ファビアン追い出し計画 2
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なるほど、ファビアン・ドリューウェットは優秀な青年であるらしい。
ファビアンが来てから三日。
ブリジットはこの三日のファビアンの行動を聞いてそう結論づけた。
人当たりもい、頭の回転も早く物覚えもいい、使用人には威張り散らさないし、何より勤勉で働き者。
顔よし性格よし頭脳よし。およそ欠点らしいものが見当たらないファビアンに、祖母のオーロラはすっかり彼が気に入ってしまっているし、使用人たちの評価もうなぎのぼり。
そんな非の打ちどころもない婚約者であるが、ファビアンのせいで一日中ベッドの上に拘束されているブリジットは面白いはずがない。
第一――
「はい、ブリジット。もう熱くないよ。ほらあーん」
こう言いながら病人食であるパン粥を、親切心で食べさせてくれるファビアンが憎くて仕方がない。
こいつがいなければ、まずい病人食でなく美味しいご飯が食べられるのに、ファビアンがわざわざ朝昼晩と三食食べさせに来るから、こっそり普通の食事を食べることもできない。
暇なのと、今後の商品開発の役に立てばという思いから、ベッドに上体を起こして植物図鑑を読んでいたら、無理をしてはいけないと取り上げられる。
せめてデイビットに現在開発している試作品の化粧水について話がしたいと思っても、心配したファビアンが張り付いているためそれもできない。
わかっている。彼は善意でそうしているのだ。過保護なだけなのである。病弱な婚約者に無理をさせないようにと頑張っているのだ。わかる。わかるけれども!
ブリジットは早くも音をあげそうだった。
こうなったのもすべて、自分の蒔いた種だと言うことも自覚している。
病弱なふりをし続けていたのが悪い。調子に乗って婚約破棄を促したのが悪い。まさかここまで裏目に出るとは思わなかったけれど、原因が自分にあることは重々自覚しているけども!
(普通さ、子供のころに数回会ったきりの婚約者にここまでする男がいるとは思わないじゃない⁉)
父と母は口をそろえて言っていた。「ファビアンはとても素敵な子だよ」と。優しくてまっすぐで謙虚で、子供のころから我儘一つ言わないいい子だと言っていた。そんな子供がいるはずないと鼻で嗤っていた自分を責めたい。だって健全な十八歳男子なら、病弱で手も出せない女なんてさっさと捨ててボンキュッボンのいい女に走るのが普通だって思うでしょ⁉
デイビットにいい女の条件を訊いたら健康で胸と尻がでかい女だと言っていた。自慢ではないが胸も尻もでかくない。さらに病弱――演技だけど――だ。いい女の条件にひとつも当てはまらないブリジットなんてさっさと捨てていい女に走ればいいのに、どうしてそれをしない⁉
(歩き回りたい。外に行きたい。化粧品開発の続きがしたい。金貨をじゃらじゃら言わせたい‼)
ベッドの上生活はもう耐えられない。
(なんとかしてファビアンをここから追い出さないと……)
ブリジットにべったりと引っ付いてここで生活する気満々のファビアンを追い出すにはどうすればいいだろう。
ファビアンの私財でドレスを買ってもらった祖母は味方につけられない。ファビアンに「おばあ様」と呼ばれて頬を染める祖母はもはや敵だ。
ファビアンが差し出すパン粥を渋々口に入れながら、ブリジットはにこにこと微笑んでいる婚約者に笑顔を返しつつ算段する。
(……そうよ。ファビアンがいかに好青年でもお金持ちの公爵家のおぼっちゃんだもの。うちがいかに貧乏なのかわかれば、嫌になって出ていくはずだわ)
病弱なお荷物令嬢に加えて貧乏領地を押しつけられそうだとわかれば逃げ出すに決まっている。
そうと決まれば、すぐにでも「アンブラー伯爵家貧乏報告書」を作成しなくては。
「ふふふ……」
名案だとブリジットは黒い笑顔を浮かべたが、善良な好青年ファビアンは怪訝にすら思わなかったらしい。
「今日はご機嫌だね、ブリジット」
ご機嫌なのはあんたの頭の中だと、ブリジットは心の中で嘆息した。