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ドラゴン・チェイサーズ!  作者: 武石勝義
#2 龍追い人と呼べば聞こえは良いがとどのつまりははみ出し者
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2-1

 惑星バララト生まれ、バララト育ちの、今年二十六歳。中等院卒業後はミッダルト中央科学院に学び、優秀な成績で修了。その後はバララト航宙省入りし、宇宙港湾局で施設管理部門に配属され、三年後には主任に昇格。申し分のないエリートコースというべきだろう。


 ホログラム・スクリーンに映し出された経歴にひと通り目を通し終えて、タヴァネズは手にした黒く長細い管の端を厚い唇に挟んだ。


「本部長はベープを嗜まれるんですか。俺もなんですよ、ほら」


 そう言ってソリオがジャケットの内から取り出したのは、タヴァネズのそれとよく似た、だが色の異なる長細い管。銀色の筒身をベースとしながら、端の吸い口が真っ赤なところに、彼の好みが現れている。


 だがタヴァネズはソリオの言葉には反応せず、吸い口を離した口からふうっと大きく白い煙を吐き出した。


 ソリオはエンデラ管理本部の事務所を訪れて、ようやく本部長に着任の挨拶を済ませたところであった。本部長席に腰掛けたままのタヴァネズは、デスクの前に突っ立った青年の臆面のなさに呆れたような一瞥をくれてから、再び画面に視線を落とした。


「絵に描いたような出世街道のど真ん中にいたお前が、バララト宇宙港爆発事故の責任を取らされて、こんな辺境に飛ばされるとは。人生とはままならんものだ」

「そうなんですよ、本部長。まったく酷い話です」


 ベープ管をジャケットの内に仕舞いかけていたソリオは、そこでタヴァネズの言葉に我が意を得たりとばかりに、額に手を当てながら悲嘆に暮れてみせた。


「港湾局は事故の原因がわからないからって、俺を左遷することで誤魔化そうとしたんです。こんな横暴、許されるもんじゃない」


 大きな身振り手振りを交えながら、ソリオは悲痛な表情で訴えかける。同情を誘う気もあらわな彼に向かって、だがタヴァネズの目が放つ視線は冷ややかだった。


「お前の場合はどちらかというと、左遷する口実に事故が使われただけだろう」


 タヴァネズの言葉に、ソリオが大袈裟な仕草をぴたりと止めた。ちょうど顔の前に当てていた右手の指の間から、若草色の瞳が挙動不審な動きを見せる。彼の表情の変化を気にもかけずに、タヴァネズの口から飛び出した台詞は痛烈だった。


「上司の女房に手を出したのがバレて、爆発事故にかこつけて飛ばされた馬鹿がいる――港湾局ではその噂で持ちきりだと聞いているぞ」

「そんな奴がいるんですか。困ったもんですねえ」


 右手を下ろしたソリオの顔には、先ほどまでひそめられていた眉根はぱっと開き、唇の端には薄い笑みが浮かんでいる。その惚け方はいっそ堂々として、悪びれた風は微塵も感じられなかった。


 思った以上に曲者かもしれないと、渋面を作るタヴァネズの脳裏には、そんな思いがよぎったかもしれない。


「なるほど、頭のいい馬鹿ってことか。納得したぜ」


 ふたりのやり取りに割り込んだのは、それまで本部長室の壁に寄りかかったまま腕組みしていたトビーであった。くたびれたフライトジャケットを着込んだ右肩には、先ほどのライフル状の得物を包んだショルダーバッグを引っ提げている。


「軌道エレベーター塔の外壁に穴を開けるとか、頭のネジが二、三本飛んでなきゃとても真似できねえ」

「その言い草はあんまりじゃないか」


 トビーの声に振り返ったソリオは、大袈裟に肩をすくめながら抗議する。


「俺たちはそろって本部長の指示に諾々と従ったしがない宮仕えだって、トビー、あんたも頷いてただろう」

「気安く名前を呼ぶなよ、馴れ馴れしい」


 トビーは額の左半分に浮き上がった火傷痕を引き攣らせながら、不愉快そうに眉をしかめた。


「そりゃないよ。そう呼べって言ったのはあんただろう」

「通信端末越しならまだしも、面と向かって呼ばれるとムカついてしょうがねえ」

「そんな理不尽な」


 ソリオが途方に暮れた表情を浮かべても、トビーもタヴァネズも眉ひとつ動かさない。この部屋に入ってから既に二転三転するソリオの顔には、どこまでも芝居がかった仕草がつきまとう。それが彼の平常運転なのだろうと、ふたりとも既にそう見做している。


「頭のネジが飛んでると言ったらトビー、お前だって同類だろう」


 タヴァネズはソリオから視線を外して、トビーの厳つい顔にベープ管の先を向けた。


「なんでだよ」

「軌道エレベーター塔のすぐ傍で躊躇せず衛星レーザー砲を放つなんて、イカれ具合は五十歩百歩だ」

「そいつは心外だな。こっちはちゃんとメガフロートや塔に影響が出ない距離まで、龍が離れるのを待ってたんだぜ」


 切れ長の目を見開いて反論するトビーは、先ほどまでのソリオに負けず芝居がかって、彼自身が己の言葉を微塵も信じてないことは誰の目にも明らかだった。もちろんタヴァネズも重々承知しているから、追及の言葉には容赦がない。


「そもそも海中に逃げた龍に、わざわざ衛星砲をお見舞いする必要がどこにある」


 タヴァネズが大きな黒い眼でぎょろりと睨みつける。それに対してトビーは露骨に視線を逸らしながら、わざとらしく短髪をぼりぼりと掻き毟った。


「お前に衛星砲の照準装置ポインターを貸与してるのは、あくまで龍を仕留めるためだ。気分に任せてぶっ放すようなら、遠慮なく取り上げるぞ」

「安心しろよ。こいつは俺が大事に使ってやる。ほかの奴らにはもったいねえ」


 ショルダーバッグの肩紐を右手で引っ張りながら、トビーが薄い唇の端を歪めた。おそらく笑みを浮かべているのだろうが、彼の場合は厳つさばかりが強調されて、初対面のソリオなどは思わず半歩ばかり後退ってしまう。


 トビーの凶相は見慣れているタヴァネズは、さすがに怯むことなくその顔を睨み返していたが、やがて諦めたように小さなため息を吐き出した。


「今さらこの程度の苦言でお前が堪えるとは思っとらん。もういい、ふたりとも私の前から消えろ。私はお前らがやらかした後始末で忙しい」


 苦虫を何百匹も噛み潰しながら追い払うように手を振るタヴァネズに、トビーは小さく笑いを投げかけて踵を返す。一方ソリオは困ったような顔でタヴァネズに尋ね返した。


「あの、俺は一応、ここの管理官として着任したわけで」

「なんだ、貴様。そんなに仕事熱心だとは、ひとは見かけによらんな」

「着任早々に消えろと言われれば、さすがにひと言ぐらいは言いたくなりますよ」


 ソリオの言葉に、タヴァネズは顎先に指を添えて考え込んだ。といってもソリオ自身が言う通り、彼はまだこのエンデラに来たばかりで、右も左もわからないはずである。龍を追い払った事後処理という面倒な案件に取りかからなければならない最中で、彼女にソリオの世話を見る余裕はない。


 ちょうどそのタイミングで、タヴァネズの耳に本部長室のドアが開く音が聞こえた。見上げれば、部屋から退出しようとするトビーの後ろ姿が目に入る。


 彼の背中を見たタヴァネズは、ふと妙案が浮かんだという顔つきで「待て、トビー」と声をかけた。


「なんだよ、おい」


 タヴァネズは面倒臭げに振り返るトビーには答えず、その黒い顔ににやりとした笑みを浮かべてソリオに告げた。


「ソリオ・プランデッキ。お前はトビーについて回って、奴の行動を監督しろ」

「監督ですか? 俺が彼を――」

「はああ? なんだ、そりゃ!」


 タヴァネズの指示にことさら反応したのは、ソリオの返事を掻き消すように怒鳴り立てたトビーであった。


「なんで俺が今さら、しかもこんな野郎に監督されなきゃならねえんだ!」

「そう興奮するな、ただの方便だ。こいつはまだエンデラのことを何も知らん。しばらくチームを組んで、色々と教えてやれ」

「だったら紛らわしい言い方しねえで、最初からそう言え!」

「じゃあ承諾ということだな。トビー、ソリオの面倒を頼んだぞ」


 そう言われて言葉に詰まるトビーに、タヴァネズは今度こそ満面の笑顔を返す。言質を取ったというには半端だが、タヴァネズにとっては彼が否とは言い出しにくい雰囲気さえあれば、それでもう十分であった。


「聞けば龍を追い払うのに、ふたりとも顔を合わせる前から息がぴったりだったそうじゃないか。きっとお前たちは良いコンビになるだろう」


 タヴァネズにベープ管の先をそれぞれに突きつけられて、トビーとソリオの顔に共通していたのは、とても承服しがたいという表情であった。


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