三話『噓職人。その力の一端』
なんで殴られたのか。
僕には分からない。
だが、ただ一つ分かるのは……別に、頬は大して痛くないということである。
殴られた瞬間に、拳が流れるのと同じ方向に首をひねらせて、ぶつかる威力を必要最小限にしたのだ。
加えて、地面にぶつかった瞬間も受け身を取っていた為、大したダメージにはなっていない。特に問題はなかった。
「痛い……」
痛くなくとも、僕は地面に倒れながらそう言っておいた。
「って、ナンパ男! 急になんですか!? 私のパーティーメンバーになる人間に対して殴るなんて!」
ゆっくりと顔を上げると、セツナギと睨めっこするように……、半裸の冒険者。さきほど、セツナギをナンパしていた男が立っている姿が目に映る。
「へへっ、はははっ! 奇襲されたからな、奇襲仕返しただけだよ。馬鹿め! オレはな、わざわざ今の一瞬で服屋まで行って。ズボンを買ってきたんだよ!」
自慢げに彼はそう言うけれど、自慢することじゃあないだろう。
それに……いくら隠したところで、もう花柄のパンツを履いているという事実は覆らないんだ。
諦めるのが得策だと、僕は思うけどね。
「で、何の用だろうか?」
「あ? この女を取りにきたんだよ! さっきはてめぇが、妨害しやがったが……今度こそはな!」
「とはいっても、この元聖女さんとやらが追放された理由を聞く限り。お前は僕に勝てても、肝心のコイツには勝てないと思うけどね」
「はっ! 舐めたこと言ってくれる……っ!」
この冒険者も、セツナギよりは格が下といえど……脳が筋肉で出来ているんだろう。
僕が吐いた嘘なんて気にせず、こちらへと突撃してくる。
──男から放たれる拳。
「おらぁ! これで気絶でもしてやがれっ!」
それは、単調である。
誰でもしっかりと拳の先を見ていれば、避けれるであろう程度の一撃。それも冒険者ならば、避けれて当然の一撃である。
だがしかし、相手は『無能で無力だから、パーティーから追放された冒険者』なのだ。
複雑な一撃はいらない、彼はそう判断したのだろう。
加えて、一撃目だ。
最初の攻撃なのだから、加減が分からない。すると彼の一撃は……複雑さを捨てて、威力重視の大振りな一撃になるのだ。
一撃目というのは、そういうものなのである。
自分が彼と肉弾戦で、本気で戦ったら、勝つことはまず不可能だろう。
もちろん、コチラ側が。
「っ!?」
なにせ勇者たちがもつユニークスキルはもちろん、普通の人間ならまず一個は持っている【通常スキル】すら僕は持っていないのだから。
「フィーさん! 大丈夫ですか!?」
彼女が駆け寄って来ようとする中、僕は何も言わずに手を払って『来るな』と伝える。
そして。
拳が僕の鼻──その先端に触れるであろう一瞬に。
僕はわざと、背後へと転んだ。
寸前で拳を回避する。
「うおっと! 偶然野郎がっ!」
あたかも一撃目を、偶然避けれた様に彼に錯覚させた。彼の拳は空振り、勢いが余ったようで僕みたいに転びかけている。
拳と彼の体は僕を追い越していた。
しかし、即座に態勢を整え。
こちらを、彼は見た。
右足をそのまま踏み込んで、軸として、回転するように態勢を変化させたのである。
流石は冒険者、といったところ。
「これで終わりだっ!!」
二撃目。彼は転んだ僕へと顔を下げて、拳を振りかざした。
しかし、これは一撃目と少し異なっていた。
そして、ソレが彼の決定的な、『敗因』である。
先の一撃目が空ぶった事から、言語化出来ないほど小さな、焦りと動揺、そして『うざいだけで、別に勝てるという余裕』が彼の拳に籠る──のだ。
本当に、小さな感情。
普通ならば気がつかない程度のモノ。
だが、僕にはそれが視えていた。
間違いなく、僕が仕掛けた噓によって……生まれた感情が、ソレだから。
『僕になら、勝てる』という偏見的認識が、間違っているのだ。
確かに肉弾戦ならば僕に勝ち目はない。
しかし、戦いというのは肉弾戦が全てではない。
今まで僕はパーティーで戦うことを強いられていたわけじゃないし、あまり使わなかったが、”こういうやり方”をすれば。
僕だって、まとも戦えるのである……。
決して無能で無力な冒険者ではない。
ただの、噓で、ヒトの認識を上書きするだけでも。
感情を揺さぶるだけでも。
ヒトっていうのは、案外脆く崩れていく。
……見切った。
「あ?」
「捉えた」
様々な感情が一撃目よりも増した二撃目は、明らかに精度が落ちている。……無理矢理に態勢を整えて、僕に攻撃したことも彼の失敗だろう。
僕は再び突き出された彼の拳。
否、腕を掴みとった。
そして、突き出された拳の勢いを利用して彼を放り投げる。
「うおおおお!?!?!?!?」
そのまま彼は地面に物凄い音を立てて衝突。
痛そうだが、我慢してほしい。
先に攻撃してきたのは、そちら側なのだから。
これぐらいの痛みは勘弁してもらいたいのだ。
勘弁、──了承してほしいと、そう心の中で彼に伝えた。
「ぐ、ぐわ……オレは、まだ戦える、ぞ?」
「こればかりは、降参してほしいところ。……これ以上戦ったところで、僕とキミは不毛な争いをするだけだ。それに今の一瞬、その攻防で結末は見えたんじゃないか?」
「み、見えてねぇよ」
「そうか。なら死んでもらったほうがいいかもしれない。ちょうどいいじゃないか。ここに暴力が趣味であると言っていた元聖女がいる。処刑人としては、これ以上にない人物だ」
淡泊にそう説明した。
もっとも、脳筋がそれを理解出来るのか、分からないけれど。
「分かりやすいじゃないだろうか? そう。死んだら、負けっていうのは。勝ちを認められない人間にとって、死という方法は負けを認めるに値する価値があると僕は思うけれど」
……別に、僕じゃ人は殺せないけれど。
冒険者の中では──平気で人を殺して、牢獄に入る人間もいると聞く。そういう噂、話が僕の耳に入るということは……実際にあるのだろう。
いや、実際はないのかもしれない。
だがしかし、そういう有名な噂があれば十分なんだ。
人は『実際にある』ものより、
『あるかもしれない』ものを怖がる生き物だ。
この噂も……そういうアプローチで、人を怖がらせる効果がある。
『もしかすると、本当に……軽い気持ちで人を殺す存在がいるかもしれない。目の前がソレなのかもしれない』
確定的ではないからこそ、人に恐怖を与えるのだ。
もちろん、そういう類の話に詳しい人ならば……この程度の噓っぱちに、引っかからないだろうけど。
馬鹿げたユニークスキル持ちでもない。
ただのナンパ男である冒険者の一人には、この程度の噓で十分だった。
「ひっ……! わ、分かった!! 認める。オレの負けだ。だから、殺さないでくれ!」
「分かってくれて、まことに結構だよ。じゃあ、この場所から消えてくれ。どこか遠くの、異世界へ」
「あああ!!」
そんな大見得を切って僕がそう言ってみると、ナンパ男は一目散に逃げていってしまった。
そこまでするつもりはなかったのだけれど。
それは邪魔者がいなくなったという点で、非常に好都合であるため──特に今回の件は、反省しなくても構わないだろう。
追い返すことに成功する。
「ふう」
これで、一難去った。
いいや、そう言うと再び一難が訪れるかもしれないので、訂正しておこう。
嵐は去った。
……大して意味と表現に変わりがないように思えるけど。
それはいいだろう。
「ねえ、フィーさん」
「なにかな」
「もしかして、キミって凄い人? さっきの機敏な動きが、特技? 得意なことなの? それなら……、私って用済みなんだけど。そんなこと、言わないよね?」
どうやら彼女には、まるで『僕が強く、彼に圧勝した』ように見えていたらしい。
「残念ながら違うよ。僕は彼よりも肉体的には弱い。さっきのは機敏な動きが重視される肉弾戦といよりは、まさに、そう。心理戦だったからね。僕の土俵だったんだ」
「ふ、ふむ?」
「つまり機敏な動きをしているように見えて、実際は頭を使って必要最低限に動いていただけさ」
「じゃあつまり、フィーさんの得意なことは──考えること! ってわけ?」
違う。それも、違った。
僕は静かに答える。
「残念ながら、それも違う。僕はただの噓職人だから」
「というと?」
そう。
「僕が得意なことはただ一つ。
───噓と事実を扱うこと、それだけだよ」




