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ドラゴン・チェイサーズ!  作者: 武石勝義
#7 おいでませ地獄に集えるあいつもこいつも魑魅魍魎
32/40

7―3

 最初の一撃を皮切りに、立て続けに二発、三発と銃撃がヘリに浴びせかけられる。


「おいおい、勘弁してくれよ!」


 ソリオが冷や汗混じりに顔を引き攣らせるその横では、トビーが恐るべき手捌きでヘリを起動させていた。ゆっくりと回転を始めるローター音が響き始める中、アイリンがハンドガンを構えて機外を睨みつける。


「なんだ、あいつらは!」

「こんなことする奴は、ゲンプシーの一味に決まってるだろ!」


 操縦桿に手を掛けながら振り返ったトビーが、がなり声を張り上げた。その横でソリオが「トビー、前!」と叫ぶ。


「前?」


 顔を前に向けたトビーの目に入ったのは、ヘリのライトに照らし出されたガラス窓越しに、なにやら極太の鉄柱らしきものを振りかぶる大男の姿であった。


 トビーが反応する暇もない。どれほどの重さがあるかもわからない鉄柱が、勢いよく振り下ろされた。耳をつんざくような音と共にガラスの破片が飛び散り、窓を突き破った鉄柱の先端が操縦席を蹂躙する。


「ぐあっ!」


 呻き声を上げたトビーが、右手で額を庇う。その手の下から一筋の鮮血が伝うのを見て、ソリオの顔がいよいよ青ざめる。


「おい、トビー、大丈夫――」

「チュールリーはどこだあ!」


 砕けたガラス窓の穴の向こうで、操縦席にめり込んだ鉄柱を引き抜こうとしながら、大男が音量の外れた大声で喚き散らしている。その怒鳴り声の一字一句に聞き覚えがあって、ソリオはつい窓の外に顔を向けてしまった。


 どんよりとして焦点の定かでない、血走った目と目が合う。鉄柱を抱えてソリオを凝視するその顔は、『ロイヤルサロン』とかいうふざけた名前の娼館で暴れ回っていた中毒者ジャンキーのそれであった。


「や、やあ。お久しぶり」


 中毒者ジャンキーの大男もソリオを認識したのだろう。動きを止めた大男は何度か瞬きした後、涎を垂らしながら大口を開いた。


「赤毛の男おおお! チュールリーを攫ったのは、てめえかあああ!」


 大男の言葉は終いまで呂律が回らず、最後は何を言っているのかも聞き取れない。だが彼がソリオのことをチュールリーを奪った張本人と見做している、そのことだけはよくわかった。


「待て待て、話を聞け!」


 再び鉄柱を振り上げようとする大男の耳に、そんな制止が届くはずもない。目の前に振り下ろされようとする鉄柱に思わずソリオが目をつむる。


 その直後に響いたのは、思いがけない、背後からの銃声であった。


 驚いて瞼を開いたソリオの目の前で、大男が左肩から衝撃に吹き飛ばされたかのように仰向けに吹き飛ぶ。


「ここのマフィアはあんな化け物まで飼ってるのか」


 操縦席と助手席の合間から突き出されたハンドガンを構える、アイリンが呆れたように呟いた。


 安堵のあまり大きく息を吐き出したソリオだが、未だ最悪の状況であることに変わりはない。先ほどの大男の襲撃の最中にも、機体を打ちつける弾丸の音が不規則に響き続けているのだ。このまま銃撃に晒されたままでは、いずれヘリも飛行不能になりかねない。


「……クソッタレ、操縦桿がおシャカだ」


 今や顔面の右半分を真っ赤に染めて、フライトジャケットの上にも血を滴らせながら、トビーはぽっきり折れた操縦桿を見て忌々しげに吐き捨てた。


「こうなったら仕方ねえ。ソリオ、てめえが操縦しろ」

「マジかよ。手動操縦なんて宇宙港の小型艇ランチしか経験ないぜ」


 おどけて答えてはみたものの、どうやらそれ以外に手段はなさそうだ。緊張した面持ちのソリオが助手席の操縦桿脇にあるレバーをゆっくりと引くと、ヘリは不安定な体勢ながらもようやく地上から浮き上がり始めた。


「よし、その調子だ。そのまま発着場まで飛んでってもいいぞ」

「無茶言うな。途中で代わってくれるんだろう?」

「安心しろ。ひと仕事こなしたら代わってやる」


 そう言うとトビーはジャケットの袖で顔面の血を拭い、そして傍らのショルダーバッグを開いた。当然のように中から衛星砲の照準装置ポインターが取り出されるのを見て、アイリンが眉をひそめる。


「おい、こんなところで何に使うつもりだ」


 アイリンの問いかけに、トビーは唇の端を吊り上げるのみで答えない。そのまま照準装置ポインターの先端で砕けたガラス窓をさらに砕き、大きな穴を開ける。そして剥き出しになった窓枠を掴むと、トビーは片手で照準装置ポインターを抱えて半身を機外に乗り出した。


 既に五メートルほど上空に浮かぶヘリに向かって、追っ手たちがなおも銃撃を放ち続けている。トビーがスコープ越しに狙いを定めたのは、彼らの背後。停車した三台の車の、中心に位置する車の屋根に、天空から注がれた光点がうっすらと現れる。


「てめえら、鬱陶しいんだよ。しばらくそこでおとなしくしてろ」


 その台詞に合わせてトビーの指が、躊躇いもなくトリガーを引く。次の瞬間、闇夜を貫くかのような光の矢が車の屋根に突き刺さった。


 鮮やかな光条に、追っ手の男たちは見とれる暇もない。車は強烈な爆音と共に弾け飛び、爆風に煽られ破片を浴びて、複数の人影が悲鳴を上げながら地面を転げ回る。


 爆発四散した車は当然ながら跡形もなく、その両隣に停車していた車も影響を免れずに、二台そろってひっくり返っていた。あれではトビーたちをすぐさま追いかけることは出来ないであろう。


「ざまあみろ」


 眼下で燃え立つ爆煙と、その周囲で右往左往する人影を見下ろして、トビーが勝ち誇ったような台詞を投げかける。だが言い終えない内に彼の身体が窓枠からずり下がり始めたのを見て、ソリオが慌てて右手を伸ばした。


 辛うじてトビーの腰のベルトを掴んだソリオは、左手で操縦桿を握り締めながら叫ぶ。


「アイリン、一緒に引っ張ってくれ! 俺だけじゃ無理だ!」


 後部座席から身を乗り出したアイリンが両足首を掴んで、なんとかトビーの身体を操縦席の中に引き込む。出血と睡眠不足で朦朧としているはずのトビーの右手には、しっかりと照準装置ポインターが握り締められていた。


「この状況でもそいつを放さないって、イカれてるぜ、あんた」

「……うるせえ」


 シートの背凭れにぐったりと身体を預けながら、トビーの口が減ることはない。だがこの状況で彼にヘリの操縦を交替するのは、さすがに無理であることは一目瞭然であった。


「どうすりゃいいんだよ、これ」


 嘆くソリオに、アイリンは諦めとも冷静ともつかない口調で言った。


「どうもこうも。このままお前の操縦で発着場まで飛んでいくしかないだろう」

「……仕方ねえなあ、もう!」


 やけくそ気味に叫びながら、ソリオは操縦桿を倒した。その動きにつられて、ヘリがよろよろと前進する。


「途中で墜落しても、責任取らねえぞ!」


 未だ煙が濛々と立ちこめる夜闇の中、三人を乗せた大型ヘリはふらふらと覚束ない足取りながら、発着場に向かって飛び立っていった。


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