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ドラゴン・チェイサーズ!  作者: 武石勝義
#4 逃げる獲物を追うはずがいつの間にやら追われる身
18/40

4-3

 エンデラでは右に出る者のいない実力者だというゲンプシー氏の私邸は、東西に長細いフロート市の南西の一角にある。


 フロート市と称されるメガフロート群『居住区画』は、その東端に隣接する『軌道エレベーター区画』に比べれば二十倍ほども広大な面積を持つ。東側はその地理的な特性上から人の出入りが激しく、表通りこそ寂れてはいるものの、一歩裏道に立ち寄れば怪しげな人間が行き交う雑多な賑わいがある。


 一方西側は、エンデラでも比較的マシな生活を送る人々が集まる、言うなれば高級住宅街だ。


 立派な邸宅が立ち並ぶ街並みの中にあって、ゲンプシー邸はとりわけ広大な敷地と、その敷地をぐるりと囲む高く分厚い壁に囲まれて存在していた。屋敷の物々しい門構えをくぐる度、ここの敷地は管理本部ビルの床面積の何倍あるのだろうと、タヴァネズは想像する。


 管理本部を退出しようとした間際、ゲンプシーから急な会食の招きを受けたタヴァネズは、彼の用件について概ね見当がついていた。ゲンプシーの手は軌道エレベーター区画からフロート市全域のみならず、メガフロート群の西端から海を挟んだ向こうに見える、陸地の奥にまで遍く及んでいる。彼らはバララトからやってきた司法捜査官について、既に主人に伝えているはずだ。


 であればゲンプシーがタヴァネズを呼びつける理由は、ただひとつしかない。


「その司法捜査官は、いったい何をしにこのエンデラまでやってきたのかね」


 豪奢な食堂で出迎えたゲンプシーは、料理を平らげるまではその質問を口にしないだけの自制心を発揮したと言えよう。だが食後にワイングラスを掲げながら発せられただみ声には、口調こそ余裕をたたえてはいたものの、その直接的な内容に本心が覗いていた。


 彼に勧められたワインは酸味が強すぎたが、タヴァネズはそんな表情はおくびにも出さずに答えてみせる。


「司法捜査官といっても、ただの若い小娘ですよ。会長が気にかけるほどのことでもないでしょう」


 ゲンプシーの肩書きは様々にあるが、彼が最も好むのは『ゲンプシー商会の会長』という身分だ。タヴァネズにとっては田舎マフィアのボスに過ぎないが、会長と呼ぶだけで彼の機嫌が二割増しになるのなら、その程度の迎合は苦にならない。


「いやいや、本部長。私はただの小心な一住民に過ぎんよ。この辺境の惑星にわざわざバララトから司法捜査官が訪れたとあれば、落ち着かないことこの上ない」


 あからさまに謙遜を交えながら、その台詞は実のところゲンプシーの本心だろう。若い頃に第一次開拓団の一員としてエンデラに乗り込んだ彼は、今の地位にのし上がるまでに多くのライバルを蹴落とし、血を流してきたとも聞く。叩かずとも埃だらけのゲンプシーには、バララト本国の司法捜査官は歓迎すべからざる客人のはずだ。


 鷹揚を装いたがるこのちょび髭男が、内心震え上がっているのかもしれない。そう考えるとタヴァネズの溜飲も多少下がるが、このままではこの邸宅を出られないということも理解していた。ゲンプシーをなだめるのに、真実を告げるか、それとも口から出任せの気休めで誤魔化すか。


「捜査官の目的は、このエンデラに逃げ込んだとある事件の容疑者の捜索です」


 タヴァネズが選んだのは、虚実を織り交ぜながら相手の反応を見る、という選択肢であった。


「ほう、容疑者がこのエンデラに……いったいどんな容疑で追われているのかな」


 司法捜査官の標的が自分ではないと知っても、ゲンプシーの表情に変化はない。ただ繰り出される質問は、またしても前のめり気味であった。


「具体的な内容までは極秘とのことでした。ただ捜査官は、容疑者がエンデラからその先へ逃亡することを恐れているようでしたね」


 タヴァネズはアイリンからそこまで聞き出したわけではない。だが彼女には、自分の発言は十中八九間違いないという確信があった。


 そもそも犯罪者がエンデラに逃げ込もうとするのは何故か。


 ろくな警察組織もないエンデラは潜伏にうってつけと言われるが、一方で滞在先はフロート市という極めて限定的な区域しかない。船で陸に渡ることも可能だが、平野部は排他的で鳴らす農場経営者たちに占められている。その先の荒野にはゲンプシーが運営する資源採掘場が点在するのみで、最奥には龍が普段の棲み家とする火山連峰が連なるばかり。よほどの伝手がない限り、陸地で生き延びるのは困難だ。


 ではバララトの犯罪者は、何を求めてエンデラに殺到するのかと言えば――


「ローベンダールに逃げられては、バララトの司直も迂闊に手が出せない。捜査官はその点を危惧しているのでしょう」


 二桁に及ぶ惑星を領有する複星系国家バララトは、その主星の名前もバララトというからややこしいが、このエンデラも立派なバララト領のひとつである。そのバララト領と接しながら、半ば国交断絶状態にある独立惑星国家ローベンダールへの逃亡こそが、犯罪者たちがエンデラを目指す理由であった。


 なぜならエンデラには、金さえ払えば秘かにローベンダールに渡る手段があるという噂があるのだ。そこでゲンプシーという男に頼めばなんとかなる、と。


「このエンデラからローベンダールに密航しようという者は後を絶たないと聞くが。いかなる事情があろうともあのローベンダールに渡ろうなどと、バララトの民としては許しがたいことだ」


 太い首を嘆かわしげに振るゲンプシーの前で、タヴァネズは伏し目がちにワイングラスに口をつけた。それは余計なひと言を口にするまいという、彼女なりの処世術である。


「まったく会長の仰る通りです。最近では捜査当局以外にも、ローベンダールとの往来には軍まで目を光らせてると言いますから。そんな情勢下で密航や密貿易に励むなど、愚かというほかありません」

「……なるほど、本部長の言うことももっともだ」


 彼女の言葉に頷きながら、ゲンプシーがワインで湿らした口元をナプキンで拭う。だが細められた目元は笑っていない。


 それは暗に愚かと名指しされたことへの不快感か。それとも世間話を装ったタヴァネズの忠告に対する、彼なりの暗黙の了解の意思表示か。


 ――度しがたいな、ゲンプシー。私はただ、程々にしろと告げただけだ――


 穏やかに微笑み返すタヴァネズの胸中はといえば、目の前の男のちょび髭をひとつかみに引っこ抜いてやりたい衝動を、理性が辛うじて抑え込んでいるところであった。


 ――私は前任者と同じ轍は踏まん――


 タヴァネズの前任の本部長は、ローベンダールとの密貿易で私腹を肥やすゲンプシーを、本腰を入れて排除しようとしていた。彼はゲンプシーが所有する鉱山のうち、既に廃鉱とされるひとつが、秘かに密貿易用のシャトル発着場に改造されていたことまで突き止めていたのだ。だがバララト捜査当局の協力を仰ごうとした、まさにそのタイミングで、違法賭博容疑に問われることとなった。


 結局容疑は疑惑のままで終わったが、前任者は程なくして本部長を解任され、そしてトビーはいつの間にか衛星砲の照準装置ポインターを手に入れていた。


 そこに新たな本部長として着任したタヴァネズは、前任者が残した資料には一度目を通したものの、未だかつて行動を起こしたことはない。


 ――私の望みははただ、無事に任期を全うすることだけ。それさえかなうなら、お前がどんな悪事を働こうとも目をつむっていよう――


 喉に流し込んだワインの酸味と苦みをさも美味そうに飲み下しながら、タヴァネズはテーブルを挟んだ向こうの福々しい顔に向かって無言で囁きかける。


 ――だからゲンプシー、もしお前が助けを請うことがあったとしても、お前に手を差し伸べることは出来ないよ。私はお前が望む通り、ひたすら目をつむり続けるだけさ――


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