幼馴染とお泊り会
梓紗が作った料理なら何度も目にした事はあったが、世純の作った料理に至っては初めて目にした。俺はお嬢様という固定概念から、料理は作れないと思っていた。だが俺が考えていた事は、全てが間違っていたわけではないようで
「何ってただのオムレツじゃない」
「ただのって、俺には黄色い謎の物体にしか見えないんだが」
「失礼ね、まぁ形は今後の課題点よ。でも味は美味しいんだから。ほら、あーん」
「いや、やらな…――⁉」
俺が口を開いたその瞬間、世純は待ってました!と言わんばかりに半ば強引に、自分の作った料理を俺の口に詰め込んだ。
「どうどう?美味しい?」
俺は飲み込んでから
「あ、あぁ、普通に美味いな」
またもやほっと胸をなでおろす世純に対し梓紗は
「…私のも食べて…ほら、あーんってして!」
梓紗はまるで、世純と張り合うかの様に、そして子供っぽく言った。
もうやらないと決めていた俺は、そっぽを向き「はぁ~」とため息をついた
「なん、で……?なんで私のは食べてくれないの?もしかして私のこと、嫌いになった?」
梓紗は涙目で必死に訴えていた。そんな目で見られると流石の俺も調子が狂う。俺は謎のプライドを捨て、あーんと口を開いた。
俺の様子を見た梓紗が案の定というべきか俺の口に自分の作った料理を詰め込んだ。
やはり噓泣きか……と、俺は内心ため息をついた。まぁ梓紗が喜んでいるなら、良いか
「で、で、どう?私の手料理の感想は」
「あぁ、美味い。だが…少し味付け変えたか?」
「す、凄い。ほんのわずかな違いにも気付くなんて…」
「ん?梓紗の料理なんて舌がバカになるくらい食ってるからな。これもこれでありか」
梓紗は手で顔を隠し、「ありがとう、大好き」と、そっと一言を添えて
その後顔を覆っていた手を外しとびきりの笑顔で俺に抱きついてきた。
「俺だけ食ってるわけにもいかないだろ。二人も食えよ」
俺は二人に手招きをして呼んだ。いや、正確には二人じゃないな。梓紗は今俺に抱きついているから、世純だけに手招きしたということになる
「あの~梓紗さん、そんなに俺と一緒にいたいなら隣に座ればいいんじゃないんじゃないですかねぇ」
「あ、それもそっか」
と、梓紗は盲点だと言わんばかりに、分かりやすく反応してみせる。梓紗は、俺の隣に座り小さく合掌をして夕食を取り始める
そして世純は、俺の向かい側に座る。世純も小さく合掌し夕食を食べ始めようとした―――その時、突然インターホンが鳴り響いた。
「ん?誰か来たか?悪い、ちょっと出て来るよ」
そうして俺は、席を立ち、玄関へと向かって歩き出した。
「はいはーい。どちら様です…か……」
玄関の扉を開けると、物凄くガタイの良い黒服の男性と、モノクルを付けたスーツ姿の老人が立っていた。
えっと…確かこの人達は、世純の使用人だったよな。黒服の人の方は知らないけど、この爺さんの名前は確か…山羊嶋さんとか言ったかな…?
黒服の男性の方はボディーガード、といったところか
「えっと、どうかしましたか?」
俺が訊くとすぐさま山羊嶋さんが答える。
「お嬢様の動向がこちらで止まっておられましたので、お迎えに来た所存でございます」
世純の奴、使用人に何も言わずに泊まるとか言い出したのかよ
「それでは、失礼致します」
「は、はぁ……」
山羊嶋さんに言われるがままに、俺は世純の元へ案内する。
「世純、お前使用人になにも伝えず、泊まるとか言い出したのか?お前の使用人が迎えに来たぞ」
「あ、ヤバいGPSでつけられているのすっかり忘れてたわ。それと伝えるのも忘れてた……」
そんな世純に俺は、思わずため息をつく。そんな俺には目もくれず、世純は使用人にこう命じる
「今日は、もう帰っていいわよ。私はショウの家に泊まっていくから。あぁそれと、私の荷物いろいろ持って来てくれるかしら?あ、もちろん今日届いた緑山高校の制服も」
「しょ、承知致しました、お嬢様。それではショウ様、お嬢様のことをよろしくお願い致します」
「は、はぁ……」
急にそんなことを言い出す山羊嶋さん。世純の親代わりと言ってもやっぱり世純の使用人には変わりないんだなと俺は、この日実感した。そもそもとして使用人というのは主の我儘を聞くのも仕事なのか…?俺は使用人という仕事がますます分からなくなった。
世純に両親はいない。世純の母親は世純の父親と離婚している。そして世純の父親、要は蓮山グループの社長は去年何者かに殺害され、未だ犯人は捕まっていないそうだ。
「本日は週末で良かったですね」
そう言えば今日は週末だったな。というか世純の奴、なぜよりにもよって週末に転校してきたんだ?まさかこのことを見越していたわけじゃないよな
「え、今日って週末だったっけ?わーん、せっかく明日ショウと登校出来ると思ってたのに~」
どうやら俺の考え過ぎだったようだ。うん
「それでは、失礼致します」
それだけ言い残して山羊嶋さん達は俺達のいるリビングから音もなく立ち去った。
そして、しばらくするとまたリビングに入ってきた。
世純の家は少なくとも車で三十分はかかるというのにすぐに戻ってきた。体感約十秒。それはもう、車の中にいろいろと用意してあるのではないかと疑う程に早かった。
「失礼致します」
そう、山羊嶋さんは断るとまたもやリビングに入ってきた。先程とどこか違うとすれば黒服の男性がスーツケースを持っていたところくらいか
その後、黒服の男性がその場にスーツケースを置き、そのまま帰ってしまった。
「ほんっと、手際が良いのか悪いのか。分からない人だな。あの人達…」
「そうかしら、少し無愛想だけど、根はいい奴なのよ。私と結婚すればショウにも命令権があるのよ。どう、この私と付き合ってみないかしら?」
「いや、もしお前と結婚したとしても、俺は別にお前の使用人には命令しないぞ。例え、俺に命令権があったとしてもな。そもそも俺は、誰とも付き合うつもりはない」
「ふーん、そ、まぁそれがショウらしくていいと思うけど」
そしてこの状況に不満を持つのが一名
「私無しで話してて楽しい?」
あれ?この展開、さっきもあった様な……。
「えぇ、もちろん楽しいわよ」
やっぱりあったよな。この展開、確か学校内だった様な……。
「あのな、世純。お前に一つ言わなければならないことがある」
「あら、何かしら。もしかして愛の告白だったりして…」
世純は、目をキラキラとさせて、俺の言葉を待っている。いや、目をキラキラさせているところ申し訳ないが、そんなつもりは一切ないのだが…
「これは、梓紗にも当てはまるからよく聞いてほしい。お互いをあまり罵倒するな。俺は三人で仲良く、そして楽しく過ごせればそれでいいんだ。だから二人にはあまり喧嘩してほしくないんだよ。分かるか?」
すると、二人は顔を見合わせて
「「ごめんなさい。喧嘩ばっかりして」」
そうして、二人は俺に謝ってくれた。自分たちが悪かったと、認めてくれた。
俺はこの雰囲気を変えるため、話題を変える。まぁ、これは自分で蒔いた種なのだからもうどうすることもできないのだが……
「それにしてもやっぱ二人共美味いもの作るんだな。うん、うん俺は良い幼馴染を持ったな」
俺の言葉で幼馴染二人の様子がガラッと変わった。
いや、分かりやす過ぎだろ
そして、幼馴染二人はどちらの料理の方が俺の口に合ったかと訊いてきた。
「うーん。強いて言えば、世純かな」
俺がそう言うと、世純は無駄に色っぽく髪をかき上げて
「ふん、この勝負、私がもらったわ」
「むぅ、味付け変えたのが間違いだったのかなぁ」
梓紗は、分かりやすく悲しんだ様子を見せた。
これで喧嘩に発展したらどうしよう。とか思っていたが案外喧嘩には発展しなかった。
「もちろん、世純の方が美味いと思ったのには、理由があるぞ」
幼馴染二人は息を吞み、俺の言葉を待つ
「梓紗は、まぁ、美味かったっちゃ美味かった。うん、味付けを少し変えたのが高評価だな。味に飽きないよう工夫してくれるのは正直ありがたかったりする。まぁ、本題は世純だ。うーんなんていうか、少し外食に行ってる気分だったっていうか……」
「え?」
世純が戸惑った声音で言う
「あぁ、梓紗が不味いとは言ってないぞ。久しぶりに梓紗や母さん以外の料理を食べて少し新鮮な気分だったっていうか…」
「なーんだ。そういうことだったのね。てっきり私、梓紗に負けたのかと思っちゃった」
「誰もそんなこと言ってないだろ。逆にお前は勝ったんだよ。何言ってんだ?お前」
「気付いていないならいいわ。ショウには関係ないことよ」
「おい、どういうことだよ。教えろよ」
世純は鼻で「ふん」と笑い、俺を横目で見ながら二人で共同で作ったであろうスープを一口含んだ。
「はぁ~、もういいよ。梓紗、世純の奴何言ってんの?」
そして、梓紗から返ってきたのは、少々意外な言葉だった。
「フフッ、何だろうね。自分の頭で考えてみたら。国語万年学年一位さん?」
こいつ、からかいやがって。後で覚えとけよ
俺は、梓紗への仕返しについて考えながら、箸を進める。
夕食後、俺は幼馴染二人に風呂を譲り、俺は今、リビングのソファーでくつろいでいる。
そして今は、世純が風呂に入っている。隣にはもちろん、梓紗が座っている。
「ねぇ、いいの?私が先に入っても」
「ん?あぁもちろん、お前、最近深夜まで起きてること多いだろ。それに、入るのはいつも俺の後、だからたまにはゆっくりと休んでほしいんだよ。あぁそれと今日は、早めに寝ろよ。お前に体でも壊されたれたら元も子もないんだから。それに…またお前と離れ離れになりたくないしな」
そう言って俺は、梓紗の方に寝転がる。要は梓紗に膝枕をしてもらっているという状況になる。そう、これが梓紗への仕返しである。
「しょ、ショウ君?」
当の梓紗は、俺の奇行に目をパチクリとさせていた。
「今は梓紗に甘えたい気分だぁ」
「え?え?」
ハハハッ、いい気味だ。
梓紗はしばらくの間、フリーズしていたが、やがて口を開く
「な、何やってるのショウ君⁉えっと…何の話だっけ…あ、そうだ。私がショウ君と離れ離れになったことあったっけ?」
「あぁ、そういえばお前、記憶ほとんどなかったんだったっけ、俺の事は普通に呼んでるし、分かってるからたまに分かんなくなるんだよな」
「そういうものかなぁ?自分ではよく分かんない」
「自分のことは自分が一番分からないものなんだよ。逆に自分のことは自分が一番よく分かるとも言うけどな」
「そうなんだ…あれ?いつから私のことになったんだっけ?さっきまでお風呂の話してたのに」
「あぁ、お前が記憶喪失になった時、県外の病院にいたからさ。また離れ離れになりたくないなって、と、理由になってないか」
「それでさ、話戻るんだけど、私結構長風呂だよ」
「あぁ、もちろん理解してる。だからって自分が最後に入る理由にはならないんじゃないか?」
「でも、ショウ君が一番最後に……」
「何度も言ってるだろ。お前には体を壊してほしくないんだよ。お前は覚えてるかどうか分かんないけど、似たような約束しただろ。自分のことが第一だ。二次被害、つまり俺たちのことはその次に考えるって。俺がお前らと約束したのは梓紗のような可愛げのある内容じゃなかったけどな」
「その内容って詳しく聞かせてもらってもいい?」
「あぁ、いいぞ。ほら、俺ってかなり喧嘩強いだろ。お前は覚えてるか分からんが。もし、お前らが人質に取られたら、構わず相手を倒す。まぁ、お前らがいない部分、つまり相手の腕とか顔とかを狙うつもりだけどな」
「うぅ、なんか急に寒気が…」
「まぁ、あの時は会長が助けてくれたから良かったけど、助けてくれなかったら、世純ごと殴るところだったし」
「自分から言っといてなんだけど、それってひどいわよね」
その時、風呂から上がった世純が顔を覗かせた。
「あぁ、世純か、今ちょうど……って、なんちゅう格好だ。お前、もしかしていつもそんな格好なのか?」
俺は顔を反射的に世純から背けた。なぜなら世純の格好は、黒い涼しそうなナイトウェアを着ていた。まぁ、そこまではいいのだ。問題は……
「なんでお前、下着付けてねぇんだ!」
そう、ナイトウェアが薄すぎて分かってしまうのだ。下着を付けていないことが。その他いろいろと。幸い、色のおかげで見える箇所は少ないのだが……
「本当にいいの、先に入って」
「いいって言ってんだろ。俺の事は心配すんな」
そう言って、俺は体を起こし、梓紗は世純と入れ違いに風呂場に向かった。
「で、何してたの?」
世純は俺を睨み、怖いくらいの声音で言った。
「それにしても、毎日そんなん着てんのか?」
俺は一気に話題を変えた。すると世純は
「えぇそうよ。可愛いでしょ?」
俺はチョロッと心の中で呟いた。
「可愛いっていうか少しばかりセクシーっていうか…目のやり場に困るな」
「目のやり場って普通に堂々としてればいいじゃない。まぁ、ショウが言うなら付けてやらないこともないけど。でも今日は持って来てないから我慢してくれるとありがたいわ」
「はぁ~まぁ、持って来てないなら別に構わねぇけど…」
俺は、一気に世純と距離を詰めた。俺にだって恥ずかしさがないわけでもない。正直かなりドキドキしている。
「な、何よ?今日はやけに積極的じゃない。今更私の魅力に気付いたとでも言うのかしら。ショウになら今更気付かれたとしても別に怒りはしないわ……」
「世純、お前俺ん家のシャンプー使ったか?」
「え?」
勇気を出して言ったのになんだその反応は、逆に一体何だと思ったのだろうか。というか世純は何を言っているのだろうか。
「あぁ、いや、梓紗と同じ香りしたからつい、悪かったな」
そう言うと俺は世純から離れ、元の場所に座った。
いや~かなり恥ずかしかった……。
「……何よ…急に近寄られたら私に惚れられてるかと思うじゃない」
世純は、俺に聞こえない声量でボソッと呟いた。
「何か言ったか?」
「え?何でもないわよ。私何か言った?」
多分、世純は無意識に言ったのだろう。俺は、これ以上は深く追及しなかった。
次の瞬間、世純は、いきなり自分の体を俺の方に寄せてきた。
「ど、どうした?」
「少し、肌寒いの…」
「いやそんな格好してるからだろ。まぁ、確かに少し肌寒いな。少しエアコン上げるか」
そうして、エアコンの温度を上げようと、立ち上がろうとした次の瞬間
「行かないでよ、ショウ」
俺の服の袖を掴んで必死に呼び止める世純の姿がそこにはあった。ふっ、可愛い奴。と俺は言葉を漏らしそうになってしまった。まぁ、漏らしても問題ないのだろうが……。
実際こいつは普通に美人で可愛いのだ。特に、いわゆるドMという類の奴らには、物凄く人気が高いだろう。更に世純は、女子高生らしからぬ豊満な肉体を持っている。まぁそこは母親譲りだろうか。今にもハニートラップを仕掛けてきそうな感じだが、世純は俺にハニートラップらしい事は一度もやったことがない。まぁ俺的には喧嘩よりもそっちの方がいくらかましではあるのだが……
だが、もし梓紗にそれを聞かれてしまったら、また喧嘩が始まるだろう。だから言うのを控えた。
「上がったよ~」
そうして梓紗が風呂から戻ってきた。
「あれ?梓紗結構早くないか?」
「ショウ君の為に早めに終わらせてあげたんだよ♡」
梓紗はそう言いながら、ウインクをしてみせた。
梓紗の格好は久しぶりに見たパジャマ姿だった。梓紗のパジャマ姿は昔やったお泊り会以来かもしれない。
ちなみに梓紗が今着ているパジャマは、前に大きくハートマークがプリントされた可愛らしいデザインのパジャマである。
「あ、あぁ、わざわざありがとな」
そうして俺は、浴室に向かった。
脱衣所にて、俺は着ていた服を脱いで浴室に入った。
俺がシャンプーを付けて頭を洗っていると
「「ショウ(君)。背中でも流そうか?」」
と、幼馴染二人の声が浴室中に響き渡った。
「は?」
俺は素っ頓狂な声を出して言った。だが幼馴染二人は俺の答えを聞く以前に、幼馴染二人は浴室に入ってきた。
「お前ら、何で入ってきたんだ?」
「何でって、せっかく私がショウの背中を流してあげようとしてるんじゃない」
「ちょっと待ってよ世純、二人で流すって決めたじゃん」
「あらそう?ショウは、私だけに流してほしいに決まってるじゃない」
そうやって、当たり前の様に口喧嘩をする幼馴染二人
「あの~、喧嘩するなら出てってもらえませんかね~?」
「あら、だって梓紗が喧嘩売ってきたのよ。売られた喧嘩は買うのが常識じゃないかしら」
「いや、全く関係ないだろ。ってか喧嘩やるなら、出てけ!」
「別に喧嘩しに来たわけじゃないの、分かってよショウ君。もう、やるよ世純。愚痴なら後で聞くから」
さすがは梓紗だな。梓紗はもう、もう一人の母親と化していた。
「それもそうだったわね。というわけでショウ、今日は私たちが背中を流してあげる。ちなみに拒否権はないから!」
「は、はぁ~」
世純は、俺に拒否権はないと言ってきた。まぁ、最初から断る気なんてなかったし、まぁいいが
「そろそろ、頭を流したいんだが…お前ら濡れるぞ、梓紗は大丈夫だろうが、世純は替えのパジャマとか持ってきてないだろ。まぁ、最悪の場合梓紗に借りればいいんだろうが…いや、梓紗は普通に嫌がるか」
「分かってるじゃん、ショウ君」
「あら、別に私は濡れても構わないわよ。ショウが私に振り向いてくれるかもしれないしね」
世純は、余裕そうな表情で言った。
「はぁ~、振り向く以前にお前が風邪ひくだろ。第一、お前が風邪ひいたら、使用人にどう説明すればいいんだよ」
「ま、まぁ、風邪ひいたら、ショウに看病してもらえばいいだけだし……」
「いや、説明になってねぇよ。それに、もしお前が風邪ひいたとしても俺は絶対に看病に行かねぇぞ。というか、いったん出てけ。俺のことしか考えてないんだったらなおさらな、まぁ、さすがに背中は流してもらおうか。それまで脱衣所で待ってろ。頭を流し終わったら呼ぶからさ。というよりも喧嘩だけはすんなよ。毎日毎日喧嘩するところを見せられたら、俺もさすがに二人のことが嫌いにかもしれないんだからな」
そう俺が言って幼馴染二人が風呂場から立ち去ると、俺は頭を流して、近くにあったバスタオルを腰に巻く。そうして
「もういいぞ」
と、外にいる幼馴染二人に向かって叫ぶ
最初、そこにあるバスタオルを見て片付けようとも思ったが、面倒くさかったので片付けていなかった。ちなみに、幼馴染二人が浴室に来たのは完全に想定外の出来事であった。
そして、俺の言葉を聞いた幼馴染二人が、浴室に戻ってきた。
「「じゃあ、そろそろ背中流すね」」
俺は風呂場にある椅子に腰掛け、背中を流されるのを待つ
「……えっと…まだか?」
「えっと、ショウ君は最初どっちに流してもらいたい?」
俺がそう訊くと、梓紗はどちらに先に流してもらいたいかを訊いてきた。
「うーん、じゃあ最初は世純かな」
「ショウ、ありがとう♡」
そう言って喜びを露わにする世純に対し、梓紗はこれまた分かりやすく、悔しそうに愚痴を言っていた。
世純の洗い方は、マッサージに近いものがあった。
「世純、お前マッサージ師になれるぞ」
俺がそう言うと、世純は
「ショ、ショウが言うなら、考えてあげてもいいけど」
と世純は、顔を赤くさせながら言った。
続いて梓紗が俺の背中を洗う番だ。梓紗の洗い方は、実に梓紗らしいものであった。世純の時とはまた違う洗い方で、口ではとても説明しにくいが、一気に疲れが抜けていくような、そんな洗い方だった。
「で、いつまでいるんだ?」
俺は、自分の身体の泡を流しても、未だ浴室から出ていない幼馴染二人に目が行った。
幼馴染二人は、シャワーの水がかからない隅へと避難している。隅へと避難するのであれば、今すぐにでも出ていってもらいたいものだが
「疑問なんだが、何でまだいるんだ?お前たちの目的は、もう済んだだろ。だったら戻ってろよ。後で好きなだけ構ってやるからさ」
「え?ホント?約束だよショウ君。ほら、行こう世純」
梓紗はそう言って世純の腕を引っ張って、浴室を後にした。
世純は「あ、ちょっ…」と言っていたが、梓紗の考えを理解しているのか、梓紗の進路に身を委ねていた。俺の夢の一つは幼馴染二人が仲良くなる事、だから今その一つが叶った事は、とても嬉しく感じる。
俺がリビングに戻ると、ソファーで仲良くくつろいでいる幼馴染二人に目が行った。また、幼馴染二人は何かを話している様子だったが、その内容までは聞き取れなかった。
俺が居る事にようやく気が付いたのか、幼馴染二人が俺に近付いてくる
俺にあと一歩という時に、世純はバランスを崩し、その際に世純が俺を押し倒した。その時、事件が起きた。偶然にも、世純と俺の唇同士が触れてしまったのだ。
梓紗は顔を赤くしながら、「ショウ君……」と呟いていた。
「あ~~~!俺の、俺のファーストキスが~~……」
俺は軽いパニック状態になってしまった。一方で世純は、恥ずかしそうに、だがどこか嬉しそうに頬を赤らめていた。
その後、俺はあまり覚えていないが、幼馴染二人が俺の気が治まるまで、交代で膝枕をやっていたそうだ。なお、俺が正気に戻って、膝枕をしていたのは世純だった。
二人前で取り乱したのは、初めての事だったので少し恥ずかしかった。
「あれ、今思ったけど、ショウのファーストキスって、レーナさんだった気がするのだけど、これ、私のファーストキスであってショウのファーストキスじゃなかったわね」
「なんだ。二人の前で取り乱して損したぜ。あまり記憶ないけど正直言ってかなり恥ずかしかったし」
俺は訊こうかどうか迷った質問を、梓紗に訊く事にした。
「それはともかくとして、どうして梓紗は、急に世純の事を思い出したんだ?」
「あ、それ私も気になる」
世純もだいぶ気になっていたようだ。
梓紗は、俺たちの疑問に対してこう答える
「私もよく分かんないんだけどね、急に昔の事をほんの一部だけど思い出したの。それしか言えない。あ、今日世純の名前を呼んだでしょ。あれは本当に無意識で、それで気が付いたら保健室に居たの」
なるほど。覚えていた訳ではなかったのか
すると、世純は俺たちにある提案をした。
「折角の機会だから、皆でアルバムを見ましょうよ。家にもあるけど、見る機会が無かったから」
こいつ、天才か。世純の言う通り今見せた方がダメージが少ないかもしれない
世純は素直になれないだけで、誰よりも他人想いな奴なのだ。
「分かった。アルバムを持ってくるから、少し待っててくれ」
俺は、幼馴染二人に向けてそう言い残し、アルバムを取りに自室へと向かった。
久しぶりにアルバムを取り出すので、俺もアルバムをどこに隠したか忘れていた。
早く戻らなければ、幼馴染二人に心配されてしまう。早く思い出さなければ……
「ショウ、まだ?」
早くも世純に心配されてしまった。
「すまん、世純。アルバムの隠し場所を忘れた。どうしよう…」
「はぁ、忘れた?そんなわけないでしょ」
世純は少々怒ったような、そして呆れたような口調で言った。
「それが本当なんだ。なんせ俺もここしばらく、アルバムを見てないからさ」
「はぁ~、私も探すの手伝ってあげるから、さっさと思い出しなさいよ」
世純は呆れた様子を見せつつも、俺の部屋を探し始めた。
「変なものとかは流石に無いわよね」
「当たり前だろ。坂井じゃあるまいし」
俺は前に坂井の家に行った事がある。坂井の家には、というか部屋には、趣味丸出しの部屋で、アニメやラノベなどのポスターが、部屋の壁全体に貼ってあった。俗に言うオタクなのだ。更には、グラビアアイドルなどの写真集まで隠してある始末だったし……
「へぇ、坂井君ってオタクだったのね」
「あいつのせいで、俺もオタク一歩手前だと思う。というか、お前もあの時坂井の家に来てたよな」
そう、俺が坂井の家に行った時、たまたま坂井の家に世純も居たのだ。
「あれは坂井君の妹ちゃんに呼び出されたら、たまたまショウも居たってだけだし…」
世純は、どこか慌てふためきながら、そう言った。
「へぇー、あいつ妹なんて居たんだな。坂井からそんな話一回も聞いた事ないんだけど」
「今思えば、梓紗はあの時、どこに行ってたのよ」
「ん?あぁ~、梓紗はあの時、買い物に行ってたな」
「あの子、相当硬かったのね。昔は好奇心旺盛で、どこに行こうにもショウと私にべったりくっついてたあの子が…」
梓紗はあの時、俺以外の人間を避けていたのではないかと今では思っている。だが、今ではその様子は微塵も見られないが……
「あ、思い出したかも。世純、ちょっとどいてくれるか?」
俺は、さっきまで話していた世純にそう断り、世純がさっきまで探していた所を探し始めた。
「あった。はぁ~、ずいぶんとホコリ被っちゃってるな」
ベッド下の奥にアルバムを隠してあったため、ずいぶんとホコリが積もっていた。
「あったなら、私戻っていい?」
「あぁ、ありがとな」
俺はそう言い、世純の頭を優しく撫でた。
「な、何よ。いきなり、私は子供じゃ…いえ、ありがとう」
世純はそう言って、とびきりの笑顔で微笑み、俺の部屋を後にした。
アルバムを持ってリビングに戻ると、幼馴染二人はまたもやソファーに座って、仲良く話していた。
「楽しそうだな」
俺がテーブルにアルバムを置き、そう言うと
「わぁ、いつから居たの?」
と、梓紗は驚きながら言った。
「いや、さっきから」
俺がそう言うと、世純は
「いいから、早く見ましょう」
と、楽しそうに言った。
こいつ、梓紗に全て思い出させた後、何か企んでいるな。
俺がアルバムを開くと、世純は
「わぁ、懐かしいわね」
俺の考え過ぎだったのかな。世純も楽しそうだし
「これ、誰?」
梓紗が指を指した写真には、梓紗とその両親が写っていた。
「え、どれどれ、小学校の入学式じゃない。っていうかあんた、自分の親も忘れちゃったの?」
世純がそう言うと、梓紗は「これが、私のお父さんとお母さん……」とずっと呟いていた。
「卒業アルバムも持ってこようか?」
俺は、卒業アルバムの存在を思い出した。
「あぁ、そう言えば、他にもう一つアルバムみたいなのがあったわよね。それ、卒業アルバムだったんだ。じゃあお願いね」
俺は世純の言葉を聞いて、また自室へ向かった。
ベッドの下に隠しているということを分かってしまえば、見つけるのはもう簡単である。
俺が卒業アルバムを取りに行って、リビングに戻ると、梓紗はアルバムに釘付けだった。
「持ってきたぞ」
という俺の言葉に、梓紗はロボットの様に無視をして、反応したのは世純だけだった。
「梓紗、これもあるぞ」
世純が卒業アルバムを開いて、パラパラとめくり始めて、しばらく経った頃
「これは、修学旅行ね。これどこだったっけ?」
世純は、六年生の時の修学旅行のページを見て、俺にそう訊いてきた。
「どこだったっけ。確か、大阪辺りだった気がする」
小学校の修学旅行は、京都府と奈良県、大阪府を巡る二泊三日の旅だった。
「そう言えば世純、鹿に超ビビってたよな」
一日目の奈良県の鹿がたくさんいる公園で、世純は泣いて俺の後ろに隠れていた。
「だって、仕方ないじゃない。怖かったんだから」
「そう言えば、その時、お前らのどっちかの事、好きだった気がするんだけど、どっちだったかな」
「え、それ本当?私だったら良いな」
世純は、どこか遠くを見て、嬉しそうに言った。
いや、まだ世純と決まったわけじゃないし、梓紗の可能性も十分あるのだが、なぜそんなにも、喜んでいられるのだろうか
梓紗は卒業アルバムの方をちらりと見て
「何?それ」
梓紗はさっきまでのロボットの様な目から、ようやく元の人間らしい目に戻ってそう言った。
「え、それ?あぁ小学校の卒業アルバムよ」
俺は、世純の事が手に取るように分かる。
「世純、お前、梓紗に無理に思い出させようとしてるだろ」
「な、なんでわかるのよ。もしかしてエスパー?」
どうやら図星だったようだ。
梓紗は俺たちの事など目もくれず、ただひたすらに、アルバムを見ていた。
「だが、残念だったな。梓紗は楽しそうだぞ」
「でも、楽しそうなら良かったわ」
そう言う世純もどこか楽しそうな雰囲気だった。
月曜日、俺たちが登校すると、真っ先に坂井が俺に近寄ってきた。
なお、世純は昨日も俺の家に泊まった。なので、俺の家から直通でこの緑山高校に通ったのだ。いわく、帰るのが面倒くさいということだった。
「おい、神野、梓紗さんどうしたんだよ。なんか今日おかしいぞ」
「おかしい?」
と俺が首をかしげると
「おかしいっていうか、なんていうか、今までは無理矢理笑ってた感じだったけど、今は本当に笑ってる感じ?」
「なんで疑問形なんだよ」
坂井の言葉に、俺は笑いながらそう言う
「だって俺もよく分かんねぇんだもん」
俺は梓紗が交通事故で死ぬなんて、当時は考えられなかった。だが実際梓紗はこうして生きている。
当時の俺は、事故に遭った梓紗の事で頭がいっぱいだった。それはもう授業が頭に入らない程に、俺はそのせいで不登校になってしまったこともあった。そのため、俺は毎日のように梓紗の元へ通っていた。ちなみに余談だが、病院は世純の両親が紹介した病院に梓紗は入院していた。その病院は県外の病院だった。そのため、俺は両親にわがままを言って、梓紗の元へ通っていた。世純の両親の知り合いが県外の病院に勤めていたこともあって、そこにしたようである。
そしてある日突然、梓紗が目覚めたと連絡が来た。
俺は大急ぎで梓紗の元へ向かった。そして梓紗は、俺たちを確認すると同時に『誰?』と訊いてきた。
俺はその時、ショックで立ち直れそうになかった。俺が膝から崩れ落ちると
『ショ…ウ君…以外、誰?』
という声が聞こえた。その時、俺は耳を疑った。あの時確かに梓紗は、ショウ君と言ったのだから
それには医者も驚いていた。医者によると、話を聞いた限りは自分の名前しか分からなかったという、自分がなぜここに居るのかも、家族構成も一切覚えていなかった梓紗が、いきなり俺の名前を呼んだのだ。驚かない方がおかしい。
俺の名前を呼んだことで、梓紗は退院となった。引き取り手が居なかった梓紗は、ひとまず俺の家で暮らすことになった。それが今もずっと続いているわけである。
とまぁ、これが梓紗が記憶喪失になった原因であるが、医者でも分からなかった事が一つだけある。それは、俺の事だけを覚えているという点。それは俺でも分からない。専門家なら分かるのだろうか
「まぁ、それには梓紗の記憶が戻った事が要因なんじゃねぇの?知らんけど」
俺がそう言うと、坂井は
「は?梓紗さんの記憶が戻った?お前どんなトリック使ったんだよ」
「別に、ただアルバム見せただけだけど」
と、世純は急に話に首を突っ込んできた。
「世純…まぁとにかく、梓紗は記憶が戻ったから別に気にしなくていいぞ」
「お前さ。前々から思ってたけど、気にするなって言って気にならない人間なんていないからな。ハーフだからって調子に乗るなよ」
坂井は、俺にそう突っ込んだ。だが、世純には俺が罵倒されたように聞こえたようで
「さ・か・い・く・ん?ショウを馬鹿にする人は、たとえ誰であろうとも許すつもりはないわ。そう、誰であろうとも。あなたのその汚い口をもう二度ときけなくしてあげるから」
世純は明らかに怒りながら、坂井に向かってそう言った。