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ドラゴン・チェイサーズ!  作者: 武石勝義
#5 正直者の道化師は秘め事を抱えて街を彷徨う
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5-3

 ソリオという男は初めて顔を合わせたときから、その優男風の顔立ちに浮かんだ薄笑いが印象的であった。


 娼館『ロイヤルサロン』の避難室と呼ばれる一室で、ザックの乱入にひとり怯えていたチュールリーは、突然ドアを開けて現れた彼の飄然とした態度に毒気を抜かれたものだ。


「やあ、君がチュールリー? ここはちょっとばかり危険だから、君を外に逃がすためにやって来たよ」


 そのときはすっかり冷静さを欠いていたチュールリーは、当たり前のように彼女の手を引くソリオに連れられて、屋外に通じる扉の向こう、『ロイヤルサロン』の外へと誘われるままに導き出されてしまった。


「ちょうど俺が泊まってるホテルが、この近くにある。あの男がおとなしくなるまで、君もしばらくそこに隠れてればいいさ」


 暴力旦那ザックから逃れるために、見も知らぬ男が泊まる宿に転がり込むなど、振り返ってみれば理屈に合わない。だが連日連夜の理不尽な暴力に耐えかねて、借金のかたに売り飛ばされたのを幸いとばかりに『ロイヤルサロン』に移り住んだチュールリーにとって、ザックが視界に入らない場所であればもうどこでも良かった。


 ソリオが長身で顔立ちが整っているからとか、そんな理由は後付けでしかない。その晩当然のように彼と身体を重ねたとしても、安心と安全の代償としてなら安いものであった。


「俺、ついこの前エンデラに来たばっかりなんだ」


 チュールリーの華奢な身体を優しく労るように、そのくせ猛々しく組み敷いた後に、ソリオはけろりとした顔で喋り始めた。


「着くなり軌道エレベーター塔が馬鹿でかいのに巻きつかれてて、あれは驚いたね。噂には聞いてたけど、いきなりその龍に出くわすとは思わなかったよ」


 疲労と共に微睡みの中に落ち込もうとしていたチュールリーだが、あの騒動の最中にソリオがいたと知って、少しばかり好奇心が頭をもたげた。先日の軌道エレベーター塔に抱きついた龍の騒ぎは、さすがにチュールリーも知っている。


「そいつは災難だったね。龍が顔を見せるなんて珍しいぐらいなのに、よりによってそのど真ん中に居合わせるなんて」

「てことは、この星じゃ当たり前に龍が暴れ回るってわけじゃないのか」

「そりゃそうだよ。あんなもん、しょっちゅう出て来られたらたまんないよ」


 そう答えるとチュールリーはベッドの中で上体を起こし、ずり落ちそうになるシーツを胸元に引き寄せた。


「開拓前にはうじゃうじゃいたらしいけど、気候改造でみんな死に絶えたと思ったら一匹だけしぶとく生き残って、あれよあれよとでかくなったんだって」

「あんなのがうじゃうじゃねえ。先人はよくそんな星を開拓しようと思ったな」


 仰向けのソリオはサイドテーブルからベープ管を拾い上げて、吸い口を咥えた唇の端から白煙をくゆらせる。


「そんな危なっかしい星、長居するもんじゃないな。さっさと用事を済ませて、早々におさらばしたいところだ」

「おさらばって、あんた管理官だって言ってたじゃん」


 乱れた髪を掻き上げながら、チュールリーが傍らに寝そべるソリオを振り返る。


「管理官って、何年か居座るもんじゃないの」

「まあね、普通はそういうもんだけど。俺の場合はまだ、一発逆転の可能性が無くもない」


 顔の上にベープの水蒸気煙を漂わせていたソリオは、すると瞳だけをチュールリーの横顔に向けた。


「そこでチュールリー。その一発逆転のため、実は君にひとつお願いがあるんだよ」

「お願い?」


 ソリオの気さくな物言いに対して、チュールリーは露骨に眉をひそめてみせた。ザックから逃れるため、この部屋に匿われたことについての礼は、つい先ほどの情交で十分に返したはずだ。


「ああ、ごめん。お願いって言い方は悪かった。ひとつ頼まれて欲しいんだよ」


 チュールリーの表情を見て、ソリオは慌てて申し訳なさそうに言い直した。


「もちろんギャラは払う。一切危険が無いのは保証するし、普段の生活のついでで出来る仕事だ」

「……内容次第だね」


 報酬を得られると聞いて、チュールリーも少しは聞く耳を持つ。するとソリオは片頬だけに薄い笑みを浮かべて、ゆっくりと身を起こした。


「君はほら、仕事柄色んな宿に出入りするだろう? そのときに、ほかにどんな客がいるかちょっとだけ気をつけて、俺に教えて欲しいんだよ」

「それってつまり、人捜しってこと?」


 チュールリーの訝しげな問いに対し、ソリオは目を細め白い歯を覗かせて、いかにもといった笑顔で頷き返した。


 ◆◆◆


「私ひとりじゃなんだから仲間にも声かけて、最初に見つけた奴には賞金を出すから……ってなんだよ、そんな恐い顔して」


 チュールリーの語りに耳を傾けていたアイリンは、そう言われて初めて己の顔が強張っていることに気がついた。眉間には縦皺まで寄せて、だがアイリンは表情もそのままに、無言でブレスレット型端末に指を伸ばす。


 端末は微かに明滅した後、バララト空港爆発事件の容疑者マテルディ・ルバイクの顔写真を宙に浮かび上がらせた。


「ああ、そいつだよ。ソリオが探してるのもその女だった」


 マテルディの顔写真を指差したチュールリーの言葉は、決定的なひと言であった。


「改めて聞く。ソリオ・プランデッキの行方に心当たりは無いか?」


 迫力を増すアイリンの顔を前にして、チュールリーも答えをはぐらかそうとはしなかった。再び極彩色の髪を掻き上げつつ、「多分だけどね」と小さく前置きをしてから、その唇が開いて告げる。


「今朝方、その女を見つけたって連絡があったんだ。きっとソリオは今頃、その女とご対面してるんじゃないの」


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