緑山高校麗しの三姫 蘇上友理
俺がこの日見た夢、それは過去の夢だった。
場所は幼稚園、目と鼻の先に、幼少期の梓紗と今朝待ち伏せしていたもう一人の幼馴染が何やら言い争っていた。
『梓紗、ショウを諦めてよ』
『嫌だ。そっちこそ諦めてよ~』
梓紗は、今にも泣きそうな顔で、そのもう一人の幼馴染にそう言い返した。
俺は、昔から喧嘩が嫌いだった。知り合い同士ならなおのこと
『待って待って、喧嘩はやめようよ』
俺の言葉に二人は
『何を言っているの?ショウ、私たち喧嘩なんてしてないよ』
『そ、そうだよショウ君。私たちに限って喧嘩なんて…』
あの時梓紗は、慣れない噓をついてまで、俺を心配させたくなかったんじゃないかと、今の俺はそう思っている。
あの時は周りにたくさんの大人が居た。それなのに、誰もその喧嘩を止めようとしなかった。
なぜ、誰もその喧嘩を止めようとしなかったのか、それはもう一人の幼馴染が大きなシャベルをまるで武器の様に持っていたからである。
俺はそのもう一人の幼馴染が、梓紗に振り下ろさない事を知っていた。だからこそ、俺は幼馴染二人の喧嘩に割って入る事ができたのである。
この夢が正夢になることなど、この時の俺は微塵も思っていなかった。
≀
翌朝、俺たちが教室に入ると何やらクラス中が騒がしかった。
「なぁ、神野聞いたか?」
俺が自分の席にカバンを置き必要な物を出していると突然、窓の外を見ていた坂井に、突然そう言われた。
「何が?」
俺はその事について興味がなかった。なので、俺は冷たい声でそう返す。
「何って、今日来る転校生のことだよ。何でも美人で、花咲学園から来るらしい」
俺はその花咲学園と言う名に聞き覚えがあった。
俺たちの通うこの緑山高校に並ぶ名門校だ。そして、あいつが通っている学校でもある。
俺は、昨日見た夢を思い出した。
「どうした神野?顔色悪いぞ。保健室行くか?」
俺の顔色は、そんなに悪いだろうか?
「だ、大丈夫だ。気にするな…」
と、俺は返したのだが、多分全然大丈夫じゃないと思う。
念のため、俺も窓の外を見ることにする。すると、どこからともなく昨日見た高そうな外国の車が、学校の敷地内に入ってきた。そして、その車から一人の女子高生が出てくる。彼女は、花咲学園の制服を着ていて、執事の様な人も引き連れている。その女子高生は一度、俺達の教室のほうを見て、俺と完全に目が合った。やがて学校の方へと向き直る。そして、執事らしき人を引き連れて学校内へと入っていった。
俺は、更に顔色が悪くなった。今度はちゃんと自覚出来る。だって俺は今、吐き気に襲われているのだから。嫌でも自覚せざるを得ない。あいつが転校してきたという事実を、受け止めざるを得ない。『私そこに転校しちゃおっかな』という言葉が脳内で何度も反復される。
ありえなかった。もしかすると別人の可能性もある。だから俺は必死になって願った。あいつじゃないことを、だが願えば願うほど、あいつなんじゃないかと思ってしまうのだ。
俺が願っていると教室に担任の教師が入ってきた。
答え合わせの時間だ。
その担任の後ろには転校生らしき女子生徒がいる。
俺は目を疑ってしまった。
梓紗が茶髪のショートボブなのに対し転校生の方は黒い艶やかな髪のロングヘア、ぱっと見清楚系のお嬢様にしか見えない美しくて小さい顔立ち、坂井が言っていた特徴をバッチリと捉えている。
そして、俺の嫌な予感が当たってしまった。
だって彼女は
「蓮山世純、よろしく!」
その世(純と名乗る彼女は俺の、もう一人の幼馴染なのだから
「あの子、なんか怖い」
まぁ梓紗がそう思うのも無理はない。
だって梓紗は幼少期、世純にいじめられていたのだから
記憶がなくなっても世純へのイメージが崩れていないことに、俺は正直驚いた。
一方で、クラスメイトは「蓮山ってあの蓮山?」だとか「噂通り美人だな」などと騒いでいる。
確かにこいつは、顔立ちは整ってはいるが、性格に難ありなのだ。
おまけに蓮山グループの社長令嬢ときた。
だからなのか分からないがプライドがものすごく高い
世純は担任から自分の席を教えられると、自分の席ではなく梓紗の席の方へと向かい
「ま~だ同棲中なんですか~?あなたも諦めが悪いわね~。まぁ、記憶を失っているあなたには、関係のないことでしょうけど!」
世純はまるで煽るかの様に梓紗に告げた。
俺たちが同じ家に住んでいるとクラスメイトにばれてしまったが、その際今はそんなことどうだっていい。早く喧嘩になる前に止めなければ…
「黙って聞いていれば何なのあなた、世純に私の何が分かるっていうの?」
俺が止める前に、梓紗は世純にそう言い返してしまったのだ。
梓紗は言葉を言い終えた途端、何かがプツンと切れた様に梓紗はその場に倒れてしまった。
俺が近付くと、梓紗は気絶していた。
「もしかして私のせい?」
「……かもな」
もしかしたら自分のせいで梓紗を傷つけてしまったかもしれないと心配している世純に、俺は冷たくそう言い残し、梓紗を抱えて足早に保健室へと向かった。
この空気から一刻も早く逃げ出したかったから
保健室で梓紗を寝かせていると世純が保健室に入ってきて
「梓紗、大丈夫だった?」
と、心配そうに訊いてきた。
「お前、教室に居なくて良いのか?」
「ふん、あんな一般庶民、私の相手なんて務まると思ったら大間違いだわ」
相も変わらずプライドが高い奴だ。
世純があまりにも変わっていないので、俺は思わず吹き出してしまった。
「ちょっとショウ。まぁいいわ、それに、私のせいで更に記憶喪失がさらに悪化したらって考えたら居ても立っても居られなくなって……それで私も、心配になって…でも今のところは大丈夫みたいね」
隣で安心そうに胸をなでおろして息をつく世純に対し
「いや、もう大丈夫だと安心するにはまだ少し早い」
俺は梓紗から目を離さずに言った。梓紗がいつでも目覚めてもいい様に、そして最悪の事態に備えて
そんな他愛のない会話を世純としているとやがて、梓紗が目を覚ました。
「世純、ショウ君を諦めて!」
目覚めて開口一番これである。
「ふん、心配して損したわ。梓紗、ショウが困っているでしょう?もういい加減、私にショウを譲ってはくれないかしら?」
梓紗の弱点を突いてくるとは、考えたな世純
梓紗は、頼み事を断れない優しい性格、特に『困っている』という言葉に弱いのだ。
全く、この二人はなぜ出会うごとにこうやって毎度のごとく喧嘩をするのだろうか
こうやって俺の心配をよそに二人は、また言い争っている
教室に戻る際もずっと二人は言い争っていた。
当然、周りの迷惑だし目立たないはずがなかった。
教室に戻っても幼馴染二人は言い争っていた。
昼休憩、俺は幼馴染二人を正座させて、ようやく二人はおとなしくなった。
「さて二人共、なぜ俺が怒っているか分かるか?」
俺が言うと二人は分からないと言わんばかりにお互いに見つめ合う
「はぁ~、俺が……」
その時タイミング悪く腹の虫が騒いでしまった。
話の途中だが、俺は腹が減ったため購買で何かを買おうと思い、教室を出ようとすると、いきなり幼馴染二人が俺の腕に自分たちの腕を絡みつけてきた。
「あの~お二人さん?歩きにくいんで離れてもらってもよろしいでしょうか」
俺のその言葉に、幼馴染二人はクスクスと笑っていた。
去り際に「お前モテモテじゃん」と坂井の小馬鹿にしたような笑い声が聞こえたが俺は気付かないふりをして教室を後にした。
≀
購買で何を買おうか迷っていると
「私は、これにしようかしら」
と、世純は横から、クリームパンを手を伸ばして言った。
「世純、昔からかなりの甘党だったもんな」
「えぇ、頭を使うと甘いものがほしくならない?」
授業を止めた張本人が何を言っているんだ?
「ちなみに梓紗は、何にするんだ?」
そう梓紗に訊くと梓紗は不機嫌そうに
「……何にしよう」
と、一言呟いた。
「あ、梓紗?もしかして怒ってる?」
俺の言葉に梓紗は
「別に……」
と、不機嫌そうに返した。
絶対に怒っているよな。梓紗とどうやったら仲直りできるかな……
「世純、どうしよう?」
と世純に助けを求めたのだが
「あんな奴無視無視」
とだけ言い残し、世純は買ったばかりのクリームパンとお茶を手に、教室に戻ってしまった。
梓紗は世純が居なくなったことを確認し
「私にもかまってよ」
と、小さくそう呟いた。
その一言を俺が聞き逃すことはなかった。俺はその言葉を聞いて、少し心が傷んだ。
「梓紗は、何にする?」
と、俺は、もう一度梓紗に聞いた。
「私は……」
「あら、よく見ると姫霧さんではありませんか。奇遇ですね」
俺が声のする方向に目を向けると、気品のあふれる美少女に梓紗が声をかけられていた。
「あ、蘇上会長お疲れ様です。会長も昼食を買いに?」
梓紗は、急に態度を改めて、その人に笑顔で軽く会釈をした。
「はい、その方が神野さん?確かになかなかイケメンな人ですね。姫霧さんにとてもお似合いですよ」
「お、お似合いって、そんなことないです」
梓紗は恥ずかしそうにしながらもその人の言葉を否定した。
この人が蘇上友理、緑山高校の生徒会長にして緑山高校麗しの三姫、略して緑山高校の三姫の内の一人
「それと…」
すると蘇上友理会長は、俺の髪を指差して
「その髪色、校則違反ですので早急に黒に染めて来るようにお願いします」
と俺の髪色を指摘した。
「あの、これ地毛なんですが。何なら証明書を生徒会に提出したはずですけど」
「あ、失礼いたしました。こればかりはわたくしの実力不足と言えましょう。梓紗さんはもう確認いたしましたか?」
「はい、何なら本人から直接もらいましたので…」
梓紗は緑山高校の生徒会役員なので、俺のこの変わった髪色も他の生徒会役員にもう説明していると思っていた。
ちなみに証明書は、既に梓紗に提出している。
「おい梓紗、そうこうしていると昼休み終わっちまうぞ」
「あ、そうだった。ショウ君は何にするの?」
「じゃあ俺も世純と同じクリームパンにしようかな」
「じゃあ私もそれにする‼」
梓紗は強い口調で言うと、俺たちは二人クリームパンを手に取り教室に向かった。
俺たちが教室に戻ると世純は目を見開いた。
そりゃそうだ俺だけではなく梓紗もクリームパンを手に持っているのだから
世純は一度無駄に色っぽく髪をかき上げて
「ショウだけじゃなく梓紗も同じものを買ったのね。三人共同じものを選ぶなんて、今日は雪でも降るのかしら」
「今はまだ夏真っ盛りなんだが」
俺のツッコミは華麗にスルーされ
梓紗は、口にクリームパンを頬張りながら
「そう言えばもうすぐ夏休みだよね」
この日は夏休みまでちょうど一か月くらいだ。
「あんた、口にもの入ったまま喋らないでよね」
「俺は、世純に一票」
「っちょ、ショウ君⁉」
そんな会話をしながら俺は、周囲の目にどこか居心地の悪さを感じていた。
まぁ二人が気にならないなら、別にいいが……。
それと同時に懐かしさも感じていた。もしかすると、この空気も案外悪くないかもしれない
「な、なぁ神野もしかしなくても梓紗さんとは本当に付き合ってたりするのか?」
俺が過去を思い返しながら、クリームパンを食べていると、坂井が申し訳なさそうに俺にだけ聞こえるような声で訊いてきた。
俺は、口の中にあるパンを飲み込んでから
「いや、違うが……っていうか坂井はまだ梓紗のことをさん付けしているのか?」
「だって緑山高校の三姫の内の一人だぞ。敬語にならない方がおかしいだろうが!幼馴染のお前は気にならないと思うが俺達は違うんだよ!あ、そうだ神野、もちろんあの約束、忘れてないよな」
坂井はどこか慌てたような口調から、急にいつもの口調に戻った。
約束?と俺が首をかしげると
「やっぱり忘れてたか、もう一人の幼馴染を俺に紹介してくれるんだろ」
「あ~、あれか。こいつは俺のもう一人の幼馴染の世純、こいつは蓮山グループの社長令嬢で、金銭感覚狂ってるから、しばらくは苦労すると思うけど、どうかな」
俺がそう坂井に紹介すると
「何の話?言っとくけど私、ショウ以外と付き合う予定はないから」
世純は、梓紗と違って物分かりがものすごく早い。だが、梓紗とは別の面倒くささがあるのだ。
そして、世純は悪い目をしながら
「そういえばあなた、坂井って言ったかしら?逆に梓紗には、とてもお似合いだと思うのだけど」
坂井はお世辞にも良い男とは言えない。顔は、あまりイケメンというわけではないし、顔もニキビだらけ、そして少しばかり…もうこの際だから言っておこう。変態なのだ。
「私なんて、坂井君とは、釣り合わないんじゃないかな。ハハハ……」
梓紗は、苦笑いを浮かべながら世純の言葉を否定した。
「そ、そうですよ。俺なんか梓紗さんとは釣り合うはずもありませんよ」
それに便乗するかの様に坂井もその言葉を否定した。
世純は、返すのに疲れたのか、それとも飽きたのか分からないが、黙々とお茶を飲み干し
「で、これどこに捨てればいいの?」
と世純は、クリームパンが入っていた袋と飲み終わったお茶のパックをヒラヒラと振りながら俺に訊いてきた。
……俺……だよな?
「あぁそれなら階段のところにゴミ箱があるんだが、俺も食べ終わったから教えるのも兼ねて一緒に捨てに行こう」
「えぇ、それじゃあよろしくねショウ君♡」
世純は、似てもいない梓紗の真似をし、ウインクをしながら俺の腕に自分の腕を絡みつけた。
え?何これ?俺の腕に絡みつけるの、流行ってんの?
「そ、それじゃあ捨てに行きましょうか。世純お嬢様」
俺はこの空気に抗えず、恥ずかしいセリフをクラスメイトほぼ全員がいる前で言ってしまった。
恥ずかしすぎて死にたい……そんな思いは当然誰かに伝わるはずもなく、俺の中に一生残り続けるのだった。
俺たちがゴミを捨てに行って教室に戻ってくると、梓紗はものすごく殺気立っていた。
「そ、そう言えば二人は、夏休みの予定は何かあったりするのか?」
俺は、少なくとも梓紗の機嫌を取るために言ったのだが
「いや、特に私は何の予定もないけど。もしかしなくともショウが直々にデートに誘ってくれるのかしら?」
世純のその言葉を聞くや否や梓紗の様子も変わった。
「私だよね、ねぇ私でしょ?」
「違うわよ、私を誘ってくれているのよね。そうでしょう、ショウ」
世純がそう言うとまた幼馴染二人はにらみ合ってしまった。
「話、聞いてたか?二人共……」
俺は、怒りを我慢しながら言った。
「た、大変そうだな神野」
「坂井、助け舟を出してくれるのはありがたいんだがハッキリ言ってお前が手伝えるのは何もない」
「そうか、じゃあ一概に俺からは、がんばってくれとしか言えないな」
「あぁがんばるよ。それと二人共!いつまでもにらみ合っていると、どこにも連れていかないからな!」
俺の言葉に世純はもう一度咳払いをして
「あ、そうだ今日は、久しぶりに三人で帰らない?」
世純は、話題をガラッと変える作戦に出たらしい。
「ごめん、今日は生徒会の仕事があって…ショウ君にはもう言ったんだけど…」
「ふ~ん、じゃあ今日はショウを好きな様にできるってことね。バイバーイ」
「む~世純ばっかりズルい」
「梓紗は、昨日放課後デートしたばかりだろ。もう忘れたのか?まぁいいけど」
「あ、そうだった」
梓紗はテヘッといったように舌を少し出した。
「この、浮気物」
対する世純は、不機嫌そうにそう呟いた。
「私も食べ終わった。一緒に捨てにいこ」
と、梓紗は突然意味の分からないことを言い出した。
自分は、ゴミ箱の場所を知っているにもかかわらずに。だ。
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「……」
梓紗は、何も言わず俺の腕に自分の腕を絡みつけて
「早くして、さもないとこれを口の中に入れるよ。良いの?」
梓紗の言っているこれというのは、間違いなく先ほどまで食べていたクリームパンの袋のことだろう。
俺は、梓紗の頭にポンと手を乗せて
「梓紗がそんなことしないってことは、俺が誰よりも理解しているつもりだ。何年一緒に居たと思っているんだ」
「……」
俺の言葉に梓紗は無言を返した。
そして「ありがとう」とそっと一言
「だからといって一緒に捨て行くことはない」
「前言撤回、入れる」
「待て待て待て待ってくれ、流石の俺だって人間だ。そんなものを口の中に入れられたら窒息するに決まってるだろ」
後ずさりしながら言う俺に対して梓紗は
「良いよ。それで私のものになってくれるなら」
梓紗は不気味な笑みを浮かべながらそう言った。だんだんと梓紗がおかしな思考回路になってきている様な気がする。
「いや、何を言っているのか分からん。頼むから梓紗戻ってきてくれ!」
「っと、まぁ冗談なんだけどね」
と、梓紗は笑顔で言った。
「梓紗の場合は、どれが冗談で、どれが冗談じゃないのか、分からなすぎる」
「ごめーん。でも、これを入れたいくらいには怒っていたのは、本当だったけど」
俺は「ごめん」と梓紗に謝ることしかできなかった。
この状況に愚痴を言っている者が一名
「あのさ、なんか私だけ置いてけぼりな気がするんだけど。私無しで話してて楽しい?」
世純だ。
「あ、いやそんなわけじゃ…」
「うん、楽しい!」
梓紗の黒いところを垣間見えた瞬間だった。
「でも、デートするなら気を付けた方がいいよ。最近この緑山高校のカップルが次々と別れるという妙な事件が起きてるから」
と、梓紗が突然そんなことを言い出した。
「さ、流石に噓でしょ」
「それがもし本当だとして、昨日はそんなことは無かっただろ」
「それもそうだけど…生徒会でも呼び掛けてるんだけどね」
「へぇー、警察案件か?」
「ううん。この高校だけなんだよその妙な事件が起きているのはね。それに犯人の目星は付いてはいるんだけど…証拠がないの」
「目撃者はいないのか?」
「いるよ。それも全校生徒が見ているんじゃないかな?」
「気味が悪いわね」
放課後、俺と世純が校門を通り過ぎたその瞬間、何やらガタイのいい男達がゾロゾロとやってきた。
ヤンキーだろうかその様な雰囲気を感じる
俺は、世純を守るようにして前に出て、手を横に広げた。
その時、ヤンキーの一人がこちらを睨んで
「おいおい!にいちゃん!大人しくその嬢ちゃんを渡せば何もしねぇ、だが渡さなかったら…どうなるか分かっているんだろうな!」
と、煽ってきた。
俺はため息をついて
「お前ら、一体全体何がしたいんだ‼」
俺が怒気を含んだ声でそう言っても、男達がひるむはずもなく
「おう、おう俺らにたてつくとはいい度胸じゃあねぇか」
「そんじゃぁ、覚悟はできているということでいいなぁ?」
一人が言うとまた一人と喧嘩を売ってくる。
「正直に言おう!お前ら醜いぞ!そんなことをして楽しいのか?」
「ふん、お前らにはとうてい分からないだろうな!俺らの気持ちなんか」
「あぁ、分かりたくもない」
「ショウ、大丈夫なの?まぁショウの強さなら大丈夫だとは思うけど…」
俺の後ろに隠れている世純が心配そうに言った。
「あぁ、任せろ。こんな寄せ集めの集団に負ける気なんかしないさ」
「大した自信だなぁお前、その自信がいつまで続くか。見物だなぁ」
そう言うと男達がじりじりと近寄ってくる。
「はぁ~出来れば穏便に済ませたかったんだが、仕方がないか」
俺は、軽く手首を回した後、身構える。そして、男達に突っ込む。
喧嘩は一言で言えば圧倒的だった。俺がただ力でねじ伏せていただけだから。
「お、お前、何者だ‼」
「俺か?俺はただ、女に絶望をしている人間だよ」
俺がそう言うと
「じゃ、じゃあお前は少なくとも俺らと手を取り合うべきだ。俺たちは女に裏切られたんだ。お前は俺らの気持ちが分かるだろ。それなのになぜそっち側にいる?」
「俺は女に絶望をしていると言ったが、恋愛は自由だしな。それに俺は、別に他人の幸せを壊したいわけじゃない」
すると男達は何やら話し―――終わったかと思えば、男達が嫌な笑みを浮かべながら、こちらに近づいてくる。
そして、一斉に俺を殴ろうと突っ込んできた。俺にかかればこんなの赤子の手をひねるよりも簡単なのに
俺は、目の前の敵しか見ていなかった。だから、背後など気にしていなかったために相手の「作戦完了」という声が聞こえるまで、後ろにいたはずの世純がいつの間にか人質にされていることに気がつかなかった。
俺達三人には約束していることがある。それは、梓紗や世純が人質にされても構わず相手を倒すこと。自分たちのことはその次に考えて欲しいと、昔世純に言われたのだ。梓紗はその考えを真っ先に否定するかと思っていたが、梓紗もそれは良い考えだと言っていた。だから俺は、その約束を守るだけだから。昔の俺はそんなことできないとばかり思っていたけれど、今はその約束を守らなければならない。俺は、目の前の敵を見据える。そして、世純を人質に取っている相手に向かって拳を突き出した次の瞬間
「お待ちください」
と、どこからともなく声が響き渡った。
「蘇上…会長?」
振り返ると真剣そうな表情でこちらに歩み寄ってくる会長の姿があった。
「ゆ、友理?」
申し訳なさそうに顔を背けるヤンキーの一人
「申し訳ありません神野君。わたくしの元カレが騒動を起こしてしまって、わたくしからも謝罪を……」
「ま、待ってください。いまいち話についていけないんですけど。つまるところその人は蘇上会長の元カレで、どうしてこんな騒動を…女に裏切られたって」
「それに至ってはこの方の勘違いです。自分で言うのもなんですが、わたくしは誰に対しても平等で接する人間ですので、恐らくはその行動に嫉妬、もしくは自分が愛されてないと感じてしまったのではないかと」
「そうだったんですね。あ、俺からも謝りたいことがあるんですけどいいですか?」
蘇上会長は、笑顔で俺の言葉に首を傾げる
「俺、その人の仲間を結構な数ダウンさせてしまったんですけど……」
実際、ヤンキー達はそこで伸びている。俺の言葉に蘇上会長は微笑んで
「神野君の場合は正当防衛ですから、大丈夫ですよ。ですが、あなたは当然罪に問われます。あなたの学校に今回の件をしっかりと報告しておきます。最悪の場合、退学処分などもあり得るでしょうね」
「この後のことは会長に早く任せて行きましょう」
俺は、世純に手を引かれるがまま、その場を後にした。
「おいおい、どこへ行く?」
世純は、近所の公園に俺を連れて、やがて世純はその場で足を止めた。
「ここは、公園?どうしてここに……」
「ショウ、覚えてる?ここで、私を引き止めてくれたこと」
「あぁ、覚えているさ。お前がここで自殺をしようとして、それで引き止めようとした俺は大怪我を負った。忘れられるはずがないさ」
「フフッ、今ではどうしてあんなことをしようとしたのか、分からないわ」
「俺もだよ。お前がどうしてあんな行為に走ってしまったのか、本当に分からない」
「そうね、ただ一つ、言えることがあるとするならば、あの時の私はひどく疲れていたということ。体力的にも、精神的にも」
「そう言えばあれは、梓紗が記憶を失う前だったな」
苦笑しながら俺は言った。
「えぇ、良くも、悪くも言える思い出ね」
「それで俺の家に泊めて、心を落ち着かせたよな」
俺の言葉に世純は大きく伸びをして
「そんな話をしていたら、久しぶりにショウの家に泊まりたくなっちゃった。ダメかしら?」
「いや、それは俺じゃなくて梓紗や母さんに言って欲しいんだが」
「だって、梓紗に言ったら殺されるかもしれないじゃない。それにレーナさんの連絡先を、私は知らないもの」
「だからといって俺にって…俺が梓紗に殺される可能性を考慮しないんだな」
俺は苦笑交じりの声で言った。すると世純も苦笑しながら
「それもそうね。でも、私がそういう女だってことを、あなたはよく理解していたはずでしょう。違うかしらショウ」
「あぁ、そう言えばお前、そういう性格してたな」
と、言うと世純は俺の手を引いて俺の家に急ぐ様にして向かうのだった。
俺の家に向かっている途中、梓紗と合流した。その間、梓紗は俺を、いや俺たちをずっと睨んでいた。
「ただいま」
俺は、疲れた声でおそらくはリビングにいるであろう母さんに向けて言った。
だがしかし、リビングからは何も反応がない。たまたま外出しているのか、はたまた俺の声が小さかっただけなのか分からないが…
「レーナさん、いないのかしら?それじゃ、帰ってくるまでゆっくりさせてもらうけど」
「ちょ、ちょっと待ってよ世純」
問答無用に上がり込もうとする世純を梓紗は引き止めた。
「別にいいんじゃないか。万が一母さんが出かけていたら、後で状況を説明すればいい。だからそこまで身構えなくても俺はいいと思うぞ。梓紗」
リビングに向かおうとする俺は、振り返り梓紗にそう言った。
「それじゃあ、お邪魔しまーっす」
世純は乱暴に靴を脱ぎ捨てて、そして俺のすぐ後を付いてきた。
「世純、お前、そうやって靴脱ぎ捨てる様な奴だったっけ?」
俺はリビングに向かっている最中に世純にそんな質問をした。
昔の世純は今よりもお嬢様お嬢様していた。やはり俺が原因だろうか。俺が二人の喧嘩をもう見たくなくて、そして俺が親父に頼んで世純を花咲学園に送り込んだ。
だから世純には、少し申し訳ない気持ちがある。そのため俺は、今日世純にとことん構ったつもりだ。わざわざ俺が購買で世純と同じクリームパンを買ったのだって、そういう気持ちがあったからだ。
「それに関して言えば悪かったと思っているわ。ショウが靴をきちんと揃えろと言うのなら……」
「いや、謝ってほしいわけじゃなくて…もしそれに俺に原因があるなら――」
とまで言いかけて俺は笑って
「――いや、何でもない。忘れてくれ」
俺は、後ろにいる世純に向けてそう言った。
後ろを振り返ると世純はそこにいなかった。じゃあどこに行ったのかと言うと律儀に玄関に戻り自分の靴を揃えていた。
「ねぇショウ君本当に良かったの?その…勝手に入れて」
そこで梓紗が口を開いた。
「ん?あぁもちろんいいさ。なんだって俺たちは幼馴染なんだから」
「それもそっか」
俺たちがリビングに入ると母さんはリビングにはいなかった。代わりにダイニングのテーブルに置き手紙が置いてあった。
文字は全て英語で書かれてあった。直訳するとこうだ。
〔ショウと梓紗ちゃんへ、今日はいきなり大事な仕事が入っちゃって夜遅くまでかかりそうです。今日の夜ご飯は梓紗ちゃんと一緒に二人で作ってあげてね。あなたの大好きなお母さんより〕
俺は、思わず吹き出してしまった。
なんだよ、あなたの大好きなお母さんよりって
「なんて書いてあるのか分からない。ショウ君、読んで」
「いきなり大事な仕事が入ったらしい。夜ご飯は梓紗と一緒に作れってさ。でも俺、料理なんて作ったこともねぇしな……」
「なら、私が教えてあげる。ショウは気楽にしていたらいいわ」
「え?お前、料理できたのか?」
「あら、私をどんな目で見ていたのかは分からないけど、これでも私、家庭的な料理くらいは出来るのよ」
そんな世純の言葉を聞いた梓紗は
「世純!あなたに宣戦布告を申し込む。もちろん逃げたりしたら負け。どっちがショウ君の胃袋を掴むか勝負せよ」
突然のその言葉には梓紗のキャラが大分崩壊するに至らしめる何かがあった。
「もちろんこの勝負、受けないという選択肢は私の中にはないわ。あなたこそ逃げないことね」
今は夏、だがここは外よりも暑い気がする。もちろん、気がするだけなのだが……
「ショウ君はそこで座ってて、すぐに終わらせるから」
「っておい梓紗、母さんのメモを無視するのか…?」
梓紗は俺の言葉になんか目もくれずそそくさとキッチンの方へと姿を消した。
幸い、家のキッチンは二人で使っても余裕で余るため、スペースには困らないが、問題は二人が喧嘩しないかどうか
結論から言ってしまえば、俺の考えすぎだった。二人は途中から競うことを忘れ、共同で料理を作っていた。
「梓紗のは分かるが、なんだこれ?」
数分後、俺の家のテーブルには、料理が三品置いてあった。