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蘇上会長の元カレ 欄場さん

「お、おい…世純…?冗談も分からないのか?」

 俺の言葉でようやく目を覚ましたようで、世純は坂井に「ごめんなさいね。坂井君」と謝った。



 夏休みまで一週間を切った頃、世純が夏風邪をこじらせたと朝のホームルームで知らさられた。

世純が夏風邪を引いたと聞いてから、俺はこの日の授業は全く頭に入ってこなかった。

「大きい。お屋敷というより、もはやお城じゃん」

この日の放課後、俺たちは世純の家に訪れていた。世純の家の外見を見た梓紗の第一声がそれだったのである。

「中も広いね。ショウ君」

中に入っても、梓紗は目を輝かせていた。なお、現在は山羊嶋さんの案内で屋敷の中を歩いている。

「こちらがお嬢様のお部屋で御座います。では、私はこれで失礼致します」

なぜ、何度も世純の家に行った事がある俺が、山羊嶋さんによる案内を受けていたのか。それは屋敷が広すぎて、道が覚えられないからである。俺は別に方向音痴という訳ではない。ただ、ここが例外なだけなのだ。

 俺はノックをしてから、世純の部屋に入る。

「ここもすごい」

梓紗は世純の部屋に入っても目を輝かせていた。

「騒ぐなら、帰ってくれる……?」

世純はベッドにもたれかかりながら、そう言った。

「ごめん世純、久しぶりだから、びっくりしちゃって」

「それよりも世純、寝てなくて大丈夫か?」

俺が心配した声でそう言うと

「えぇ、何と…か…」

立ち上がろうとする世純は少し揺らついていて、次の瞬間バランスを崩した。

「おっと。ナイスキャッチ」

バランスを崩した世純を、俺は難なく受け止める。そして、俺は世純をそのままベッドの上に寝かせた。

「お前、ちゃんと食ってるのかよ。下手したら梓紗よりも軽いぞ」

「今は…食欲ないのよ。花咲学園に居た時は、毎日特別メニュー頼んでたし…そこまで軽くないと思うわよ。ショウに力がついた証拠だと思うの…。ねぇ、それよりもショウ、一緒に寝ましょうよ」

まーた始まったよ。この時の世純面倒くさいんだよな。

「嫌だよ。お前の夏風邪、うつりたくないし」

「そこをなんとか……お願いショウ」

 体調不良の時の世純は、とてつもなく甘えん坊さんになる。それはもう、世純から離れることができないくらいまでに。それには、梓紗もひどく驚いていた。

よく山羊嶋さん抜け出せたな。俺には出来ない。

「はぁ~、お前はもう寝てろ。きっと海とかが楽しみだったんだな。誰かが欠けたら、俺は即刻中止にするから、それに自分で言うのもなんだが、俺は二人を大切にするからな。そうだ。子守唄歌ってやるよ。それも昔に聞き飽きたやつ」

俺がそう言うと、世純は

「いいわよ…。聴かせて頂戴。ショウ」

と、承諾した。

「あ、今気付いたけど、お泊まり会の時のパジャマじゃないんだ」

「今気付いたのか梓紗。まぁ昔の世純に戻ったって感じかな。やっぱこの方が好きだ。俺」

俺がそう言うと、世純はただでさえ赤い顔を、更に赤くさせた。

「どうした世純。顔赤いぞ」

そう言って俺は、自分と世純の額に手を当てる。

()っつ。お前やっぱ熱あるじゃねぇかよ。早く寝ろ」

 俺は、子守唄を歌う。これは全編英語の曲であり、母さんが作詞作曲した曲である。所々日本語が混じったりすることもあるが、それは親父や世純と梓紗の両親が勝手にアレンジした物である。なお、俺は今、母さんバージョンを歌っている。俺は梓紗バージョンも世純バージョンも知っているが、やはり慣れ親しんだ母さんバージョンの方が、俺的には歌いやすいのだ。

「何だっけ、これ?すごく懐かしい」

「えぇ、そうね。少し違っているけれど、昔お母様が歌っていたものと同じだわ」

そう言って世純は、少しずつ目を閉じていく。横を見ると、梓紗も同じ様にウトウトし始めていた。

 俺は梓紗を抱えたまま、そっと世純の部屋を出る。世純の部屋を出ると、そこには山羊嶋さんが立っていて「お帰りで御座いますか?」と静かに俺に問いかける。

「はい。世純は寝たので、俺たちは帰ります」

俺も静かにそう答えた。

「先ほどお部屋の中から、懐かしいお歌が聞こえたのですが、あれは――」

山羊嶋さんが言い終える前に俺は頷く。山羊嶋さんが言おうとしていたのは、やはり俺が考えていたもので間違いないようだ。

「――やはりそうで御座いますか。では、お出口までご案内いたします」

俺たちはまた、山羊嶋さんの案内で出口へ戻る途中

「あ、そういえば、やぬは元気ですか?」

 やぬとは、梓紗が記憶を失う前、要は梓紗の両親が生きていた時に飼っていた犬である。ちなみに余談だが、やぬという名は、梓紗が付けた名前だった。そんなやぬだが、今では世純の家に引き取られ、世純の家の番犬となっている。

「やぬ様でしたら、丁度中庭におります。見ていきますか?」

その言葉に、俺はすぐに首肯する。すると山羊嶋さんは、くるりと歩く方向を変え、中庭の方へ俺を先導していった。

山羊嶋さんが中庭の扉を開けると、広い中庭の中に全速力で走る大型犬の姿があった。なお、梓紗はやぬの鳴き声で目を覚まし、今中庭には起きている梓紗も含め、三人居る。

「やぬ。おいで」

そう言って俺は身をかがめ、手を大きく広げた。やぬは、俺の声に気が付いたのか、俺の方へと駆けて来る。やぬは俺の方にまっすぐ駆けて―――は来ず、真っ先に梓紗の方へと向かう。梓紗は驚いていたが、やぬは梓紗の匂いを嗅ぐや否や、くぅーんと鼻を鳴らして、梓紗の前で律儀に伏せをする。

「ハハハ。昔の癖だな」

「えっと…」

 やぬが梓紗を未だ覚えていることに笑う俺だが、梓紗は自分の前で伏せをするやぬに少々動揺していた。

「梓紗?もしかしてやぬの事も忘れたのか?やぬはお前が飼ってた犬だぞ。それにやぬって、お前が付けた名前だろ」

俺がそう言うと、梓紗は驚いていた。すると梓紗は「やっぱ私って天才」と当時の自分を称賛したりしていた。

 やぬは、毎日のように梓紗と遊んでいた。そしてやぬは梓紗の前に来ると毎日必ず伏せの体勢を取る。やぬにとって伏せとは、甘えの姿勢でもあった。

 その後、俺たちは嫌というほどやぬと遊んで、世純の家を後にする。そして梓紗は最後にやぬを撫でまわし、いつかまた迎えに行くからねとやぬに優しく告げてから帰路に着いた。

 帰路に着いた俺たちだが、梓紗はまたスース―と寝息を立てて寝始めた。どうやら相当楽しかったようである。時々「やぬ」と寝言を言っては、その度に笑っている。

 ちなみに余談だが、学校が終わってからすぐに世純の家へ直行した為、制服のままだ。鞄もそのままの為、ただ今俺は、二人分の鞄を持っている。更に、梓紗も抱えている為、俺の手は今、空いている場所がない状態だ。

 家に帰ると、母さんがキッチンに立っていた。

「ただいま。母さん」

「おかえりなさい。ショウ、梓紗ちゃん。まぁ、梓紗ちゃんどうしたの?」

俺がそう言うと、母さんは笑顔でこちらに振り向く。それと同時に驚いた表情を見せて、梓紗の方へ視線を向ける。

「今日世純、夏風邪を引いたみたいで、お見舞いに行った。それで昔母さんが歌ってた子守唄聴かせたら、世純と一緒に寝た。それで昔梓紗が飼ってたやぬって居たじゃん。その声で起きて、やぬと遊んだらまた寝た。それが今の梓紗の現状」

俺がそう答えると、母さんは微笑んで

「そう、もう行ったのね。蓮山さん家、世純ちゃん大丈夫だった?」

母さんはもう、世純が夏風邪を引いた事を知っているようだった。

「母さんは、世純が夏風邪引いた事を知ってたのかよ。俺の説明無駄だったじゃん。っていうか、重いんだけど、梓紗どこに寝かせればいい?」

俺がそう言うと、母さんは

「ショウ、女の子の事重いって言っちゃダメなのよ。うーんじゃあ、梓紗ちゃんはソファーに寝かせてくれる?」

「いや、別に梓紗の事、重いって言ったわけじゃ、荷物の事言っただけで」

「言い訳しない!分かった?」

別に言い訳したわけではないのだが、俺は「分かった」と言うほかなかった。

「分かればよろしい」

という母さんの言葉を聞きながら、俺は梓紗をソファーに寝かせる。

「じゃあ、今日は何食べたい?」

母さんは、話題を急にガラッと変え、夕食の話をし始めた。

「うーん、じゃあ和食で」

「はーい。今作るわね」

そう言って、キッチンへと消えようとする母さん。

「あ、あのさ…」

キッチンへと消えようとする母さんを、俺は呼び止める。

母さんは、笑顔で振り向いて「何?」と訊いてくる

「俺も、手伝うよ。母さんが急に仕事が入った時なんか、梓紗の事手伝えなかったから。だから、その代わりと言ってはなんだけど、手伝わせてくれないかなって……」

母さんは、俺の言葉に笑顔を返して                             

「あら、今日はショウが手伝ってくれるの?でもあなた、料理した事ないでしょ、いいわ。教えてあげるから、一緒に作りましょう」

母さんはそう言って、俺をキッチンに招いた。

「ショウ、まずは手を洗ってくれる?作るのはその後」

そして、俺は手を洗って、母さんの指示を待った。

「よし、手を洗ったわね。それじゃあ今日は、梓紗ちゃんの大好きな、肉じゃがを作りたいと思います。準備はいいわね。ショウ」

「あぁ、梓紗の事を驚かせるぞ」

 ひとまず俺は、梓紗を驚かせるのを目標として、夕食を作ることに決めた。

「フフッ、頑張って梓紗ちゃんを驚かせましょう。じゃあまずは食材を切るところから始めましょうか」

母さんはそう言って、包丁とまな板を持ってきた。俺が食材を切ろうとするのだが……

「ショ、ショウ、Stop 待って‼」

母さんは(あわ)てながら、俺を止める。

「何だよ母さん。俺、何か悪いところでもあったか?」

母さんは、俺の後ろに回り、丁寧に説明してくれた。どうやら、手は猫の手らしい。どうやら俺は先ほど、その猫の手が出来ていなかったらしく、だから母さんは俺を止めたのだという。

「な、なら、ショウは人参を切ってくれる?私はいつも乱切りにしてるんだけど、今日はショウの好きに切ってもいいわよ」

 らんぎり?何だそれ?まぁ、とにかく切ればいいんだな。

 そうして俺は、教わった通りに猫の手で切る。かなり適当に切ったが、それを見て母さんは優しく微笑んでいた。

所々母さんに指導されながら、俺は夕食を作りきる

「よーし、かんせーい。ショウ、あなたもよく頑張ったわね。それじゃあ、手を洗って梓紗ちゃんを起こしてくれる?」

言われた通り、俺は手を洗ってから、梓紗が寝ているソファーに向かう             

「梓紗。夕食出来たぞ―――おわっ」                             

 俺は梓紗を起こすため、ソファーの正面に向かうと、突如梓紗が目を開け、そのまま転がって俺に体当たりをしてきた。

更に体当たりしてきた梓紗もソファーから落ちて、ドスンと俺に覆いかぶさる。なお、リビングにあったテーブルに俺の頭がぶつかる事はなかった。まさに不幸中の幸いである。

「あ、梓紗さん?何をしているんですか?」

梓紗に押し倒された状態の中で、俺がそう問うても、梓紗は口を開かない。

「まさか、世純の夏風邪移ったんじゃ…っておい母さん、見てないで俺の事助けろ」

母さんは優しくこちらに微笑んでいるだけで、俺を助けようともしない。

「ショウ君……。この匂いは、肉じゃが⁉やった。私肉じゃが大好き」

梓紗は「ショウ君」という言葉を少し妖艶に言い、鼻をスンスンと動かして、大好きな肉じゃがの匂いを確認すると、すぐさまいつもの態度に戻ってそう言った。その後、俺から飛び退いてダイニングテーブルのいつもの定位置の席に座って

「いただきます」

と、合掌して、肉じゃがを食べる。

「レナさん。この人参形おかしいですよ」

しばらく肉じゃがを食べていると、梓紗は箸で人参を持ち上げながらそう言った。曰く、人参の形が(いびつ)だったり、食材同士が切れていないとの事だ。そして、これは人参のみならず俺が切った食材全てに共通している事だったりする。

 うぐっ。おかしいって言われた。慣れない包丁で頑張って切ったのに

 俺の手には、たくさんの絆創膏が貼ってあった。それだけ指を切ってしまったということだ。余談だが、俺は痛みには一応慣れていた。昔、幼馴染二人を馬鹿にされ、その都度喧嘩を吹っかけて、自暴自棄になっていた時期が俺にはあった。そのため、痛みだけには慣れていたのだ。まぁ殴られるのと切るのには、別の痛さがあったのだが

「あぁ、それね。それ実はショウが切ってくれたのよ。フフッ、慣れない包丁で頑張ってたの、可愛かったわ。梓紗ちゃんを驚かせようとしてて、ホント可愛かったのよ。梓紗ちゃんに見せてあげたかったわ」

「母さん。それだけは言うなって言っただろ」

若干顔を赤くさせながら、俺は言った。

「あら、別にいいじゃない。梓紗ちゃんを驚かせようと作ったんでしょ。だったらいいじゃない」

母さんは、どこが悪いのかいうような満面の笑みでそう言った。



 時は巡り、終業式の日。世純の夏風邪はすっかり治り、俺たちは今、終業式の会場である体育館に居る。

「あ~。あ~。ただ今マイクのテスト中。大丈夫です。いつでも始められます」

マイクの前に立ち、マイクに向けて声を出している美少女は、緑山高校麗しの三姫、略して緑山高校の三姫の一人、蘇上友理会長だ。

 ちなみに余談だが、世純は、緑山高校麗しの三姫、略して緑山高校の三姫の仲間入りを果たすこととなったらしい。なお、元三姫の子は未だ、世純の事を毛嫌いしていたりする。

「うむ。ご苦労だったね。蘇上君」

蘇上友理会長の言葉にそう返したのは、緑山高校の理事長である。理事長は、御年六十を超える老人であり、また、あの山羊嶋さんと同い年でもあった。

理事長は一度、咳払いをした後、終業式の開始を宣言する。

 理事長が開会宣言をし終えて、すぐに司会の蘇上会長と入れ替わる。

「理事長、ありがとうございました。続いて―――」

 そして、約三十分の終業式が終わり、各々が帰りの支度をして、皆思い思いに玄関に向かう。そんな中、蘇上友理会長が梓紗に声を掛けてきた。

「姫霧さん。少しよろしいですか?もしよろしければ、夏休み中、家でお話をしませんか?その…来年の事などを確認したくて」

その言葉に梓紗は

「大丈夫ですよ。あ、それと会長、もし良かったらなんですけど、幼馴染を連れていってもいいですか?」

梓紗の口から出る幼馴染の言葉。それは、梓紗が生きてきた中で唯一口に出している所を俺たちは聞いた事がなかった言葉だった。

「えぇ、もちろんです。蓮山さんともお話をしたかったですし」

と、蘇上会長は微笑みながら、そう言った。

それに梓紗は「ありがとうございます」とこちらも微笑みながら言っていた。

俺はこの状況を前にして、頬を崩さずにはいられなかった。



 夏休み。俺たちは今、幼馴染二人と共に緑山高校の生徒会長、蘇上友理先輩の家に来ていた。何でも、先日緑山高校に喧嘩を売った蘇上会長の元カレの処遇が決まったそうだ。それと終業式に蘇上友理会長が言っていた事を実現する日でもあった。

 俺が蘇上友理会長の家のチャイムを鳴らすと、蘇上友理会長が玄関から出て来た。

「お待ちしておりました。さぁ、こちらへ」

そう言うが早いか蘇上友理会長は、俺たちに家を案内してくれた。すると、階段の横から一人の女の子が顔を覗かせる。

友実(ゆみ)。どうしましたか?」

 どうやら、この子の名前は友実というそうである。

「あぁ、紹介します。こちらは妹の友実です。ほら、あいさつをしなさい」

「は、初めまして。蘇上友実です。あ、世純先輩じゃないですか。ということは、その人が梓紗さんですか?」

その友実という女の子は、そう言って礼をすると、すぐさま世純の姿を捉え、そう言った。

「あら、ここはあなたの家でもあったのね」

 どうやら世純は、蘇上会長の妹と知り合いだったようだ。

「それにしても、友実。なぜあなたがここにいるのですか?部屋に居なさいと言ったはずですよね」

「ごめんなさいお姉ちゃん。でももうすぐ来るから…」

「来るって、何がですか?今日はダメと言いましたよね。お友達を呼ぶのは」

「違うよ。新しいゲームカセットだもん」

「もしかして、友実。あなただったのですか?最近お小遣いが減ってきたと思っていましたが……」

蘇上会長の顔には怒りが浮かんでいた。

「ごめんなさーい」

そう言って友実ちゃんは逃げ出してしまった。蘇上会長は、ため息をつくだけで追いかけはしなかった。

「申し訳ございません蓮山さん。余計な気を使わせて」

「い、いいんですよ。私も久しぶりに会えて嬉しかった事は噓じゃないので」

「そうですか。では、気を取り直して、居間へ案内します。彼もそこで待っているので」

「いいな。兄弟」

俺は居間へ案内される際にそう呟いた。

「友理~。待ちくたびれた。ぜ☆」

 蘇上会長が居間の扉を開けると、中からあのヤンキーが出てきて、蘇上会長の髪にキスをした。

 梓紗たちは顔を赤くしていたが、一方で蘇上会長は

「それは結構ですので、早く中へ戻ってください」

と、言っていた。だが、俺たちに振り向いた時の蘇上会長の顔はどこか嬉しそうでもあった。

「では、軽く自己紹介から行きましょうか?わたくしは必要ないでしょうが、一応させて頂きます。わたくしの名前は蘇上友理と申します。好きな動物は猫です。よろしくお願いします」

蘇上会長は、自己紹介をそう締めくくった。

「さて、お次はどなたがしますか?」

「そんじゃ、次は俺でいいか?友理」

ヤンキーの男がそう言うと、蘇上会長は「では、お願いします」と小さく頷きながら答えた。

「俺は――」

「――よ、よく見たら、欄場(らんば)先輩じゃないですか」

世純がそう話に割り込んできた。

「えっと…世純?知り合いなの?」

「そうだよ、世純。会長の妹といい、この人といい、お前知り合い多すぎだろ」

梓紗と俺はそう言って、世純の方を見る。

「なによ。ちょっと花咲学園で会ってただけだし」

「は、話していいか?」

「あ、はい、ごめんなさい。欄場先輩」

ヤンキーは若干面倒くさそうにしながらも、世純にそう(たず)ねる。世純はそれに対して、必死に謝っていた。

 あの人、怖かったもんな。

「そんじゃ、気を取り直して、俺の名は欄場辰巳(らんば たつみ)。好きなものは…って、そんなものまで言うのか友理」

それに対して蘇上会長は「もちろんです」と、小さく答えた。

「うーん。俺の好きなものか…友理くらいだな」

「え?」

蘇上会長は顔を赤くさせて「欄場さんったら」と、欄場さんをビシバシと叩いていた。

「何かレナさんたちみたいだね」

そう言う梓紗に俺は、無視を返した。

「ショウ君?」

「あ、あぁ、そうだな」

梓紗にもう一度訊き返されて、俺はようやく口を開いた。

「まーた始まったわね。いつものあれが」

世純が急に口を開いた。その言葉に梓紗は

「え、なになに?あれって」

「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」

梓紗は世純のその言葉に興味を持ったが、その次に蘇上会長が喋った為、これ以上世純に追求することはなかった。

蘇上会長は、いきなり欄場さんを叩いていた手を止め、俺たちに謝った。

「だ、大丈夫ですよ。別に気にしないでください」

世純が言うと、蘇上会長は

「そうですか。ありがとうございます」

と、顔を赤らめて言った。

「それじゃあ、次に私行きますね。姫霧梓紗。緑山高校の生徒会役員です。えっと…まだ誰にも言ってないんですけど、来年生徒会長に立候補しようかと思ってます」

この瞬間、この場にざわめきが生じた。

「姫霧さん生徒会長というのは、何かと責任が(ともな)うもの、生徒会長に進む事は悪くありません。ですが、生半可な気持ちでそれを進む事は絶対に許しません。わたくしはそのような人を何度も見てきました。欄場さんだってそうです。勘違いとは言え、自分自身を自虐していたそうです。先程本人から聞きました」

欄場さんの「言うなって言ったろ友理」という言葉を無視し、梓紗は真剣な表情で

「覚悟を決めました」

「その域です。姫霧さん」

蘇上会長は梓紗に向かって、まっすぐ見つめ、そう言った。

「それじゃあ、次私いきますね。私の名前は蓮山世純。好きな人はショウ!」

世純は、さりげなくそう告白した。

「え?ちょっ、そういうのってあり?」

梓紗が驚いたような声で言うと、世純は

「ふん、これが私とあんたの差よ。梓紗のショウへの愛はそういうものだったのかしら」

「っていうことで、俺が最後ですね。神野ショウです。好きなものはありません。以上です」

「お前さぁ、モテるだろ。その顔で笑顔ふりまけば、たいていの女は落ちるだろうな」

欄場さんは、いきなりそんな事を言い出した。

「えぇ、わたくしが欄場さんに優しくされてなかったら、わたくしも神野さんの事が好きになっていたかもしれません」

欄場さんに引き続き、蘇上会長もそんなおかしなことを言い出した。

「やめてください。っていうか、話脱線してますよ」

蘇上会長は一度咳払いをしてから続ける。

「それもそうでしたね。それでは彼の処遇についてですが、彼にはもう一度わたくしと付き合っていただきます。そして、花咲学園は退学処分が下されたと思うので、彼には緑山高校の生徒会に入っていただきます」

 半分私情入っているな、この人

「分かったよ。友理の頼みだ。両方しっかりとこなしてやる」

「キモ」

俺は、思わずそう呟いてしまった。

「あ、そうです。もし良かったら海行きません?五人で。私たちほぼ毎年海に行くんですよ」

俺のそんな呟きは、世純の提案でかき消された。

「え?いいのですか?蓮山さん」

「もちろんです」

世純は笑顔でそう言った。蘇上会長はこちらも笑顔で

「では、そうさせていただきますね」

「なぁなぁ、神野君。一つ疑問があるんだが」

欄場さんは、話が終わると、俺にそんな事を訊いてきた。

「何ですか?」

俺がそう訊き返すと

「いや、何。なんでお前の様なイケメンが女嫌いなのかなって気になっただけさ」

「……いえ、別に」

俺はそう言うと欄場さんは

「いやいや、何もないわけないだろ」

「本当にないですって」

俺は、笑顔を無理矢理作ってそう言った。

「では、行ける日は後日改めて連絡しますので、解散しましょうか。今日はもう遅いので」       そう言って蘇上会長は手を叩いて俺たちは各々帰路に着いた。蘇上会長の家を出ると、もう夕方だった。

俺が不機嫌な理由。それは、今さっき親父から帰ったと連絡が来たからである。先程、蘇上会長の家にお邪魔した時俺たちは居間にカバンを置いていた。その際にポケットの中のスマホが落ちてしまった。その時にそのメッセージが見えてしまったのだ。



 「ただいま」

俺の不機嫌な声はリビングから、親父と母さんではない女の人の声にかき消された。

 俺たちがリビングに入ると、ソファーに親父と見知らぬ女の人が居た。

「ただいま」

もう一度俺は、不機嫌な声で親父に向かって言う。そして親父は、後ろを向いて

「おかえり。そしてただいま」

「ただいまです。快樹さん。それにおかえりなさい。それにしてもまた浮気ですか?」

梓紗の言葉に親父は笑顔を返して

「浮気だなんて侵害だな、梓紗ちゃん。これが大人というものだよ」

 梓紗に変なのを教えるなこのクソ親父

「親父、酒臭い」

「一体いつから親父何て呼ぶようになったんだい、ショウ。前までは父さんだったじゃないか。父さんは悲しいぞ」

そう言って親父は、わざとらしくしょんぼりと肩を落とした。

「あぁぁ……。親父浮気しても良いから、弟か妹が欲しいなんて考えた俺がバカだった」

「何なら、今すぐにでも作ってやろうか」

そう言って、見知らぬ女性にキスをしようとする親父

 俺はそれを見て、リビングで盛大に吐いた。横で梓紗が「あぁぁ」と慌ててゴミ箱を持ってきたり、リビングを右往左往したりしていたが、俺はそれに気にする余裕はなかった。

「大丈夫か?ショウ」

親父はそう言って、手を差し出す。

「一体誰のせいだと思ってるんだ。クソ親父」

そう言って俺は、親父を睨む。

「それにしても、今日はレナさん居ないんですね」

梓紗は、俺も気になっていたことを親父に訊く

「あぁ、レーナなら、仕事だよ。しかも今日は泊まりでね。二時間くらい前に連絡があったんだ」

親父は上機嫌にそう言ってみせた。

「母さんが居ない隙に浮気した女連れてくんじゃねぇよ。あんたのせいで俺は女嫌いになったんだよ。一体どう責任取ってくれんだクソ親父」

「梓紗ちゃんと世純ちゃんは大丈夫じゃないか。そこのところはどう説明するんだい。ショウ」

 こいつは俺を怒らせる天才か。というか確かに、なぜか梓紗たちは大丈夫だ。一体なぜ?その時、俺の頭に一つの可能性が浮かんだ。

「さぁ~、梓紗たちは、女嫌いになる前から一緒だったからじゃねぇの。知らねぇけど」

「ショウ君、早く部屋に戻った方がいいよ。これ以上居ても意味なんてないでしょ」

梓紗は俺の体を気遣ってか、部屋に戻るように言った。実際俺も良い提案だと思うし、出来ればそうしたい。だが、親父の行動がずっと俺を怒らせる。出来れば親父を一発ぶん殴ってから部屋に戻りたいが、梓紗の負担を増やしたくない。

「あぁ、そうさせてもらうよ。梓紗、今日は夕飯いらないから」

そう言って俺は、部屋に向かって歩き出した。後ろの「大丈夫か?肩貸そうか」という親父の言葉を聞き流しながら

 部屋に入った俺は真っ先にベッドにダイブした。本当はもう一度吐きたい気分だが、梓紗の仕事を増やしたくないので我慢した。俺は褒められてもいいよな。と梓紗や母さんの事を思い出しながら、そう思った。

そう考えると無性に母さんの声が聞きたくなった。俺はマザコンでも何でもない。ただこの事を母さんに報告するだけだと、そう誰にともなく言い分けじみた事を考えながら、母さんに電話を繋ぐ

『何?ショウ』

 仕事中だったら出てくれなくても構わない。俺は少なくともそう考えていたのだが、まさか本当に出てくれるとは思っていなかった。

「なぁ、母さん?一つ訊いてもいいかな?」

『何かしら』

「仕事、終わった?」

『えぇ、今日の分はひとまずおしまい。どうしたの?改まって』

「単刀直入に言う。親父、浮気した」

『そう。またなのね』

母さんは呆れたを通り越して、興味がなくなったというような声音で言った。

「何で平然としてられるんだよ。親父が浮気したんだぞ」

『そうね。強いて言うなら、浮気はもう当たり前だと思い始めたのが原因かしらね』

「母さんは良くても俺が嫌なんだけど、どうにかしてくんない」

その時俺は、一つ名案を思い付いた。俺は移動しながら母さんに親父の愚痴を吐き続ける。

俺は部屋のドアノブを捻りながら、スマホの通話設定をスピーカーに変える。

 親父と見知らぬ女の人は酒を交えながら未だに楽しく話をしている。俺は不愉快だったけれど

『ショウ?どうしたの?急に黙って』

 その時、親父が母さんの声に(わず)かに反応した。

「何か喋って、母さん。親父に」

『わ、分かったわ。えっと…快樹さん、元気してる?ショウから聞いたわよ。また浮気したんですってね。アタシはいいけど、ショウのために控えたら?』

「あれ?どこからかレナさんの声が聞こえる」

梓紗はそう言って辺りをキョロキョロと見まわし始めた。それと同時に親父は僅かに俺から視線を逸らす

『フフッ、どこでしょう。梓紗ちゃん』

母さんはそう言って梓紗をからかい始めた。



 翌日、蘇上会長と欄場さんから明日になら海に行けると連絡が来た。梓紗は会長の連絡先を知っていたが、蘇上友理会長の提案で全員の連絡先を交換したのだった。

 俺が自分の部屋で(くつろ)いでいると、急に扉をノックする音が響いた。

俺が扉を開けると、そこに梓紗の姿があった。

「どうした?」

俺が訊くと梓紗は

「さっき水着合わせてみたんだけど、サイズが合わなくって、ショウ君さえよかったら一緒に水着買いに行かない?」

「ヤダ。却下」

俺はそう言い残し、扉を閉めた。

すると梓紗は扉越しに

「ショウ君が女の子が苦手だって事は昨日世純から聞いた。逆ナンパされるからって、でもさショウ君。それじゃあ、いつまでたっても変わらないよ」

 俺はその言葉に聞き覚えがあった。何を隠そうこの言葉は昔梓紗に言った言葉なのだから、今になってそっくりそのまま返されるとは思っていなかったため、俺は笑う。それはきっと扉越しに居る梓紗にも聞こえているだろう

 その頃梓紗は、俺の笑い声に疑問符を浮かべていたが、そしてしばらくすると、梓紗も一緒に笑い始めた。

「でもさ、本当に行かなくていいの?ショウ君もちゃんと合わせてみた?」

 昨日俺は水着を合わせた。するとびっくり、サイズがぴったり過ぎたのだ。俺も出来れば水着を買いに行きたいが、あいにくと俺は行く気はない。だからと言って梓紗の言う通り、こんな所で(ふさ)ぎ込んでいても何も変わらない。

決心した俺は部屋を出て、梓紗に告げた。行こうと

 そうと決まれば行動が早いのが梓紗だ。俺たちはデパートに来ていた。幸いにも今日は一度も逆ナンパを受けなかった。とは言え、逆ナンパなんてそう出会うはずもない。俺の場合は二週間に一度程度に逆ナンパを受ける。この回数が多いのか少ないのかは分からないが、俺なんかよりも梓紗の方がナンパの数が多いため、逆ナンパよりかはいくらか負担は軽かった。

 男性物と女性物の店は、幸か不幸か向かい合わせになっていて、男性物の店と女性物の店のマネキンには、今のシーズンらしく水着が着せられていた。俺は一つの水着を手に取り、マネキンの方へ顔を向けた。今俺が手に持っているのはマネキンの一つに着せられている海パンタイプの水着である。

 俺は小一時間(試着も含む)悩んで、結局一番始めに手にした海パンタイプの水着を選んで、店を後にした。


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