八話『ダンジョンの中へ』
崖の下にぽつんと点在する洞窟内。
入口は少々狭いのだが、中に入ってしまえば……大人四人が並列に並んでもらスペースに問題ないような広さが、広がっていて。
壁。床。天井などは全て、石レンガのようなもので構築されていた。
「暗いですね……」
「そうだね、少し先が見えないどころか。僕の視界は、真っ黒だよ」
「それって魔獣に囲まれたら、一巻の終わりじゃないですか?」
「大丈夫。三秒は生き残ってみせるから」
「世間一般でそれは即死っていうんですよ!?」
ダンジョンは、人に対して優しくない。
当たり前のことだが、ダンジョン内はとても暗いのだ。
それでいて、ところどころ石レンガが剝げていて、足場が悪いところも多々とある。
僕の背後につきっきりで、びくびくする元聖女。
緊張しているのだろうか……。これじゃあ、先が思いやられるというものだ。勇者に対して、見返してやりたいのなら。
この程度の暗所で、精神を揺さぶられてはいけないだろう。
「でも、確かに暗いのはとても危険だね。魔獣に囲まれたら、一巻の終わりだ」
「ソレ、私がさっき言いました!!!!」
「ともかく、元聖女なんだから着火魔法ぐらいは使えるよね?」
「え? ま、まあ……それなりには」
じゃあ、買ってきた松明に火を灯そう。
「ほら、これ」
「ああ、松明ですね!」
僕は食料品など、他にも様々なものが入った革袋から……松明を取り出し、セツナギに手渡した。
「着火!」
彼女がそう唱えると、松明の先端からぼうと火が上がる。
魔法とは便利なものだ。
体内で生成され、貯蓄された魔力と──詠唱出来る滑舌があれば、何でも出来るような感じである。
いや、何でも出来るような……ではない。
正しく、何でも出来るのだ。
何でも出来るからこそ、魔法は魔法なのだから。
「ほら! 出来ましたよフィーさん!」
「改めて見ても、実に羨ましい限り。……僕は剣術どころか、魔法に関しては全くの無知だからね」
「ほ、褒められた!?」
「今回はしっかり聖女として褒めてるよ」
そんな話を、歩きながら続けた。
「あ、そういえば……私気になったんですが」
「?」
「スキルってあるじゃないですか。ユニークスキルとかも。あれって、どう魔法と違うですか?」
「僕は、選ぶ仲間を間違えたかもしれない」
「なんて!?」
なんでソレら全てを持たざる者に、話を聞こうとするのか。
いわゆる、煽りっていうものだろうか? 勘弁してほしい。それはイカだけにしてほしい。
というか、じゃあ。
彼女は魔法やスキルを使う時、あまり力の違いを理解しないで使用していたっていうのか──?
恐ろしい。
それはよくて。
一応、冒険者としてその程度の知識は持ち合わせている。
「スキルっていうのは、生まれつき神とやらから与えられた──才能、みたいなものという話は聞いたことあるよ。確かそれを、五歳ぐらいの時に聖職者に鑑定してもらって、どういうスキルかの説明を受けるんだろう?」
そして。
魔法は魔力を消費するけど、スキルはしない。
魔法は自由度が高いけれど。スキルは、スキルによる。
といった特徴がある。
「それが、魔法とどう違うんです?」
「魔法と違ってスキルは、魔力を消費しないし……、規模も人によって大きく差がある」
「なるぅほどぉ!」
「君がもし僕のことを煽っているようなら、本気で扼殺した方がいいかもね」
「なんで!?」
扼殺。
手で首を絞めて、殺すこと。
「ユニークスキルは単純に、勇者の血を持つ世界で十人だけの──スキルの上位互換だよ。どれも応用力に長けて、規模が大きいという特徴がある。もちろん、規模の操作とかは出来るだろうけど」
ユニークスキルは、そう。
スキルの上位互換だ。
例えばスキルで【発火】があるとすれば。
ユニークスキルは【蒼炎】といったものが該当するだろう。
これはあくまでも一例だけどね……。
「スキル、ユニークスキル、魔法の違いはこんなもんじゃないかな?」
「それっぽいので、それが噓でも信じます!」
これは噓じゃないんだけど。
オオカミ人間の弊害とは、こういう日常生活で何気なく訪れるものだ。
「グルゥ!!」
──オオカミ。
……オオカミ。
「これは噓じゃないよ。事実だ。もっとも、僕にこの情報を教えてくれた人が噓をついているのなら……、僕は噓をついたことになるけど」
「ま、まあそこまですると。ややこしくなるので、やめときます!」
先に引く少女。
どうやら、この話にはのってくれないらしい。
別に僕は良いんだ。
この情報が、どこから始まったのかを考察してもね。
僕が誰から聞いたのか。
その人は誰から聞いたのか。
またその人は、誰から聞いたのか。
それを考察することは、構わない。
「いいの?」
「やめときます!」
つれないなあ、と思った。
「グラァアッ!!」
──唸り声が聞こえる。
いや、そんなことをいうのなら。ちょっと前から定期的に聞こえていたのだけれど。
「何か聞こえませんでした?」
「どうだろうね」
「この場面で誤魔化さなくてもいいんですが!!」
「聞こえてたよ。ハッキリと、熊の声が」
「噓じゃないですか!」
噓。
「……オオカミの唸り声」
「そう、それです!!!」
「だってほら、目の前にいるし」
そこで僕は進行方向、ダンジョンの奥に視線を向けた。
一瞥した。
そこに、立ってこちらを睨んでいるのは……黒い毛と、純白食の角が特徴的な──黒狼という魔獣。
白い牙が、彼の口から垣間見え、粘性のある唾も見えた。
「い、いつの間に!? び、びっくり……です」
ここでつけ足しておこう。
このダンジョンは足場が悪い、と僕は先程言っただろう? もちろん、その理由として……床のレンガ、その塗装が剝げていてオウトツが激しいというのもあるのだが。
もっとも大きな理由は。
このダンジョンの床には、この黒狼の亡骸が無数に転がっていたことにある。
きっと勇者が流れるように、狩っていったのだろう。
だがそのせいで、とても足場が悪いのだ。
で、こいつは運が良い生き残りってわけか。
「じゃあ初戦だ。コイツを、狩ろう」
僕は彼女にそう伝える。
「お、初戦闘ですか!」
「そう。だから一生懸命戦ってくれると嬉しい」
「本当ですか!?」
「”噓だけどね”」
さあ、では始めよう。
「でも時間はないから、手短に済ませてくれると助かる」
「本当ですか!?」
「本当だよ」
そう言った直後。
狼は、聖女に向かって牙を剝き出しにし飛び掛かってくる──はずだったんだが。
「なあ、そこの人間たち。オレを狩る前に聞いてくれ、話がある」
狼はそう言った。
「はい? いやいや、私たちは……いま、勇者たちにダンジョン攻略を先越されないために、急いでいるんですよ! やめてくれますっ!? ねえ、フィーさん」
「そうだね。でもそれよりも、それは驚いたな」
「驚いた、って何がですか?」
「ほら、今地の文で説明したじゃないか。
『狼はそう言った』って。もしかして、君の故郷では普通だったのかな」
そう、狼が。
そう言ったのだ。
その事実に、どうやら脳が筋肉で犯されている彼女もピンときたらしい。
「狼が喋ってるぅうううううう!?!?!??」
元聖女から出た声とは思えない、野太い絶叫がダンジョン内に木霊した。




