二話『元聖女との出会い、で不幸に遭い』
小さな宿、その入口。
僕は真っ昼間にも関わらず、宿に戻って現実逃避しながら睡眠逃避をしようと図っていた──。
昨日今日と続く出来事には、思わず頭が痛くなる。
……なぜ僕は、パーティーから追放されたのか。
しっかりと役に立っていたはずなのに、何故だろうか。そんな疑問はまだ残っているし、勇者には聞きたいことだらけである。
だがしかし、彼は僕をこの街において早急に旅立ってしまったので、もうそれは叶わぬ願いなのだが。
「ねえ」
「はい」
「ありがとう! さっき貴女があの男を見せしめしてくれたおかげで、彼を殺さずに済んだから!」
「殺す以外の対処が出来ないのなら、あんたは呪いみたいだ」
ただでさえ、その事実に対して混乱しているのに。
神は、僕が落ち着く時間すらくれやしないらしい。
──神とか、信じてないけどね。
「呪いって……。
私、これでも聖職者なんですけど? そういうこと言われると傷つくていうか……。まあ、そんな私もさきほど破門されちゃったから。元聖職者なんだけどね」
いわゆるナンパ男に絡まれていたはずの聖女は、何故か僕の進路を妨害しながら立っていた。
今さっき。
僕が宿に入ろうとしたら、彼女がこちらへ猛スピードで走ってきて、話しかけてきやがったのだ。
睡眠妨害も甚だしい。
「それで、何用かな」
「……いや、感謝とお礼とありがとうを伝えたくて」
「分からないなら教えてあげるけど、それは全て同じような意味だよ」
「えぇ!? そうなの!?」
逆に、どう勘違いしたのか。
金色のツインテールを翻す、美少女。
「ごほんっ!」
「あ、えーとっね。私の名前は雪凪です! 元聖女の、脳筋です!」
「へえ旧名なんだ、珍しい」
「そう? あざーっす!」
旧名。
それはこのリディアス王国が統一される前にあった……民族それぞれに伝わる、それぞれに特徴のある名前である。
基本的にリディアス王国に統一される前に生まれた人間か、親が物好きだったり……過去に栄えた民族の名家ではない限りそんな名前は付けない。
旧名が命名された理由として、最も多いのが一番後者のパターンである。
「別に褒めてはいないよ」
「え?」
「えぇ?」
「あ、そうそう。あなたの名前を教えて下さい!」
……聞かれてしまった。
僕に本名はないのだけれど。
「そうだね、僕は本名がないから。愛称で呼んでくれると、助かる。そうだな……フィーとでも、言ってくれて構わない」
「……フィー? 珍しい名前ですね!」
「そう? ありがとう」
「別に褒めてないです!」
既視感。
「で、それはそれとして……何の用か。端的に伝えてくれると助かる」
「お前、殺す」
「なんでかな?」
「というのは、冗談です」
冗談だった。
冗談にしても、悪い冗談だ。
あまりに驚いて、思わず僕の心臓が止まってしまうところだった。
「えーとぉっ! そうですね」
「……?」
「あなたって冒険者ですよね? 冒険者ギルドにいたんですし」
「まあ。”一応”がついても、まだ謙虚さが足りないぐらい非力なもんだけどね。一応、冒険者だよ」
「やっぱり、そうですよね!」
話が見えてこない。
なんだろうか。
僕が冒険者だ、と口にすると目を輝かせる彼女だが──。
「じゃあ、私を助けさせてくれたお礼ですけど……」
「待って、いつから僕がお礼をする立場になったんだ?」
「細かいことは気にしないで、まあまあ」
これは十分、重大なことだと思うけど。
そんな僕のことは気にせず、彼女が言い放った。
「ずばり、私をあなたが所属しているパーティーに入れてください!」
……昨日、パーティーを追放された僕に、出来るわけがないお願いを飛び込ませた少女セツナギ。
なんてやつだろうか。
こっちの事情も知らずに。
追放された、という心の傷を容赦なくえぐってくる彼女を僕は睨んだ。しかも、無意識という点で更に質が悪い。
「言っとくが、僕は昨晩にパーティーを追放されたばかりなんだ。入れるパーティーは、此処にないよ」
「えぇええええ!?!?!?」
一々リアクションが大きい元聖女。
勘弁してくれ。僕は、大きな声を聞くのが苦手なんだ。
「うるさい」
「あ、しゅいません……」
「別に謝らないくてもいい。僕が欲しいのは謝罪じゃなくて、行動なんだ。声量を落としてくれればそれでいい」
「うい」
明らかにテンションが下がった彼女。
もっとも、その一端は僕の所為であるんだが。
うるさいよりは、静かな方がいいだろうさ。
「じゃ、じゃあどうしましょう……わたくし。野垂れ死にますわ。せっかく入った勇者パーティーから追い出されて、追い出されて……」
「急にお嬢様口調をつけてお上品ぶっても、もう遅い」
そんな事を言ってみるのだが。
彼女は中々引かなかった。
用事は断られたことだし、そろそろ帰るんじゃないかと予想していたんだけどな。
予想は外れ、彼女が提案してきた。
「じゃ、じゃあそうですね! 追放された同士で、一緒にパーティーを組みませんか? 私たちで」
「ほう?」
そりゃあ僕にとっても、都合が良い話である。
「それは僕にとっても都合が良い話だ、その交渉ならば……乗りたいところだけど」
「まじですか!?」
「ああ、もちろん。僕は噓しかつかない」
「それじゃダメじゃないですか!」
「これも噓だから、安心してくれ」
僕なりのジョークを飛ばすんだが、どうやら彼女の脳内では処理しきれなかったらしい。
「ともかく、それならすぐ! 新しいパーティーを登録しに行きましょうよ!」
マイジョークを華麗に無視した挙句、テンションをぶち上げていく元聖女。その名はセツナギ。
「いや、待ってくれ。とんとん拍子で事が進んで、とても助かるんだが……聞いておきたいことがある」
「はい、なんでしょうか。フィーさん!」
「セツナギ、あんたは何が得意な人間なんだ?」
「え? もちろん、暴力です!」
それでいいのか、元聖女!!
いや、それでダメだったから……元なのか。
よく考えれば、分りきった話だった。
「あー、僕の聞き間違いじゃなければ。聞こえてきたのは……バイオレンスなんだが」
「バイオレットなバイオレンスが得意です!」
紫色の暴力って……どういう意味だろうか。
紫色といったら、高貴で優雅な──意味を想像するけれど。暴力とソレは、正反対の存在だろう?
いや、そういう言葉遊びなのかもしれない。
この僕を錯乱するための、攻撃なのかもしれない。
「凄いな、それは」
「ん? 凄いですか? そうですよね! わたし、凄いですよね!」
「うんうん、凄い凄い」
「いやはや、私って昔から暴力を振るうことは好きだったんですよ」
棒読みでも通じる彼女は、褒め称えられていると勘違いしているのか……大層喜んでいた。
それにしても、更なる問題発言だな。
暴力を振るうことが好きって。
どこの海賊やら、強盗だよ。
「まあ私の得意なものは、暴力です! フィーさんは、どうですか? 得意なモノは」
「得意……、か」
次に。
彼女は僕に話をふってきた。
いや、話の流れ的に僕が得意なモノを言うのは、確定的な未来だったわけだけれど。少し見えていた可能性を、ちょっと信じていただけである。
「そうだな。僕の得意なモノを言うとしたら──」
「え?」
と、その刹那。
僕の視界はなんでか横にズレていた。
……同時。頬に痛みが走る。どうやら僕は誰かに殴られて、吹き飛ばされているらしい。痛い。
痛すぎて、痛さを忘れてしまうぐらい。
数秒も経たずして、僕は姿勢を崩して地面に激突した。
「よお! てめぇ、さっきは良くもやってくれたじゃねぇか!!」
そして。
そこには、一人の男が立っていた。
そこには、急に僕を殴ってきた男が立っていた。
そう。その男が、この元聖女様をナンパしようとしていた──半裸の冒険者であるのは言うまでもないことだろう。




