「勇者だよ。勇者ベルフィだ」
「”煉獄の勇者”ベルフィ」
「その通りだ」
……一度だけ、会ったことがあったので反応することが出来た。
そう。もう君たちは忘れてるかもしれないけど、僕は勇者ハルトのパーティーに所属していたのだ。
まだ追放されて二日ぐらいしか経っていないのだけれど。
そんな大昔、パーティーに所属していたころに。勇者間で協力し、修行に励む機会があったのである。
その時に、協力した勇者がベルフィだった。
性格が良いのか悪いのか知らないけれども。
とにかく、仲間からも嫌われている存在だったのは……覚えている。
「でもそんな大層な人物がどうして、君なんかに……呪いをかけたのか。それには、それなりの理由があるだろう?」
「そうだな。まあ俺は元々、ベルフィのパーティーメンバーだったんだが。アイツに不敬を働いたとか、意味の分からない冤罪をかけられて追放されてしまったんだ」
「へえ」
まるで僕とセツナギみたいだな。
追放された理由は違えど。
追放された仲間、ということは変わらない。
「で、追放されるついでに……オレは、パーティーの魔術師やらに呪いをかけられた。【大神封印】っていう呪いにな」
「大神、か。狼じゃなくて」
「はっ、くだらねえことに言葉をかけているんだろうよ。狼の大神をオレの体内に封印しやがったんだ、アイツは──」
それから彼が言うには、【大神封印】という呪いは。
普通……獣族や、人間では収まりきらないと考えられる【狼の神、その魂】を無理矢理、憑依させることで……魂を体内で暴れさせて、体を狼に豹変させて、最終的に殺すというものらしい。
さきほどのモノは訂正しよう。
どうやら、中身も狼になってしまうようだ。
本質的には狼ではないけれど、見た目や体、特徴は全て狼になってしまう。狼に変化してしまう呪い。
『大神封印』とは、そういうものだそうだ。
にしても。
呪いというものに掛かった人達は、冒険者をしている上で何度か遭遇したことがあるのだけれど。
ここまで重いモノは、初めて見た。
「最終的に死ぬ呪い……」
ふぅむ。
僕は基本的に感情の起伏、ないしは心が動かされるっていうことがあまり無いと自覚している人間だけれど──。
いくらなんでも、ここでこの人を見捨てることは出来なかった。
僕だって、一介の人間なのだから。
たとえ相手が美少女じゃなくても。獣臭い野郎でも、ちょっと助けることぐらいは出来るのである。
もっとも、どう助けるかにもよるけどね。
「恐ろしいね」
「……急ぎのところ、悪いんだが。俺を狩らないでくれ、そして……助けてもらえるか?」
別に狩らないってのは構わない。
獣族なら、狩る必要もないだろう。
しかし。
「助ける、っていってもな」
「ただちょっと、この呪いの解呪方法が見つかるまで、他の冒険者から身を守ってほしい……いや、匿ってほしい」
それを聞いて、ちょっと安心した。
それぐらいなら、僕たちでも出来そうである。事情を聞いて、背後に立つセツナギは『聖女としてもちろん、そんな悲しい状況に置かれた人は受け入れます!』と叫んでいたりするが、僕は全力で無視をする。
話はよく聞いて、交渉したほうがいいしな。
それにセツナギは、もう聖女じゃないだろうに……。
ともかく、僕は彼と会話を続ける。
「それなら、出来るけれども」
「なら、頼む」
「僕がソレをするメリットを教えてくれ」
「オレは死にたくない。だから、お願いする。オレを取り敢えず、一緒に連れていってくれないか? このまま他の冒険者に見つかったら、オレは魔獣だと勘違いされて殺されるだろうからな。……もちろん、お返しはする」
お返し。
果たして、なんだろう。
予想してみる。
あれか。
狼の肉でも持って来てくれるのか。
大金をくれるのか。
美味しいご飯を、奢ってくれるのか?
「現金な感じが、僕は良いんだけれど……」
「現金なヤツだな」
「現金な方が、人生はきっと幸せだよ。噓かもしれないけどね」
少なくとも、僕にとっては本当だ。
見返りを求めないのなら、人助けはただの損なのだから。
「オレがもしあんたに恩返しをするのなら……そうだな、戦力になってやるぐらいしか出来ないけれど」
「よし、それでいこう」
彼の懸念を露にそんな声を漏らしていたが、僕は即座に肯定した。
「それでいいのか?」
「それでいい、と言ったよね。これは噓じゃないよ、本当のことさ」
「……その言葉、信じていいんだな?」
「うん」
僕が即答した理由として最も大きいのは──僕が物理戦に関しては、ほぼ無力である点がある。
元聖女のセツナギだけでは、勇者と対面し……ダンジョンの王を早い者勝ち合戦するには、まだ戦力不足だろうし。
これは、正しい判断だと僕は思ったのだ。
「それでいいよね、セツナギは」
「……え? 私ですか?」
話を聞いていなかった様子の元聖女。
「うん」
「ま、まあいいんじゃないですか?」
「じゃあ、元聖女ちゃんは……この人、獣族と一緒に頑張って」
「え? 何をですか?」
やっぱり聞いていなかった。
「この呪いにかかってしまった獣族さんを僕たちが助けてあげる代わりに、ダンジョン攻略の戦力になってくれるという話だよ」
「ああ! そうでしたね。そういう話でした。って、もしかしてそんな感じですと、私……パーティーからクビですか?」
「そうかもしれない。クビにビクついて恐怖を感じることを推奨するよ」
「そんなこと推奨しないでくれます!?」
もちろん、冗談だから安心してほしい。
「スリューティア」
「キミの名前?」
「そうだ。名前を知ってなきゃ、話にくいだろう?」
「それはそうだね」
じゃあ、僕たちも自己紹介しよう。
そうすれば、筋が通った話になる。
「僕は本来名前がないんだけど、通称で通しているから。フィーとでも、適当に呼んでほしい」
元聖女に一瞥し、「あんたの番だ」と催促した。
「あっ、私の名前は雪凪です! これでも元聖女です!」
時間はあまりないし。
自己紹介っていうのは、こういう簡素なものに収めておくのが吉。そんな僕の思考を、珍しく彼女は読んでくれたのか、短く終わらせてくれた。
「じゃあこれから、よろしく。スリューティア」
「ああ。フィー、セツナギ」
こうして。
僕たちは勇者と対峙する前に、思いもよらない仲間を加えることになるのだった。




