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幼馴染の妙な記憶喪失

「誰か……!救急車、人が轢かれたんだ。女優の姫霧阿須香、それと子供一人だ」

 場所は公園の近くの交差点、この時俺は、まだ梓紗がこんな妙な記憶喪失になるなんて思ってもみなかった。

 俺の名前は神野(かみの)ショウ。ごくごく普通の高校生…ではなく最近有名な芸能プロダクションの社長の息子である。

「ねえ」

 下校中、隣を歩いていた女子高生、姫霧梓紗(ひめぎり あずさ)が声をかけてきた。

 梓紗は俺の幼馴染だ。彼女は、幼い頃に両親を交通事故で亡くしているため今は俺の家に住んでいる。

 両親を幼い頃に亡くしたショックからか、彼女は記憶喪失に陥っている。

 梓紗がいきなり声をかけてきたので、俺は

「な、何だ」

と驚きながら答える。

「私たちって付き合ってるんじゃないかっていう噂があるよね。なんか、恥ずかしい…」

 そう、俺と梓紗はいつも一緒にいるのでたびたびそういう噂を耳にするのだ。

しかも梓紗は、学校一の美少女、俺も、時々女子から告白されたりするので、美青年の類いにはなる……とは思う。

 また、一緒に住んでいるので同棲している彼女だと思われても不思議ではないのだが、幸い一緒に住んでいる事が知れ渡っていないので、そんな噂は、まだ聞いたことがない。

「おぉ、神野カップルじゃないか。悪い邪魔したな」

「坂井…」

こうやってからかわれることは、日常茶飯事である。

「ショウ君…」

 梓紗は、顔を赤くさせてそう、俺に聞こえるくらいの声量で言った。

すると梓紗は一目散に駆け出した。

俺は、梓紗の後ろ姿を目で追いながら、ゆっくりと帰路を辿った。

 「ただいま」

玄関でそう叫んだが梓紗から返事はなかった。

 自室に戻り、課題などを終わらせリビングに降りると、梓紗がソファーでくつろいでいるのを見つけた。

「お前、課題とか終わらせたのか」

俺は梓紗の後ろにまわりそう()くと、梓紗は、ビクッと肩を動かして、驚いた様子を見せた。そして、すぐにいつも通りの笑顔を作り、少し悩むような仕草を見せた後

「やばい、やってない。見せて」

と、青ざめた表情で言ってきた。

 表情の上がり下がりが激しい奴だな。それに、俺達が通っている高校が有名進学校の一つだという事を忘れていたりはしないよな。こいつ…

「課題くらい自分でやれよ」

 口ではそう言いつつも俺は、梓紗の勉強を見る事に決めた。

快樹(かいじゅ)さん達、いつ帰って来るんだろうね」

と、梓紗は課題を進めている手を一瞬止め俺に訊いてきた。

 快樹とは俺の親父の名だ。

「親父は分からないけど、明日母さん帰って来るらしいぞ。明日から梓紗の手料理が食えないとなると少し寂しいな…」

 梓紗には家事全般をやってもらっている上、学校にまで通っているため負担は相当なものだろう

 俺は前に一回だけ、梓紗に『家事、変わろうか?』と訊いたことがあるが、梓紗は『大丈夫、これは私の仕事だから』と微笑みながら答えていた。

 梓紗には、『自分の部屋は自分で掃除するから、気にしなくてもいい』と言ってある為、むやみに俺の部屋に入ったりはしないだろう

 なぜ梓紗を(かたく)なに俺の部屋に入らせないかという疑問があるかと思う方も居るだろうが、その理由はアルバムを梓紗に見られない様にするためである

 アルバムには梓紗の幼少期の写真などがあるが、今の彼女にそれを無理に見せる必要はないと考えている。

そのためアルバムを自分の部屋に隠しているのだ。

「え、レナさん帰ってくるの。やったー」

俺も時々家事を手伝ってはいたが、料理は全て梓紗に任せっきりだったので母さんが帰ってくるのがよほど嬉しいんだろう 

 翌朝、ダイニングに降りるとキッチンで梓紗が朝食の準備をしていた。

「おはよう、今日も早いな」

梓紗は、おそらく出来たてであろう朝食をテーブルに並べながら、俺の言葉に笑顔を返した。

 俺は、朝食のスープを(すす)りながら

「母さん、何時くらいに帰ってくるんだろうな。もしかしてもう寝てるのか?」

辺りを見渡してもどこにも母さんらしき影は見当たらない

「えっ、レナさんなら帰ってきてないと思うけど、だって私十一時くらいまで起きてたけど、レナさんの気配全然しなかったし…」

 母さんが昨日帰ってきていないとなると、俺たちが学校に行っている間にでも帰ってくるのだろうか

そんな事を考えていると朝食も食べ終わり

「ごちそうさま。美味かったよ、後片付けは俺がやっとくから。あぁ、それと梓紗の使った食器もこっちで洗っとくから梓紗はゆっくり食べてなよ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

そう言うと梓紗はテーブルの方に移動して、小さく合掌し、朝食を食べ始めた。

 梓紗は、せっかく早起きしているのにも関わらず、なぜか朝食を食べずに待っている。そもそもとして俺が起きてくる直前まで朝食を作らずに待っているのだ。そして俺は、キッチンで自分の使った食器を洗っていた。時々梓紗の方を見ながら

 朝食を食べ終わった梓紗はキッチンに入ってきた。

「さっき言った通り、梓紗の分も俺がやっとくよ。それに今日は、母さんが帰ってくるんだし、たまには休んでもいいんじゃないか。梓紗の身体(からだ)も心配だし」

俺は笑顔でそう言った。

梓紗は、「でも…」と言いかけたが

「それもそうだね、それに、ショウ君と放課後デートしたいし」

 朝からドキッとさせてくるのは、本当にやめてほしいものだ。しかも、笑顔で。まぁ、きっと本人は、無意識なのかもしれないが…

 通学路でも先ほどの事が頭から離れない。あれから梓紗の顔を直視出来ないでいるのがその証拠である。

俺たちの通っている緑山(みどりやま)高校(こうこう)は、前述した通り有名進学校の一つだ。

梓紗が本気を出せば学年一位にだってなれるはず…それなのに学年一位の座を俺に(ゆず)っている様に見えるのは気のせいだろうか

 俺たちが学校に着き教室に入るや否や

「神野きゅ~ん。付き合って~」

と甲高い声が教室中に響き渡った。

そして、梓紗の方を見るとたくさんの男子に囲まれている。

 さすがは、緑山高校の三姫(さんき)と言われている内の一人なだけはあるな。

 それはともかくとして、あの噂知らねぇのかよ。

 俺と梓紗は、付き合っているという噂がある。

その噂のおかげで俺達に対する告白の数は、少なくなってきてはいるものの、まだだいぶ多く感じる。まぁ、その噂を利用しているのは、多分俺だけだろうが……。

 俺が告白の圧に耐えきれなくなりイライラしているところに俺の唯一の男友達とも言える坂井が助け舟を出してくれた。

「お、おい、大丈夫か?無理しなくてもいいんだぞ」

俺はすぐに冷静さを取り戻し

「何がだ?無理なんかしてないって、何を心配してるのか分からないけど、いつもの俺だよ」

 そう言って俺は、坂井に向かってウインクをした。すると案の定、それを見た女子が黄色い悲鳴をあげる。それを聞いて俺のイライラは最高潮に達したが、表には出していないため多分誰も気付いてはいなかっただろう

 何だかんだあってその後はいつものようにホームルームが始まろうとしていた。

ホームルームの内容は、比較的いつも通りだった。

 ただ、いつもと違うところがあるとすれば今日は数学のテストがある、ということだけ。

 数学は俺の苦手科目であり、梓紗の得意科目でもあった。

 テストの結果は、俺がなんとか赤点をギリギリ回避、梓紗は学年二位という成績で終わった。

 そうして学校も終わり俺は今、梓紗と放課後デートをしている。

「ねぇねぇ、どこ行こっか」

「まだどこ行くのかも決めてねぇのかよ。」

苦笑しながら俺は言った。

「はぁ~買い物とかも気にしなくていいとかレナさんって優しいよね。」

 梓紗は学校に行く前、母さんにそんな連絡をしていたらしい。

俺は、そんな梓紗を横目にとある人物に電話をかけた。

「もしもし、母さん。一応聞くけど買い物とかって必要?」

そのとある人物とは、母さんだ。

『何も買って来なくていいわよ。梓紗ちゃんから色々と聞いてるから』

そして母さんは、思い出したかのように

『……あ、そうだショウ、梓紗ちゃんにあんまり迷惑かけちゃダメよ』

俺は、その言葉に適当に相槌(あいづち)を打って電話を切った。

「レナさんと話してたの?」

梓紗にそう()かれたので、首肯(しゅこう)する。

 梓紗は、どこに行くか決めていなかったようなので俺たちは適当にブラつくことした。

俺がゲームセンターの前を通り過ぎようとしたら、梓紗がそこで立ち止っていて

「ねぇねぇショウ君、ゲームセンターとかってどうかな?」

 梓紗は少し不安そうに俺にそう提案してきた。

 梓紗は、最近家事ばかりしていたためゲームセンターなどのような場所に行ってゆっくりと息抜きしたかったはず。だから今は、ゆっくりと羽を伸ばしてほしい

そのため俺は笑顔で、そして優しい声音で言う

「いいよ」

 ゲームセンターに入った途端に梓紗は、まるで子供のようにはしゃぎ始めた。多分他の客の迷惑なんじゃないかというくらいまで

 ゲームセンターでは、クレーンゲームに苦戦したり、対戦ゲームで俺が圧勝しまくって梓紗に怒られたりなど、いろいろなことがあったけど、楽しんでいる梓紗を見ていると、こっちもちょっとだけ楽しい気持ちになった。

 っていうか梓紗、ゲーム下手すぎだろ

楽しそうに笑顔を浮かべる彼女を見ていると、とうていそんなことは言えなかった。

 ゲームセンターの帰り道、俺たちは今日のテストの結果やゲームセンターで各々楽しかったことなどを話しながら帰った。

家の近くまで帰ると不自然に家の電気が点いていた。

「え、私電気消したよね?まさか、泥棒?」

 何を言っているんだ、この天然バカは

「はぁ~俺、昨日母さん帰ってくるって言ったよな。梓紗は…その…なんて言うか…昔から…天然…だよな」

「そ、そうだっけ?自覚、ないんだよね」

 逆に自覚があったら驚きなんだが、と思ったが口には出さないでおく

俺たちが玄関前で騒いでいたのがうるさかったのか、突然玄関の扉が開き、中から母さんが顔を(のぞ)かせた。

「近所迷惑だから早く入りなさい」

「「はーい」」

俺たち二人の声が見事にハモった。

家の中に入ると

「梓紗ちゃん、一人で大変だったでしょ。今日の夕食は、アタシに任せて梓紗ちゃんは課題とか終わらせてきたら?」

母さんがそう言うと

「いえ、私も手伝います。レナさんも疲れているでしょうし、レナさんに比べれば全然です。それに今日は、十分休ませてもらいました」

と、梓紗は、まるで母さんに張り合うかのように言った。

「偉い。梓紗ちゃんがうちの子だったら良かったのに」

母さんはそう言って、梓紗の顔が見えなくなるくらい思いきり抱きしめた。

「レナさん……苦しいです…」

 結局二人で夕食を作ることになったらしく、今夜はご馳走(ちそう)だった。

母さんと梓紗が二人で料理を作っている間、俺は自室に(こも)り課題を終わらせていたため、二人がどんな会話をしてどんな料理を作っていたのか全く分からなかったが、まさかこんな大作が出来上がっているとは夢にも思わなかった。

夕食での会話は、基本的に最近のことや今日のテスト結果など、いろいろなことが話題に上がった。

「へぇーショウ、今日テストの結果散々だったんだー」

母さんは、(あわ)れむような目で俺を(にら)んでいる。

「あぁ、そうなんだよ…って母さん、もう酔っているのか?」

 母さんの旧姓(芸名)はレーナ・ミンレク

 アメリカ出身で国内外問わず人気の女優だ。ちなみに梓紗の両親も俳優業をしていた。

 梓紗の母親の阿須(あす)()さんは母さんと肩を並べる程の人気女優だったらしい。

 阿須香さんの容姿は、モデルのような高身長と日本人なのに明らかに日本人離れしたスラッとした鼻筋、その容姿はまるで梓紗がこのまま大人になったら、阿須香さんのような美人になることを梓紗自身の容姿がそれを物語っているような雰囲気をかもしし出している

 ちなみに母さんと親父はアメリカで出会ったらしい

「でも、そんな急に帰ってきて大丈夫だったんですか?大騒ぎになったんじゃ…」

 梓紗の言うことは、もっともだ。こんな大女優が街中に現れたら大騒ぎにならない方がおかしい

「大丈夫よ今回は、大騒ぎにはならなかったから」

 今回はって次回は目立つ気満々なのかよ……

「と、ともかく数学は今度梓紗に教えてもらうことにして、母さんは飲みすぎじゃないか?」

「えーせっかく帰ってきたのにー?ショウなんだが冷たくなーい?」

「あ、そう言えば快樹さんっていつ帰ってくるんですか?」

 ぎくしゃくとした空気を晴らしたのは梓紗のその一言だった。俺が聞こうとした質問を梓紗に先に言われてしまったが仕方がない。

「うーん快樹さんなら今年は帰ってこないと思うけど……?」

 親父は年中海外を飛び回っているから帰ってくるのは、年に一度帰ってくるかどうかわからない程度だ。それくらい俺たちのためにがんばって働いてくれているのだから、親父には感謝しないと

 浮気、してなきゃ良いのだが…。親父はちょっとほめれば調子に乗るし、何より女癖(おんなぐせ)が悪い。親父の浮気が原因で親父と母さんは別居したこともあったっけ。

 親父の一番初めの浮気のターゲットが、先ほど話したばかりの阿須香さんだったことは、ここだけの話だ。

 そんなことがあってもいつの間にか元のおしどり夫婦に戻っているし…俺は将来、そんな大人にはなりたくないものだ。

 翌朝俺がリビングに降りると、その日は珍しくキッチンに母さんが一人で朝食を作っていた。

「あれ?梓紗は?」

俺は、朝の挨拶を言う前にその疑問を母さんにぶつけていた。

「おはようショウ、その前におはようでしょ?」

母さんに言われ俺はとっさに

「お、おはよう。」

と、返した。

「ところで母さん、梓紗は?」

「梓紗ちゃんはまだ起きてないわ。あ、そうだショウいきなりで悪いけど、梓紗ちゃんを起こしてきてくれる?」

と、母さんは俺に頼み事をしてきた。

「はぁ~分かったよ」

俺はまだ重い体を動かして二階にある梓紗の部屋に向かった。

 やはりまだ寝ているのか『たまには休め』とは言ったが、まさか次の日に休むとはな…まぁ梓紗も疲れているんだ。たまにはゆっくり寝させてあげよう

 俺と梓紗の部屋は二階にある。また、俺の部屋は梓紗の部屋の隣の部屋なので俺が階段を降りる時に言えばよかったのではないかという疑問が一瞬脳裏をよぎったが考えないようにする。

俺が梓紗の部屋の扉をノックしようとした途端、急にドアが開き梓紗が出てきた。

「……に、なに?私に何か用?」

梓紗は不機嫌そうな目で俺を睨むと

「……出れないから早くどいてくれる?…それとも何?何か私に用でも……?」

と、明らかに不機嫌そうに言った。

「あ、いやごめん」

俺は、梓紗のために道を開けた。

「梓紗ちゃんおはよう」

「おはようございますレナさん…」

 梓紗は、まだ重たそうな(まぶた)(こす)りながらキッチンにいる母さんに向けてそう言い残し、どこかへ向かおうとしている。

「お、おいどこへ行く?」

俺は必死に梓紗を呼び止めた。だが、梓紗は俺を無視してその場を後にした。

 梓紗を追いかけようとした途端に俺は、母さんに呼び止められた。

「梓紗ちゃんはね朝は態度が悪いのよ。梓紗ちゃんのことはショウの方が一番よく理解してたと、母さんは思ってたな」

 梓紗が朝に弱いことなんて昔から知っている。むしろ昔の梓紗に戻って少し安心している自分すらいたくらいだし

俺は前から疑問に思ったことがある。

 それは、昔から朝に弱かったはずの梓紗が、なぜ俺よりも早く起きているのかだ。

そして、朝からいつも通りの笑顔を見せていることが、不思議でたまらなかった。

 大人になったのかとも思ったがさっきの梓紗の態度を見てそうではないと分かった。

俺が、じゃあなぜ…と思っていると

「ちなみに、梓紗ちゃんがどこに行ったかと言うとね、昔朝の梓紗ちゃんを尾行していたんだけど、朝風呂に行ってたのよあの子。でね、途中梓紗ちゃんに尾行しているのがばれて、その後どうなったと思う?めっちゃ不機嫌そうにアタシを睨んできたのよ。その時は怖かったわ」

と、母さんが説明をしてくれた。なんて話をしていると梓紗が戻ってくるのが見えた。

「何の話をしていたんです?」

「な、何の話もしていなかったぞ」

 一瞬梓紗から殺気のようなものが見えたが、気のせいだよな……

「そう、ならいいけど…」

そうして俺たちは朝食を食べる。

「で、どうかしら?アタシ力作のディナーは」

「ディナー…ね…母さん、アメリカ人だよな。ディナーは流石に違うんじゃ……」

「Noproblem(問題ない) ただのジョークよジョーク、ジョークに決まってるじゃなーい」

「ったく、面白くないジョークだな」

「えー、ガーン」

「それ、口に出す人初めて見ました」

梓紗は笑いながら言った。

「あ、そうだ。ショウ君も言える?アメリカンジョーク」

「は?」

 いきなり何を言い出すかと思えば、俺にアメリカンジョークを言えるかどうか訊いてくる梓紗

「うーん、言えるかどうかと訊かれれば、言えないな」

「フフッ、ショウってば正直ね、アタシは快樹さんに聞かれたら、例え出来なくとも出来るって言っちゃうかな」

そう言って顔を赤らめていやんいやんと体を左右に揺らす母さん

「にしても、母さん、これ食いきれねぇよ」

「フフッ、そう言うと思って、お弁当箱に詰めちゃいました。っていうかこれ、半分も出してないのよ」

 切り替えが早い。流石は大女優

「半分も出してないってことは、弁当はどれくらい詰まってるんだ?」

俺が青ざめた表情で、言うと

「フフッ、さーて、どのくらいでしょうね」

と、朝から悪魔の笑顔を見る羽目になったのだった。

 俺たちは朝食を食べ終え、朝の支度をして家を出る。梓紗は生徒会の集まりがあるので、俺より早めに学校に向かう

「それじゃあ行ってきます」

「いってらっしゃーい。ところで、ショウは大丈夫なの?」

「何が?」

「何って時間よ、時間。梓紗ちゃんと一緒に登校しなくてもいいのかって訊いてるのよ」

「あぁ、梓紗は生徒会の仕事があるから早めに行くってだけ、それに母さんなら知ってるだろ、俺がいつも八時くらいに家を出るって」

「そう言えば、そうだったわね」

いつも俺が家を出るのは八時、正確には八時二十分頃に家を出て高校に向かう。そして、現在七時半。俺が出るには早すぎる。まぁ、早めに家を出て損はないのだが。

 緑山高校は午前十時を過ぎると遅刻として(ばっ)せられる校則がある。だとしても俺の家から学校までは徒歩で約五分程の距離、だから俺は余裕を持って登校出来るということなのだ。

 にしても高校まで五分程度しかかからないこの場所に家を建てるか、普通。まぁ、それがここなんだけどさ……

「母さん」

「ん?」

 俺はふと疑問に思った事を質問する。

「どうしてこんな所に家なんて建てたんだ?」

「あら、この家嫌だった?」

 ぶっちゃけ、そこまで嫌ではない。俺がそんなことを言った理由は

「あいや、そういうことじゃなくて、なんていうかあまりにも高校に近いから」

「うーん、実は私、この家の周辺をあまり見たことがなくて、そういう所は快樹さんが勝手に決めちゃったから」

「本当に自由人だよな親父。だから浮気すんのかな?」

「でもまぁ、最近はそういうの聞かないし、ショウもあんな大人になっちゃだめよ」

「分かってるって、あ、そろそろ行ってきます」

「行ってらっしゃい、お弁当持った?」

「もちろん。行ってきます」

俺は母さんにそう言い残し、学校に向かう

 いつもの道、いつもの風の匂いに包まれて、いつもの通学路を歩く

()っつ、今年の夏は暑すぎだろ。ニュースでも例年以上の暑さって言ってたし、これはまたあいつらと一緒に海に行くのは確定事項なんだろうな」

「呼んだかしら」

 まさか俺の独り言に反応する人物がいるとは思いもしなかったため、俺は少し驚き、周囲を見回した。

声のした方向に視線を飛ばすと、一人の女子高生が高級そうな車から顔だけを出して、俺をまっすぐに見ている。

「お前、絶対に俺を待ち伏せしてただろ」

「そ、そんなことないわよ。私に限ってそんなことは絶対に……」

「お前、嘘下手になったな」

「なな、何を言ってるのよ。ショウに私が噓をついた事なんて一回もないでしょ!」

 俺を呼び捨てで呼ぶその女子高生は、堂々と俺を待ち伏せし、更には、送っていくと言わんばかりの表情で、俺を見つめていた。

「まぁ、いいが。ところでお前はここで何をしてるんだ。お前の高校は確か逆方面じゃなかったか?」

「今はそんなことどうでもいいじゃない。ところで梓紗は?一緒じゃないの?」

「あぁ、梓紗なら生徒会の仕事があるからって、先に出たぞ」

「確か、ショウ達が通ってる高校は、緑山高校って所だったっけ?私、今からでもそこに転校しちゃおっかな」

 なぜこいつは俺たちが通っている所を知っているのだろう。俺はこいつに自分が通学している高校を教えたことはないぞ

「やめてくれマジで、これ以上俺の仕事を増やさないでくれ」

「むー、ショウがそこまで言うならやめるわよ」

「おぉ、お前にしては素直だな」

「何?いつも私が素直じゃないって言いたいの」

「だってそうだろ、だってお前と梓紗、仲悪いし」

 そう、こいつと梓紗は、仲がものすごく悪いのである。正に犬猿の仲と呼ぶに等しいほどに

「そ、それとこれとは話が別でしょ」

「というか、今年は去年みたいな何かサプライズとかないのか?」

サプライズ?と首をひねるその女子高生は

「何?もしかしてサプライズ欲しいの?もう、ショウってば欲しがりさんなんだからぁん」

 その女子高生は、今朝の母さんの様に顔を赤らめながらいやんいやんと体を左右に揺らす。

「ち、違げぇよ。去年は花咲学園の後輩たち来ただろうが、今年はそういうサプライズもうねぇのかって訊いてるんだよ」

「あぁあれね。私もうあの子たちと交流ないから」

「ふ~ん、それはそうと、もう行っていいか?」

「えぇ、長く引き止めてしまって、ごめんなさいね。出して」

その女子高生がそう言うと、車が動き始めた。

俺はその女子高生を横目に歩みを再開する

俺は内心ため息をつきながら、重い足取りで高校へと向かう

「はぁ~~」

高校に着くや否や、俺は今世紀最大とも呼べるため息をついた。

「おいおい、どうしたよ神野、お前らしくないな。俺でよければ相談乗るぞ」

 坂井が俺を心配して声を掛けてきた。

「ありがとな、坂井、言う前にこれだけは、約束してほしい」

「あぁ分かった。で、お前は?」

「今日、購買で何か買ってやる」

「もう一声」

「はぁ~、じゃあコンビニでお前が欲しがってたトレーディングカード買ってやる。これ以上は出来ねぇ」

「よし、じゃあ交渉成立な」

 坂井は毎回必ず、何か見返りを求める。俺は一昨日(おととい)、坂井が欲しいと言っていたトレーディングカードを、見返りの品として坂井に提示した。その結果、坂井は今にも飛び跳ねるかのようなテンションでそう言った。

「で、今日は、何を約束すればいいんだ?」

坂井はすぐに落ち着いて言った。

 いや、一昨日の梓紗みたいに感情の上がり下がりが激しい奴だな

「梓紗にだけには言うな」

「俺が梓紗さんに言えると思うか?っていうか、そんなことでいいのかよ」

「そんなことって、まぁいいや。お前、梓紗を前にすると固まるし」

 坂井は梓紗を前にすると緊張して固まってしまう。それを利用させてもらうだけだ。

「だってさ、そうだろ。誰だってあれ程の美少女を前にしたら、そうなるに決まってるじゃねぇか。むしろお前がすげぇわ」

 坂井は俺に感心したような、それでもって怒ったような口調で言い返す。

「本題言っていいか?」

「あぁ、ごめん」

「じゃあ、簡単に言う。さっき、もう一人の幼馴染に声をかけられた。しかも待ち伏せまでされてな」

「本当に簡単だな。え、お前って、幼馴染何人もいるの?」

「いや、二人だけだけど」

「で、男?女?」

「女」

「マジかよ。梓紗さんのような女子、もう一人たぶらかしてんのかよ」

「いや、たぶらかしてなんか、ないからな」

 そう、本当にたぶらかしてなんかいない。あいつらが勝手に俺に寄ってくるだけだ。それにもう一人の幼馴染が梓紗と同じくらいの美少女だなんて、誰も一言も言っていないのに、なぜそれが分かるのか、俺は考えることをやめた。

「あ、梓紗来た。この話はこれで終わりな」

 梓紗が教室に入ってきたので、一旦この話を中断させようとしたのだが

「あぁ、分かった。それで疑問なんだが、どうしてこのこと、梓紗さんに言っちゃダメなんだよ?」

 坂井の疑問は底を知ることなく、更に質問を飛ばす。

「あぁ、お前になら言っといてもいいかな。実は梓紗って記憶喪失なんだよ」

「え?お前のことは普通に覚えてるじゃん」

「う~ん、そこが謎」

 謎が謎を呼ぶとは正にこのこと。梓紗の記憶喪失、今朝のもう一人の幼馴染のあの言葉

「そうか、確かに謎だな。普通なら特定の人物だけを覚えてるなんて、あり得ないことだぞ。ま、俺自身記憶喪失になったことないから分かんないけど」

 いや、記憶喪失になったことがあるなら、それはそれですごいことだぞ

「ショウ君?」

「ん?どうした梓紗」

 そこで、生徒会の仕事を終えた梓紗が、俺に話しかけてきた。

「いや、ショウ君。元気なさそうだったから」

「ありがとな、おかげで少し元気出たよ」

「それならいいけど、いつでも私のこと、頼っていいからね」

梓紗は清々しい笑顔でそう言った。

 くっそ、あの笑顔反則だろ

 梓紗は今朝、校門前で挨拶活動をしていた。その時俺は、もう一人の幼馴染の事ばかり考えていた。それが梓紗にとって俺が落ち込んでいたように見えたのだろう。余談だが、緑山高校の生徒会が校門前で挨拶をするのは確定事項であり、それを破ると最悪の場合退学させられたりもするらしい。

「いいよな、お前、毎日梓紗さんの笑顔見られて」

「なんだ坂井。嫌みか?」

「そうだよ!」

坂井は、俺に怒りながら言った。

「すまん坂井、許してくれ」

俺が手を合わせて謝ると、坂井は

「ったく、仕方ねぇな。じゃあもう一人の奴俺に紹介してくれたら、許してやってもいいよ」

坂井は、無駄に真剣な眼差しで俺に言った。

 難易度高過ぎだな。でもそうじゃなきゃ、許してくれなさそうだし、仕方ないか

「でも、付き合えるかまでは分からないぞ。俺は紹介するまででいいか?」

「うーん、仕方ないか……じゃあ、それでいい」

 坂井は唸り声をあげながら、残念そうに言った。

「何の話?」

 坂井と今朝会ったもう一人の幼馴染の話をしていると、梓紗が俺の肩を軽く叩きながら、そう訊いてきた。

「あぁ、何でもない。梓紗には関係のない話だよ」

 俺がそう言うと、梓紗は今にも泣きそうな表情で俺を見ている。

「そ、そんな顔をするなよ、その内梓紗にも教えてやるから」

そう言うが早いか、梓紗はとびきりの笑顔で俺に飛びついてきた。

当然のこと周りの男子生徒たちは、俺に羨望の眼差しを向けていたが、俺がその眼差しに気付くことはなかった。

 そうして、担任の教師が教室に入り、ホームルームが始まった。

ホームルームが終わり、一時限目の準備をしていると、突然梓紗に制服の裾を引っ張られた。

「どうした?」

「さっき、自分でやってて恥ずかしかった……」

見れば、梓紗の顔は若干赤くなっている。

「じゃあ、やるなよ」

「やだ、ショウ君は私のものだって、アピールするんだもん」

 梓紗ともう一人の幼馴染は、俺のこととなると、すぐに喧嘩が始まる。まぁ、オタクの坂井にとっては、おいしい話なんだろうが、現実でやられるといい迷惑でしかない。

 一時限目は、社会歴史だった。

途中、教師はちょっとした小噺(こばなし)を挟んだり、質問をしたりして、この授業は終わった。

 あっという間に昼休憩になり、俺と梓紗は自分たちの席で、母さんが作ってくれた弁当を開ける。

「え、これ全部梓紗さんの手作りか?」

自分の席を立ち、俺の席の方へ来た坂井がそう言ってきた。

「いや、母さんのだけど、もし良かったら半分やろうか?これ、食い切れるか自信なくて」

「お前のお母さんめっちゃ美人だよな。っていうかいいのか?じゃあ遠慮なく貰うけど、正直コンビニ弁当だけじゃ足りなかったんだよな~」

 すると坂井は、どこからともなくレジ袋を取り出し、自分の机を俺の机にくっつけた。

そして、そのレジ袋からコンビニ弁当とおにぎりを取り出した。

「ちなみに、神野のお母さんいつ帰ってきたんだ?」

坂井は、俺の弁当箱から玉子焼きを取って、訊いてきた。

「昨日」

「は、昨日!?よく大騒ぎにならなかったよな」

「母さん、昨日の夕飯の時にめっちゃ飲んでたから、その事について詳しくは聞き出せなかったけどな」

「なるほどな、レーナ・ミンレクって酒弱いの有名だからな」

 そう母さんは、女優の中でも酒がとびきり弱いことは、かなり有名である。

「まぁ、今ではそういうキャラ目指そうかなって母さん言ってた」

「やべぇ」

坂井は、苦笑いを浮かべながら、そう言った。

 昼休憩が終わり、午後の授業までもが終わった放課後、俺と梓紗は二人で家に帰った。

 夕飯も何もかも終わった後、俺は自室に居た。

現在夜中の十時、この日はいつもよりも早くベッドに入った。そこに理由など存在しない。ただ、なんとなくそうしたい気分だった。

 この日は珍しく夢を見た。目の前の霧が徐々に晴れていく

 初めまして、新田凜斗です。今回は俺の幼馴染は記憶喪失 ですが俺の事だけは鮮明に覚えてます ~幼馴染の妙な記憶喪失~ を読んでくださいまして誠にありがとうございます。素人ですが許してください。物語ではなくお話ですが温かい目で見てもらえると幸いです。今後も小説家になろうにどんどん投稿する予定なので今後もよろしくお願いします。

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