表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・チェイサーズ!  作者: 武石勝義
#5 正直者の道化師は秘め事を抱えて街を彷徨う
24/40

5-5

 三白眼は開かないほど瞼が腫れ上がり、間違いなく折れているだろう曲がった鼻は、鼻血が詰まっているのか呼吸も苦しそうだ。床に転がったまま呻くヤンコを見下ろして、トビーの声音はひときわ険しい。


「なんのつもりだ」


 トビーが鋭い目つきで睨み返しても、相手もゲンプシーの下で荒事に従事してきた面々である。怯むことなく一歩前に進み出たのは、中でもリーダー格らしい赤鼻の小男であった。


「トビー、あんたの相棒のソリオって野郎に会わせてくれないか」


 耳に障る甲高い声に、トビーの眉間が皺を寄せる。ゲンプシーの配下がソリオの名前を口にするのは、いかにも不穏であった。


「あの薄ら馬鹿になんの用だ」

「なあ、トビー。聞いているのは俺だ。ソリオって奴はここにいるのか、いないのか?」

「ああ?」


 トビーがどすの利いた声で応じても、赤鼻も一歩も引こうとしない。


「こっちもボスの命令で動いてる。簡単に折れるわけにはいかねえんだよ」


 なるほど、ゲンプシーが直接指示を下しているのだとしたら、赤鼻たちもトビーに睨まれた程度では引き下がれないだろう。トビーは「ここにはいねえよ」と答えるとカウンター席から立ち上がり、今度は足下の少年に向かって尋ねた。


「ひでえ有様だな、ヤンコ。何をやらかしたらそんな目に遭うんだ」


 開いているのかもわからない目でトビーの顔を見上げて、ヤンコは仰向けのまま口を動かした。


「あいつ、ソリオに、設計図レシピを売った、だけ……」


 息苦しそうに答えるヤンコの言うことは、トビーには初耳である。


設計図レシピだと。なんの設計図レシピを売ったってんだ」

「……あの野郎、やっぱ、言ってねえ、のか……」


 そこでヤンコが朦朧とし始めたため、トビーは膝を突いて少年の上体を抱え起こした。折良くデミルが用意したコップ一杯の水を、無理矢理少年の口にあてがう。ヤンコはひと口水を含むと、しばらく何度も咳き込んでいたが、やがてひゅうと息をつけるほどまでには意識を回復させた。


「宇宙港の、管制システムの設計図レシピだよ」


 呂律を取り戻したヤンコの回答に、トビーが片眉を跳ね上げた。この界隈には似つかわしくない、特級の設計図レシピである。


「そんな大層なもん、どっから手に入れた」

「ここら辺じゃ見かけない、なんだか野暮ったい女さ。えらくおどおどして、商談中もずっと人目を気にしてた」


 宇宙港の管制システムが刻まれた設計図レシピを、非合法モグリの現像技師に売ろうとする女。しかも彼女は人目を気にしていたという。その証言は、昨夜アイリンに見せられたホログラム・スクリーン上の顔写真を、トビーに思い起こさせるのに十分であった。


「その女、ブルネットの、ウェーブした長い髪じゃなかったか」


 トビーの問いに、ヤンコの腫れ上がった瞼が微かに持ち上がる。


「おっさんもソリオと似たようなこと訊くんだな。そうだったような気もするけど、あんま覚えてねえ」


 ソリオも同じことを尋ねてきたという、それは女の正体以上に重要な事実である。


「ソリオには仕入れの倍値を吹っかけたら、あいつは三倍出すって言うからさ。そしたらもう売るしかないだろう? だから――」


 そこまで言いかけたところで、少年の鳩尾に強烈な足蹴りが打ち込まれた。蛙が潰れたような声を吐き出しながら、ヤンコが腹を抱えて身体をくの字に折る。


 再び横に倒れたヤンコに、蹴りを放った赤鼻が罵声を浴びせかけた。


「てめえ、ボスに商談を持ちかけておきながらよそに売りつけるたあ、舐めた真似してくれるじゃねえか!」

「……早いもん勝ちだって、言ったじゃねえか。手付け金もなしに、取り置きはしな……」

「聞く耳持たねえよ!」


 二撃目を蹴り込もうとした赤鼻の右足は、ヤンコの顔面を捉える直前で、その足首をトビーの大きな右手に掴み止められた。


「俺の目の前で騒ぎを起こすとは、いい度胸してるな」


 そう言うとトビーは赤鼻の足首を掴んだまま立ち上がり、振り払うようにして右手を放す。片足を持ち上げられた格好の赤鼻はトビーの膂力の赴くまま、勢いよく床に叩きつけられた。


 呻き声を上げながらもなんとか上体を起こした赤鼻の目と、あからさまに見下したグレーの瞳とがかち合う。


「要するにてめえらは、ソリオからその設計図レシピを奪い返したいってことだろう?」


 気を呑まれた赤鼻が、「ああ」とだけ言って顎を引いた。その返事を聞いてトビーが鼻で笑う。


「最初からそう言えばいいんだよ」


 そしてトビーはヤンコを医者に診せるようデミルに告げると、ゲンプシーの配下たちについて来いと言わんばかりに、そのまま『龍追い人(ドラゴン・チェイサー)亭』の外に向かって歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ