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ドラゴン・チェイサーズ!  作者: 武石勝義
#5 正直者の道化師は秘め事を抱えて街を彷徨う
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5-4

 龍は北西の火山連峰を目指して、地中を突き進んでいる。


龍追い人(ドラゴン・チェイサー)亭』に戻ったトビーは、デミルからその情報を得るなりにやりとした笑みを浮かべた。徹夜明けの疲労と相まって、凶相に磨きがかかったトビーの笑顔は、見慣れているはずのデミルですら一歩たじろいでしまう。


「そいつは朗報だぜ、デミル」


 切れ長の目の下に隈を作りながら、グレーの瞳に生気が蘇る。ポータブル端末が映し出すホログラム・スクリーン上のデータを食い入るように見つめる様は、さながら恋い焦がれる相手の足取りをたどろうとする偏執狂ストーカーだ。


 そんな横顔を見せるトビーに向かって、いい加減に龍を追うのは諦めろと、デミルにはとても言い出せない。


 だから彼女が口にしたのは、もっと現実的な話題であった。


「あの捜査官はどうしたの?」

「あいつなら、ソリオが泊まってる宿に置いてきた」


 トビーの回答はデミルには意味不明であった。ソリオの宿泊先に司法捜査官を連れる、その一連の流れが理解出来ない。


「あの女が追いかけてる容疑者ってのが、どう考えてもソリオと関係がある。そのことを教えたら連れてけってせがまれてな」


 そう言いながらもトビーのごつい指は端末のコンソールを叩き続け、ホログラム・スクリーンから目を離そうとしない。デミルがまとめたデータを使って地図上で何度もシミュレーションを繰り返しながら、次の龍の出現ポイントの予測精度を高めようとしている。彼の前に差し出されたコーヒーはカップに半分以上を残したまま、既にすっかり冷め切ってしまっていた。


「あの軟派野郎がそんな怪しげな奴とはねえ。確かにまあ、初対面から胡散臭さ満点だったけどさ」


 アップにまとめ上げられた金髪の、その下に覗くうなじに右手を当てながら、デミルは釈然としない面持ちを見せた。


「ただあいつ、あんなに芝居がかってる割には、たいした嘘もついてるように見えないんだよね」

「……なんだと?」


 そこでトビーは初めて指先を止めて、カウンターの中のデミルの顔を見上げる。


「あのうざったらしいオーバーアクションが、全部本音だってのか? お前の右目もいよいよ交換した方がいいんじゃねえか」

「そりゃ年季は入ってるけど、まだそこまでポンコツじゃないよ」


 そう言うとデミルは左目を手で塞いで、残る義眼の右目でトビーの顔を見返した。しばらく顎を突き出した姿勢のままでいた彼女は、やがてふうと小さいため息と共に、左手を下ろす。


「今だってほら、あんたが寝不足で体調最悪ってよくわかる」


 デミルの義眼には、大雑把ではあるが温度を視覚的に捉える機能がある。それと特注したわけではない、副次的に発現した欠陥の類いなのだが、何年も使用している内に彼女もすっかり我が物としてしまった。今ではその機能を当たり前に使いこなして、人間の感情や体調をある程度見抜けると重宝しているぐらいだ。


 そのデミルをしてソリオは嘘をついていないと言わしめるなら、それはおそらくその通りなのだろう。だが彼女の言葉を聞いたトビーはかえって眉をひそめ、つられて額の傷まで引き攣れた。


「お前の言う通りならあの野郎、思った以上に食えねえ奴だな」


 トビーの懸念に、デミルが軽く首を傾げる。


「どうしてさ。人間性は怪しいけど、嘘つきじゃないだけマシじゃないのかい?」

「逆だ」


 トビーはカウンターテーブルに両腕を突いたまま、渋面で言い切った。


「本当のことしか言わない奴は、嘘をつかないんじゃねえ。生半可な嘘じゃ誤魔化せないような、でかい隠し事を抱えてるってことだ」


 デミルは細い顎先を撫でながら、表情は未だ釈然としないままであったが、やがてその目がふと思い出したように見開かれた。


「そういえばひとつだけ、あいつの言ってたことで嘘があった」

「なんだ」

「昨日、例の捜査官が押し入ってくる前だよ。『事件は解決、万々歳』って台詞」


 顎先から外した右手の人差し指を立てて、デミルは言う。


「あれはまるっきり嘘だったね。それだけははっきりとわかったから、よく覚えてる」


 デミルはそう断言したが、といって彼女の証言はトビーにとってなんら慰めにはならなかった


「つまり、事件はなんにも解決してねえってことじゃねえか」

「そういやそうだねえ」

「ろくなもんじゃねえな。どうせならもっとマシなこと思い出せよ」


 露骨に舌打ちしながら、だが同時にトビーは考える。事件は何も解決していないとは、どういう意味か。


 あの晩、『ロイヤルサロン』で暴れ回っていた中毒者ジャンキーは、トビーの麻痺銃パラライザでともかくも鎮圧した。ソリオが勝手にチュールリーを連れ出した件も、その後彼女が毎日出勤しているから、苦虫を噛み潰していたゲンプシーも不問にしている。万々歳はともかくとして、一応の解決は見たはずだ。


 それが解決していないというならば、そもそもソリオの言う『事件』とは何を指しているのか。


「……まったくどいつこいつも腹に一物抱えやがって。『首輪』でもつけてねえと、おちおち安心も出来ねえ」


 そう呟いたトビーの指が、再び端末のコンソールを操作する。するとそれまで火山連峰から軌道エレベーター区画まで広範囲を映し出していた地図が、一点に向かって急に倍率を上げた。


 拡大されたのは、軌道エレベーター区画とフロート市を合わせた、海上に浮かぶメガフロート群一帯だ。フロート市の東側で緑色に灯るのは、ここ『龍追い人(ドラゴン・チェイサー)亭』である。


 そしてもう一点、ゆっくりと移動する赤い光点がある。スクリーンの裏から透かした地図上に光点の動きを認めたデミルが、軽く目を見開いた。


「ソリオの『首輪』ってまだ生きてるんだねえ。あいつが『首輪』入りのコーヒー飲んでから、もう丸一日は経つってのに」

「なにしろヤンコ特製の設計図レシピ現像プリントした『首輪』だからな」


『首輪』とはつまり、GPS機能付ナノマシンを指す、エンデラ界隈の隠語である。通常はせいぜい二十四時間前後で寿命が切れるのだが、ヤンコが描いた設計図レシピを基に現像機プリンターが吐き出したそれは、倍以上の稼働時間を誇る優れものであった。その『首輪』を混ぜたコーヒーやベープ・リキッドをデミルに用意させてターゲットの体内に仕込むのは、トビーが不審人物の動向を把握するための常套手段である。


「こういうやらしいもんを作らせたら、あいつはいい仕事をする」


 それはトビーにしては最上級の褒め言葉であったが、当のヤンコが聞いても微妙な表情を浮かべるだけであったろう。


「どうせだったら、捜査官にはソリオの今いる場所を教えてやればいいのに」


 トビーがアイリンに教えたのは、あくまでソリオが利用している宿の場所である。デミルの言う通り、彼の現在位置を伝えた方がよほど役立ったろうが、トビーは有り得ないといった表情で首を振った。


「冗談じゃねえ、そんなことしたら俺までつき合わされるじゃねえか。ソリオが云々なんて、あの女から離れるための方便だ」

「どうせそんなことだろうと思ったよ」

「しかしあの野郎、なんで軌道エレベーター区画なんぞにいやがる」


 ソリオを示す赤い光点は、フロート市を出て隣接する軌道エレベーター区画に差し掛かろうとしていた。軌道エレベーター区画は先日の龍の出現による被害が甚大で、現在は急ピッチで復旧作業が進められている最中である。少なくとも今現在のソリオに用があるような場所とは思えない。


「あんなところ、軌道エレベーター以外には倉庫か港しかないよ」


 デミルの言う通りである。物流業者でもない限り、あの区画に向かう目的と言えばエンデラから他星系に逃げ出すか、もしくは海を渡って陸に向かうか、そのいずれかしかない。いったいあの赤毛の薄ら笑いを浮かべた優男は、何を考えているのか――


 四角い顎に指をかけてトビーが思索を巡らそうとした、その矢先。『龍追い人(ドラゴン・チェイサー)亭』の扉が、ドアベルのけたたましい音と共に、乱暴に蹴り開けられた。


「ソリオって野郎はいるか?」


 そう言って怒鳴り込んできたのは、トビーには見覚えのあるゲンプシーの部下の、赤鼻の小男をはじめとする三名の男たちであった。昨日も似たようなことがあったなと、面倒臭げに振り返ったトビーの目の前に、男のひとりがなにやらごろんと放り出した。


 見覚えのある薄汚れたコートが、よく見ずとも至る所が血に塗れている。仰向けになってめくれたフードから覗いたのは、顔中を腫れ上がらせて息も絶え絶えな、ヤンコの面相であった。


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