ファビアン追い出し計画 1
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
本日二回目の更新です(_ _)
――深夜。
「まずいわ、ベラ、バーサ」
ファビアンが客室で眠りについたあと、小さな蝋燭の灯りをともして、ブリジットとベラ、バーサの三人はブリジットの私室に集まっていた。
なんでもファビアンは、父アンブラー伯爵の了解を得て、この邸で生活することになったらしい。四頭立ての大きな馬車からはたくさんのファビアンの荷物が下ろされ、あっという間に二階の角部屋が彼の部屋と化した。
ファビアンが父からの手紙をくれたので読んでみたところ、病弱な娘にあてた手紙とは思えないほど暢気な調子でこうあった。
――娘よ。ファビアン殿と仲良くな。彼には我が家の子細を覚えてもらう予定だったしちょうどいいから、一足早い新婚生活でも楽しみなさい。パパより。
(ってあほか――――――!)
結婚していない男女を一つ屋根の下に押し込んで、一足早い新婚生活とは何事だ。あの父親は宰相のくせに頭のネジが緩みすぎているのではなかろうか。
それに、アンブラー伯爵家はまだ顔も見たことのない二歳の弟が将来継ぐはずで、ファビアンが伯爵家について学ぶ必要はどこにもない。つーか、「学ぶ」というほどのことがこのど田舎伯爵家に存在するとも思えない。現に父だって各町の代官に任せっきりでほっぽりだしていた領地である。だから万年貧乏だったのだ。
そして家族の中で唯一の味方だと思っていた祖母オーロラも、どういうわけかファビアンとの共同生活に乗り気だった。たぶん、ファビアンが持って来たいろいろな手土産と、あの無駄にイケメンな顔立ちのせいだろう。「若い人がいると華やぐわね、ふふふ」などと言って少女のように笑っていた。若い人なら使用人の三分の一は充分若い部類に入るはずなのに、そこは完全に無視されている。イケメンかそうじゃないかが重要なのだ、きっと。
(くそぅ、おばあ様が面食いって知ってたのにぬかったわ!)
これで家族の味方はいなくなった。かろうじて、ブリジットの「病弱」設定はばらさないでくれると言う約束は取り付けたので――ドレスと宝石と靴で釣った――、最悪な事態は免れたけど。
デイビットをはじめとする、伯爵家に出入りしている商人たち全員にも口留めは完了した。口止め料としてデイビットにはブリジットが開発中の化粧水の独占販売権を奪われたが、そのくらいは安いものだ。
「もういっそ、諦めて本当のことを言ったらどうですか?」
ベラが面倒くさそうに言った。
「だめよ! そんなことをしたら婚約破棄できなくなるじゃないの!」
「……むしろ、地のお嬢様を見せた方が幻滅して別れてくれるんじゃないですかね?」
ベラにものすごく失礼なことを言われた気がしたが、ここは無視しよう。言い争いをしている場合ではないのだ。
「旦那様がお認めになった以上、ファビアン様がこちらで生活なさるのは間違いないかと」
バーサが頬に手を当ててため息だ。バーサは面食いではないので、ファビアンが増えたことで、今のメイドの人数だけで足りるかどうかが気になっているらしい。「雇ってくれないかなー」という視線をこちらへ向けてくるが、メイドを新しく雇ったりしたら余計にファビアンを追い出せなくなる。却下だ。
「お嬢様。旦那様はファビアン様に伯爵家のことを覚えるようにと言われたのでしたよね。でしたら、これまでお嬢様がなさっていた伯爵家の切り盛りはファビアン様に移るのではないですか? ……そちらの対処を先にしないと、いろいろまずいことがあるのでは?」
ブリジットはハッとした。
そうだった。ブリジットがつけていた家計簿などは全部隠さないといけない。収支報告書もだ。ブリジットの部屋の金庫には気づかれてはいけない。……ベラの助言通り、銀行に貸金庫を借りておけばよかった。
「ってことは、伯爵家の財政は昔に戻さなくちゃいけなくなるのよね。……どうしよう、おばあ様のドレスもみんなの制服も花の苗も仔馬も買えなくなっちゃう!」
そんなものを買えばその大金はどこにあるのだと怪しまれてしまう。ブリジットの働きで領地から入る税収は上がっているけれど、所詮は田舎領地。たかが知れている。その収入はアンブラー伯爵の懐に入って、そこから領地に充てるお金が支払われているのでさらに目減りしているし、とてもではないがブリジットが購入予定だったものに充てるお金はない。
「こっそり買える?」
「無理でしょうね」
「……どうしよう。約束しちゃったのに」
みんな楽しみにしているのだ。やっぱり買えませんでしたとは言えない。
バーサが「大丈夫ですよ」と肩を叩いてくれるけれど、その顔は少し残念そうにも見える。
「収支報告書はブラハムが旦那様に提出する用の偽装したものを作っていますからそちらを見せれば怪しまれないでしょう。あとはお嬢様の私財に気づかれなければ怪しまれることはありません」
「取り急ぎ金庫をクローゼットの中に入れ込みますか」
「そうね。さすがに女性のクローゼットの中をチェックしたりしないでしょう」
金庫は明日にでも男性陣に頼んで移動してもらうらしい。怪しまれないように、ファビアンはブラハムが領地の視察に連れ出すそうだ。どうしよう、みんなが頼もしい。
「じゃ、じゃあわたしは……」
何を手伝えばいいかと訊いてみたところ、二人そろってこう言われた。
「「お嬢様は、一日中寝ているのが仕事です」」
――このまま永遠にファビアンが居着いたら、仮病ではなく本当に病気になりそうだとブリジットは思った。